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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第四章

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初めての決裂①

「シェイラ、子竜たちの巣に行ってみないかい?」

「え?」


 パーシヴァルたち冒険者一行と出会い、ソウマとクリスティーネとの再会を果たした二日後。

 そうシェイラに告げたのは、エメラルドブルーの髪をした細身の男性だった。

 集落に住まう人型で生活し、集落に家を持つ水竜は三十匹もいない。

 この数日でほぼ全員の人の姿をしているときの顔はもう覚えていた。

 竜の姿にばられてしまうと、やはりどうしても見分けがつかないのだが。


 基本的に人の姿でいるらしい彼とは、何度か会話を交わして顔見知り程度の間柄にはなっていた。

 シェイラが水をくむために玄関を出たところで丁度都合よく通りかかった彼に挨拶したところ、この話を振られたのだ。


「子竜の巣、私がですか?」


 シェイラは彼の話をよくよく聞く為に、持っていた水をくむための容器を取りあえず足元へ置き、相手に向き直ると首をかしげた。


「そう。いやー、頼まれちゃってさぁ」

「頼まれたとは、どなたに?」

「俺のつがい。今、この間生まれた子の面倒を見るために巣で寝泊まりしてるんだけどさ」

「わ、お子様が生まれたばかりなのですね! おめでとうございます」

「ありがと。んで、彼女が白竜に会ってみたいらしくって」


 人の目に触れることを許されないほどに弱く幼い生まれたばかりの竜を育てている巣には、何匹かの母親竜が常駐しているらしい。

気になる存在の白竜が里を訪れたのに、巣の中の我が子から離れられない状態である彼女は、シェイラにこちらに来てほしいとつがいである目の前の雄竜に伝言を頼んだということだった。


(生まれたばかりの、竜か)


 もちろん、ものすごく気になる。

 ココやスピカの生まれた時のような、手のひらサイズの竜が何匹もいるのだろう。

 小さな竜たちが集まりきゅうきゅうきゅうきゅう鳴く光景。

 想像だけでももう天国のようだ。


「お会いするのはもちろん構わないのですが」

「ほんと? あいつ喜ぶよ」

「でも私が巣に伺ってしまってもいいのでしょうか。私って一応、こちらでは人として扱われていて、だから集落から外に出る時は必ず竜の付き添いが必要だと言われているのですが」


(何度も里を訪れたらしいアウラット王子やジンジャー様だって、幼い竜の居る場所には近づかせてもらえなかったのよね。私なんかが良いのかしら)


 戸惑うシェイラに、目の前の相手はにっこりと笑った。


「弱く幼い竜達を護るためにも人の目に触れられる場所には出すことはないよ。でも君はまぁ確かに人の血も入っているけれど、間違いなく竜で、そして幼い竜を現在育てている。白竜ならばと、他の母竜たちも問題ないってさ。あ、興味がなかったかい?」

「そんな! とっても光栄です! ぜひお願いします」


 子竜たちに会ってもいいならぜひとも会いたい。絶対会いたい。

 シェイラは首を何度も横へと振ったあと、また何度も楯に頷くのだった。


「りゅーのす? あかちゃんりゅーがいるの?」

「スピカもいっていーい?」

「ココも!」

「あらココ、スピカ」


 いつの間にか家から出て来たのか、気づくと足元にココとスピカが立っていた。

 二人はシェイラの左右から目の前の水竜を見上げて尋ねる。

 瞳はきらきらと期待に満ちていて、非常に張り切っていた。

 もしも子ども達が入れないのなら自分もやめておくべきだろうかと、彼の反応を眉を下げながら伺った。


「この子たちと一緒でも構いませんか?」


 しかし心配の必要もなく、彼は結局一切の躊躇いもみせず。

 水竜らしいにっこりと涼やかな笑みを携えながらあっさりと頷いてくれるのだった。



* * * *


「子竜の巣? 俺も行く行く」


 そんなソウマの気楽な声で、結局はソウマとココとスピカ、そして案内役としてクリスティーネが一緒に行くことになった。

 シェイラに巣に行って欲しいと頼んで来た彼は、何やら用があるらしく一緒には来ないらしい。


「こちらですわ」


 クリスティーネに連れられたどり着いたのは、すぐ目の前に海がある、大きな岩陰。

 時折大きく打ち返す波で濡れた、滑りやすい岩がいくつも転がっている場所で、とても普通の人間の子どもであったなら連れては来れない場所だった。


「危ないから、ココとスピカは飛びなさい」

「はーい」

「とぉっ!」


 それで無くても海水でぬるりと滑る岩の上を歩かせるのは心臓に悪すぎる。

 二人には飛んでもらうことにした。

 でも大人が翼を広げて飛ぶほどに開けた場所ではなく、シェイラとソウマ、クリスティーネは転がる大きな岩をゆっくりと進むしかなかった。

 シェイラは慎重に慎重に、一歩先を行くソウマに時々手を貸してもらいながら歩く。


「あの、水竜のみなさんもこうして歩いて毎回巣に行かれるのですか? 危険ではないでしょうか」


 これほど足場が悪いとなると、いくら水竜であっても足を滑らせて怪我をしてしまうのではないか。

 心配になったシェイラに、しかしクリスティーネはあっさりと否定した。


「水竜は水中にある道から出入りしておりますの。陸上からの出入りはほぼいたしませんわ」

「なるほど」

「あ、シェイラここ危ないわ。こっち」

「有り難うございます」


 先を歩くソウマに良く滑る石を指摘され、大きな手に引かれてより安定した石に足をかけながら、足元を見下ろす。

 この足の下に、どうやら水竜が楽々に通れるほどに大きな水中路があるらしい。

 そんなに長く潜ることが不可能なシェイラ達には当然使えず、こうして転ばないように注意しながら進むしかない。

 

(確かにこれならばたいていの人の侵入は阻むことが出来るわね)

 

 

 しかし危険な足場はそれほど長くはなかった。

 十五分程度でたどり着いた岩陰の奥まった場所に、大きく口を開けた洞窟の入り口が待ち構えていたのだ。


「ぼうけんっぽい……」


 赤い目を丸めて漏らされたココの台詞に、シェイラも思わず頷いた。

 入り口をくぐる前から覘ける分では、薄暗くて奥まではとても伺えない。

 暗い暗い先の方に何があるのかを、もしも知らなければ進んで入ることはないだろう、どこかおどろおどろしい空気が漂っていた。

 洞窟の中から時折吹くゴウゴウとなる低い音を鳴らす風が、何か得体のしれない鳴き声のようにも聞こえて背筋を寒くさせた。


(でも、ここに小さな竜たちが!)


 暗くて近寄りがたい場所に見えてしまうけれど、その奥には素晴らしい光景が広がっているに違いない。


(だって竜が! 見たい見たい見たい!)


 普段ならば絶対に怖気づいてしまいそうな場所なのに。

 しかし子竜の巣であるという強力すぎる誘惑に、シェイラは気合を入れて誰よりも早く洞窟の入り口に足を踏み入れるのだった。


「あら?」


 そしてふと、洞窟の中に入った瞬間の違和感に立ち止まってしまう。

 薄青の瞳を瞬かせ、きょろきょろと辺りを見回す間に、飛んでいるココとスピカが追い抜き、しかし直ぐに振り向いて不思議そうにシェイラに声をかけた。


「ママ、どうしたの?」

「いっちゃうよー?」

「少し待って。何だか、ここ……、変?」


 変、と言ってシェイラが差したのは、洞窟の外と中の丁度境目だ。

 そこをくぐる時に、何か膜のようなものの弾力感を感じた。でも普通に何の障害もなくこうして洞窟の中には入ることが出来ている。

 シェイラは戸惑いの表情を浮かべたまま一歩下がり、その洞窟の中と外の境目にそうっと指を伸ばす。


「やっぱり……」


 僅かな弾力が指を跳ね返す。

 薄い薄い、水の膜がここに出来ているのだ。

 光にあたって様々な色を反射しとても綺麗だけど、薄くて透明だから気づきにくい。

 近づいてきたココとスピカも、宙に浮いた状態でシェイラの腕に手を絡めながら、シェイラの視線の先を一緒に凝視した。


「んー? ほんとだ、なんかある」

「なあに?」

「これは一体? 膜が張られてます。凄い……」


 つん、っと指先でつついて反発する感触。こんなの人の感覚では有りえない。

 初めて見るそれが不思議で仕方がなくて、シェイラはすでに少し先を歩いていってしまっていたクリスティーネに首を傾げて尋ねてみた。

 クリスティーネは、微笑を浮かべたままで教えてくれた。


「水結界ですわ」

「み、みずけっかい……!」


 何だか格好いい響きの術名がきた。

 

「ふふ。水の気を纏う水竜以外は、『認めたもの』しか入ることは出来ません」

「す、すごいですね」

「うわっ」


 興奮してクリスティーネにきらきらの目を向けていたシェイラが、その声に振り返ると、ソウマが尻餅をついていた。


「ソウマ様?」

「おい。何で俺がはじかれるんだよ。その『認めたもの』に普通に入るだろうが」


 不満げに口を尖らせながら立ち上がり、汚れを払うソウマ。

 どうやら結界に勢いよく跳ね返されてしまったらしい。

 クリスティーネはそんなソウマに、口もとに手を当ててくすくすと笑った。


「反する性質の火竜が近づいて、幼い子たちが驚かないはずないでしょう? 今回は遠慮してくださいな」

「はぁ? ココはいいのかよ」

「これだけ小さいのに驚くも怯えるもないでしょう。それにココ程度ならほら」


 クリスティーネが、シェイラの左腕につかまり飛んでいたココに、そっと白い手を伸ばした。

 その瞬間に、水の清らかで冷たい空気がシェイラの肌に触れた。

 どうやらこの間、水竜の女性が陽を眩しがったスピカにしてくれたように、ココに水の膜を張ってくれたらしい。


「この程度の水の膜なら、ココもつらくないでしょう?」

「だいじょうぶ!」

「ぐっ……。ここまで何も言わずに連れて来ておいて、この場で駄目とかひどすぎる」

「ソウマ様……」

「うふふふふ」

「ちっ。あーあー、分かったよ。留守番してる。シェイラ、気にせず行ってこい」

「で、でも」


 赤い髪をかき上げて嘆息するソウマに、シェイラは先に進むのを躊躇した。

 引き返すべきかと足先の方向を変えたとき、ソウマは慌てて顔の前で手を振って、大丈夫だからと笑った。


「いやこれ、完全にクリスの遊びだから。からかって遊ばれてるだけだから気にすんな。普通は別に拒否なんてされないんだよ。仕方ねぇから今回は大人しく遊ばれとく。……ほら、子竜に会いたいんだろう?」

「………はい。クリスティーネ様、ソウマ様は駄目なのですか?」

「今日は気分ではありませんの」

「…………」


 涼やかに微笑むクリスティーネは美しく、しかし絶対に変わりそうもない強い意思を感じた。

 そしてここまで来てしまったシェイラの中でうずく好奇心も止まりそうにない。

 今、巣に行かなければ、水竜の里を出たあとに、あの時やっぱり行っておけば良かった!やっぱり子竜達に会いたかった!と絶対に後悔するに決まっている。

 だって本当にもう、この直ぐ先に目的の子竜達がいるのだ。

 悩みながらもそわそわと洞窟の奥に視線を送ってしまうシェイラに、ソウマは苦笑して手を振った。


「俺は散歩でもしてくるから。気にせず行って来い」

「……分かりました。では後で」


シェイラはソウマと別れて先に進むことにした。

ほんの少しだけ、クリスティーネのことを恨めしく思ってしまった。


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