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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第三章

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その内側に秘すること③

 丘の上でココとスピカとシェイラ、そしてアンナが一緒に、ヴィートが来るのを待っている。


「約束の時間より早く来てしまったわ」

「まぁ、ゆっくり待てばいいよ。風竜かー、楽しみだなぁ」


 ずいぶん早くに到着してしまのは、気持ちがそれだけ急いているから。


「しぇーらママ、あさからずっとそわそわしてるー」

「だ、だって……」

「それだけドキドキなのよ。見守ってあげましょ」

「はーい。アンナ、これなぁに?」


 落ち着きのないシェイラとは対象的に、アンナはスピカと花を摘み、花輪を作って遊んでいるほどにのんびりだ。

 

(一応、話の中心はアンナになるはずなのだけど……。全然落ち着いているわね。凄い)


 アンナは伸びる草の隙間に咲く小さな花の名を一つ一つ、スピカに教えてくれている。

 この地方の植物は王都とも、実家のストヴェールの地方ともまた違って興味がそそられる。


 しかし花輪作りに興味がないらしいココは、花には目もくれなかった。

 気が付けば赤い翼を広げ、勢いを付けて小さな体が飛び上がっていた。


「とうっ!」

 

 飛ぶのに掛け声は必要ない。

 勢いの良いジャンプも、天に両手を伸ばす動作も、別に必要ない。

 単なるココ的に恰好良い空を飛ぶポーズで、本人いわく、とてもとっても重要らしい。 


「おぉ、翼! 本当に飛ぶんだね。ココったら恰好いい! ひゅーひゅー!」

「へへー」


 花輪を編みながら面白可笑しく(はや)すアンナの賛辞に、ココは嬉しそうに歓声を上げ、旋回する。


「小さい子供に翼と角が生えた姿って、可愛いねぇ。うちのマイクにも今度羽根つきリュックとか背負わせようかな」

「マイクは、可愛い系は嫌がりそうじゃない?」

「確かに。もう少し小さければ聞いてくれたのに」


 そんなことを話ながら、飛び回るココを見上げる。

 数日前までとはまるで違う、このしっかりとした飛び方はスピードも速い。

 何度も何度も宙を飛ぶココをずっと追い続けていると、目を回しそうだ。


「びーとまだかなー」

「ココ、遠くに行ってはいけないわ」

「おそーい。むかえにいこー?」

「迎えに? でも、ヴィートさんがどこで寝泊まりしているのか、分からないの」

「えー?」


 彼の居そうなところなんて思いつかない。

 早く会いたくても、探しに行きようがないのだ。

 だから大人しく待っているしかないのに、ココは得意げに胸をそらせてにんまりと笑う。


「ココはぁ、びーとのけはいわかるもん!」

「でも、居場所まで分からないでしょう?」


 嬉しそうな顔で自分の両ほほを挟んでから、翼をピンっと伸ばして速度を上げる。


「ちかくだから! わかる! コ…お、おれ! むかえいってくるっ!」

「え」


 気配が分かるほどに近くまで来ているのだろうか。

 シェイラはあたりを見回すけれど、人影はまるでない。

 一通り周囲を眺めてからココへと視線を戻すと、その赤い髪の子どもはもうずいぶん遠くに飛んで行ってしまっていた。 


「ココ、大人しく待って」

「いーやー!」

「あ、……こらっ、前見て!!」


 丘の上は緩やかな下り坂だ。

 芝生の緑の上に人の高さほどに大きく隆起した、ごつごつとした岩肌が覗いている。

 その岩に、前を見ずに後ろのシェイラに向かって話ながら飛んでいたココが、衝突しそうになっていて、シェイラは声を上げた、


「ふぉう!!」


 シェイラの声ではっと正面に目を向けたココは、とっさに大きく頬を膨らませ炎を吐き出す。

 後ろの方でアンナの「おぉー!」といった歓声と拍手が聞こえた。

 岩肌に吐き出した炎が勢いよく噴射し、その反動でココは岩肌への衝突を免れた。

 炎は岩部分にだけ当たったからか、それともココが何か調整をしたのか。他に燃え移る様子もない。

 シェイラはほっと息を吐き、もう一度叱って置こうと顔を上げた。

 そのとき、人間の悲鳴が耳に届いた。


「熱いっ! って、え? うわっ?!」

「え」


 岩の向こう側から転がりながら、男の人が飛び出て来た。

 あの、ココが炎を思い切り吹きつけた岩は、相当な高温である。

 炎に直接触れていないにしても、いくらか火傷したのは間違いないだろう。

 男性は飛び出た直後に草地にへたり込み、口と目を見開き、ただ茫然と目の前のココを凝視していていた。

 やけどの痛みなど、驚きで忘れてしまったかのように呆けてしまっている。

 彼の背後で、背負うタイプの大振りな籠が重い音を立てて倒れ、中から木のみや薬草らしいものが零れ落ちているのが見えた。

 かすれた声が、男性の血の気の引いた薄い唇から紡がれる。 


「りゅ、りゅう……?」

「……!」  


 浮遊しているココは悲鳴に驚いたのか、その瞬間に完全な竜の姿へと戻ってしまっていた。

 もう誤魔化せない。

 とにかく騒ぎになる前に話をしなければ。

 ちらりと後ろを振り返ると、アンナとスピカは向こうの方で立ち上がったところだ。

 人の姿のままのスピカの足に合わせくれている。

 その為にとてもゆっくりなスピ―ドだ。

 スピカは人の前で姿を現すことにひどく慎重な子だから、翼を出して飛ぶ様子はない。

 子供の足では追いつけなさそうだと判断したらしいアンナが、声を張り上げてくる。


「シェイラ、行ってきて。スピカは私といるから」

「有り難う!」

「もー、ココったらしょうがないなぁ」


 シェイラはスピカがアンナのそばに居ることを確認してから、ココと男性の方へと走っていく。


「あ、あの! うちの子がごめんなさい!」

「いいや。大丈夫です」

「でも絶対に怪我か火傷を、え……。カミル様?」

「……やぁ、こんにちは。シェイラ」


 草地の上に尻餅を付けたままこちらを見上げ、へにゃりと顔を崩して笑う彼は、昨日であったカミルだ

 馬車で一緒になったお婆さんの息子だと聞いた。

 シェイラは眉を寄せて口を開く。


「どうしてこんなところに?」

「もちろん野草や木の実を取りにね」


 近くに倒れている籠を見て、しかしシェイラは頷きつつも首を傾げる。

 ここは開けた草地で、木の実と呼べるようなものなんて見当たらない。本当に何もない、人気の無い場所だからこそ、ココとスピカ素のままの姿でいられてた。

 そしてココが今出しているのは翼と角だけだ。

 もちろん明らかに人間ではないけれど。

 でもこれだけで、すぐに竜という存在に結び付けられるなんて、少しだけ違和感があった。


「……とにかく怪我の手当てをしましょう。本当にごめんなさい」


 シェイラは尻餅をついているカミルに手を差し伸べる。

 そしてそばで項垂れているココに視線を送り、叱るふうに眦を釣り上げてみせた。

 

「ココ」

「きゅう……」


 尻尾が草地へと垂れ下がり、目に見えて落ち込んでいる。

 悪いことをしたという自覚はあるらしく、シェイラは息をついた。

 カミルの起き上がるのを待ち、それからもう一度一緒に謝ろうと思った。

 幸いスピカの力があれば、軽いやけどで有れば治療が出来るはずだ。

 もう竜であることがさらされてしまった以上、隠す必要もない。

 

「………カミル様?」


 しかし、シェイラの差し出した手を、彼はいつまでもとらない。

 じっと真剣な眼差しで、すぐ近くで項垂れているココを見つめている。

 

「あの」


 声をかけようとしたと同時に、それまで止まっていた彼が勢いよく立ち上がった。

 そして、長い腕を伸ばしてココの体を持ち上げる。


「よっしゃぁ! 竜はいただいた!」

「え、ココっ…!!」

「きゅ、う、きゅう!!」

「ちょっと、何!?」

「ママ? ココ?」


 追いついて来たアンナとスピカの声が聞こえる。

 けれど彼女に返事を返す暇も余裕もシェイラにはない。

 彼はこのまま、ココを抱いた状態でわき目も振らずに走りだそうとしている。

 そんなカミルを前に、シェイラは頭の中で故郷であるストヴェールに居るはずの妹のセリフを思いだした。


『お姉さま!せめて最低限の護身だけでも身に着けてくれないと!』


 旅立ちの数週間前。

 王城に訪ねてきた妹のユーラが持ってきたのは、慣れないシェイラの手にもなじむ小ぶりの剣。

 鞘の無いシンプルすぎるほどのその短剣の持ち手には、ストヴェール子爵家の家紋が浮かんでいる。

 聞くとユーラが父に相談して作って貰ったものらしい。


『いい? お姉さま、変な人に絶対着いていかないこと! 変な場所に行かないこと! いざとなったらためらわないで剣を振るうこと! 怪我をさせたらどうしようなんて、優しいこと思って躊躇なんてしたら大切なものをみんな失うことになるのよ!!』


 どっちが姉なのか妹なのか分からない口ぶりで、シェイラにそう言い聞かせ、基本的な型を教えてくれたユーラ。

 彼女に教わった手ほどきを思い出し、シェイラは右足の太ももに固定していた短剣に手を伸ばす。

 そのタイミングで、丁度空いた距離を確認するためなのかカミルが走りつつ振り返った。

 彼の目の前に突然に露わになったシェイラの白い足。


「は!?」


カミルは動揺から足をもつれさせてしまい、数はくだけ場に足止めされる。

 シェイラはその間にも、出来る限りの早さで、固定している金具部分を外して短剣を抜き取った。 

 ユーラに習った構えの通りに握りながら。

 カミルに向かって思いっきり地を蹴り、必死に剣先を前へと伸ばす。

 届いて、届いてと願いながら。


「ココを、返して!」


 渡すわけにはいかない、大切な子。

 何よりも守らなければならない命のために、誰かに剣を振るうこと。

 自分に誰かを傷つけることができるのかなんて、戸惑っている暇は無かった。 


「っ!!」


 ぐっと力を込めて、届いた男に剣を突き立てる。

 倒れこむように押し付けた剣先は、カミルの脇腹を貫いていた。


「いっ…!?」

「っ!」


 弾力のある肉を裂く生々しい感触が手に伝わった。

 今、自分の手が他人を傷つけている。

 シェイラは剣はもとより、手のひらで誰かをぶったことさえ無い。

 薄い服地からじわりとにじむ赤い血を流させているのが自分なのだと言う事実。

 心臓が詰まるほどに、痛かった。

 

「う、わぁぁっ?!」


 男と一緒に、勢いで草地に倒れこんだ。

 しかしシェイラはすぐに地に手をついて勢いよく起き上がる。

 短剣はもう手の中にはなく、慌てて周囲を探すと、それは腰を抜かしたカミルの脇腹に刺さったままの状態だ。


「ココ!」


 男に放りだされたらしいココは、斜面を勢いのままに転がっていく。

 岩に音を立ててぶつかり、止まった後。

 ゆっくりと首を伸ばし、赤い瞳で辺りを恐る恐る見回している。


「ココ!」


 シェイラと目が合ったとたん。

 ココの赤い瞳に、じわじわと涙が浮かびだした。


「きゅ、きゅう……っ」


 弱弱しく小さな鳴き声を漏らすその様子に、ぎゅっと胸が詰まる。

 シェイラは早く抱きしめようと、慌てて立ち上がり駆け出した。

 しかしシェイラの足よりよほど速く。

 カミルは再び立ち上がり、シェイラとココの前に立ちふさがる。

 シェイラが剣を突き立て、血のにじむ脇腹をかばいながらも、彼は確実ココを抱き上げる。


「くっ」


 彼はふらついていて、痛みに喘いでいる。なのに。

 ココを強く抱きながら、逃げようと地を蹴ろうとする。

 ……どうして彼は、そんな必死なのか。

 刺されてもなお、竜に執着するのか、分からない。

 シェイラの目には、昨日の彼は親切で優しい人に見えていたのに。どうして。

 

「きゅう!」

「駄目ー!!」

「シェイラ、無茶しちゃだめ!」


 アンナの声を振りほどき、どうにか走り出される前に追いついたシェイラは、男に縋り付く。

 シェイラは強い力はなにも持ってはいない。

 でも、離すわけにはいかない。

 どこをつかんでいるかも分からないけれど、でも振り払おうと暴れる男の衣服をつかむ手に必死に力を込めた。


「こっ、のぉ!!」

「……!」


 激情したカミルが拳を振り上げる。

 その顔に、知っているふんわりとした笑顔は見当たらない。

 何のためらいもなく、勢いよく落とされる手にシェイラは無意識にぎゅっと目をつむる。 


「っ…った…!!」

「きゅう!」


 こめかみから頬へと思いきり打ち付けられた男の力は、シェイラの体を地面に横倒しに放り出した。


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