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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第四章

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出会いと再会①

 シェイラ達が借りている空き家だった建物は、玄関を入って直ぐにある居間と、そこから続く寝室の二部屋のみの質素な平屋建てものだ。 

 

(そう。居間と、寝室しかないのよ)


 居間の中央にある唯一の家具であるダイニングテーブルの前に立つシェイラは、室内をぐるりと見渡し眉をハの字に下げた。

 別に部屋の狭さや少なさを不満に思っているわけではない。

 彼女はただ現状に困っていた。

 当然といえば当然なのだが、ここにはキッチンも風呂もトイレもないのだ。

 人間の生活に必ず必要なそれらの施設は彼ら竜にはまったく必要ないものだった。

 しかし人として生まれ人として生きて来たシェイラには、必要不可欠なものでもある。

 

「うん。お風呂とかはまぁ構わないわよね。水場は多いし、草木ばかりで死角も多いし、石鹸は持っているし。ただ……」


 八の字に下がっていた眉が、ますます下がっていく。

 問題はただひとつだけ。


「キッチンがね」


 調理できる設備がない、というのはもの凄く困ることだった。

 シェイラは頬に手を当てため息を吐くと、首を横へと振る。


「いいえ、キッチンだけなら火さえ起こせれば何とかなるのだったわね。あぁ、だけどそもそもの食糧が」


 シェイラは竜であることを受け入れたといっても、たぶん力が少し使えるようになった程度といっただけ。

 何となく頻度は減ったような気がするけれど、でもお腹は普通に空く。

 つまり、食べないと飢え死にする……。

 しかしここにはキッチンもなければ、商店も、食堂もない。

 いつもの様にお金で食べ物自体を手に入れることが難しかった。


「うーん……」


 シェイラは目の前のダイニングテーブルの上に、荷物の中身を全て出して並べていた。


「塩は、少しだけど一応はあるわ。あとは非常食の乾燥パンと、ココとスピカのためのお菓子が数種類」


 本当に持っている食べ物らしいものはこれだけだ。

 結果的にシェイラはこの里に着いて三日目の今日まで、乾燥パンと、お菓子だけを食べている。

 あとはミモレの持ってきてくれたお茶くらいか。

 しかし手持ちの食糧もそろそろ量的に限界だった。

 それに栄養的な意味でもこの食生活は続けない方がいいだろう。

 

「―――どうにかしないと」


 せっかく憧れの場所にたどり着いたのだ。

 次にいつ来られるかもわからないのだから、出来るのならば島を思う存分堪能してから次に進みたい。

 まだまだ島の一部しか見られていない。


「お腹が空いたから帰ります、なんて有りえないわ。よしっ」


 今までのようにお金で手に入れられないのなら、もう採るしか道はない。

 シェイラはぐっとこぶしを握り、自分に気合いを入れた。


「ココ、スピカ」


 呼ぶとテーブルの上に絵本を広げて遊んでいたココとスピカは顔をあげ、立ったままやる気に満ちた顔をしているシェイラに首をかしげる。


「「なあに?」」

「森に行きましょう」

「もり? どうして?」

「食糧を探さないと!」

「おー?」



 そんな経緯で今日のシェイラは集落の近くにある森を探索していた。

 肥えた土と青々とした緑や、色とりどりの花々に時折足を止めつつ、ミモレの案内で森の奥へと入っていた。


 そして今、一本の大きな木の前で腰を落とし、土から隆起した根を薄青の瞳でじいっと見つめてる。

 ミモレは興味なさげに少し離れた場所をふらふら歩いているが、ココとスピカはシェイラの両脇に腰を落とし、一緒に木の根元を見つめていた。

 木の根元からに幾つも生えるのは、手のひらくらいの大きさで薄い茶色をしたキノコだ。

 

「……これは、食べられるのかしら」

「おいしそうだよ?」

「ココ……、そうね。色は、何となく美味しそうね?」


 見た目からすると市場にも売っていそうな平凡な感じで、もしかすると美味しいのかもしれない。


(いえ、でも万が一にも毒キノコだったら)


 鼻を近づけて香りを嗅いでみると、特に変な臭いでもなかった。

 そっと触れても肌に刺激は特に感じなかったので、群集するキノコの一本を手折り、目線の高さまで上げてじっくりと観察する。

 色も匂いも形も、特に変わったところはなさそうだ。


「うーん……」


 眉間を寄せてしばし唸ってみたものの、やがてシェイラはそっとそのキノコを土の上へと置いた。


「ママ、やめるの?」

「えぇ。食用かどうかがさっぱり分からないもの。キノコは止めておきましょう」


 この里には医者なんていない。毒にでも当たったら大変だ。

 シェイラはふうと息を吐いて、目の前にそびえたつ木の幹をたどり、茂る葉の隙間からわずかに覗く青い空を見上げた。

 竜の里は、竜を愛するシェイラにとって楽園のような場所だと思っていた。

 きっと楽しいことばかりだろうと。まさかこんな事で悩むだなんて思ってもいなかった。

 食糧がないなんてとても単純な……しかしとても重大な問題だ。

 

「旅にはこういう知識も必要だったのね」


 地理や交通方法などは調べていたけれど、まさかキノコについての知識も必要だとは思わなかった。

 シェイラの育った環境では食べ物は『買う』ものだった。

 基本的には家に野菜売りや卵売りが売りに来てくれて、それをお金をだして買えば手に入れられたのだ。

 たまに町に出たときに店で食材を選ぶことや、兄や父が遊びの狩猟で獲物を捕ってくることもあったけれど。

 でもシェイラ自身が食べ物を採取したことは、一度もなかった。

 商人たちがどうやって食べ物を生産したり仕入れたりしているのかも、ほとんど考えたこともない。

 そもそもシェイラの立場ではシェイラ自身が『買う』『作る』といった行為をしなくても、傍にいる侍女に一言告げるだけで大抵のものはテーブルまで運ばれて来るのだが。

 

(水竜の里に店がないなんてこと、少し考えればわかるはずで、備えておかなければならなかったのに)


 食べ物が『買えない』『所望しても持ってきて貰えない』という状況なんて、今までの生活と掛け離れていた。

 自分の考えの足らなさや贅沢さに呆れながら、空から土の上へと視線を戻す。

 目の前のキノコから更に横へと視線を滑らせたシェイラは、「あ」と小さく声を上げた。


「これは分かるわ」


 キノコの隣に生えていたものに、そっと手を伸ばす。


「プルデね。ストヴェールでも王都でもよく売られているものだもの」


 ギザギザに波打つ葉が地からいくつも生えている。

 たしか茹でて灰汁(あく)抜きをすれば、多少の苦みは残るものの食べられるはずだ。


「う……でも、確か似た形のもので、痺れ作用のあるものもあった。かも?」


 少ない知識を絞り出してみると、いつかの新聞で誤食した人が記事になっていたような気がしてきた。

 いや。もしかするとプルデとは違うものだったかもしれない。

 しかしキノコや薬草を食用と間違えて食べてしまう事故は、必ず年に何度か記事になっている。

 手に取ったプルデを鼻に近づけ嗅いでみると、香りも形も大丈夫なような気がするし、でも何となく違うような気もしてきた。

 一度疑ってしまうと、もうどれもこれもが危険なように見えてくる。

 どの野草を見ても口に持っていく気になれそうにない。

 自分の目利きに自信が持てなかった。


「あー……。もう、本格的にまずいかも」

 

 草を手にしたまま項垂れるシェイラに、ココは赤い目を瞬かせた。


「なにが?」

「ココはおばかねぇ。ママはごはんないとこまるのよ」

「なんで?」

「ひとだから。たべないとだめでしょ?」

「ううん?」

 

 食物を食べないと力が出ない。死活問題だ。というのはまだ小さい子、それも竜であるココには理解しがたいことらしい。

 シェイラは難しい顔をするココに苦笑して、赤い髪を撫でた。

 

「竜の里に来る人間は大なり小なり食に苦労してらっしゃるようね」


 上からかけられた声に、ココの頭に手を乗せたままで顔を上げる。


「ミモレ様」


 シェイラの食糧探しには興味なさそうで、ミモレは少し離れた場所でふらふらしていた。

 ようやく近くに寄ってきてくれた彼女に、目の前にあるキノコを指して聞いてみる。


「ミモレ様。このキノコが食べられるかどうか分かりますか?」

「キノコに毒があるかどうかですって?」


 ミモレは驚いたふうに眉を上げて目を見開いたあと、すぐに呆れた様子でハッと鼻で笑う。


「私が、キノコに関する知識があると思って? 興味なんて一度たりとも抱いたことはありませんわ」

「ですよね。そう思ってました」

「でも」

「でも?」

「キノコや草? については分かりかねますが、私たち水竜も間食として時折果物くらいはつまみますの。甘くて美味しい果物でよろしければ、生っている場所にご案内して差し上げても宜しくてよ」

「ほ、本当ですか!?」


 その魅力的な提案に、シェイラは勢いよく立ち上がった。


「えぇ。確か人間にも害のないもののはずですし。いくつか種類もございますから暫くはしのげると思いますわ」

「有り難うございます!」



 


 ミモレが案内してくれた場所は、小さな川が傍に流れる、桃の木と、そしてアーモンドの木が少しの距離を空けて生っている場所だった。


「わ、美味しそう……!」


 少し触れただけで枝から離れる桃はどれも食べごろで甘い良い香りを放っていた。

 更にアーモンドは種を取り出す手間があるけれど、とても栄養がある。

 そして炙っておけば種子類は保存も効くから、今の状況では大変に有りがたい食糧だった。 


「ココ、スピカ。アーモンドの割れて中身が覗いているものを集めてくれる? こういうのなのだけど、分かるかしら」

「はーい!」

「たのしそうっ!」


 初めての作業が物珍しいのか、ココとスピカはやる気だった。

 翼を出して実のたくさん生っている木の枝の元まで飛び、シェイラの言った薄茶色にしずく型をした小さな実の中の、割れて種が顔を覗かせているものを探し始める。

 そして縦に亀裂の入った、丁度良く熟した実を見つけ、指さしながら尋ねてきた。


「これ?」

「そう。同じようなものを探してね」

「うん!」


 二人とも一つ、二つと、見つけるたびに歓声をあげ、服のポケットへと納めていく。

 シェイラもしばらく一緒にアーモンドを集めたあと、その場を二人に任せて直ぐ近くの桃の木へと移動した。

 柔らかで大きく、良い香りを放つ桃を持ってきていたバッグの中に収めていく。

 このままでは日持ちはしないだろうから、乾燥させてドライフルーツにしてしまおうと思いつく。

 ミモレは、そんなシェイラ達の様子をじっと観察していた。

 手を貸すことはないけれど、でも離れることもなく傍で様子を見ている。

 視線が気になってふと振り返ると、ミモレは少し視線を外し、顎をくいっと動かして森の更に奥を指し示す。 


「シェイラ様、あちらにイヂジクもなっていますの。あとでご案内しますわ」

「わ、ありがとうございます。本当に助かります」

「別に、何度も言いますけれど、白竜に倒れられたら困るから。だから、です」

「はい。分かってます。あ、ミモレ様」


 彼女の少しだけ棘のある物言いにも慣れてきたシェイラは、笑顔のままでもいだばかりの桃の一つを両手にのせて差し出した。


「この桃とっても美味しそうです。いかがですか?」

「……いただきます」


 僅かに瞼を伏せたミモレは静かな声で返事をしつつ桃を受け取ると、そのまま口元へ持っていき一口食べた。

 

(皮は剥かないのね)


 綺麗でしとやかな外見だけれど、やはりこういう処が竜なのだ。

 果肉からこぼれ落ち手に伝う汁をハンカチで拭うでもなくペロリと舌で舐めているあたりもらしい(・・・)

 ミモレは小さな口で頬張った柔らかな身をもぐもぐと咀嚼していた。

 そうしながら、彼女は実を集め続けるシェイラを水色の切れ長の瞳で観察する。

 無言のままで何口から食べてから、やがてふと思い出したかのように口を開いた。 


「そういえば、今は冒険者様がこの島に滞在してらっしゃるのですよ」

「冒険者様? ではこの海を越えて?」


 持っていた桃の実を鞄にしまいつつ、話の内容に興味をひかれたシェイラはミモレを振り向く。

 この水竜の里である島はとても越えるのが難しい激しく複雑な海流に囲まれている。

 相当の腕を持つ船乗りでも島までたどり着くのは命がけなこの海を、冒険者は越えて来たのだろうか。


「もしかして竜の背に乗ってとかですか?」


 船でここまで来るのは大変だけれど、竜の背に乗って飛んで来れば一日もかからない。

 シェイラの場合はココやスピカも一緒なこともあり、あまり早い速度を出すのは難しいので倍の時間がかかったけれど。

 それでも船で超えるよりも全然短い時間で、安全に来ることが出来た。


「いえ。船でですわ。到着したときはぼろ切れのような有様でしたわね。回復した後は、しばらくこの集落に滞在されていて、その後に島を一回りしてくると。確か半月ほど前に集落を出ていきましたから、もうそろそろ戻ってくると思うのですが。暑苦しい人たちでしたので帰って来なくても問題はないのですがね」

「暑苦しい、人……」

「ぼうけんしゃってなーに?」

「ココ」


 人の姿に翼をはやした姿のココが、シェイラの肩に手をついて顔を覗かせた。

 振り向くとスピカはずいぶん夢中でまだアーモンドをせっせと採取していた。

 どうやらココは飽きてこっちに来たらしい。


「ぼうけんしゃって?」


 再度聞いてくるココの質問に、シェイラは苦笑を返した。

 少し考えてから自信なさげに、知っているだけの知識を絞り出してみた。


「この国、ネイファでの冒険者とは、ギルドと呼ばれる専門の組合に登録している者たちのことを指すのよ」

「うーん?」

「う……実は私も、詳しくはわからないの。組合に所属して冒険をしている人たち、としか。ごめんなさい」


 ギルドに委託される様々な依頼を冒険者たちは下請けする。

 そして依頼者からの依頼達成の報酬を、ギルドと冒険者で分け合う形で彼らは金を得ている。

 シェイラの知っている知識はその程度だ。

 世間的にギルド組合は荒くれ者の集まりという認識が強く、少なくとも貴族の令嬢が立ち入る場所ではなかった。

 どんな依頼があるのだとか、どんな決まりごとがあるのかだってまったく知らない。

 ただ他国とは違い、ネイファの国のギルドで竜の鱗や牙を採取する依頼は絶対に受諾されない。

 

 

「あ。でも昔、ストヴェールの実家に居たころ、たまに屋敷を訪ねて来る冒険者がいたわ」

「おうちにきたの? しぇーらの?」

「えぇ」


 実家の近くにある宿は部屋数が少なく、満室だったりすると一泊の寝床を願い訪ねてくる冒険者が時々いたのだ。

 その頃の思い出を頭の中に浮かべると、自然とシェイラの表情は緩んだ。

 冒険者との交流は、非日常的でとても楽しい時間だったから。


「彼らの話す冒険譚はとても面白かったわ。知らない国の人々との出会いや、冒険で入った遺跡

での出来事を聞かせてくれたの」

「ほぉー!」

「す、スピカもあいたい!」

「あら。スピカ」 


 気づくとスピカは足元に居た。

 彼女のポケットには大きなふくらみが出来ていて、たくさん拾ってくれたようだ。

 頭を撫でて有り難うと感謝を述べる横で、ココも目を輝かせて手を上げた。 


「コ…、じゃなくて、お、おれも!」

「えぇ。そうね、私も会いたいわ」


 今の期待に満ちた様子のココとスピカと同じような顔で、幼いころのシェイラと兄弟たちは彼らの訪れを楽しみにしていた。

 中でも竜に関する遺物が多く残されていた遺跡の話をしてくれた剣士の話はとても面白かった。  

 しかし危険を好む荒くれ者ばかりなため、煌びやかで治安の良い王都。それも貴族街や王城近くで出会うことは滅多になかった。

 危険を追い求める血気盛んな人が多いので、ミモレのいう『暑苦しい人』の意味もなんとなく分かる。

 おっとりとして静かな雰囲気の水竜からすれば、確かに暑苦しいのかもしれない。


「この島のどこかに居るのなら、久し振りに冒険のお話を聞けるかしら」

「ご興味あるようですわね。集落に戻って来たならばお教えしますわ」


 ミモレの台詞に、シェイラはココとスピカと一緒に何度も頷いた。

 彼らは今、水竜の里であるこの島を一通り回っているという。

 まだ到着したばかりのシェイラには分からないこの竜ばかりの島のことを聞かせてくれるだろうか。






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