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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第四章

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出会いと再会②

 家の前へと持って出たのは、昨日とってきたばかりの桃とイチジク。

 ナイフで二つに割ったそれらを、シェイラはココとスピカと一緒に木の板の上に並べていた。

 ちなみにミモレは自分の家へと帰っている。

 集落の中ならば他の水竜の目が必ずあるので、彼女が必ず着いていなくても良いらしい。

 ただ集落の外に出るときは声をかけてくれと言われていたが。


「よし、これで最後ね」


 二、三日中で食べきるくらいの分以外の、全ての桃とイチジクを並べ終えたシェイラは、ココを振り返った。


「じゃあココ、お願いね。中の水分だけを飛ばす感じで、出来るかしら」

「まかせて!」


 ずらりと並ぶ果物に、得意気な顔をしたココが手を翳す。

すると、ふわりと熱い空気がシェイラとスピカの方に漂ってきた。

 近くに暖炉やオーブンがあるかのようなじんわりと温かな熱が、徐々に周囲へと広がっていく。 


 ……ドライフルーツを作ろう、とシェイラが言いだしたものの、それが何が分からないココとスピカは不思議そうにしていた。

 分からないながらも頼んだ通りにココはしてくれて、彼の放つ熱気に当てられた 果物はじわじわと色が濃くなり、縮んでいき、次第に強く甘い香りを放ちだす。

 濃厚になっていく香りに、徐々に子供たちは引かれていき果物をまじまじと覗き込んだ。


「ねぇねぇ、ママ。これ、どうなったらできあがり?」

「もう少し縮んだらかしら。オーブンよりよほど早いわね。凄いわ、ココ。火の調整がとても上手になってる」

「へへー。がんばった!」


 日光にあててドライフルーツを作るのは日数がかかりすぎる。

 簡易な方法でオーブンで作ることも出来るけれど、それは焦がさずに水分を飛ばすためにじっくり弱火で二時間程度必要なのだ。じっくり二時間どころかココの術は数分で目に見えて果物から水分が抜けて小さくなっていっている。

 そもそもこの島にオーブンはないのだが。

 

 数分経って、程よいころ合いになったものをシェイラ達三人は一カケラずつ摘み、同時に口に放り込んだ。


「あまいねぇ、ママ」

「しぇーら、これおいしい!」

「本当。とっても良い出来だわ」


 ココの術の加減が余程うまくいったのか、それとも数日ぶりに乾燥パンとお菓子と生の果物以外のものを口に入れたからか、出来上がったばかりのドライフルーツは特別に美味しく感じられた。

 三人で盛り上がりながら広げていたフルーツを籠に寄せ集めていると、ふと視界に影が出来た。

 どうやら真後ろに誰かが立ち、それで日光が遮られたようで、シェイラは首を傾げながら振り向いてみる。


「何かいい匂いだなー……っと、あれ? 人の子?」

「え?」


 そこに立っていた誰かを見上げると、相手は短い黒髪をしていた。

 水竜達の里について以来、黒を持つ者はスピカ以外で初めてだ。

 そしてどこか浮世離れした雰囲気の水竜とは違い、目の前の男は生気に満ち溢れている。


(水竜、ではないわよね?)


 シェイラが戸惑いながら相手をうかがっていると、男は興味深そうにまじまじと凝視してきた。

 お互いに、この場に居るに違和感のある見目のある存在を不思議に思っているのだ。

 シェイラも水竜ではないように見える彼を思わず同じように凝視し、頭からつま先までを三度往復したころに気が付いた。


「冒険者様!」


 思わず高い声が上げてしまう。 

 固い胸当てに、動きやすそうな装飾の少ない服。

 さらに背に斜めに背負った大きな剣に気が付いて、彼がこの島に滞在しているという冒険者なのだと思ったのだ。


「え、はい。冒険者です」


 シェイラの突然の大きな声に相手は驚いたようで、若干身を引いている。


「やっぱり!」

 

 納得して手を叩くシェイラの隣で、ココとスピカも気が付いたのかハッとした様子で顔を見合わせ、揃って彼を差した。


「おー、ぼうけんしゃ!」

「ママがいってたひと!」


 普段は初対面だと怖気づいてしまうスピカも、もともと会えるのを楽しみにしていたからかココと手を取り合って歓声を上げつつ小さくジャンプしている。


「え? 何々? この歓迎ムードは一体何だ。もしかして俺ってば有名人?」

「い、いえ。思わず。すみません。ココ、スピカ、しぃっ」


 シェイラに窘められた二人が両手で口元を覆いもごもごとしていると、木の陰で死角になっていた向こう側から、二人の男が歩いてきた。


「どうかしたの、パーシヴァル」

「…………」


 目の前の男へと声をかけたのは、細身の見るからに優しそうな人と、弓矢を背負い短く刈り上げた大柄な人。

 弓を背負っている人は、大変に大きく、おそらくソウマよりも体格は良いだろう。

 一番最初に現れたパーシヴァルと呼ばれた背中に大剣を背負った彼は、やってきた二人に向かってシェイラを指した。


「ローリー、レオ。何か……たぶん人間、の女の子? ……が居るんだけど」

「は? こんな処に人間の女の子がいるはずが……居るね。たしか水竜に銀の色は出なかったはずだし」

「だろ?」


 ローリー、というらしい細面で僅かに緑掛かった金髪の男性が、不思議そうに首を傾け、シェイラと、そして一緒にいるココとスピカを視界に入れる。

 少しだけ困惑したような色をみせたが、しかし次に彼はおっとりと笑った。


「ええっと、こんにちはお嬢さん。お名前をお聞きしても」

「シェイラと申します。この子はココで、こちらはスピカです。……あ、あ、のう……」


 大剣を背負った人が、一歩シェイラへと近づき、さらに顔を覗きこんでくる。

 あまりに近い。初対面の距離ではない。

 ミモレのような年の近い女の子でも戸惑ったが、初めて会う異性とのこの距離は流石にどうしようかと思う。

 無意識に身を引いてしまうシェイラだが、その距離さえも詰められてしまった。

 しばらくしてパーシヴァルは口元に手を当てて唸りながら首をひねった。


「うーん? 違うか、間違えた。人間じゃないか。竜? だよな? 毛色が水竜では有りえないなら別の種か」

「う……あの…、その」

「だよなー。こんなところに、ぽんっと君みたいな人間の女の子がいるはずないもんなー」


 確かに、この大海原の中央の孤島に普通の人間の少女がいるというのは不自然だ。

 簡素といってもドレス姿のシェイラはどう見ても冒険者には見えず、だとすると竜であると判断して当然だろう。


 ぽんぽんと誤魔化しを浮かべられるほどに、シェイラの頭は早く回らない。


(ここの水竜達に受け入れられ、滞在を許されているのだから竜の敵ではないのよね。ミモレ様も普通に彼らのことを話してらっしゃったし)


 シェイラは目の前の、あまりに無遠慮に観察してくるパーシヴァルというらしい男性をおずおずと見上げて頷いた。


「……はい。竜、です」

「そうかそうか。俺たちはこの島に半月ほど前から滞在しているんだ。ネイファを中心に世界のいろんなところを巡っていて、まぁ人生に一度くらいは竜の里も見てみないとと思ってな」

「あ、えぇ。ミモレ様に伺っていました。――お会い出来て光栄です、冒険者様」


 シェイラはスカートを少しだけつまむと片足を下げ、わずかに腰を落とし瞼を伏せた。

 礼儀を重んじる父に、幼いころよりしつけられた挨拶の仕方。

 改まって挨拶をしようとすると、必要のない場面であっても時々自然と体は動いてしまう。

 ――その明らかに人間の(・・・)貴族の令嬢としての教育を受けている、たった今竜だと名乗り出たばかりの少女の仕草に、冒険者たち三人は一瞬だけ顔を見合わせた。

 でも深く立ち入ることでないと判断したのか、それとも視線だけで何かを打ち合わせたのか。それについては何も言わず、顔を上げたシェイラに向かってパーシヴァルは歯を見せてニカッと笑い、手を差し出すのだった。


「俺はパーシヴァル。見ての通り剣士だ」 


 握手を交わしていると、連れの者も前へと進み出てきて、柔らかく微笑みかけてくれる。


「吟遊詩人のローリーと申します」

「ローリー様、よろしくお願いします」


 緑掛かった金髪でおっとりとした風貌なローリーは、リュートと呼ばれる丸みを帯びた楽器を腰に下げていた。

 中心に三本張られた弦を爪弾(つまび)けば音が鳴る木製のこの楽器は、ネイファの国ではごくごく一般的な楽器だ。

 でも彼の持つリュートは美しい模様が浮き彫りされていて、装飾がとても凝っている。


「で、こっちがレオ」

「………」


 パーシヴァルに親指で指されたレオというらしい大柄な男は、背中に弓と、矢の入った筒状の入れ物を背負っていた。


「レオ様、こんにちは。宜しくお願いします」

「………」

「あの?」

「あー、悪い。こいつ、もの凄く無口でさ。俺たちとも最低限しか会話しないくらいだから気にしないで。顔も怖いけど、別に悪いやつじゃないから。あと、様はいいや。そんな柄じゃないし」

「あ、はい。ではパーシヴァルさんで」

「うん」

「なら私のこともそれで」

「分かりました、ローリーさん」 


(ええと……。黒髪で大剣を背負った、明るい人がパーシヴァル様……でなくパーシヴァルさん。細面で緑掛かった金髪をした、おっとりとした風貌の方が吟遊詩人のローリーさん。茶色い髪を刈り上げた無口で大柄な、弓矢を持つ方がレオさん)


 出会ったばかりの冒険者たちの顔を覚えるために頭の中で反芻しながら、ふといまだ一言も声を発さないレオを見上げた。


(おじゃべり、やっぱり苦手なのかしら)


 シェイラ自身も特別におしゃべりが得意というわけではない。

 お茶会などでたくさんの人が集まるような場所だと、相槌を打つのが精いっぱいな時も多かった。

 静かなことも好きで、だから別に、話す、話さないはどうでもよいのだ。

 でも出来るのならば仲良くはなりたくて、シェイラは気にしないと示すように、にっこりと笑ってレオを見上げた。


「皆さん、改めましてどうぞよろしくお願いします」


 そうして再びスカートをつまみ広げようとした時。


 ―――熱い風が、白銀の髪を翻した。


「っ!!」


 思わず見上げた青い空。そこを飛ぶ赤い竜に気づいたシェイラは驚きに目を見開く。

 シェイラから数刻遅れ、同じように全員が空を見上げて顔を綻ばせる。


「おー! 火竜か!」

「これはこれは、水竜の里で火竜にまで(まみ)えることが出来るとは幸運なことです」

 

 パーシヴァルとローリーが歓声を上げる傍ら、ココがシェイラの手を引っ張り声をかけてくる。


「しぇーら、あれって!」

「――えぇ!」


 正直、本来の姿をとった竜達が集った時、シェイラは彼らそれぞれを見分けることが出来ない。

 人のように分かりやすく髪型や服装で特徴が出ることもないし、顔のつくりはシェイラからは違いが分からない。

 大きさや色味に差があるにはあるものの、それ以外に個を特定出来る要素が少なかった。

 竜達も、相手を見分けるのは纏う気の違いだというから、目で見える部分だけではやはり難しいのだろう。


(でも、きっとそう。間違いないわ)

 

 今、空を飛ぶ大きな赤い竜だけは、きっと何百匹の火竜の中からだって探せると自信を持てる。


「ソウマ様……!」


 シェイラの喜びに跳ねた声に答えるように、真上を飛ぶ赤い竜は太く長い喉を反らした。

 そして一際に大きい声で、彼は咆哮を響かせる。


「ぐぅおぉぉぉぉ!!」




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