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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第四章

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初めての決裂②

 クリスティーネの案内で洞窟の中を暫く歩き、開けた場所に辿り着いたとき、シェイラはその場所の広大さに口をぽかんと開けてあたりを見回すことしかできなかった。

 ココとスピカははしゃいで飛びあがっている。 


「ひろーい!」

「あかるーい!」


 とてもとても広い、自然に出来たのではないように見える大きな空間。

 誰が洞窟の中にこんな空間があると想像出来るだろう。

 

(お祖母様の家の地下にあった神殿のような場所に、雰囲気が似ている気がするわ)

 

「あ」


 見回すとところどころ藁や小枝を円状に組んで作られた大きい鳥の巣のようなものが置かれていた。

 間から尻尾が覗いていたり、卵が乗っていたりして、それを見たシェイラの顔がほころんだ。

 岩壁からは何か所かから筋状に水が流れ落ちている。

 流れ落ちた水はこの洞窟の中央にある大きな泉へと集まっていた。

 泉の色は透明度の高い青。

 幻想的で、僅かに輝きを放っているように見えるのは、洞窟全体を照らす灯りが反射しているのだろうか。 


「クリスティーネ様。あの大きな泉が、外からの水中路と繋がっているのですか?」

「えぇ、その通りですわ」


 ただ洞窟全体が、淡く白い採光を受け真昼のような明るさに満ちていた。薄暗いからと両手につないで洞窟の中を歩いていたココとスピカの手を離す。

 ランプもなく、どこか一点が光っているというわけでもないので、灯りがどこから発せられているのかは分からない。


「素敵……」


 シェイラが一歩、足を進めると、母竜と思われる人の姿の女性が何人かと、竜の子供たちが一斉にこちらを振り向いてくる。

 隅の方に二匹ほどいた大きな竜のままの姿のものも、こちらへと視線を寄せた。

 幻想的な光景に立ち尽くすシェイラだったが、ふと気づくとスカートを引っ張られていた。


「あら」


 ココのものでもスピカのものでもない。

小さな手が、シェイラのスカートの布端をひいていた。

 ココやスピカより幼い、人間にすれば1歳程度の、歩き出したばかりだろう年のころの子の突き出した唇から出たのは「あうぶっ!」と言葉にもならない声。

 赤らんだ頬はふっくらとしていて柔らそう。

 片方の手は口元に寄せられ、涎で汚れてしまっている。

 僅かに香ったのは幼い子独特の甘いミルクに似た香りだ。 


「ココやスピカは人型になったときにはもう三歳程度の子どもの姿だったけれど、もっと幼く人型になるこういう成長の仕方もあるのね」 


 シェイラは思わず声を漏らし、口元を緩ませた。――それから気づく。


「まぁ、尻尾が!」


 その子は本当に人型が安定しないらしく、翼と角のほかに、おしりから竜の尻尾が生えていた。

 ゆらゆらゆらゆら。

 まるでシェイラの竜好きを知って誘惑するかのように、何度も尻尾が揺れている。

 シェイラは揺れる尻尾に操られるままに、視線を左右に往復させられた。


「うぅ……あ、あの。クリスティーネ様……。この子……」


 ゆらゆら揺れる尻尾。向けられるつぶらな瞳。シェイラはもうたまらずに、顔を上げるとクリスティーネに縋るような顔を向けた。


「どうぞご存分に遊んでさしあげて?」

「はい!」


 許可を得たことでシェイラは、身をかがめ子竜に視線を合わせた。

 おびえさせないようにゆっくりと、出来るだけやさしい声音を子供にかけてみる。


「こんにちは。突然来て驚かせてしまったかしら」

「ふぉー。あぶっ。ぶーう!」

「ふふっ。可愛いわ」


 ふっくらとした頬が、触れて触れてと誘っているように見える。

 もちろんシェイラの勝手な想像なのだが、強力な誘惑には勝てずに、手を伸ばした。

 思っていた通りの柔らかな感触に、堪らなく幸せになってしまう。

 ココとスピカにも、と思って振り返ったシェイラだったが、その目的は別の子竜によって阻止されてしまった。


「きゅーう!」

「きゅ!」

「えっ、わ、わぁ、っ……!」


 幼い竜達が、わらわらと寄ってくる。

 あっという間にココとスピカと、シェイラの間に小さな子竜たちの壁が出来た。


「あぁー! ママぁ!」

「スピカ、ココ、すぐに行くから少し待っていてね」

「えー!」


 寄ってくる小さな竜達を振りほどくこともできない。 

 シェイラはその場に腰を落としたまま、子竜達に向き合った。

 すると指先を胸の前でからませてもじもじしながら此方を伺ってくる女の子がいた。


「なぁに?」


 シェイラは首を傾げて促してみた。

 女の子はとたんに顔を上げ、明るく笑ってくれた。


「おねーしゃん、おなまえおしえて?」

「シェイラよ。よろしくね?」

「しぇーら! しぇーらねーたん!」

「きゅう!」

「きゅ、きゅっ」

「…………!」


 今、シェイラを囲んでいるのは手の平サイズから少し大きめな竜の姿の大きさはさまざまな子竜達だ。

 更に角や翼だけが生えた人間の姿の子に、完全な人の姿になった子もいた。

 見た目は様々な水竜の子達がシェイラの傍により、きらきらの瞳で見上げてくる。

 その様子はたまらなく愛らしい。

 幼く可愛い竜に囲まれているなんていう夢のような状況に、シェイラは必死で表に出さないように抑えているものの、大興奮だ。

 もっとも言葉には出さなくても赤く染まった頬と幸せそうに緩む表情で、彼女がこの状況を喜んでいることは明らかだった。

だから周囲もシェイラが重みで半ば押しつぶされそうになっていても、慌てて子竜達を引き上げることはしなかった。


「やはり幼いとまともに影響受けるようですわ」

「影響?」


 楽しげな表情を浮かべすぐ隣に佇んでいるクリスティーネの台詞に、シェイラは顔を上げた。


「白竜の性質をお忘れかしら」      

「あ、あぁ。そっか、だからこんなに……」


 白竜のすべての竜達に等しく好かれるという性質に、子竜たちは人見知りをすることもなくシェイラに寄ってきてくれているとクリスティーネは言いたいのだと理解した。


(今まで会った成竜達はたとえ好意は持ってくれてもここまで直接的には来てくれなかったものね)


 成竜たちは、白竜というものに興味は持っていたようだが、さすがに今シェイラがされているように、体をすり寄せてきたりとここまで直接的な接触は持ってこなかった。

 でも子竜たちは「好き」という感情を本当に素直に受け止める。

 本当に、心にわいたそのままの衝動でシェイラに寄ってきてくれる。

 小さな手でぺたぺたと頬を触られたり。

 腕を伝って手のひらサイズの竜に肩へとよじ登られたり。

 竜好きのシェイラにとって、出来るのならば永遠に浸っていたいと思うくらいには幸せな状況だ。


「きゅう……」


 そして中には引っ込み思案らしく、子竜の後ろに隠れている性格の子竜もいる。

 そんな子竜を見つけてしまったシェイラは、にっこりと笑って声をかけた。


「いらっしゃい?」

「きゅっ!」


 とたんに水色の瞳を輝かせ、胸の中に飛び込んできた竜の子を、シェイラは思いっきり抱きしめる。

 

(あぁ、可愛い。なんて幸せ。水竜の里に来て本当に良かったわ)


 恍惚とした表情で喜ぶシェイラだった。……が、しかしこの状況を喜ばないものも居た。


 子竜達に囲まれるシェイラを思いっきり睨みつける彼ら(・・)に、先に気づいたのはクリスティーネだった。


「……あらあら」


 クリスティーネは不意に、シェイラのそばにしゃがみ込み、内緒話をするかのように耳打ちをする。


「シェイラ、シェイラ」

「はい? どうかされましたか」

「ココとスピカがずいぶんとご立腹ですわ。顔を真っ赤にして面白いこと」

「ココと、スピカ?」


 そこで初めてシェイラは、水竜の子どもたちの輪から外れ、二人並んで立っているココとスピカに視線を向けた。


「…………」

「…………」

「どうしたの?」

「しぇーらのばか!」

「えっ」

「もー! スピカかえるっ!」

「えぇ!?」


「こんな子、きらいっ!」


 スピカはそう大きな声を上げながら、すぐ近くにいた水竜の子を両手で突き飛ばしてしまった。

 スピカよりずっと小さな、歩くこともやっとの子は、勢いよくしりもちをつく。

 驚いて目を見張ったあと、子はじわじわと瞳を潤ませていく。


「う、あーん!!」


 ついには声を上げて泣いてしまった水竜の子を、シェイラは慌てて抱き上げてあやす。

 そしてスピカを叱るため、厳しい顔を作って彼女を見下ろした。 


「こらっ! あやまりなさい」

「やっ」

「……どうして? どうしてこんなことをするの? 仲良くしないとだめでしょう?」

「っ……! きらいなんだもん!」

「え?」

「きらい! そのこも、ママもきらいっ! だいっきらい!」

「えぇ!?」

「ココも! しぇーらなんてきらい!」

「えぇぇぇ! ココも!?」

「しらないっ!! きらーい!!!」


 叫んだココとスピカは、手に手を取り合うと外の方へと掛けて行ってしまった。


「き、きらっ、きらい……」


 初めて言われたその言葉に、シェイラは打ちのめされ固まり動けない。

 力が抜けて項垂れた拍子に、頭の上からそこに乗っていた小さな竜がぽろりと落ちた。

 とっさに出した手のひらで受け止めると、つぶらな青い瞳と目があってしまった。

 無言のままに見つめあう竜とシェイラに、クリスティーネはとても楽しそうな微笑をうかべている。


「あらあら、困りましたわねぇ」

「……そういう割にはクリスティーネ様、楽しそうですね?」

「ふふ」


 クリスティーはとても楽しそうな微笑をシェイラへと返してきた。

 面白がられている。


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