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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第四章

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海に浮かぶ孤島①


 竜を愛し、竜と共に在るネイファと呼ばれる国。

 栄えた王都の街にたたずむ荘厳な城の一画に、竜に関する知識の全てが納められた場所が存在している。

 それは周囲の建物から頭一つ飛び出した、円柱状の高い石造りの塔。

 天高く伸びる姿から『空の塔』という名を持つ、国内屈指の研究者たちが集う場所。

 塔の責任者であり、水竜クリスティーネの竜使いでもあるジンジャー・クッキーの元に、ある日手紙が届けられた。

 もうずいぶん年老いた彼の深い皺の刻まれた手の中に今あるそれは、弟子である少女からのものだ。


「ふむふむ。寿命間近の風竜とはこれまた……シェイラ殿も長い時間を生きる竜のそのような時期に居合わせるとは奇特な縁を引き寄せてしまって。これも白竜の性質ゆえかのぅ」


 彼女が切々と書き連ねているのは、旅の途中にルブールという町で出会った風の竜を助けて欲しいという願いだった。


「普段届けられる報告書に書かれたものよりも文字は乱れ、文法もいくらか間違えている……」


 いつも几帳面な仕事ぶりを見せる彼女の記した書面の崩れが、どれほどに動揺し、戸惑い、救いを求めているのかをありありと知らせてくる。

 可愛い弟子の願いを、ジンジャーも出来るのならば叶えたかった。

 しかし現実には、非常に難しい。人の手には余る問題だ。


(外傷や病気で無く、完全な老齢による寿命を更に永らえたいなどと)


 とんでもない我儘であり、しかし切なる願いであるそれ。

 ジンジャーは椅子に深く腰かけた姿勢で片手に手紙を持ち、もう片方の手で己の長いひげを梳きながら唸った。

 

「ふむ。確かルブールは、水竜の里に一番近い人間の町だったか。クリスティーネ」


 ちらりと窓際を見ると、窓辺の壁にもたれつつぼんやりと外を眺めていた契約竜、水竜のクリスティーネがゆっくりと振り返った。

 剥き出しの肩から流された緩く編んだ水色の髪が僅かに揺れ、切れ長の瞳が細められたかと思えば、薄い唇の端が楽しそうに上がる。

 しっとりとした雰囲気を身に纏わせる美女の着ている衣装は、ずいぶんと如何(いかが)わしい。

 そんな彼女は、澄んだ鈴のなるような声でジンジャーへと言う。


「私が行くわ。というか、もう帰るつもりでしたし」

「そろそろだと思っていたよ。もうずいぶん暑いからね」


 ジンジャーはクリスティーネの立つ向こう側、窓の外の空を目に映した。

 澄んでいて濃い夏特有の青の色。ジリジリと地を焼く太陽。

 ネイファでのこの季節は、湿度は低い方なので風は爽やかだ。

 しかし陽は近く気温は高く、昼間はじっとしていてもやはり汗をかく程度には暑かった。

 ―――水竜であるクリスティーネは暑さを嫌う。

 よってジンジャーが王都を拠点にした頃から、毎年夏の間は故郷である水竜の里へと帰省しているのだ。

 もう季節は真夏といっても良く、クリスティーネにしては今年は少し出発が遅いくらいだ。


「ついでにルブールに寄れば良いだけなのでしょう?」

「あぁ、その通りだ。ではクリスティーネ、頼むよ。私が行ってももう何もできない。竜である君に、竜の死というものを話して貰った方がいいだろう」


 寿命を迎えて世界を漂う大気に還ることは、竜にとって恐怖ではないのだ。

 普段であればこんな用事、クリスティーネは絶対にしない。

 でも唯一、ジンジャー以外で興味をもっているらしい存在のシェイラにならば、多少なりとも動いてはくれる。

 

「えぇ。任せてちょうだい」

「ちょーっと待ったぁー!!」


 穏やかに決まりそうだった会話に、乱暴に開かれた窓の音と、威勢よく響いた図太い声が割り込んで来た。

 同時にクリスティーネの直ぐ横から燃えるような赤い髪を流した、大柄な男がにゅっと首を伸ばして出てくる。

 彼は手をクリスティーネの前へ出して横へ振り、成立した会話を阻止しようとしていた。

 そうしながらも窓から全身を部屋の中へと滑り込ませ、床に足をつき、真剣な顔を向ける。


「待て。ほんとに待って」


 ぐっと眉が顰められ、彼の男らしい容姿の精悍さが際立った。

 見目はそれなりに良いので彼の悩ましげな表情に世の女性たちは夢見心地な溜息を吐くのだろう。

 しかし本人が年頃の女性を苦手にしているため、彼女たちがこれを垣間見られる機会は非常に少ない。


 突然現れた彼に、クリスティーネは首を傾げてみせる。


「あら、ソウマ。どうされたのかしら。今日はアウラットに付き合っての公務ではなくって?」


 頬に手を当ておっとりと、しかし少しのからいかいを含めた微笑みにソウマは顔をしかめた。

 クリスティーネはどうして火竜のソウマがここに来たのかを分かっている。

 だってシェイラから報告書以外の手紙が届いたことを教えたのは、数十分前の彼女なのだから。

 

「アウラットならここにいる。少しだけ休憩貰って来た」

「あら」


 次に窓を潜ってきたのは、間違いなくこのネイファの第二王子であるアウラット。

 ソウマに続いて窓からの侵入とは、王子という身分にしてはなかなかに豪快な行動だ。

 ちなみにここは十一階。 

 ソウマの助けを借りて飛んでこの階の窓まで来たらしいアウラットに、ジンジャーが椅子から立ち上がり頭を下げる。


「ようこそ、アウラット王子殿下」

「あぁ。邪魔をするぞ」


 臣下として形式にのっとった礼をとっているジンジャー。


「……………」


 対して、やはりクリスティーネはとりあえず一瞥しただけで興味をまったく示さない。

 水の流れのように移ろいやすい水竜たちは、何かに固執することがひどく少ない。

 アウラットも、そんな水の竜の性質は理解しているため、特に気分を害する様子はない。

 むしろ竜に構って欲しくてそわそわしているのはアウラットの方だ。

 何か会話を広げるためにと必死に探るのはいつも彼だった。

 ソウマの背後から落ち着きなく、鬱陶しい程の視線をクリスティーネに送るアウラット。


「く、クリスティーネ! お前が茶を淹れるのが上手いと聞いてな、とても珍しい茶葉を外の国から取り寄せたのだ! ぜひにも贈りたいと思ってな!」

「………茶葉は自分で選びますの」

「そっ、そうか……。あ、ではお勧めを教えてくれないか!」

「面倒です」

「そ、そうか……。面倒か…そうか……」 


「―――で? つまりクリスがシェイラの元に行くってことなのか?」

「えぇ、ソウマ殿、その通りです。どうやらルブールの町で寿命間近の風竜に出会ったようでして」


 周囲は素気無くされ肩を落とすアウラットを他所に、話を進めることにする。

 二人はどうやってもかみ合わないのだと、残念ながらもう何年も前からここにいる誰もが周知していた。

 ジンジャーは持っていた手紙をソウマに渡した。


「ここに助けて欲しいと、届いております」

「あー。なるほどなぁ」


 二、三秒流し読みする程度であっさりと事情を理解したソウマが、自分の髪をかき混ぜて唸る。


「ルブール……確かに加護の反応は西の方からだ」

「ソウマ殿が居るならば探すのも容易。もし既に町を発っているとしても直ぐに分かるでしょうし、クリスティーネと共に行っていただけるならば有り難いです」

「そうか? そうだな。そうだよな!」


 表情を輝かせたソウマの背を、クリスティーネが軽く叩く。


「ふふっ、最初からそのつもりだったのでしょう? ソウマ」

「う。まぁいいじゃないか。別にクリスに不都合な話でもないだろう?」

「特に何も。ついて来ようと来るまいと別に? ただ火竜の気はいつも以上に抑えて下さるかしら。せっかく故郷の水の気に癒されに行くのに火の気は邪魔ですもの。暑苦しいですわ」

「これ、クリスティーネ。……ではソウマ殿、彼女と共に明日にでも……」

「待った!」


 ジンジャーが話をまとめたとき、アウラットがことさら大きく手を上げた。

 手を上げて左右に振り、背伸びまでして自己主張する第二王子。

 そうしないとこの場では注目してもらえないと彼はよく分かっている。


「わ、私も行きたい!」


 誰もが予想したその台詞。

 シェイラに負けず劣らずの竜好きであるアウラットが、寿命間近な風竜という、竜の一大事に興味を示さないはずがない。

 しかしそんなアウラットを制したのはジンジャーだった。


「いけません、殿下」

「どうして!」

「その理由は貴方が一番よく理解されているでしょう」

 

 ジンジャーが優しい口調で諭すように言うと、アウラットは「くっ」と言葉を詰まらせる。


 十代の若いころならともかく。

 すでに十分な大人であるアウラットは、国の第二王子としての大きな責務を追っている。

 今日思いついて明日旅立つようなことが出来る身軽な身の上ではもう無くなっていた。

 そんなしがらみが嫌で嫌で仕方なくても、簡単に逃れられるものでもない。

 竜が好きで。

ネイファに住まう竜達を守りたくて。

 それを出来る地位と権力をせっかく苦労せずに手に乗せられているのだ。

 煩わしくても必要なものでもあるから、放すことは出来なかった。


「まぁアウラットがどうでも俺は行くけど」

「ソウマ、お前、契約者が必死に我慢しているというのにっ!」

「だって俺は王子でもなんでもないしー」


 基本的には契約者と共にいるけれど、何処かに出かけるのに許可を取る必要なんてない。

  

「くそうっ!」


 アウラットは悔しげに足を鳴らし、ぎゅっと奥歯を噛みしめ耐えた。

 握ったこぶしを打ち震えさせながら、深く息を吐き、落ち着いてから顔を上げる。 


「まったく。――まぁ、仕方ないか。水竜の里から、気になる報も入ってたしな」

「あぁ、そういえば……」

「これも私にはどうにも出来ないし、お前に頼むしかない。ソウマ、調べて来てくれ」

「はいよ」

 

 国に協力する気のないクリスティーネに調査を依頼しても意味はない。

 この場合は、普段から仕事の片腕として役立ってくれているソウマに頼む他なかった。

 だからたとえシェイラからの風竜ヴィートに関する手紙が来なくても、ソウマが行くことは決定事項だった。


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