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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第三章

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死にたがりの竜②

 結局二時間ほど練習をしたけれど、シェイラには何の成果も現れず。

 何度も落ちたせいで草や土まみれになっただけだった。

 衣服についた汚れをはたきつつ、肩を落としてココとスピカの元に戻ったシェイラは、感嘆の声を上げた。


「凄い。早いですね……」


 一切の成長の無かったシェイラとは違い、ココとスピカは風の玉とまではいかないまでも、ある程度までは風を集めることが出来るようになっていた。

 残念ながら、シェイラには風の玉とやらは見えなかったが、身ぶり手ぶりで二匹が教えてくれた。


「慣れだと言っただろう。里の竜だと子竜達の間で教え合って勝手に覚えるんだがな」

「え、子竜同士で教え合うのですか?」


 驚くシェイラに、ヴィートは特に感慨もなさげに教えてくれる。


「少しだけ前に生まれた竜が、凄いだろうと下の竜達に見せびらかす。すると下の竜達はそれに憧れ、誰が早く風の玉を作れるか競いあうようになる。自然な流れだ」

「なるほど……。言われてみれば、そういうこともありそうですね」

「たいがいがまともに訓練なんかしないな。ほとんどの術も遊んでたらそのうち出来るようになっている」

「私では何も教えられません、ね……」

「だから俺が教えているんだろう」

「あ、そうですね。本当に有り難うございます!」

「いや。別に……」


 そしてしばらく子供達の練習を見学し、ひとしきり褒めた後、一息つくことになった。

 草地の上に幾つも転がっている背丈以上の白い岩の陰に、ずっと置いていた一つのバスケット。

 一緒に持ってきたシーツの上に揃って腰かけ、シェイラはその中に入れているポットと、焼き菓子を取り出す。

 すると子竜たちは爛々と瞳を輝かせ始めた。 


「きゅうっ!」

「きゅっ」

「はい、どうぞ。外ですから、お行儀については言わないわ」


 最低限のテーブルマナーは出来て欲しくて、最近食事中には注意をしている。

 でもこんなピクニックのような場面でマナーを求めることは、さすがにするつもりも無かった。 

 ただ楽しく美味しく食べてくれれば、それで良い。


「きゅ!」


 ココとスピカは器用に前足を使ってミニサイズのパイをつかみ、さっそく夢中で食べ始める。

 

 シェイラが朝食で食べて気に入ったニーバのジャム。

 美味しかったと告げると宿屋の料理を請け負うアンナの母がとても喜んでくれ、小瓶を分けてもくれた。

 さっそく使ってみたくて、駄目もとで宿屋の厨房を借りたいとお願いしてみると意外にもあっさりと許諾されてしまった。

 だからジャムを一口サイズのパイ生地で包み、焼いてみたのだ。

 パイ生地はクッキーの型でくりぬいたから、星やハート、動物の形など色々で可愛く出来た。

 ネイファの国では定番の、竜の形のクッキー型ももちろん使った。

 サクッとした触感とバターの風味、そして甘酸っぱいニーバのジャムがアクセントになってとても満足出来るパイになった。


(うん、大成功! お礼に宿屋に置いて来た分、喜んで貰えてるかしら)


 久しぶりのお菓子作りが成功したことに、パイを口に入れたシェイラは満足気に笑みを漏らす。

 勝手が違うキッチンに、初めての味のジャム、物珍しさから手を出してしまった外国の小麦粉とバター。

 それにいつも参考にしているレシピ集も手元に無いから、少し不安だったのだ。


「美味しい?」

「きゅ!」

「きゅう、きゅきゅっ!」


 ココとスピカの反応も上々で、シェイラはほっと息を吐く。

 それから斜め右側に座るヴィートの様子を伺った。


「ヴィートさんは、お菓子はお好きですか?」

「嫌いではない」

「良かった。何を喜んで頂けるかが分からなくて、結局ココとスピカのリクエストのものになってしまいましたから」


 シェイラが笑みを浮かべる。

 今まで出会った竜達は結構な頻度で甘い物を好いていたから、大丈夫だろうとは思ったけれど。

 でもヴィートは見た目的には酒と煙草を好みそうだったから心配だった。

 ソウマも、甘い物も食べるけれどどちらかと言えば酒にあう塩辛なつまみ系の方を好むみたいで、だから受け入れてくれるかどうか少し気になっていた。


「どうぞ」


 ナプキンにいくつか乗せ、彼の前に置いて促してみる。

 ヴィートは素直に星型のそれを一つ取り、口に運ぶ。


「…………」


 反応は薄く、特に表情も変わらない。

 けれど彼がお菓子一つで大はしゃぎするのも、何となく想像できなかった。

 文句なく食べてくれるのならばそれで良いかと、シェイラはポットの中身をカップに注ぐ。

ココの火竜術で丁度良い温度に温めて貰い、カップにレモンの輪切りを落とす。そうして即席のレモンティーにしたものを配りつつ、少し気になっていたことを尋ねてみる。

  

「そういえば、ヴィートさんって旅をしているのですか?」

「………なぜそんな事を聞く」


 カップを口に運びながらつぶやかれた言葉の中に、ぴりっとした痺れを感じた。


(……?)


 シェイラは一瞬だけ変化したその空気に焦る。

 聞いてはいけないことを聞いてしまったのかも知れない。


「ただの興味で理由はありません。契約した竜使いの人間がいるとか、特別な人がいるとかでない限り人里の一所にとどまる竜って殆どいないと伺ったので、旅でもしているのかなと。風竜って特に、気の向くままに流れていく気性ですし」


 竜が理由なく人里で一所に落ち着くことは余り聞いたことが無かった。

 それに長い日数この街にいるのならば、さすがに竜であることを隠すのは難しいだろう。

 昨日、八百屋の女性に聞いた人の話では、少し前からこの町に居付き始めたらしかった。

 だとすれば旅の竜で、たまたまこのルブールの町に辿りついたのだろうと、シェイラは勝手に推測していた。


「まぁ、世界を回っていたことは事実だな」

「そうですか。あの……もしも、ココやスピカに飛行を教えることで旅立ちが遅れるのならば、申し訳ないです……」

「別にいい。ここが終着点だから」

「終着点?」


 シェイラが首を傾げてヴィートを見上げる。


「終着点って、どういう意味ですしょうか。この町が気に入って住もうとしているとか?」


 風も常に吹いているし、居心地のいい場所だから、もしかするとそれもあるのかもしれない。


「……………」

「どうか、しましたか?」


 シェイラの問いかけに、ヴィートはしばらく無言だった。


 ―――急に強く風がなびき、草花が揺れる。

 ヴィートの纏う服と、くすんだ藍色の髪がたなびいた。

 当たる日が眩しいのか、もしくは考え事をしているのか、彼は眼を眇めた。

 そんなヴィートを、シェイラは紅茶を飲みつつ眺める。

 

(髭をそって、きちんと清潔な衣服を着れば相当に格好いいのに)


 その整った目鼻立ちと輪郭を間近から見てしまえば、普段隠してしまっている事がとても勿体なく思える。


(あとは、もう少し前髪を切ったり……)


 カップを下に置いた後、自然とシェイラの手がヴィートへと伸びた。

 湧いたのは、ごくごく単純な好奇心。

 その髪を掻きあげ、正面から彼をみたくなった。

 怒られるかもしれないと分かりつつも、気になってしまった。

 なんだか考え込んでいる彼を驚かせないように、そっと伸ばした手で藍色の髪に触れてみる。

 片手をシーツの上に付けて身を乗り出し、少しだけ髪先を持ち上げて、覗き込む。

 視界をふさいでいるであろう前髪を払うと、意外にも彼は真っ直ぐにこちらへと視線を向けて来た。


「ヴィートさん?」


 気づくと、髪に触れていないもう片方の、シーツに下ろして手に彼の手が重なる。 


「俺は」

「はい」


 髪から覗いた藍色の瞳は、とても綺麗な色をしていた。

 あまりの美しさに魅せられ、頬を緩めかけたシェイラの表情は、しかし次に何の感情もなく落とされたその台詞に固まってしまう。


「死に場所を探しに、この町に来た」


 あまりに突然に、一切の予想さえしていなかったその答えに。

 シェイラは目を見開き絶句し、呆然と藍色の瞳を凝視する。

 彼の目も、表情も、とても冗談で言っている風には見えない。

 喉が詰まって、言葉が出てこなかった。

 しかも何を言えばいいのかも分からず、はくはくと動く唇からは僅かな息しか出て来なかった。

 乗り出していた体から力が抜け、へたり込んでしまい、彼の髪に触れていた手もいつの間にか膝の上に落ちていた。


「っ……」

「死にたいんだ。ここで」


 そう呟くヴィートの声からは、やはり何の感情も伺い知れない。

 ただ、重ねられた手から伝わる体温が、氷みたいに冷たかった。



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