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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第三章

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世界の色が変わる時②

「あ、シェイラだ。おかえりー」


 宿屋『赤い屋根の家』の扉をくぐると、カウンターで書き物をしていたアンナが顔を上げ、シェイラを迎えてくれた。

 昨日来たばかりの場所で『ただいま』を言うのはなんだか恥ずかしい。

 でもそうやって、てらいなく迎えてくれることはやっぱり嬉しかったから、シェイラは頬を緩め、アンナに笑顔を返すのだった。


「ただいま」

「結構早かったのね。用事は済んだ?」

「えぇ。そういえば、アンナ。八百屋の方が、昨日の本を預かって置いてくれてるみたいなの」

「昨日? あぁ、不審者に投げつけたやつね」

「もしかして、その……大事なものだった?」


 大切なものをあんな事に使わせてしまったのだったらどうしようと、今さらながら心配になってきた。

 おそるおそる尋ねたシェイラに、しかしアンナは明るく首をふる。


「別に泥水につかったわけじゃないでしょう? 読めれば大丈夫だから気にしないで」 

「そう…? 本当にごめんなさい。ええと、あの場所のすぐ前の店なのだけど…分かるかしら。店の名前を聞き忘れていたわ」

「あの辺には八百屋一件だけだし、大丈夫。ありがとうね」


 本についての伝言を伝えたあと、シェイラは周囲を見回した。

 子供たちのことが、やはり気になる。

 何か問題を起こしていないだろうか。

 変な事件に巻き込まれていないだろうか。

 ヴィートと会うという用が済んだあとは、もうそんな事ばかりが気になって、急ぎ足で帰ってきた。


「ココとスピカはまだ庭で遊んでいる? 仲良く出来ているかしら」

「うん、私がさっき見たときは問題なかったよ。そろそろ呼んで…」

「姉ちゃーん!」


 アンナの台詞が言い終えられる前に、マイクが大声をあげながら慌てた風にかけてきた。

 彼は勢いそのままにカウンターの前から後ろへと回り、アンナへと飛びつく。


「うおっ!?」


 マイクはアンナの腰に手を回して抱き付いたあと、顔を上げて矢継ぎ早に声を上げた。

 顔色は青ざめていて、怯えているようにも見えた。


「た、た、た、大変なんだ!」

「はいはい。騒がしいなぁ……何なの? 喧嘩でもした? だめよ、仲良くしないと」

「ちがう!」

「じゃあご飯? 台所にパンケーキがあるから…」

「ちがーう!」

「もうっ、だったら何よ?」


 シェイラは勢いに呑まれていたけれど、アンナにとって弟が騒ぐのは日常茶飯事らしい。

 ちょっと面倒くさそうにマイクの茶色い頭をつかんで引き離している。


(………?)


 ふと背後を見ると、マイクのやってきた方角からスピカも歩いてくるところだった。


「スピカ?」


 あきらかに肩を落としていて、落ち込んでいる。


「ま、まぁ……」


 スピカはシェイラの声に顔を上げたあと、目元をくしゃりと歪めて両手を出しながら走り寄ってきた。


「どうしたの? ココは?」

「……おひるねちゅう」


シェイラにぎゅうぎゅうとしがみついて来るスピカ。

 それぞれに抱きしめられながら、シェイラはアンナと顔を見合わせた。

 様子が、やはりおかしい。

 詳しく話を聞こうとしようとした時、マイクが慌てた様子でスピカを指さして、声を張り上げる。


「ねぇちゃん! こいつ変!! 変なんだよ!」


 彼の背丈ほどもあるカウンターの向こうからだから、本人にスピカの姿は見えていないようだ。

 けれど声で辺りをつけたのか、差されたマイクの指は確実にスピカに向けられていた。


「こら! 女の子に対して変なんて言わないのっ! …って、あれ? あんた怪我してるの?」

「けがしてたよ! 血でたよ!」

「いや、でも綺麗じゃん。何? 汚れてるだけ?」

「違うっ、こいつが変な力で治したんだよ!!」

「はぁ? なに言ってんの」

「え!?」


 シェイラは目を見開き、マイクとスピカを見比べた。

 スピカはシェイラの足に密着してしまっていて、どんな顔をしているのか分からない。

 でもぎゅうぎゅうと強くなる手の力と、震えている丸めた肩で、どれだけに彼女が動揺しているのかはわかった。


「手かざしたらあったかくなって! 気が付いたら治ってた! おかしいよこいつ! ばっ、ばけもんだ!」


 矢継ぎ早に放たれたマックの言葉に、シェイラは慌てた。


(ど、どうしようっ! 力を使ってしまったんだわ)


 マイクの話で、スピカが何をしたのかを悟ってしまった。

 黒竜の力は癒しだ。

 白竜と同じく文献は少ないから、癒しとはいっても詳しいことは分からなかったけれど。

 でも、この状況からして傷を治したのがスピカの力であることは間違いない。

 怪我をした彼に対して、スピカは黒竜の力を使ってしまったのだ。

 しかしスピカが怪我を治すような、治癒の力を使うことは今まで一度も無かった。


(もしかして暴発、とか?)


 幼さゆえに自分の中の力を上手く発散出来ずに暴発してしまうという、成長途中の子竜に起こる暴発。

 しかし暴発は、スピカであるなら特に問題ないはずだ。

 だからシェイラは特に注意を払ってはいなかった。

 ココが使うような『火』だと、周囲の人を傷つけてしまう可能性がある。

 でもスピカの使う力は『癒し』だから。

 そんな力だから、周囲に害を加える可能性は少ないだろうと、安心してしまっていた。


(ううん…でもきちんと使えていたみたい。だったら暴発とは違うわ、よね?)


 様子からするとスピカは自分の意志でマイクを癒した。

 自分の意志でしたのだとしたら、暴発と呼ばれるものは少し違う。


(良く分からないけれど。でもとにかくこの状況をどうにかしないと)


 シェイラはスピカを背に守りつつ、ぐるぐると思考を巡らせる。

 人では有り得ないことをして、誤魔化すことが出来るのだろうかと焦りながら、言葉を探す。


「あのっ、あのね? アンナ、マイク、これはっ…ええっと……」

「っぷ…!」


 アンナが突然、盛大に吹き出した。

 それを合図にしたかのように、けらけらと声を上げて彼女は笑う。

 シェイラは意外すぎる彼女の反応に、瞬きを繰り返す。


「ア、アンナ?」  

「あははははっ! 何を言ってるの。可笑しいなぁ」

「おかしくねぇよ! いちだいじなんだって!」

「はぁ? もう、マイクったら…冗談でもたちが悪いよ。わけの分からない意地悪しないで、ちゃんと仲良くしないと」

「ちっげーよ! ほんとに!」


 拳を握って説明しようとするマイクに、アンナは顔の前で手を振って一蹴する。

 彼女は一切、マイクの言葉を信じていないようだった。


「無い無い。有り得ない。傷が治ったなんて、幾らなんでも突拍子もなさ過ぎて信じられる訳ないでしょ。嘘ばっかりつかない! まったく……。可愛い女の子に、失礼なことを何回も言って! 反省しなさい!」


 次いでマイクの頭に、アンナの拳が落された。


「っ!!」


 ゴンっ、と鈍い音がなり、マイクは両手で頭を押さえて涙目になる。

 それでも自分の無実を彼は証明したいようで、必死にアンナに言い募っていた。


「う、うそじゃねぇ! だって俺、木から落ちて、血い出て! こいつが…!」

「こーらっ。女の子を指さしてこいつ、なんて。謝りなさい! いい加減にしなさい!」

「っ!! うそじゃねぇよぉ!!」


 マイクは頭を押さえつつ、地団太を踏んで首を振る。

 その余りの必死さに、アンナは首を傾げながらも一蹴した。

 これだけ一生懸命訴えられても、アンナが弟の言葉を信じる様子は一切ない。

 マイクの告げたスピカが傷をおかしな力で傷を治したことは、アンナにとって『絶対にあり得ない』ことだから。

 どれだけマイクが言葉を並べても、信じることは難しかったのだろう。 


「何わけわかんないこと言ってんの! もうっ! 仲良く遊べないなら今日のおやつは無しにするわよ?」

「………あ」


 シェイラは一度口を開こうとした。でも結局、噤んでしまう。

 アンナもマイクも、良い人だと思う。 

 説明すれば分かってくれるかもしれない。

 けれど、このマイクの怯えた反応を目の前にしてしまえば、やはり躊躇(とまど)ってしまう。

 

(もしかするとアンナも、『ばけもの』って思うのかしら)


 先ほどマイクの放った台詞が、シェイラの胸にちくりと刺さる。

 竜だと知ればその思いも解いてくれるかもしれないけれど。

 でも得体のしれない力はやはり異質で、きっと今までと同じには接してはくれない。


(それは、嫌)


 もうシェイラは、アンナに嫌われたくないと思ってしまうくらいには彼女のことが好きだった。

 知られてしまった後に、どんな風にこの関係が変わるのか分からない。

 

「ね、シェイラ。馬鹿みたいよねー。 馬鹿は放って置いて、お茶でもしよう? スピカも、ね」 

「……そ、そうね」


 結局、シェイラはアンナに同意することにした。

 これが今の自分に出来る唯一の反応。

 何かが変わるのが怖くて、何も言えない意気地なしな自分が歯がゆかった。 

 そして自分が嘘が得意なわけでないと自覚をしているから、ボロが出ない内にと視線をそらす。

 背後にいるスピカを抱き上げる為のように見せかけて、顔を隠した。


「アンナ、私ココを連れて行くから。先に行ってくれる?」

「分かった。庭のベンチで昼寝しているはずだから」

「有り難う。行ってみるわ」

 

 シェイラはアンナの顔を見ないままに、庭のある方へと歩き出す。

 背後では、必死にアンナに訴えてるマイクの声が響いていた。


「ママぁ」

「スピカ、大丈夫よ」

「うん……」


 腕の中の柔らかく暖かな(スピカ)が胸のあたりにすり寄って来る。

 細められた目の端には僅かに涙が滲んでいた。

 その小さな背を、シェイラはとんとんと優しく叩いてなだめるのだった。

 

 



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