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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第三章

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世界の色が変わる時④


 スピカが力を目覚めさせた次の日。

 シェイラは宿屋『赤い屋根の家』の中庭の片隅に居た。

 植えられた木々の間にしゃがみ込み、ひっそりこっそりと息を殺し、出来る限り気配を消す。

 見つからないようにと緊張しつつ、そっと木の葉の隙間から目を覗かせようとした。 

 

「えいっ」

「ひゃあ!!」


 しかし突然、背後から伸びた手がシェイラの腰に回される。

 驚く間もなく誰かに思いっきり強く抱きしめられた。

 背中に当たるのは、明らかに女性であろう柔らかな感触。

 そして僅かに鼻に香る、柑橘系の香水の匂い。

 次いで掛けられた明るい声に、相手が誰であるかをシェイラは悟った。


「こんな所で一体何してるのよ、シェイラ?」

「―――アンナ」


 驚きで逸る心臓の音を落ちつけようとしながら、シェイラは後ろを振り向いた。

 身体の向きはアンナによって固定されていたから、実際に彼女の顔を伺うにいたるまでの方向転換は不可能だった。

 なんとか視界に映せたのは、さらりと落ちたウェーブの聞いた黒髪だけだ。

 頬に当たるアンナの髪がくすぐったくて身じろぎをしたシェイラは、しかしすぐに誤魔化し笑いを浮かべる。


 今の今まで、明らかにこそこそとした怪しい動きをしていた。

 そんな場面を見られたとなると、何となく後ろめたく、気まずかった。


「どうかしたの?」 

「いえ、あの。子供たちの様子が気になって……」

「それで一人でこっそり覗き見? 面白い事するのねぇ」

「お、面白いかしら」


 アンナと会話を交わしながら、今度は二人で木の葉の隙間からそっと覗きを始める。

 視線の先にいるのは、ココとマイクとスピカだ。

 三人寄り集まり、草笛を吹いている。

 プープーピーピーという、不格好な音色が先ほどからずっと鳴り響いていた。

 

 一見すると普通に楽しく遊んでいるようにも見える。

 でもマイクの視線はじぃっとスピカだけに注がれていた。

 きっと正体を見破ろうと頑張っているのだ。

 ひたすらに見つめられ続けているスピカは、居心地悪そうに眉を下げ、困ったような表情を浮かべている。

 そんな空気の中。

 彼らの間に挟まれたココは、……たぶん何も考えていない。

 ものすごく楽しそうに草笛を吹きならし、初めての遊びに歓声をあげ喜んでいる。 

 昨日から漂う微妙な空気にも、彼は気づいていない。 


「大丈夫かしら」


 スピカのことが心配で、シェイラはぽつりと呟きを漏らした。

 その呟きに耳の後ろ辺りから、アンナが小さな声で返事を返す。


「あー。昨日の?」


 彼女がシェイラの背中から離れる様子はない。

 シェイラがこそこそとしているからそれに付き合って、アンナも同じように小声で、背を低くして縮まり、子供達に見つからないように努めてくれている。 

 暖かで柔らかな彼女の体温は嫌ではない。

 むしろ触れあえるほどに気を許してくれていることが嬉しいから、シェイラも背中の重みを振りほどこうとは思わなかった。


「まだ仲直りしていなかったんだねぇ」

「そう…みたい……」

「昨日はマイクが本当にごめんね? でもさ、いつもはあんな意地悪なことする奴じゃないんだよ?」

「それは分かっているわ。大丈夫」


 弟をかばおうとするアンナに、シェイラは首を振った。

 

(マイクはなにも悪くないもの)


 ばけもの、だなんていう発言には少しもやもやしたものが残るけれど。

 でも『大人は信じられないから自分で何とかする』との結論を彼が出したのは、どれだけ訴えても聞きいれて貰えなかったから。

 

 そして何よりスピカはが、マイクと仲良くしたいと思っている。

 だからまた拒絶されるのが怖くても、今もマイクを交えての遊びに加わっているのだ。 


「スピカは、嫌われてしまったのかしら……」


 勇気を出して、居心地が悪くてもあの中にいるスピカが、本気で嫌われていたらどうしよう。

 肩を落とすシェイラに、アンナは一瞬だけ目を丸めた。

 しかしその後、彼女は柔らかく笑いを洩らす。


「んーっとね、あれは違うと思うよ」

「違うって、何が?」


 シェイラが視線だけをアンナの居る後ろへと流すと、アンナはやっと腰にまわしていた手を離した。

 低木の間に二人で隠れながら、今度は身体ごと向き合い、こそこそと会話を交わす。


「マイクが本気で怒って嫌いになったなら、放って他所に遊びに行ってるはずだよ」

「でもそれは、ええっと……、自分の無実を証明したいから見張るって言っていたわ」

「あぁ。何を見張るんだか分からないけどそう言ってるね。でもね、たとえ何かあってムキになっているにしたって、あの子があれほどに執着するとは思えないのよねー」

「執着?」


 頬を掻きながら言うアンナに、シェイラは小首を傾げた。

 アンナは当然のように頷いてみせる。 


「してるでしょ? 忘れっぽくて楽天家な馬鹿なのに。どれだけ拗ねていたって一日たてば忘れてしまうような馬鹿なのに。ほんとに馬鹿なのに。なのに、まだ拘ってスピカの傍に居付いてる」

「…………」


 アンナはふふっと、本当に楽しそうに笑う。

 馬鹿という台詞はたぶん彼女の愛情表現だ。


「大体、子供の怒りなんてそんなに長く続かないのよ。一晩寝れば忘れちゃうんだから」

「え、でも今もスピカのことずっと見てるわ」

「だってあんなに綺麗な女の子、こんな町中にいないもん。あいつ、スピカの事、すっごい気にしてると思う。だからなんでも知りたいのよ。それで真実とやら? を調べるふりして張り付いてるの」

「……本当に?」

「本当」


 彼女の言葉が本当だとすると、スピカは別に嫌われてはいないらしい。


「…………」


 シェイラは無言のままに、また子供達を木々の間から覗いてみた。

 よくよく観察してみると、マイクはずっとスピカに視線を向けているけれど、確かに昨日のような怒りといった感情は感じなかった。


(そういえば。ココがスピカとおやつの取り合いで大ゲンカした後も、お昼寝を挟んだだけで元の仲に戻ってるわ)


 幼い子供の怒りはそこまで長く続かない。

 スピカならともかく、ココと同じような単純であっけらかんとした性格だとすればなおさらだ。

 一晩たって、驚きと怒りが去ったあと。

 彼の心に残ったのは、スピカへの純粋な興味だった。

 スピカが何なのか知りたいという、本当に単純な興味。

 もちろん、自分の無実を証明したいという思いはあるのだろうが、しかし昨日のような激しい熱はすでに持っていない。

 もう怒りや憎しみや怯えは一切なくて、だから気になるという理由だけで、今もじっとスピカを見ている。


 けれど、昨日言ってしまったこともあるからまだ素直になれない。

 そして昨日あれだけ拒絶した手前、引っ込みがつかずにシェイラの説明も未だに拒否している。


「……その。これってつまり……」

「気になる女の子に限って素直になれない男心ってやつじゃない? いや、恋愛感情では流石にまだ無いとは思うけど……でも、もう怒ってはないって。絶対。これは保障する」

「そう。そっか……。よかったぁ……」

 

 シェイラはほうっと、深く安堵の息を吐いた。 

 気が抜けて、思わずその場に尻餅を付く。

 膝を付けていたアンナは、そんな風に体制を崩したシェイラを面白そうに見下ろした。


「ま、だから元の関係に戻るにはきっかけさえあればいいと思うんだけよねー」

「きっかけ?」

「そう。ムキになってる奴が、素直になれるきっかけ。まぁそんなのは大人がわざわざ作らなくても、そのうち勝手に出来て解決してるのよ」

「……アンナって、凄いのね。子供のことを良く分かってるわ」

「いやいや。―――シェイラは、あんな歳の子が居る割にあまり分かってない感じ? もっとどーんと構えていていいと思うけど。子供同士の喧嘩にいちいち動揺してたらもたないよ?」

「う……」


 痛いところを突かれてしまい、シェイラは口ごもる。

 シェイラがココに出会ってまだ半年だ。

 半年と言えば、人の子はまだ歩くことも話すこともままならない。

 そんな短い間しか『母親』をしていないシェイラには、子供の気持ちの動きをそこまで察してあげることは難しかった。

   

「マイクは、確か六歳だったわね」

「そう」

「だったら年期が違うわ」

「年期?」

「ううん、なんでもないの」


 姉歴六年のアンナの方が、やはり子供の事を良く分かっている。

 もっと頑張らないと、とシェイラは地面を睨みながら一人で気合いを入れた。 

 その時、――――ふと。

 視線の端で何かが光ったような気がした。


「………あら?」

 

 首を傾げて、薄青の瞳で瞬きを繰り返す。

  

「シェイラ?」


 きょろきょろと辺りを見回すシェイラに、アンナは不思議そうに首を傾げてきた。

 

「いえ、今何か……」


 呟いたシェイラの目に入ったのは、アンナの右の手首。

 地に付いた彼女の手のひらから、少し視線を上げたそこにきらりと光る、金色の腕輪。 


「―――それは?」


 それには一粒の藍色の、宝石がはめられている。


「ラピスラズリ?」

 

 シェイラが指したものが何か分かったらしいアンナは、腕を上げて翳して見せてくれる。


「かなぁ? なんの石なのかが良く分からないのよね。お婆ちゃんの形見。お婆ちゃんは曾お婆ちゃんから譲られたらしくて、でももしかしたらもっと前の代のご先祖様から受け継いだものかもしれなくて……まぁよく分からないけれど、ずいぶん古い物。だから尚更あやふやで、詳しい人もいないの」

「そう」

 

 シェイラはそっと、自分の鎖骨の間に揺れる赤い鱗に指を添えた。

一枚の鱗を竜術で変化させ、ほんの小さな宝石のようにした『竜の加護』。

ある程度の居場所の探知と、他にも何か力があるようだけど、それがどんな力なのか、シェイラにはまだ分からない。

 少しだけ。ほんの少しだけ。

 アンナの腕輪に嵌められた石が、竜の加護に似ている気がした。


(形とか、そういう部分ではなく……)


 一瞬だけ、きらりと光ったそれがただの宝石とは違うように見えた。……でも、しばらくじっと観察させて貰っても、変わった所は見受けられない。

 良くある形、良くある色であるし、気のせいだったのだろうと結論づけた。

 たとえ竜の加護だとしても、アンナは何も知らないようだし、指摘すれば事態が混乱するだけだ。

  

「ごめんなさい。不躾に聞いてしまって」

「ううん? 別に何も嫌なことでもないし。―――そういえば、今日はココとスピカを連れて出かけるんだっけ?」


 それは昨日の昼間に、一緒にお茶をしながら話したこと。

 ヴィートと待ち合わせ、彼に子供達に長く飛べる稽古を付けてくれることになっている。

 空を飛ぶ練習とは、一体どんなものなのか。

 楽しみで仕方がないシェイラは、思い切り顔を綻ばせて強く頷くのだった。 



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