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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第三章

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風纏う竜⑤

 彼はココとスピカのことを本気で心配し、助けようとして怒っていた。

 信頼が出来る竜だと思うから、シェイラは自分のことを話すことにした。


「祖母が純血の白竜なんです。私は、見ての通り竜としての生き方を選びました」


 そしてココとスピカと、城を出て三人で旅をしていることを説明する。

 隣に腰掛けた風竜は、シェイラの話を耳に入れながら、項垂れた様子で片手の掌で顔を覆う。

 ココが火竜だとは分かっても、始祖竜だということは当然判断出来ていなかったらしい。

 そしてスピカが純血の竜だとは分かっいても、黒竜の気配がどんなものであるかを知らなかったから、彼は種族を掴みかねていた。

 掴みつかねていたその子竜がまさか黒竜だとは、露ほども予想していなかったようで……。 

 話せば話すほど、彼はなんだか深く項垂れていく。

 シェイラたちの事を知らないということは、少なくても白竜のことが各里へと知らされた半年前以降から、彼は里や仲間と連絡をとっていないということだ。

 シェイラのことは、全ての里に通達されているはずだから。

 ……彼は重く、長い息を吐き、指の間から横目でちらりとシェイラの背中へと視線を注ぐ。


(心地が悪いわ)


 凝視して来る目は、いまだに疑わしい物をみるかのようなものだ。

 半信半疑という風で、しかしもう見てしまった以上信じなければという、諦めにも似た葛藤を感じる。


「白竜…の二代目とは。何故気づかない俺……血が薄くて、気配が分かりずらかったのか? いや、まだ半端ものだからか」

「私が竜浚いではないのだと、分かっていただけましたでしょうか」

「分かった。分かったから。少し待て」


 風竜は自分の顔を覆っていない方の手を、シェイラの目の前にを突き付け、少し待て、と押しとどめた。

 こんなにも動揺させてしまったことが何だか申し訳なくなってきた。

 シェイラは姿勢を正して頭を下げる。


「あの、驚かせてしまって申し訳ありません」

「いや。―――――いい。はぁ…、まさか生きている間に白竜を見ることになるとは思わなかったな。お前たちは、何百年もの間どこで何をしていたんだ」

「えっと…」


 この状況だと『お前たち』とは白竜のことを指しているのだろう。

 でも仲間の竜のことをそれほど知っているわけではなかった。


「祖母は色々知っていると思うのですが、私はずっと人として生きてきていたので詳しいことは」

「……ほぼ何も知らないということか」

「申し訳ありません」


(本当に、私は何一つ知らないわ)


 その事実を改めて思い知らされ、肩を落としたシェイラに、風竜は「いや」と小さく返しながら首を横へと降る。

 シェイラは動揺のまっただ中にある彼の様子に少しだけ躊躇(ためら)った。でも結局我慢できずに、そっと尋ねてみる。 


「失礼でなければ、名前を教えていただけませんか?」

 

 やっとまともに会話が出来そうなのだ。

 聞きたいことは沢山ある。

 港町で一匹さすらう竜だなんて、好奇心を刺激されないはずがない。

 彼はいったい何なのだろう。

 知りたくて、話したくて、仕方がない。

 シェイラの薄青の瞳は誰の目から見ても明らかなほどにきらきらと輝いていて、赤らんだ頬は興奮をそのままに表している。


「……ヴィートだ」

「ヴィート、さん。私はシェイラです」


 嬉しそうに頬を緩ませながら名を口にするシェイラに、やっと立ち直りつつあったヴィートはもう一度大きく息を吐いた。

 なんだかすごく面倒臭そうな顔をされている。

 でもほぼ初対面の竜と会話をしているということが堪らなく嬉しいシェイラは、そんなことに構えず、身を乗り出し気味に話を続けた。


「あの。貴方は風竜…なのですよね」


 風を操り、屋根の上まで連れてこられた。

 そして風竜と呼んでも、否定されていない。

 髪も風をまとう竜の色なので間違いはないと思うものの、シェイラは確信を得たかった。


「……分からないのか? 竜の気配を隠してもいないのに。お前も竜なのに」

「う、すみません。私には気配は分かりません。ココ……昨日一緒だった、火竜の子が言うのでそうなんだな、と思ったのですが」

「はっ」


 風竜……ヴィートは、まるで馬鹿にするかのように鼻で笑った。


「その年でまだ気配が読めないとは、やはり竜になりきれない半端者か」

「っ……」


 低く枯れた細い声。その声で吐かれた台詞。

 明らかな蔑みが込められていたそれに、流石にシェイラは眉をよせ、膝の上に載せていた両手に力を込めた。

 舞い上がっていた気分がすとんと落ちて行く。

 半端者だなんて、こんな風に貶されて、嫌な思いをしないわけがない。

 誰かを蔑むような台詞は、やはり余り耳には入れたくなかった。


「た、確かに私は竜としては半端ものかもしれません。気配だって分かりません。け、けれど……馬鹿にされる覚えはないのですが」

「…違う。血が純血じゃないから、お前は半端者なのだと言ってるのでは無い」

「え?」


 シェイラは意味が分からなくて首を傾げる。

 人の血の混ざった半端な竜。

 彼が言う『半端者』とは、純血で無いことを貶める意味ではなかったのだろうか。

 意図を理解できないシェイラに、ヴィートは更に呆れた風な顔をして、くすんだ藍色の髪を掻き揚げた。

 どんどん彼の、シェイラに対する好感度が下がって言っているような気がする。

 竜達が敬愛するという…彼が想像していたような気高い白竜で無かったから、期待はずれでがっかりしているのだろうか。

 

(あ、恰好いい)


 伸びきった藍色の髪と口元を覆う無精髭で分かりずらかったけれど、髪が掻き揚げられてその顔は露わになっていた。

 髪から覗いたヴィートの顔は、非常に丹精なもの。

 人で言えば四十代前半にみえる面持ちで、退(すさ)れた感じがまた魅力的な男性と言った感じだ。

 その上で、普通の人とは違う魅力と雰囲気を纏っている。 

 ……地上よりずっと風が強い屋根の上。

 幾重にも布が重なった彼の衣服はその風にたなびき続けている。

 伸ばしっぱなしに見える、整えられていないくすんだ藍色の髪も風に煽られ、それが邪魔らしく彼は時折髪に手を入れているのだ。

 そんな彼は、またも馬鹿にした風にはっと皮肉な息を吐き、唇を動かす。

 シェイラの方に、眇めた横目を送りながら。


「お前、飛べないだろう」

「……? はい。でもどうして、分かるのですか」

「纏っている気が安定していない。もしかすると完全な竜の姿にもなれないんじゃないか?」

「完全な竜? なれるものなのですか」


 シェイラは首を傾げる。

 完全な竜の姿になるなんて、出来るのか。


「なれないわけがないだろう」

「う。で、でも、出来るとしても、まさかそんなにあっさりといくはずが……」


 竜と一緒にいるようになってまだ半年。

 翼が生える以外は感覚的にはまだ完全に人間だ。

 中途半端な状態ではあるが、でも全然人に近しい存在だろう。

 あの見上げるほどに大きな生き物に変化するなんて、いまだ想像がつかない。

 全部が変わって完全な竜になるのなんてもっとずっと先のことのような気がしていた。

 竜達のもつ寿命を考えれば、数十年、ひょっとすれば百年ほど先でもおかしくないと、思っていた。


「力は、徐々に使い方や抑え方を覚えていかなければならないけれど。体に関しては翼が出るならもう十分なはずだ」

「え、ほ、本当に?!」

 

 シェイラは自分自身を見下ろしてみるが、しかし何も変わらないように見える。

 

「人間であることと竜であることを天秤にかけて竜を選んだ。なのに怖がっているんだろう。竜を」

「っ……そ、んなことありません!」


 最初こそ驚いて拒絶したけれど、でももうシェイラが竜を怖がるなんて、有り得ない。


「私はもう、竜と共に生きると決めているつもりです」

つもり(・・・)だから中途半端なんだろう」

「つっ――」


 それは厳しい一言で、図星だった。

 竜のそばに居ることを決めはしたけれど。

 竜である己を受け入れられたわけでは決して、無い。


「……人であることを捨てろと?」


 人として生まれて、育ったのに。


「はっ。そうか。そう言うということは、つまり竜になる自分自信を怖がっているのか」

「そ……れ、は……」


 剣呑な目で真っ直ぐに見つめられて言われてしまえば、もう否定ができなかった。

 背中から翼が生えることにだって、いまだに違和感と困惑を確かに持っている。

 自分のこの薄い肌からにょきにょきと硬い鱗が生えてきたり、人間から見上げる程の大きさに変化したりなんて、夢物語みたいで、現実的に想像が出来ない。

 人間でない自分が怖い、と言う思いは確かにあるのだ。 

 シェイラの揺れた心を見透かす風に、ヴィートは鼻で嫌味に笑う。


「竜であることを受け入れられないうちは、ずっと半端者だ。力も姿も、半端なものしか使えない。満足に飛ぶことも難しいだろ」

「そんな…、だったらどうすれば……。船は駄目だって言われたばかりだし。飛ぶことも出来ないとなると、水竜の里へ行けないわ…」

「水竜の里だと? そんなとこを目指してんのか」

「はい! ぜひ行ってみたいのです! でも子供たちも私も空を飛べなくて」


 王都で水竜の里への生き方を調べた限りだと、腕のある船乗りを探して乗せてもらうか、竜に乗って空を飛ぶかの二択だった。

 だからシェイラはまず港で船乗りを探し、乗せてくれる人を探したのだが。

 思った以上に水竜の里までたどりつく技術をもつ船乗りは少ないらしく、笑われてしまって終わった。

 

「ゆっくり時間をかけて船乗りを探し、そして信頼を得て水竜の里にまで乗せて行ってもらうようになるまでに、どれだけの日数がかかるのかしら」

「……準備が整っても、確実に里に行けるとは限らないしな。腕がある船乗りでも、気候が悪ければあの海域を超えるのは難しい。本当に運任せみたいなものだぞ」

「そう、なのですか…」


 シェイラは肩を落とした。

 ヴィートはそんなシェイラを見下ろし、しばらく考える素振りをする。

 そして、小さく口の中で呟いた。


「――――――仕方ないか」

「え?」


 突然ヴィートが立ち上った。

 シェイラは足場の不安定な屋根の上が怖くて、ずっと座りっぱなしなのに、彼は何の不安も感じていないように自然とそこに(たたず)む。

 それは風と、自由に飛べる自分の翼を信じているから。

 落ちる可能性なんて露ほども考えていない。

 シェイラは竜を信じているから、竜の背に乗った時に落ちると言う可能性は考えない。

 けれど自分と、自分の翼を信じることが出来ないから、今ここで滑り落ちるかも知れないという不安に煽られている。


「ヴィートさん?」

「シェイラ、といったか」

「はい」


 彼はシェイラを見下ろす。

 風になびく姿が、とても大きく見えて、背後に藍色の竜の姿が浮かんだ気がした。 

 感じたのは、とんでもない巨大な力を持つものへ対しての、畏怖。


「っ……」 


 その圧迫感に、身体がわずかに震えた。

 シェイラの様子にヴィートは気づいているのかいないのか、遠く海へと視線を投げながら言う。


「火や水、風に木、分かたれた種族には関係なく、竜の子どもは守られるものだ。海の藻屑とするわけにはいかない」

「?」

「一方的に疑ってしまった詫びもあるしな。手伝ってやるよ。水竜の里に行くのを」

「ほ、本当ですか?!」


 思っても居なかった助け舟に、シェイラは声を上げた。


「あぁ。でも俺は里にはいかないぞ。あの幼い竜達を、里まで飛べるくらいの長距離飛行が出来るように鍛えてやる。年頃的にも大丈夫だろう」

「わぁ! 有り難うございます」

「だが、お前は別だ。俺にもどうにもできん」


 喜んだのもつかの間。

 そのヴィートの台詞に、笑顔の浮かびかけていた表情が固まった。 


「え」

「早いところ自分の気持ちに蹴りをつけろ。竜である自分を完全に受け入れろ。人であることを拒否しろなんて言わん。人である自分も。竜である自分も、自分として受け入れられるようになれ」

「それって、どうすれば」


 不安になって尋ねるものの、ヴィートは冷たく一蹴するだけだった。


「お前の気持ちまで、俺が知るわけないだろう」




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