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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第三章

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その内側に秘すること②

 夜になり、ココとスピカや宿屋の部屋で眠ったあと。

 シェイラはそっと部屋を抜け出し、一階のアンナの部屋を訪ねた。

 話をしたいと告げたシェイラに不思議そうにしながらも快く頷いてくれたアンナ。

 そんな彼女に案内されて連れられて来たのが、今居る宿屋の食堂の一つテーブルだ。


「はい、どうぞ。ミルクココアだよ」


 夜も更けた食堂で、アンナはカップに入れたココアをシェイラの前に置く。

 宿泊客以外の、食事目当てでやってくる客にも対応した広い食堂。

 でも流石にこの時間には誰も居ない。 

 昼間は賑やかで明るい場所なだけに、小さな灯りだけの二人きりしか居ない今はガランとしていて、寂しい空気が漂っていた。

 

「有り難う。こんな夜中にごめんなさい」

「ううん。大丈夫」


 カップを受け取ったシェイラは一口飲んで、ほっと息を吐く。


「美味しい……」


 陽が落ちて肌寒くなってからは、暖かいココアがとても美味しい。

 そしてたっぷりのミルクの優しさと、甘い香りに癒された。

 ココアの甘さと暖かさと、そして静かなこの空間に、ヴィートの寿命を知ってから、ずっと強張っていた身体がゆっくりとほぐされていく。

 シェイラが一息つき、口元を緩ませたのを確認したアンナが、テーブルに頬づけをついた状態で口を開いた。

 小さな声だけど、この人気のない場所ではとても大きく響いて聞こえた。

 

「で、私に話ってなーに?」

「…………」


 竜の加護についてなんて、突拍子も無さ過ぎて何だか言い出しにくい。

 いざ話すとなると、シェイラは躊躇してしまった。


「あの、その、ね?」


 どうしようかと口ごもり、迷いながらそっとアンナを窺いみるとメガネの置くの茶色い瞳は優しく細められていた。


「うん。なぁに?」

「…………」


 アンナはシェイラが少し緊張しているのを分かっている。

 だから落ち着かせるために、温かいココアを入れてくれた。

 そしてのんびりとした様子で急かすことなく、こちらが話を切り出すのを待ってくれている。

 彼女の優しさが嬉しかった。

 シェイラはカップを置き視線を下へと落とすと、アンナの手首にはまった腕輪を、薄青の瞳で真っ直ぐに見つめた。


「話というのは、アンナの付けている腕輪のことなの。この間、ご先祖様から受け継いでいるものだって、言ってたでしょう」

「はい? これ?」


 シェイラの話が腕輪であることが余程に予想外だったらしく、アンナは虚を憑かれた顔をした。

 自分の手首を宙に翳し、まじまじとそれを眺めている。

 それからアンナは不思議そうに首をひねりながら、その腕輪のはまった手首を、シェイラの方へと寄せてきた。

 暗い室内、脇に置いたランプの光に藍色の石が反射して、不思議な煌めきを見せる。

 藍色の石。と称してしまえばそれまでだ。

 でもただの石ではないと、どうしても思ってしまうのだ。


「これが何? もしかして凄く価値のあるものだとか?」

「価値……は無いと思うわ。それほどには」


 竜の加護は、加護を与えられた相手が死ねば効力は失われる。

 アンナの家系の何代も前の人が与えられたのだとしたら、もう百年以上前に失われているのではないだろうか。

 こういう風に姿を変えられた鱗でなく、そのままの大きな一枚の鱗の状態だったなら、武器の材料として大変な値が付く。

 でも今の、小さな石粒の状態から鱗の形へと戻すのは、人間には不可能だ。

 そして人の技術では再びの加工をすることも難しいから、おそらく腕輪の台座から外して新たなアクセサリーの嵌め石にするのも出来ないはず。 

 だからこれはもう、価値というほどのものは何もない、古い腕輪に付いたただの綺麗な石ころ。

 もちろん竜の研究者達は欲しがるだろうし、資料としての需要はあるから、売ればいくらかのお金にはなるのだろう。 

 ただそれでも宝石と呼べるような値にはならないはずだ。


「価値とかでなく……あのね、それ、竜の鱗ではないかしら」

「竜?」

「えぇ、竜の鱗を術で小さく凝縮したものとでもいうのかしら。まだ確定ではないけれど。でも石とか宝石ではないと思うの」

「シェイラ?」

 

 突然に竜の話をしたしたシェイラを、アンナは呆けた顔で見てくる。

 シェイラは慌てて首を振った。

 

「あの、でもっ、これは私のただの推測で、間違っているかもしれないからっ」


 アンナの腕輪が竜の加護かもしれないというのは、シェイラが勝手に考えていること。

 これで結局は勘違いだった、なんてことになったらとても恥ずかしい。

 だからあくまで「自分がそう思う」のだと強調した。


(本当に、勘違いなのかもしれないけど。でもヴィートさんがこのルブールの町にこだわる理由が、この腕輪に何か関係があるのだとしたら)


 その可能性を考えたら、見なかったことになんて出来なかった。


「だから、その。明日、確認させてくれないかしら。その腕輪が何なのか。分かる人……人? と、とにかく会って貰いたくて」

「……これが、竜の鱗ねぇ」


 アンナは呆然と呟きながら、その石を指で撫でた。

 

「信じ、られない?」


 一般の人にとって、竜は手の届かない存在だ。

 英雄が持つ聖剣が竜の鱗で出来ていたり、神子の持つ宝玉が竜の瞳であったりという話は聞く。

 竜自身だけでなく、竜の一部でさえ、凄くて尊いものなのだ。

 だからまさか自分の掌の中に竜の鱗があるだなんて、信じがたいことだろう。


(私も、そうだもの)


 シェイラはそっと、指先で自分の鎖骨の中央に光る加護に触れた。

 触れると指先からじんわりと広がっていく熱。

 ソウマが自分のために作ってくれたもの。

 憧れてやまない存在である竜に、己の一部をもらったなんてとても信じがたい。

 アウラットやジンジャーでさえ、契約竜に渡されては居なかった。


「駄目? 明日忙しいかしら。店番とか……」

「ううん。行くのは平気。でも。うーん、ここまで来たらひとつ、教えてもらってもいいかな。もし嫌なら、いいんだけどね」


 アンナは真剣な眼差しで眉を顰めながら、ひとつ、と指を立てる。


「何かしら」

「シェイラは一体何? どうして竜の鱗だと思うの? そんなに特別なものだと、どうして分かるの」

「それ、は」


 その直接的な質問に、シェイラは僅かに身を引いた。

 腕輪にはまった宝石と、竜の鱗をどうして見分けられるのか。

 それはアンナが抱いて当然の疑問だった。

 シェイラは一瞬、竜の研究者として名乗ろうと口を開いた。


「っ…………」


 でもそれには違和感を感じて、言葉になる前に唇を引き結ぶと、僅かに瞼を伏せた。 

 一応は研究者という立場は持っている。

 身分証として証明出来るコインもある。

 でも今のこの状況でそれはただの誤魔化しでしかない

 だけど本当の、この身に流れる血の話を出来るかといわれれば難しく、結局視線を横へと逸らして、躊躇する。

 こういう時、臆病な自分が本当に嫌になる。


「嫌ならいいよ? 大丈夫だから」

「アンナ……」

 

 シェイラのテーブルの上に置いた手に、アンナが暖かな掌を重ねてきた。


「私ね、シェイラをこの宿に連れてきた日、母さんに怒られたんだ。何であんな訳ありそうな子連れてきたんだって。シェイラはごくごく普通の人であるつもりなのかもしれないけど、そうじゃないんだよ」

「っ……」

「どこが違うのって言われれば難しい。でも、普通じゃないなぁって……私とは違うなぁって、なんとなくだけど、思うの」

「……」

「っていうか、うん。思ってた。この腕輪をね、もらった時と同じ感覚を、シェイラと出会ったときに、感じたの」

「それって……」


 ここまで言われて、シェイラはやっと理解した。


 アンナは最初から、シェイラたちが竜ではないかとの疑問を持っていたのだ。

 ルブールの町には水竜が多く訪れる。

 人とは違う、その空気にルブールの人間は他の地域の人間よりもよほど多く触れている。

 本格的な食事をしないココやスピカのことにも深くは触れず。

 スピカが力を使った時も、一切の疑問も口にせずに味方をしてくれた。

 もしかすると弟のマイクを誤魔化して、彼が意地悪をしたことにしてスピカのしたことを周囲に隠してくれたのではないか。


「アンナ、あなた」


 沢山の嘘をつくシェイラに、それでも親切にしてくれて、また今も信じてくれている。

 シェイラが自分から言い出すのを、待っていてくれている。

 ……引っ込み思案であまり友達も多くはないシェイラが、たった数日というこんな短期間で気を許せた人。

 きっと彼女は、これからのかけがえのない友達になると、予感がした。

 

(誤魔化せない。ううん、もう誤魔化したく無い)


 顔を上げたシェイラははっきりと言い放つのだった。


「竜、だから」

「うん」

「私は、竜だから。アンナの腕輪が竜の鱗からできたものじゃないかと、思ったの」


 シェイラは自分の背中に力を籠めた。

 ヴィートに自分が白竜であると名乗ったときと同じように、見てもらうことが一番の証拠になる。

 そしてアンナならばもう良いと思った。

 

(だって、アンナは友達だもの)


 背中から広がる白い翼。

 人気の無い薄明かりの食堂の壁に、大きな翼のシルエットが浮かび上がっていく。

 アンナは目を大きく見開いて、息をするのも忘れたふうに魅入っていた。

 翼がすべて広がり、シェイラが眉を下げつつ笑いかけると、一つ息を吸って、僅かに震える声を吐く。


「白……。まさか白竜とは」


 さすがに白竜と予想していなかったらしい。

 アンナの表情には動揺が浮かんでいる。

 でも、すぐにそれは面白そうな、好奇心に溢れたものへと変わっていった。

 アンナは頬を蒸気させ、興奮気味に身を乗り出して翼を眺めてきた。


「わぁ、瞳も変わるんだねー。凄い。綺麗。でも白かー、白竜って、絶滅したんじゃなかった?」

「色々あって。聞いてくれる……?」

「うんうん。ゆっくり聞きましょうか。でもそれよりそれ、触ってもいい?」


 メガネの奥の瞳を煌めかせたアンナが差すのは、シェイラの翼。

 間近で竜の翼をみるのはおそらく初めてで、とても興味があるのだろう。

 アンナはシェイラの返事を聞くよりも前に席を立ち、机を回り込み、シェイラの背中へと立つ。

 そしてそっと、白い鱗に覆われた指を這わせた。


「痛かったりしない?」

「平気よ」

 

 翼を撫でられたことは無かったけれど、優しい感触だった。

 親に頭を撫でられる、あの(くすぐ)ったいけど嬉しい時に似た気分だ。

  

「ねぇアンナ。さっきの口ぶりだと、その腕輪の石は」

「うん。私のお婆ちゃんのその前のその前の……よく分からないけれど、ずいぶん前のご先祖様が、竜から貰ったんだって。私が受け継ぐときに話して貰ったわ。まさか竜の鱗から出来てるだなんて思わなかったけれど」

「そう……」

「ごめんね? よく分からないなんて、嘘を言って」

「ううん、私の方がよほど大きなことを黙っていたもの」

「あはっ」


 それからシェイラは彼女へと話した。

 自分の血に流れる白い竜の話、ココやスピカについて。

 そしてアンナも、腕輪を受け継いだ時のことを話してくれる。


「ご先祖様のね、初恋の相手がこの腕輪をくれた竜なんだって。でも実らなかったみたい。だって普通に人と結婚して、普通に子孫を残しているもの。私にはシェイラみたいな竜の血は一滴も流れていないわ」

「そうなのね」


 アンナの話に、シェイラは首を傾げる。

 

(うーん。もしかしてカザト様、みたいな……?)


 かつて出会った風竜のカザトが恋をした人間は、想いあってはいても恋仲にはならなかったと聞いた。

 彼女が寿命の違いゆえにカザトを追いていく事をしたくは無くて、だから別の竜のつがいを得ることを願ったらしい。

 ヴィートにもなにか理由があって、大切な人をこの町に置いて行ったりしたのだろうか。

 それほどまでに情に熱い男だとは、今の投げやりな彼からでは想像が出来ない。

 

(知りたいけれど。教えてくれなさそうよね。むしろ…なんだか怒られそうな)


 彼はそこまでシェイラを受け入れてはくれていない。

 アンナを連れて行って、腕輪を見せて、どんな反応が返ってくるのかが分からない。


(ヴィートさん、凄く怒らせたらどうしようかしら)


 こんな風にずけずけと勝手に過去をかき回すなんて、とても不愉快なことだろう。

 今日みたいに小さな風が巻き起こる程度で済むだろうか。

 でも、ここまで繋がりが見えてしまった以上は放り投げてしまうことは出来なかった。


「明日、怖い思いをさせたらごめんなさい」

「うん? まぁ大丈夫じゃない?」


 

 

 

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