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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第四章

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海に浮かぶ孤島④

 朝のティータイムを楽しんだ後。

 シェイラとココ、スピカはミモレと共に周辺の探索に出ることにした。


「わっ」


 借りた家の扉を開けると、とたんに視界一面に朝の陽が差しこんだ。

 シェイラはその強さに思わず目を眇めてしまう。


「まぶしーい」

「たいよういっぱいっ!」


 人型に翼を生やしたココは嬉しそうに跳びあがり、空中を浮遊しながら陽を浴びた。

 自由自在に回転したり、浮いたまま停止したり。

 風を自由に操る何の不安も感じさせないしっかりとした飛び方は、見るたびに成長したのだなと思えて嬉しくなる。

 火竜の気の源は、炎であったり太陽の光であったりする。

 火山などに行く機会はないので、ココは主に太陽の光から力を得ていた。


(陽より火のほうが強いと思うのだけれど、ココは朝陽の中から生まれたからか朝の陽が特別に好きみたい)


「うぅ…」

「スピカ、まぶしい?」

「ちょっとだけ」


 ココに反して闇を力の糧とするスピカには、この清々しすぎる朝の陽は強すぎるようだった。普段の太陽ならばスピカも平気なのだけど、しかしシェイラからしてもこの朝日は眩しかった。

 スピカシェイラの後ろに周って縋り付き、顔を隠した。


「中に戻る? 夕方まで待ちましょうか」

「や。 だってココはもういえ、はいらないでしょ?」

「あの様子をみるとそうね……しばらくは飛び回っていると思うわ」

「だったらスピカも! いっしょにおさんぽする!」

「そう? 大丈夫かしら」

「うん」


 腰を落として目線を合わせ、何度か繰り返し戻ろうと言ってみても、スピカは頑なに外に出ることを望む。

 ココが出来るのに自分だけが出来ないことが有ることが、スピカはいつも気に入らないようだ。

 それぞれに得意分野があるのだから良いとシェイラは思うのだけれど。

 本人的にはどうしても、全部が相手より上にいきたいらしい。

 一番そばにいる相手だから、一番のライバルでもあるのだろう。


「だったら、なるべく陰になるところを通って行きましょうか」

「うーん」


 提案してみた折衷案にも不満そうだった。

 でもどうしようも無いと分かってはいるみたいで、スピカは唇を突き出しながらも頷いた。

 その時、とんと肩を叩かれた。


「?」


 立ち上がって振り向くと、一人の水竜が微笑を浮かべ立っている。

 男性に見える。けれど中世的で、水竜特有のしっとりとした色香を纏う人型の竜。

 シェイラは首をかしげながら己より少しだけ背の高い相手を見上げた。


「あの?」

「君が白竜? ミモレに聞いたよ」

「はい。そうです」


 竜相手に隠す必要もないので、少しだけ戸惑いながらも頷いた。

 

「ほうほうほうほうほう。君が噂の……」

「あの?」


 とまどっていると、彼の後ろからもう一人、顔を出す。今度は髪を編み上げた女性だった。


「リューク、一人だけ白竜と話すなんてずるーい」

「そうだそうだ」

「こんにちは、シェイラだっけ? クリスのいたところに居たのでしょ?」


 シェイラが戸惑っている間に、次から次へと水竜が増えて来た。


(りゅ、りゅうに囲まれている!)


信じられない光景がまぶしくてシェイラは眩暈を覚えた。

 出会ったことの無いほどにたくさんの水竜に囲まれている。

しかも何だかとても親切だ。

中には流したままだった白銀の髪を一房手に取り観察している者までいた。横から頬を突っつかれたりもした。思いっきり触られている。初対面の他人ならばもちろん嫌だけれど、竜であるというだけで許せてしまう。単純すぎる。


「貴方たち、シェイラ様は体調がすぐれないからしばらく大人しくといっていたわよね」


 後から出てきたミモレは竜達の間を縫って、シェイラの目の前まで来た。

 肩に届かない程度の長さの髪、前髪も真っ直ぐに切りそろえられていて、見た目はこの中にいる誰よりも年下なのに、誰よりも凛としていて威厳がある。


「別にいいじゃん。出てきたってことはもう平気なんだろ?」

「大体水竜に他人を気遣えっていうほうが無理だし」

「貴方たち? いい加減になさらないと―――」

「ミモレ様!」


 シェイラがミモレと水竜達の間に割り込んだ。


「私、水竜の皆様とぜひお話したいです!」

「貴方は……そういう方でしたわね」


 ミモレは呆れたふうに嘆息し、一歩後ろへと下がった。


「気を使って頂いてありがとうございます」

「別に。騒がしいのが嫌だっただけですから」

 

 そうしてシェイラは集落の中心の、広場に場所を移し水竜達と会話をした。

 王都にあるような広場は噴水やベンチ、花壇の設けられただった。でもこの里の広場は、剥き出しの土が広がっていて、端に何本か木がたっているような場だ。

 水竜達の話すことは主には白竜についての質問ばかり。

 ココは早々に飽きて少し離れた、しかし目に届く範囲を飛び回っている。


「ねぇ、白竜の鱗は本当に真っ白なのかしら」


 キラキラと輝く瞳を向けられ、翼を出して見せると歓声を上げて喜ばれた。

 更に乞われて竜の姿になって見せると、全員に囲まれ触られた。

 あのあまり物事に興味を示さない水竜達が、珍しい生き物を観察するかのような目をシェイラに向けて来る。いや実際に観察されているのだろう。

 その証拠に、一通り会話を交わし、触ると満足したのか、彼らの興味はあっさりと移る。

 興味の移ろいやすい竜……ジンジャーに習った水竜の性質はその通りだった。

一人二人と減って、三十分もしないうちにミモレ以外の水竜は片手に足りない数になっていた。



「あら、黒いおちびさんは陽がいやなの?」


 シェイラの後ろに縋り付いていたスピカの様子に、残っていた女性の姿をした竜が彼女に声をかけた。

 白竜と同じく絶滅した存在とされていた黒竜のスピカにも、当然関心は寄せられる。

 スピカの手にきゅっと力がこもったのが、握られているスカートから伝わる感触で分かった。

 落ち着くようにと頭を撫でれば、不安げに揺れる黒瞳が見上げてくる。

 シェイラが微笑しながら頷いてみせると、スピカはおずおずと顔を出した。

 

「え、えっと」

「そういえば他種の子竜なんて初めて会うかも」

「他所の里に出向いた奴しか会わねぇしな」

「そもそも黒竜がまだいたなんてねぇ。本当に驚きだ。大丈夫? 今朝は陽が強いものね」


 スピカは次々と話しかけてくる竜に戸惑っている。

でも掴んだ手に力を込めながらも、おどおどとした様子でゆっくりと頷いた。

 すると最初にスピカに話しかけてきた女性は微笑んで、屈んでスピカの視線の高さに合わせてくれた。

 どうやら水竜の中でも子供好きな性格らしい。


「海辺だし、人の里のように遮るほどの建物もないしねぇ。西にあるっていう場所柄、朝日が一番強いのよ」

 そう言って彼女はスピカの頭に指を触れさせる。 

「はい。これで大丈夫」

「あ、ひが」

 

 水竜である女性が何かをしたのだということは、会話の内容と、一瞬だけ感じたひやりと肌に触れた水の感触で分かったが、具体的に何が起こったのかが全くわからない。


「……どうしたの?」


シェイラが尋ねると、スピカが見上げてきてにっこりと笑った。


「ひが、よわくなったの」

「まぁ」


 言われてよくよく見てみると、確かにスピカの頭と肩を覆うふうに、うっすらと膜が出来ているようだった。

 そっとシェイラが触れると、確かに冷たい。


「ただ水の膜を張っただけだと、むしろ陽を集めてしまうわ。でも常時波紋を作りだすことによって、陽を反射させ分散させることが出来るのよ」

「すごい。凄いです! 有り難うございます!」

「あ、ありがとうっ。おねぇさん」

「ふふ。どういたしまして。夕方までには蒸発して、自然と消えるはずよ。今日は特別陽が強いのだけど、明日も必要だったら言ってちょうだい? 私ははす向かいの家に住んでいるから」

「有り難うございます」



 ―――水竜達との交流も落ち着いた後。シェイラ達はミモレの後をついて集落の中を見て回った。

 連れられて奥へ入っていくと、先ほど寄ってきてくれた竜以外にも、人の姿をした竜達の姿がちらほらと見える。

 木陰にもたれて座って居眠りをしていたり、軒下でおしゃべりをしていたり。

 おだやかな光景は、人の生活と変わらないようにも見える。


「やはり水色の髪の方が多いのですね」


 シェイラが尋ねると、ミモレは頷いた。

 

「そうですね。力が強いほどに水の気の色がはっきりと出ます。純粋な水色の髪と瞳を併せ持つ者は水竜の中でも上位の力の持ち主と考えて頂いて構いませんわ」

「あ、聞いたことがあります。生まれながらに持つ気が、混じりけのない強いもので有ればあるほどに、見た目にその性質の色が濃く現れると」

「えぇ。色は強いつがい(・・・)を見つける分かりやすい目印でもあります」

「なるほど。勉強になります。そうするとミモレ様はとてもお強いのでしょうね」

「ふふ、それほどでも有りますわ」


 ミモレの自負通り、今ここから見える限り純粋に髪も瞳も混じりけのない水色を持っているのは彼女だけだった。

 他の竜達の髪は青に近かったり、緑が濃かったり、中にはグラデーションがかったていたりもする。 他にも白に近い色や、茶や金が混じった色のものもいた。


(クリスティーネ様も、髪も瞳もとてもきれいな水の色だったわ)


 水竜たちの髪は清らかな水をそのままに露わしたようで、触れれば冷たく濡れているのではないかと思わず想像してしまう。

 そして持つ色は違っても、皆がみんな、浮世離れして美しく、そしてしっとりとした色香を纏っている。

 人にも数は少ないが居る珍しい髪色のそれとは、何故か違う。水竜の色。

 水竜の彼らが集う光景はどこか浮世離れしていた。

 シェイラは夢心地で、ほうと感嘆の息を吐きながら周囲を見回した。


(なんだか妖精の国にでも紛れ込んでしまったみたい)


 自分の地味な容姿が少しだけコンプレックスでもあるから、何処となく気おくれを感じる。

 でも右を向いても左を向いても竜ばかりのこの光景は、幸せ以外の何物でもない。

 ずっとずっと来てみたかった竜の里に今、足をつけて立っている。

 夢みたいな状況に、少しだけまだ現実感が持てなくて、シェイラはおぼつかない頭の中、無意識にココとスピカの手を強く握ってしまった。


「しぇーら?」

「どうしたの?」

「……ううん」


 常にそばに居続けてくれる、自分が足に地をつけているのだと実感させてくれる二人。

 ココとスピカの存在に、ほっと安堵の息を吐くのだった


 ミモレと会話をしつつ、小さな家の建ち並ぶ集落の端までたどり着いた。

 そこで彼女は足をとめて、シェイラ達をくるりと振り返って首をかしげた。

 幼くて愛らしいその顔で、可愛く小首を傾げて見つめられる。

 

(何度も思うけれど、たまらなく可愛いわ……)


 故郷に居る妹と見目は同年代の少女。容姿も雰囲気も違えど勝気で華やかなところが少しだけ重なっていて。

 ユーラとは他人だと分かってはいても、接するたびに懐かしく愛おしい気持ちが沸いてくる。

 シェイラにとって胸の奥をくすぐる存在だった。


「さてシェイラ様、私は何からご案内すればよいのかしら? ご興味のあるものは?」

「興味、ですか? 私の?」

「えぇ。一体何を喜んでくださるのかしらー、などと考えるのは面倒です。なので、さくっと気になる場所を指定してくださいな」

「そうですね……」


(……なんでも嬉しいのだけど、それだと困らせてしまいそうね)


 シェイラは少し身をかがめてココとスピカに尋ねてみた。


「あなた達は、何か行きたいとか、したいことがあるとかある?」


 ココとスピカはきょとんと目を丸めて、お互い顔を見合わせる。

 そして無言のままで何か通じあったらしく、揃って頷いてからシェイラに満面の笑みを返してきた。


「しぇーらのすきなのでいいよ」

「しぇーらママがいきたいとこがいいなぁ」

「そ、そう?」


 ココとスピカはまるで孫を見るかのような表情を浮かべてうんうんと頷いている。

 水竜の里を見たいというシェイラの意見を優先させようと、気を使ってくれているらしい。


「ありがとう。そうね、どうしようかしら」


 水竜の里にあるものは見るものすべてがシェイラを幸せな気分にさせてくれる。

 この場に立ち止まって歩き交わす彼らをひたすら何時間も眺めたっていい。

 でもそれはさすがに困らせるだけであろうし、ココもスピカも乗らないだろう。

 どうしようかと考えながらぐるりと周囲を見回して、シェイラはふとあることに気が付いた。


(歩いている竜ばかり?)


 目に映る竜はすべてが普通に人間の姿をしているものばかりだった。

 容姿がキラキラしている以外は、本当に人の小さな集落と変わらない光景だ。


「あの、ミモレ様。水竜の里の皆様はこうして人のような生活を送ってらっしゃるのですか? 水の中でも生きられるというのは聞きましたが。でも、暮らしの基盤は水中ではなくこの集落なのでしょうか」

「……? あぁ、いえ。こちらに居るのは人の姿を好む竜達だけですわ。小回りも聞きますし、好むものも多いのです。竜の姿を好むものは、先ほど申し上げた長のように水の中や、水辺近くの洞窟などに」

「だから竜のままの姿の方が見えないのですね」

「はい。竜の姿のものに会いたいと?」

「あ、えぇ。そうですね。是非!」


 そしてまた。

 湖に居た竜の姿そのままの竜たちにシェイラは囲まれ、触られ、遊ばれ。

 たっぷりと竜に囲まれた一日を、この上にない程に幸せな気分で終えるのだった。



 


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