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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第三章

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その内側に秘すること①

 空が茜色に染まった夕暮れ時に、シェイラは図書館での調べものを切り上げた。

 鍵を返し、お礼を言い図書館を出た後、ヴィートに預けているココとスピカを迎えに行く為、少し急ぎ足で町の中を歩いて行く。

 活気ある市場を抜けた、いくらか人通りも収まった道の端。

 か細い声とともに、ふいに肩を叩かれる。


「お嬢さん、こんにちは」

「……私?」


 つい数日前に来たばかりのこの町に、知り合いはほとんど居ない。

 呼ばれる相手に心当たりが思いつかなかった。

 それでも肩を叩かれた以上はシェイラを呼び止めているのに間違いなく、不思議に思いつつ振り向いた。

 ずいぶん視線を下げたところに、杖をつく腰のまがった上品ないで立ちのお婆さんがいた。

 シェイラはどこかで見た人のような気がして首を傾げる。

 そしてすぐに思い当たり、手を叩いて「あっ」と声を上げた。


「馬車でお会いした、お婆様」

「えぇ、覚えていてくれて嬉しいわ」


 乗り合いの馬車で、一日一緒だった人だった。


(確かルブールにいる息子に会いに行くのだと、嬉しそうに話してくれたわ)


 黄色の包み紙に包まれたキャンディーも貰った。

 思わぬ再会が嬉しくて握手を交わし、その流れのままに会話を交わす。

 そして彼女の名前はリジー、連れ添いで彼女の後ろに立つ息子の名前はカミルということ。

 数ヶ月前に夫を亡くし一人になった彼女は、息子夫婦と暮らすためにこのルブールに来たのだということを知った。


「船に乗ると聞いていたから、もうこの町にはいないと思っていたのだけど、会えて嬉しいわ」 

「行きたい場所までの船がなくって。今探しているところなんです」

「まぁ、そうなの。協力出来れば良いのだけど……、ねぇカミル、腕利きの船乗りの知り合いは居ないのかしら」


 リジーが息子であるカミルを振り返る。

 カミルは三十歳前後の男性で、シェイラと目が合うと会釈をしてくれたので、笑顔で返した。

 おっとりとした風貌の優しげで背の高い彼は、数泊だけ考えるそぶりをした後、眉を下げて首をふる。


「すみません。俺は机に張り付いてばかりの、船関係とは縁遠い仕事なのもので……」

「あ。いいえ、大丈夫です」

「あらあら、残念ねぇ」

「でもお困りのようですし……。友人のつてで何かないか、聞いておきますよ」

「本当ですか?」

 

 協力者が出来るのは大変にありがたい。

 シェイラは思わず顔をほころばせて喜んだ。

 そんな彼女にカミルは頷いて、しかしまた眉を下げ自身なさげに微笑する。

 緩い癖のある髪に手を差し込み、一束だけくるりと指先で触りつつ瞼を少し落とし「いや……」と小さくつぶやいた。

 照れているのか頬は赤く、どうやら彼は大人しい控えめな性格のようだ。


「あまり期待もできないかもしれませんが。ええと、その。もし見つかった場合のご連絡はどちらに?」

「あ、赤い屋根の家という宿屋に泊っているのですが。ご存じでしょうか」

「あぁ。良く知っていますよ。食事がとても美味しいと評判です。何度か食べにいったこともあります」

「そうなんですね。本当に、とても美味しいですよね」

「まぁそんなに? だったら私も行ってみたいわ、カミル」

「そのうちね。母さん」


 三人で顔を揃えて笑い合い、顔を上げたところでシェイラは視線の先に一番星が出ていることに気づく。


「あっ!」

「どうしたの?」

「すみません。私、少し急いでいて。子供たちを迎えに行くところなんです」


 ヴィートにみてもらっているココとスピカには、夕方には迎えにいくと言ってある。

 この町中から丘にたどり着くまでに二十分くらい。

 どう頑張っても日は落ちてしまうだろう。


「まぁまぁ。引き留めてしまってごめんなさいね。早くお行きなさい」

「はい。では、失礼します」


 リジーとカミルに別れを告げ、シェイラは先ほどよりも更にスピードを上げて急ぎ足で歩くのだった。

彼らが見えなくなる距離まで歩いてから、ふと気づく。


(そういえば、目的地について聞かれなかったけれど。それで船乗りって見つかるものなのかしら)


 船乗りを探すのなら、まず一番に重要な事柄なはずなのだが、良かったのだろうか。


* * * *


 

 ――――この旅に出てからいくらか体力はついたと思う。

 しかし元々は短い距離であっても移動は馬車が基本、走るのなんて行儀が悪いと怒られるような立場の令嬢である。

 それも短距離ならともかく、十数分の距離を駆け足したことなんて幼いころの遊びでのかけっこ以来だ。

 丘へと辿り着くころには、もう既にシェイラは息も絶え絶えの状態だった。


「コ、ココ……、スピカ……」


 大きく息を乱しながら、姿が確認できるほどの距離になった子竜たちの名を呼ぶ。

 シェイラの姿に気づいた竜の姿をしたココとスピカは、やはり首を長くして待っていたらしい。

 勢いよくこちらへと飛び寄ってきた。

 その二匹の様子に、シェイラは僅かに目を見張る。


「え? す、凄く上達しているわ」


 もともとココもスピカも、危なげなく飛んでいた。

 でもシェイラの元へと飛び込んできたココとスピカは、前のようなふわふわと左右に揺れる飛び方ではなくなっていて、一目でその成長が窺える。

 本当に自然で、『飛ぶ』というよりも『浮く』という表現の方が正しいほどに、一切の重さを感じさせない軽々とした飛び方になっていた。

 これが風の気を纏うということなのだろうか。

 

「きゅ!」

「きゅう?」

「す、すごいわっ! ココもスピカも、とっても上手! たくさん頑張ったのね!」


 その驚かずにはいられない早い成長に、シェイラは声を上げて喜んだ。

 同時に胸の中で自分の成長の無さと比べてしまい僅かに落ち込むが、でも今は笑うところだ。

 手放しで沢山褒めると、ココとスピカは自慢気に「きゅう」と一声鳴き、シェイラの腕の中から再び跳びあがる。

 そして頭上を飛び始めた。

 安定感のあるしっかりとした飛び方で旋回するココとスピカを、シェイラは喜びつつ驚きつつ見上げるのだった。

 

「……あの、ヴィートさん。有り難うございます。まさかこんなに上手くなるなんて思ってもいませんでした」


 ゆっくりとこちらへ歩いてきたヴィートに向かい、シェイラはおずおずとお礼を言う。


「あぁ、別に」


 あからさまに、目を逸らされた。


「…………」


 暗くなった丘に、口数少なく立つ彼の姿を見ると、ずきりと心臓が痛む。

 気持ちを隠すことも、ごまかすことも上手くはないシェイラが、死期の近づいているというヴィートに、明るく笑うことは難しかった。

 どうしても泣きそうな顔になってしまうシェイラを、ヴィートはきっと鬱陶しく思っている。

 だってシェイラの表情に気づくなり、彼は眉を寄せ、溜息を吐くのだ。

 過剰な心配が、やはり重いのだろう。


 駄目だと思うのに、(わずら)わせるだけだと分かるのに、じわじわと目の奥は熱くなっていく。


(結局、今日も何も分からなかったし……)


 子竜たちはこんなに頑張って、出来ることがどんどん増えていくのに。

 今だに自分自身の変化を怖がって、怯えて動くことの出来ない自分自身がひどく情けない。


(でも)


 何も分からなかったけれど、一つだけ何かが見えた気はした。

 また気分を損ねるのだろうと予感はしつつも、シェイラは顔を上げ口を開く。


「あの。ヴィートさん、お伺いしたいことが」  

「…………」

「このルブールで、竜の加護を誰かに手渡したり、しませんでしたか?」


 その台詞を投げかけたとたん。

 星の瞬き始めた丘の上に、大きな風のうねりが生まれた。


「……しない」

「つっ!」

「きゅう!」

「きゅ!?」

「あ、ココっ、スピカ……!」


 強い風にあおられたココとスピカがバランスを崩し、軽々と遠くへと放り投げられてしまう。

 弧を描いて飛んでいく赤い竜と黒い竜。

 このままでは落下してしまうと、背筋が冷えた。

 しかし続いて吹いた風により、子竜達の身体は守られたようで、落下の速度は格段に緩まりゆっくりと地に降ろされた。


「大丈夫?」

「「きゅ! きゅきゅう、きゅうー!」」


 大きな声を上げながら再び飛び込んでくるスピカとココは涙目だ。

 この混乱した様子からするに、子竜達を守ってくれた今の風はヴィートが起こしたものなのだろう。

 左右の肩、それぞれに竜達が乗り、甘えてすり寄ってくる。

 なかなかに重いけれど、受け止めきれないほどではない。

 その滑らかな鱗を撫でてあやしつつ、シェイラはヴィートをそっと窺いみた。

 

「……ヴィートさん」


 ヴィートはこちらを向いてはくれない。

 懐から出したタバコに、火石で火をつけた彼は口元で紫煙を揺らしつつ固い声で言う。


「踏み入られるのは迷惑だ」

「――――それ、は」

 

 必要のないお節介は迷惑だと。はっきりと言葉で突き放されてしまた。

 でも、シェイラの言った台詞に、一瞬でも風を制御できなくなるほどに感情を乱すということは。


(やっぱり、勘違いじゃ……無い……?)


 アンナの手首に光る藍色の色。

 ヴィートの瞳の色と全く同じ、綺麗で澄んだ石のはまった腕輪。 

 つながっているのだと、確信した。


「子竜たちはもう十分だろう。よほどの嵐でもない限りはどこまでも飛べる。もう俺に関わるな」

「でもっ、心配で……」

「それが迷惑だ」

「っ…………」


 確かに、ヴィートが竜の加護を与えた人間はもう存在しないだろう。

 アンナだって、腕輪については良く分からないと言っていた。

 引き合わせたところで、互いに何にもならない可能性の方が大きかった。


(でも、そんな目で、言わないで)


 何もかもをも諦めた風な目が嫌だと思った。

 死をそんなに簡単に受け入れて欲しくなんてなかった。

 生きようと足掻くことさえ、彼には億劫(おっくう)な事なのだろうか。

 もしかすると、加護を渡した誰かのもとに早く行きたくて、だから死に急いでいるのだろうか。


(…………)


 そこまで考えてからシェイラは(かぶり)を振る。

 

(ヴィートさんがいなくなるのは、まだ……決定じゃないわ)


 何か方法があるかもしれない。諦めたくはなかった。

 シェイラは顔を上げ、明後日の方向を向いたヴィートをじっと見据える。


「…………」

「…………」


 数分立っても逸らすことのない、シェイラの無言の視線。

 シェイラが諦める様子がないのだと伝わったのか、ヴィートはやがて、ものすごく嫌そうにこちらに向いてくれた。


「ヴィートさん」

「なんだ。さっさと行け。子竜の訓練ももういいだろう。お前と会うことは今後ない」

「駄目です。明日、どうしても会っていただきたい人がいるんです」

「…………?」

「絶対、絶対にこれきりにします。今回だけ、我儘を聞いていただけませんか? 彼女に会ってください、お願いします」


 シェイラは両肩にココとスピカを一端地に降ろしてから、深く腰を折るのだった。



* * * *


 

 シェイラ達の佇む丘の上には、人の背丈以上に高い白い岩がいくつも転がっている。

 その一つの岩の陰に隠れる、一人の男がいた。

 癖のあるやわらかな髪を一房手に取り、くるりと指先に巻いて弄りつつ、彼は小さな竜二匹を一身に見つめていた。

 

「居た。やっぱり……母さんの言ったことは本当だったんだ……」


 密やかに漏らす声は、興奮に震えている。

 水竜の里から一番近い町であるルブールでは、ごくたまに水竜を見かけることがある。 

 でも抱えてしまえるほどの幼い竜なんて、彼は初めてだった。

 竜とは強く、大きな力を持つ、人間なんて一睨みで震え上がらせることのできる存在。

 成竜をどうにかしようなんて、よほどの馬鹿か、腕に覚えのある冒険者くらいだろう。

 でも、あの小さな竜達ならばどうだろう。


「俺にも、手に入れられるかもしれない」


 鱗一枚でも武器屋に売れば、金貨何十枚もの大金になる。

 珍しく愛らしい生き物を、間近で見て、触れてしまいたくもなる。

 竜使いになるだなんて夢物語みたいなことも、あの幼い竜でなら叶うかもしれない。

 これまで有り得なかったことが、現実になる可能性が出てきてしまった。

 ……男は普段は善人で、犯罪とは無縁の生活を送っている。

 でもそんな人の良い者の気さえ狂わせてしまうほどの大きな価値が、竜には有るのだ。



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