表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第一章
9/150

竜の子の成長①


「それで?シェイラを狙った刺客の雇い主は特定できたのか?」


 執務室の椅子に腰かけ、山と積まれた書類を処理しながら、アウラットはかたわらで棒のように直立で立っている側近に口を開く。

 アウラットが今よりもう少し若い十代半ばのころ。

 竜の背に乗って城を脱走しては世界中を飛び回っていたのを問題視した第一王子である兄の命により、この側近をつけられてしまった。

 見張られようが止められようが、アウラットが王子業より竜使いとしての己を貫くことなど千も承知のくせに。


「どうやらバルジャマン男爵が主謀のようで。口の軽い刺客でいろいろ話して下さるので、芋づる式に近いうちに捕縛できると思われます」

「口の軽いうえに早々に捕まる馬鹿を雇うとは。男爵殿に人選の才は無いようだ」

「えぇ。そのようです」


 書類の用紙の右端にサインを綴り、その真上に朱色のインクを付けた版を押す。


「ほら、できたぞ。持って行け」

「は。ありがとうございます。では私が戻ってくるまでにこちらの決裁書類の確認を済ませておいてください」

「…………」

「何か?」


 生真面目で無表情な男の視線がアウラットに向けられた。

 動かない顔の筋肉に、感情の無い目。面白みのない男だ。


(ここまでカチカチに固い態度だと突っ込む気も無くすな)


 初めのころは冗談をいって笑わせようとしたり、表情を崩すために悪戯を仕掛けたりもしたものだけど、効果はなにひとつなくすでに諦めの境地にあった。


「いや、なんでもない。さっさといけ」

「は。失礼いたします」


 ご丁寧に1度の差分もなく45度腰を折って頭を下げてから退室する側近を見送った。

 側近が消えたのを確認したあと、アウラットは深く息を吐きながら椅子の背もたれに背を預ける。


「はー。兄上も面倒な奴を付けてくれたものだ」


 すでに国民より竜を愛してしまっているから、どうせ王子としては欠陥なのに。

 竜使いが現王族に存在していることは政治的に大きな力にもなるから、兄も両親も絶対にアウラットを王家から解放してくれるつもりはない。

 なんと面倒くさい家に生まれてしまったのだろう。

 


「ソウマが居れば飛んで抜け出せるのに…。旅とはいかなくても城下に散歩くらい行きたいものだな」


 しかし今は契約竜がいない。空を飛べなければ兄の命令に準じている衛兵達から逃げるのはなかなかに難しい。

 


「あー…さて。そんなことよりココのことだな」


 そして他の何よりも竜を愛するアウラットにとって、目の前の決裁書類よりなにより、今は幼き竜であるココを狙う者達がはびこっていると言う、この問題は非常に大切だ。

 腕を組んで目をつむり、思案する。

 見張り役が退室した以上、すでに政務をしようとする気はアウラットから完全に失われていた。



 …これまで人の目に触れる場所に出てくる竜は、成竜のみに限られていた。

 珍しい幼い竜を娯楽のために欲しがる者、見世物や売買などで価値のある商売道具として欲しがる者、成長するまで飼いならして思うがままの力を手に入れようとする者などは溢れるほどにいる。

 けれど竜を守るための対策なんて、今までは何一つ必要がなかった。


「人間が剣や槍を持とうとも、竜の硬い鱗を傷つけることは相当に難しい。しかしココは小さい」


 小さくて弱い、簡単に捕えられる竜。


「なにせ人差し指と親指でつまんで持ち上げられるお手軽さだ。通りすがりにつかんでポケットに入れて持ち帰ることさえ容易すぎる」


 貴重な竜を手に入れられる、またとない機会。

 目を付けられないはずが無く、ココの存在を知ればそれを手に入れようと動く人間がいることは予想出来ていた。


「シェイラではココを守ることは出来ない」


 そもそもが彼女に竜を守ってもらおうとなんて、アウラットも思っていない。

 (ココ)が懐いているから、(ココ)が喜ぶから傍につけただけだ。

 竜の傍にいるせいで彼女に降りかかる災厄なんて特に興味はないし、うっかり死んでしまっても寂しい思いをする(ココ)の方に同情する。

 

 だからココの守りには別の対策を取ろうとはしていたけれど、実際に手を打つ前に刺客に狙われてしまった。

 これについては失策だったと思う。まさか城に入った当日に敵方が動くとは、情報が流れるのが予想以上に早すぎた。

 

「早急に何らかの対策が必要だが…。とは言っても、護衛を張り付けるのは、ココが嫌がるだろうしな…。こっそり暗躍部隊を結成するか、いや…あいつら第六感鋭いし、すぐに気付かれそうだな。あとは城内の警備強化くらいしかないか?」


 どうしたものかと悩んでいるところへ、ふと良く知った気配を感じた。

 アウラットは瞼をあげて窓の方をむく。

 無言のままでおもむろに立ち上がり、空向こうを望むと小さく赤い点が確認できた。

 自然にアウラットの口端が緩む。


「帰って来たか。ずいぶん里に長居していたようだな」


 あれは間違いなくアウラットと契約したパートナーの火竜だ。

 たとえ今は赤い点に見えないほどの距離であったとしても、アウラットが 自分の竜を見間違えるはずがなかった。



 彼がココのことを調べに行ってはや半月。


(里に行くまでに竜の翼なら片道数日もかからないだろうに)


 仲間に聞くだけなら調査するにしてもそれほどの時間はかからないはず。

 だとすると久しぶりの里帰りに喜んだ里の者たちに引き留められていたのだろう。

 何度か尋ねた里での火竜たちの性質を考えれば、簡単に想像できた。

 アウラットは窓を開き、己の竜を出迎えるためにバルコニーへと足を踏み出した。

 開いた窓から吹いた風でいくつかの書類が宙に舞ったけれど、見ないことにして。



* * * *



 用意された私室の、庭に面した側の扉から外へでて、1人と1匹は大きな木の根元に腰かけていた。

 燦々(さんさん)と降り注ぐ太陽の陽を浴びての、心地よい日向ぼっこの最中。

 日光から火の気を蓄えると言うココのために、こうして天気のいい日は基本的に庭で過ごしている。

 シェイラの膝の上で寛いているココは、気持ちよさそうに伸びをしながらまた一声「きゅ」と鳴いた。


「いいこと?ココ。絶対に人に火を向けてはいけないわ」


 なるべく怖い顔を作って、シェイラは膝の上のココを見つめながらそう言い聞かす。


「きゅ?」

「……聞く気あるのかしら」


 首をかしげて鳴く姿に、うっかりほだされそうになる。

 今までのシェイラなら、ココにこういう可愛い仕草で見つめられれば、幸せ気分で頬ずりでもしているところだ。


(っ…、だめだめ、我慢よ。甘やかしすぎることは、ココの為にならないの)


 『親』であることを自覚し始めたシェイラは、真剣な表情を崩さないように気を引き締めた。


「あのね?ココにとっては火の中は心地の良い場所かもしれないわ。でも人にとっては違うのよ」


 本来ならココと同じ年頃の竜たちは、火事や他者への被害を心配する必要さえない。

 火竜の里は岩ばかりの山だと聞くから火も回らないだろうし、もし幼竜が火の力を暴走させたって大人の竜がフォローに回ってくれるからだ。


(けれどココは他の竜と違う。幼いころから人の中で暮らさなければならない)


 可能な限り早くに分別を付けさせなければ、いつ誰を怪我させるかもしれないのだ。

 だから何よりも人を傷つけることが無いようにしつけることが、一番に必要なことだと師であるジンジャーは何度もシェイラに話してくれていた。


「…ココ、理解している?それから知らない人について行ってはいけないし、危ないところでも一人で行ってはいけないのよ?」

「きゅ!」

「とても良い返事ね」


 おそらく返事だけで、理解はしていない。


「っ……」


 ため息を吐いて身じろぎすると、左腹部にひきつったような痛みが走った。


「きゅう?」

「大丈夫よ、心配しないで」


 心配そうな表情を向けてくるココを安心させるため、シェイラは微笑して指先でココの背を撫でた。


 もうあれから半月ちかく。

 傷跡は残っているし大きく動くとこうして違和感をかんじるものの、日常生活を過ごすことに問題はない程度まで回復していた。

 ジンジャーとの授業も数日前から始まったし、シェイラの仕事である竜の生育記録もすでにつけ始めている。

 部屋に置いてある測りでの体重測定や巻き尺での身長測定はもちろん、食べたものやその日の運動量、その他いろいろ書くことは沢山あって、毎晩1時間近くかけて書いていた。


(1時間書き物をするだけで王城に住まわせてもらって、勉強もさせて貰って。お給金までくれるのだから、文句なんてあるはずもないわ)


 そう思って頷いたとき。頬に一粒あたった、冷たい感触。


「あら……雨?」


 上を見上げると、いつの間にか空を灰色の雲が覆っていた。


「さっきまで雲一つないいいお天気だったのに。…通り雨かしら。ココ、部屋へもどりましょう」


 シェイラは膝の上のココを持ち上げて肩の上に乗せる。

 最初のうちは籠の中に入れて移動をしていた。

 けれどココは直ぐにそこから飛び上がってシェイラの肩に乗ってしまう。

 籠を持ち歩く手間もなくなって、ココと視線も合わせやすいからシェイラもこの体勢は気に入っていた。



 部屋のすぐ前の木陰にいたから、室内に入るのには十数歩程度歩くだけ。

 その十数歩の間にも、降る雨粒は激しくなっていいく。

 遠くには雷の音も聞こえていた。

 部屋にたどり着いてガラス製の扉を閉めたころには、もう本格的な雨模様になっている。

 後ろ手で扉を閉めてすぐ、雨をしのげたことに安堵の息を吐いたシェイラは、顔をあげてすぐ目に入ったものに、薄青色の目を驚きで見開いた。

一人の見知らぬ女性が、部屋の中央に立っていたのだ。


 その人はゆっくりとこちらを向いた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ