唄①
※微グロ有
「はい。どうぞ。よろしくお願いします」
「有り難うございます」
そう言って渡された、ローリーが肉と一緒に持ってきてくれた調味料を入れた麻袋。
さっそく中を覗かせてもらうと、思った以上に品は充実していた。
シェイラは窯の直ぐ隣に置かれていた木の台に乗せ、幾つも入っている小瓶や紙袋を取り出していく。
木の台は古いからか、そもそもの作りが甘いのか、若干斜めになっていた。
今は無いが、気を付けないと丸いものは転がっていってしまいそうだ。
「砂糖と塩くらいかと思っていたのですが、胡椒に油もあるどころか、他にも色々な香辛料と、それに乾燥ハーブまで揃ってる。ローリーさんたち、料理出来ないって言ってらっしゃいましたよね」
「えぇ、出来ませんよ。ですから色々ふりかけて、せめてもの味の変化を楽しんでいるのです」
「なるほど」
これだけ有れば結構な味のバリエーションが出来るだろう。
「料理が出来ないなりにも手伝いますよ。何をすれば宜しいでしょう」
「では、水瓶に水を。料理出来るほどには残ってないので」
シェイラは家の表にある水瓶に残っていた分の水を既に鍋二つに移していた。
兎は血抜きされ内臓も取り出されている状態とはいえ、生肉を捌くのには脂汚れが結構な量出るので、流すために多めのお湯の準備がいるのだ。
窯にくべて沸かし始めている鍋の分で水は使い切ってしまうはず。
何を作るにしても、料理として使うための水は足らないだろう。
「おやすい御用です」
気軽に引き受けてくれたものの、腰ほどの高さまである水瓶をいっぱいにするには、普通ならば何度も往復しなければならない。
「すみません。ずいぶん重いのに……」
近くにいる水竜に上手く頼めば術で直ぐに満たして貰えるものの、人間が相手ではよほど親切な水竜でないと面倒臭がられる。
白竜であるシェイラが頼めば水を満たすくらい軽くしてくれるのだろうが、しかし水を汲む程度のことで竜の力を借りるなんて……とも思うので、ここでは集落の隅を流れる川を往復して汲んでいた。
「いえいえ、結構な力仕事だからこそ、むしろ男に任せてくれた方が……あ、邪魔になるので、これはここに置いておいてもいいですか?」
「リュート? えぇ、どうぞ」
それはローリーが腰から下げた木製の弦楽器、リュート。
吟遊詩人である彼にとって商売道具でもあるはずのもの。
彼が置いたリュートは見慣れているものとは少し違っていて、大変に綺麗な彫刻が施されている。改めて良く見てみたその彫刻の美しさに、シェイラは心配になった。
「凄くきれいな装飾ですしきっと価値の高いものなのでは? 土の上に直接置いてしまって良いのですか? 家の中にきちんと仕舞って置いたほうが」
「……っぷ」
ローリーが、いきなり噴き出した。
どうして笑われたのかが分からずに、シェイラは眉を下げる。
「あの?」
「すみません。これが価値があるように見えたというのが、なんだかおかしくて。私が暇つぶしに掘っていっているだけなんですよ」
「え! そうなのですか!?」
シェイラは調理器具や食器が入っている棚の、すぐ隣に立てかけられたリュートを、思わず凝視した。
(どうみても素人仕事ではないわ……)
花とつる植物が折り重なった繊細な彫刻は、芸術にそれほど知識のないシェイラが見ても、暇つぶしで堀った程度の出来ではない。
その器用さと腕前に感心し、思わず「凄い……」とため息を吐いたシェイラの様子に、ローリーはこそばゆそうに、僅かに耳元を赤らめながら、くすくすと笑いを漏らした。
「掘れば掘るほどに、音も変わってしまって調節が大変だったりもするので、あまり推奨されない暇つぶしですけれどね。その変わっていく音色に合わせて唄の音程を変えるのも、何だか楽しくって」
暇つぶし、というわりにはローリーがリュートを見つめる視線はひどく優しい。
とても大切にしていて、大好きで、しかしこうやって土の上に適当に置いてしまうなどして、過度に丁寧うような事もしない。
彼の人となりが分かったような、分からないような。
しかし少しだけ内面を知れ、近づけたような気はした。
置かれたリュートから目を離し、ローリーをしっかりと見据えたシェイラは柔らかく笑みながら言う。
「あとで、聞かせていただいても?」
「――ぜひ。我らが国を守護する竜を称える唄を、どうか奏でさせてください」
ローリーが水を汲みに行き、再び一人になったシェイラは腕まくりをして気合いを入れる。
調味料類に何が有るかのを確認し、とりあえず隅に寄せたあと。
目の前の台のに置いたまな板の上にどんと残っているのは、ローリーが先ほど調味料と共に持ってきてくれた兎が二匹だ。
そして傍らには、少しばかり切れ味が心配な包丁が一本。
(あとで砥石になりそうな石を探しに行きましょう)
今日のところはもう力づくと技術で切ってしまうしかないと、シェイラは目の前の兎を捌きやすいように一匹持ち上げ仰向けにさせてみた。
「わ、大きい」
手にしてみると、思っていたよりも重さもあり、しっかりとした感触から身が締まっているのだともわかる。
丸々としている体は、沢山の餌を思う存分食べて育ったのだろう。
既に血抜きと内臓の除去されたそれは見るからに肉質も良い。
こういう質の良い食材を手にしていると、どうしても嬉しくなる。
シェイラは嬉々としてさっそくメニューを考え始めた。
「うーん。パーシヴァルさんは野草を採ってきてくれると言っていたし、レオさんは魚を釣って来るって」
もの凄く平然と言っていたから、シェイラより余程この島のことを知っている彼らは、食べられる野草のありかも知っているのだろうと思う。
「野草は期待してもいいわよね? あと魚は、運もあると思うのだけどどうかしら。予定に組み込んでしまっていいのかしら」
島で取れそうな野草と魚。そしてここにある調味料と兎。
他にはシェイラが持っている果物。
冒険者一行が持っていた調味料の中には小麦粉もあったが、酵母菌や発酵の為の時間もないのでパンは無理かもしれない。
(薄焼きの生地にして、こう、何か……)
シェイラは考えながらもざくりと、迷いなく兎の皮と身の間に刃を入れた。
隙間が出来たところに指を差しこみ、皮を剥ぎとろうとしたとき。
「お、シェイラ。晩飯の準備か?」
「ソウマ様」
丁度ソウマがやって来た。
笑顔で背後から顔を覗かせた彼は、しかしシェイラの手元の兎に気づくなり、ぎょっと驚愕に満ちた表情をする。
同時に慌てて三歩後ずさった大げさな彼の反応に、シェイラは薄青の瞳を瞬いた。
「しぇ、しぇいら、その兎どうするんだ?」
ソウマが恐る恐る、シェイラの手にする兎を差して言った。
顔色がいささか悪いようだ。
彼の質問に答えるよりも先に、シェイラはソウマの肩に乗っていたはずの二人の姿がないことを問う。
「ソウマ様。ココとスピカは一緒ではないのですか?」
「すぐ表でミモレとか、他の水竜に囲まれて遊んでる」
耳を澄ませてみれば、確かに子供たちの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「――で、それどうすんだ」
「もちろん捌きます。夕食用に」
「はっ!? だ、だ、だ、大丈夫か、俺がやってやろうか」
「え。ソウマ様、捌けるのですか?」
「やったことは無いけどな」
「……結構です」
シェイラは苦笑しながら首を振った。
きっとソウマは料理らしい料理をしたことは無いはずで、綺麗に捌ける可能性は微妙なところだ。
剣は一応扱えると聞いたことがあるので、台無しにはされないだろうが。
(パーシヴァルさん達に美味しい物を作ると言った手前、やっぱり丁寧に扱いたいわ)
彼らの捕った獲物を、責任をもって預かったのに不味くするわけにはいかない。
でもソウマは何だかもの凄く心配してくれている。
「だって肉切るんだぞ? 腹開くんだぞ? 女だったら悲鳴あげて卒倒するだろう普通!」
「女だったらって……」
その心配の仕方に、シェイラは違和感を覚えて眉を下げた。
自分が料理をすることはいまさらなのに。どうして、何を心配しているのか。さらに性別は一切関係ない。
「兎くらい、普通に捌けますよ?」
「え、まじ?」
「えぇ。問題ありません」
こくりと頷いたシェイラに、ソウマは本気で驚いた顔をしている。
「そんなに、意外ですか? 料理をする人なら誰でもできると思うのですが」
基本的に小動物は一匹丸々を血抜きをしただけの状態で売られているのだ。
きれいに原型が分からないくらいの一口サイズにまで切り分けてくれる肉屋なんてそう見かけない。
解体に大型の鉈などが必要になるような大型の獣はさすがに難しいけれど、兎や鶏くらいはシェイラでも捌くことが出来る。
故郷のストヴェールでは何処にでも走り回っているのを見かけた野兎や鳩を兄たちが捕まえたり、友人と狩に行った父が猪を仕留めてくることだってあった。
(むしろ兎くらい捌けなくて、肉料理を作れるはずがないのだけど)
でもソウマにとって、女性が生き物を捌けるというのは晴天の霹靂らしい。
あり得ないほどに驚いていると、丸められた赤い瞳とぽかんと開けた口が語っている。
「……以前から感じていたのですが、ソウマ様の言う『人間の女』って、凄く偏見がありますよね」
「え? そうか?」
「ええと、何だか絵にかいたようにお高くとまっている貴族の姫君のような感じです。でもそういう人って、現実にはむしろ少ないような気がするのですが」
「いやいや、良くみるって。アウラットに寄って来るついでに俺のとこまで飛び火するんだぜ? 本当に参るぞ、あれは」
「アウラット王子に、ですか」
ソウマが苦手な女性というのは、たとえば香水の匂いがきつかったり、高飛車で貴族意識の高い令嬢なのだろうと思う。
(でも私が知る限りそういうタイプの女性はそう多くは無いはず)
おそらくアウラットの傍にまで来るようなほどに位の高い、どんな我儘や贅沢も許されるような場所に居て、その上で更に甘やかされ過ぎた家庭環境で育ったような、ほんの一握りの女性の話だ。
王子であるアウラットの隣に立つソウマが接する女性にそういうタイプが多くなってしまうのは仕方がない。
でもそんな女性ばかりだと思うのは少し問題のような気がする。
「うーん。もう少し、色々な人と関わってみるといいかも知れませんね」
「嫌だ」
「あは」
即答で拒否し、顔をしかめたソウマの反応にシェイラは思わず噴き出した。
あまり人間というものに興味がないようだから知ってほしいという願いは少し難しい。
自分から関わりに行くことがないから、呼んでいなくても勝手にアウラットの傍まで寄ってくるような積極的な貴族の女性ばかりが余計に目に付くのだろう。
それでも火竜の性格くは竜達の中では一番に人に積極的で、興味惹かれる何かがあればあっという間に人にだって打ち解けられる。だから人間と契約をしている竜で一番多い種が火竜だった。
「とにかく、大丈夫ですよ。調理道具も一通りあるようですし。問題ありません。ソウマ様は召し上がられますか?」
「うん。なんか酒の肴っぽいの欲しい」
「お酒? 城から持ってらっしゃったのですか?」
首を傾げるシェイラに、ソウマが笑う。
「いや。さっきすれ違ったときに、ローリーが秘蔵の酒開けるって言ってて。気になるから付き合うことにした」
「あぁ、ローリーさんが。でしたら分かりました、何かご用意しますね」
ローリーはおそらく、シェイラの言った『気軽な感じに』を実行してソウマに接してみたのではないか。
少しだけど人と竜が打ち解けはじめた姿に、シェイラは嬉しくなった。




