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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第三章

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風纏う竜③

 しばらくして本格的に目を覚ましたスピカは、ココとマイクの後を追って中庭に行ってしまった。

 いつもはシェイラのそばを離れない子が、遊ぶことに夢中になって人見知りが消えてしまっているなんて。

 やはり同じ年頃の友達と言うのは、新鮮で、楽しいものなのだろう。

 子供たちが遊んでいる間に、シェイラは一階の食堂へと降りて朝食をとることにした。



 ―――年期の入った大きな木のテーブルの上に、トレイに載せられ並べられた朝食。

 パンとオムレツ、ハム、蒸し野菜と、ミルク仕立ての具だくさんスープ。

 そしてデザートに一口サイズに切られた何種類かの果物が盛られていて、これまで泊まって来た宿と比べてもずいぶん豪華な内容だ。

 まず手に取ったのは香ばしい色をした焼きたての丸いパン。

 一口サイズに千切り、口に入れる。


「わ、美味しいっ!」


 さくっとした感触のあと、質の良い小麦の香りが広がり、思わず声が漏れた。

 添えられたジャムはイチジクと、もう一つはシェイラの知らない果物のもの。


(なんて言う果物なのかしら。青いのに、甘くてすっきりしている果物なんて初めて)


 外国から船で入ってきた珍しい食べ物が味わえることは、間違いなくこの町の大きな魅力だろう。

 

 パンは焼き加減も絶妙ならば発酵時間、材料を配合するバランスや生地をこねる技術。全部がよほどうまくいかないとこんなに美味しいものにはならない。

 料理が好きなシェイラだけにその味に表情を輝かせ料理人の腕前に感動し、期待を込めて目の前のオムレツをナイフとフォークで割った。

 中からとろりとあふれ出たのはチーズとトマト。

 食べるとどうしても頬が緩んでしまう、優しい味だった。


「うちの母さん、料理上手でしょー?」


 かけられた声に顔をあげると、正面にアンナが立っていた。

 銀縁の眼鏡の奥の目元を細めながら、湯気の立つカップと、小脇に何冊かの本を抱えている。

 彼女が「いい?」と目の前の席を視線で差したので、シェイラはオムレツを租借しながらこくりと頷いた。 


「とっても美味しいわ。この青いジャムな何と言うものから出来ているの?」

「それはニーバ。ネイファで似たものと言えば葡萄(ぶどう)…かな。色とかは全然違うけれど、形がそんな感じ」

「ニーバ…。市場で探してみるわ。それにしてもアンナのお母様は本当に料理上手なのね」

「料理はね。たまに変なのも出て来るけど」

「変なの?」

「この変っていろんな国からレシピとか調味料が入ってくるから。全部試してみたいらしくって。お客様に出すのは家族が食べておいしいって思えたやつだけどね。でも慣れてない味つけが変に思うかも」

「へぇ」


 オムレツを掬いながら、シェイラは興味津々に話を聞いた。

 世界各地から入って来るレシピに調味料。

 

(ぜひ見てみたいし、試してみたいわ。思う存分使えるキッチンがあればいいのに)


 この時ばかりは広くて設備の整った王城に飛んで帰りたくなった。

 喜んで相槌を打つシェイラに、笑みを返すアンナは、ふと周りを見渡した。


「そう言えば、ココとスピカは? 食事はいいの?」

「遊びに夢中で食事に集中してくれそうにから今は……、後で何か食べさせるわ」

 

 シェイラはこの旅の間に慣れた台詞を言った。

 宿屋では、必ず聞かれることだ。

 

「じゃあサンドイッチでも包んでもらうように言っとくよ」

 

 こういう時、子供たちのぶんは必要ないと断るのは少し難しい。

 ココが食べる気がなければサンドイッチは自分の昼食になるだけだ。

 シェイラは頷いてお礼を言った。


「ココとスピカとマイク、仲良くなったようで何よりよね。遊び相手が出来ると、私が子守する時間も減って助かるわ」

「でも、ココったら気が付いたら居なくなってて……。今朝も私が起きたらもう中庭で遊んでたの。何かあったらと心配で心配で」


 フォークを口元に添えながら眉を寄せるシェイラに、アンナはきょとんと目を丸めたあとに噴き出す。


「あははっ! 男の子なんてそんなもんだよ」

「そうかしら。聞いてはいたのだけど、本当にここまでとは思わなかったわ」


 城で男の子をもっている老齢の侍女にも同じようなことを言われたことがある。

 男の子は奔放で、走り回って転げて騒いでが当然なのだと。

 でもシェイラの一番近い異性…兄達は、そんなに奔放だった記憶もないから、やはり人それぞれなのだろうと思う。 


「特にやんちゃなうちのマイクとかはね。一日追いかけてたら親の方が参っちゃうよ。お腹減ったら帰ってくるんだから、放っておけば良いって」

「そう、かしら……」

「マイクなんて近所に出かけて行って暗くなるまで帰らないこともしょっちゅうだよ?」

「えっ、家から一人でだすの? 付いていかないの?」

「へ? うんそりゃあ……。子供の遊びに大人は必要ないでしょう?」


 驚いているシェイラに、またきょとんと眼を丸めるアンナ。


「あ、そっか……」


 やっと、昨日から感じていたわずかな違和感の正体がわかった。


「シェイラ?」

「ううん」


 シェイラが育ったような貴族の家ならば、どんな子供であっても大人が目を離すということは有り得なかった。

 それが、シェイラとアンナの感覚の違いだ。

 シェイラの子ども時代は、常に乳母や世話役、侍女に護衛など誰かしらが付いているのが日常だった。

 いや、今でも普通にストヴェールの家で暮らしていたのなら外出には必ず共が付けられていただろう。

 ココを育てていた城でも同じで、城内でココやスピカを好きに遊ばせてはいても、やはり必ず誰かしらの見守る目があるようにされていた。

 だからシェイラも旅に出て以降、ずっと子供たちから目を離さない様にと気を付けてきた。


 アンナや彼女の両親が、まだ幼いマイクを放っておけるのは、シェイラとはまったく違う環境で彼らが育ったから。

 それがアンナや、アンナの周囲の人間にとって普通(・・)なのだろう。


(町中で育つような子供はこういう風に……気が付いたらどこかへ遊びに出て行っていたり。とっても奔放に行動しているわ)


 良くこの一か月を思い出してみると、子供だけで道端で遊んでいるのも毎日みかけていた。

 一般では、外ではかならず大人がぴったりと張り付いてまでいる姿は、よほど遅い時間で以外は無いようだ。


(竜も、結構放任主義な子育てをするはずなのよね)


 竜にいたっては町人以上の放任具合かもしれない。

 里の敷地内であれば、険しい崖や深い森の中でも放っておいているようなイメージだ。

 あくまでイメージなので、正解かどうかは不明だが。


(だとすると、私が子供たちに目の届くところに居てほしいと思うのは、ココやスピカにとっては相当な負担になってるのかしら)


 人の貴族と同じように、四六時中そばで見ていること。

 離れようとすれば直ぐに手を引いて阻止し、自由に行きたいところに行けず、。

 竜である子供たちにとっては、本当に煩わしいことのなのかもしれない。


「うーん……」


 シェイラの育った環境と、町民の子どもの環境、そして竜達の子がおかれる環境が違いすぎて、どこまで手を離せばいいのかの距離感がわからなくなる。

 そもそも竜の子育てなんてどの書物にものってはいない。

 シェイラが報告として城にあげているココやスピカの記録が、人間にとっての初めての子竜の記録なのだ。

 思案していると、不思議そうにシェイラを眺めているアンナと目があった。

 いつのまにか彼女は手元に本を広げていた。

 しかしそれをそっちのけで、シェイラを観察していたようだ。


「ねぇ、アンナやご両親は、どうしてそんなにあっさりと手を離せるのかしら」

「難しい顔でそんな事を考えてたの? 怪我したら薬草を塗ってやればいいし。怖い目にあったなら抱きしめてやりゃあいいの。それだけよ」

「そ、それだけ……」


 あっさりとしたアンナの言葉に、シェイラはなんだか気を抜かれてしまった。

 怪我に誘拐に事故。子供にまつわる事件はココやスピカだけに可能性があるわけではない。

 弱く小さな子供になら必ずあるかもしれない事なはず。

 たとえこのルブールが治安の良い土地であっても、犯罪者と言うのは何処にでもいるもの。

 なのに彼らは簡単に手を離して、好きなように遊びにやれる。


「お貴族様みたいに、有るか無いかの事を気にして、閉じ込めておくようなのは有り得ないなぁ」


 手を振ってあっさりとかわされた言葉に、シェイラは深く息を吐いた。

 とんと背中を押されたような気分だ。

 そして、ある意味衝撃を受けた。


「………有るか、無いか、か。そうよね」


 目の届く範囲に置いて大切に大切に守り育てるのなら、それこそ城に居た方が良かった。

 そうすれば安全に、彼らを守ることが出来るのだから。

 でも色々な経験をして、色々な人を見て、色々な見方を知ってほしいから、外に出たのだ。

 世界を変える力を持つ彼らだからこそ、世界を知らなければならないと思って。

 このままずっと手を繋いでいては、いけないだろう。


(ココは、火が使えるからよほどでない限りは大丈夫…なはず。スピカは警戒心が強いから、危ない人には近づかない…はず)


 シェイラは考えながら、もそもそとパンを口に運ぶ。


「…………」


 黙り込み、考えながら食事を続けるシェイラに、アンナは肩をすくめて苦笑したあと、手元の本に視線を落としていた。

 彼女が昨日、風竜に彼女が投げつけたのは分厚い本だった。

 今読んでいる本も、分厚く難しそうなもので、勉強家なのだとなんとなくシェイラにも分かりつつあった。

 

「…………」

「…………」


 ――――十数分して、シェイラが用意してもらった全ての食事を平らげたあと。

 最後に紅茶を飲みほし、トレイに置き直してから一人頷く。


「うんっ。少し、少しだけ……。むしろ行くなら、私一人の方が安心出来るもの」

「ん?」


 アンナが本から顔を上げ、首を傾げてくる。


「アンナ。私、出かけてくるわ。子供たちはあのままマイクと遊ばせていてもいいかしら」


 トレイを持って立ち上がったシェイラに、アンナは銀縁眼鏡の奥の瞳を瞬かせ、それから面白そうに笑って頷いた。

 

 旅を初めてから、初めての別行動。

 不安はあるけれど、自由に己がままに生きる竜と、貴族の子どもを同じ育て方は出来ない。

 やりたいことをさせるべきで、それが今、初めての友達との遊びであるのなら、手を離して思いっきり走り回らせるべきだろうと、シェイラは思った。

 何よりもシェイラには、どうしても気になることがあった。

 ココとスピカを正体の知れない者から守る力が無いことは十分わかっているから。

 だったら一人で行く方がいいだろうと、出かける準備を始めるのだった。


 ココとスピカに出かけることを伝えると、ほんの少しだけ寂しそうな顔をしていたけれど。

 アンナやマイクが「その間に何をして遊ぼうか」と言う話を始めると、顔を輝かせて喜び、「いってらっしゃい」と笑ってくれた。



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