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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第三章

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風纏う竜①

 今の季節は夏に入ったばかり。

 昼間だと、うっすらと汗をかくほどの気候だ。


(海辺だから、陽が落ちると一気に寒くなるわ)


 肌を撫でる冷たい風に身震いし、半袖のネグリジェの上に羽織っていたストールを首元まで引き上げる。

 シェイラは宿屋の部屋にある、開け放たれた窓の傍に置かれた文机で書き物をしていた。

 机の上に広げているのは、城にある竜の研究機関『空の塔』へと当てるための報告書だ。

 始祖竜であるココの成長過程、黒竜や白竜に関する能力など。

 人の世に出ていない竜の情報を国は求めている。

 シェイラは今、各地を巡り竜について調べる研究者と言う立場にもなっていて、この旅の資金の元になっているのも、こういう情報を定期的に差し出す報酬が主だったりする。

 これは一応は自分の書き上げたものの対価として貰っているから有難く受け取ることにし、実家からの送金は断った。

 父としてはずいぶん不満のようだったけれど。

 結果的に資金面での心配は必要なく、しかし甘やかされることを避けるために出てきたのだから、可能な限り節約はしているし、何か短期的な仕事でももらえる機会があるならばしてみようとも思っている。

 

(まぁ、子供たちから目が離せない時期だから、それもまた難しいかもしれないけれど…)


 そんなことを考えながら、ふと昇り始めた月を見上げる。

 薄青の瞳に映った星空の瞬く空に浮かぶ月は、綺麗に弧を描く三日月だ。


「――それにしても、あの人一体なんだったのかしら」


 出会ってからずっと頭の中をちらつく男の姿に溜息をつく。

 なんとなく、今のような時刻……夜が、似合う雰囲気の人だった。

 でもスピカの様に安らかな夜の闇に住まうものとはまた違う。

 彼の纏う夜は、冷たく寂しい孤独なもののように思えた。

 ベッドの上でスピカと一緒にごろごろ転がっていたココが、シェイラの呟きを聞いていたらしく口を開いた。


「しぇーらぁ、あのおじさんりゅうだよ」

「え?」


 振り向いたココの背中には翼が出ていた。

 跳ね気味の赤い髪の間からは二本の乳白色の角ものぞいている。

 昼間は絶対に術を解いてはいけないと言い聞かせているぶん、夜には少し術を緩めていることが多く、眠るときは完全な竜の姿になっている。


「――とうっ!」


 シェイラと目があったココは嬉しそうに笑って、白いシーツを蹴り上げた。

 そのまま小さな体が浮き上がる。

 掛け声に反して勢いをつけられない広さだから、ふらふらと少したよりない飛び方だった。

 ココは両手を広げてバランスをとりながら羽を動かし、シェイラの元まで浮遊してきた。

 胸に飛び込んできた柔らかな体を抱き留め、膝の上に向かい合うように抱いたココに、シェイラは首を傾げてみせた。


「竜、って、竜?」

「そう!」

「やっぱりあの人、竜だったのね!」


 シェイラの声が弾む。竜と言う言葉に、きらりと薄青の瞳が輝いた。


「うん! かざととおんなじ!」

「カザト様?」

「ふーりゅうの、かぜのけはい!」

「っ、―――りゅ、竜の気配。しかも種族まで分かるの? ココ」

「んん? なんとなぁーく?」 


 シェイラは驚きながらもココの頭を撫でて褒めた。

 彼女の知っている限り、ココに竜の気配を読むこと何て出来なかった。

 いつの間にか成長していることが嬉しかった。

 ふと。シェイラはベッドの上に寝転んで絵本を読んでいたスピカの方を向く。

 スピカも人の姿に翼だけを出している。

 ココのものよりほんの少しだけ小さな黒い翼が、ぱたりぱたりとリズミカルに揺れていた。


「スピカは分かったのかしら」


 顔を上げたスピカは目を瞬かせたあと、不服そうに口を尖らせてそっぽを向く。


「わかんない」

「……? ご機嫌よくない?」


 不機嫌な口調と顔が気になって訪ねてみると、スピカは頬を赤く染めて膨らませた。


「だぁって。スピカわかんないのに、ココがわかるのってなんかぁ」

「あぁ」


 どうやらココが分かるのに自分が分からないということが複雑のようだ。 


(スピカの方が人化の術は安定しているし、精神的にもココより少しお姉さんのように思うのだけど。でも、だからこそ何かで追い抜かれるのが嫌なのね)


 シェイラは可愛らしい対抗心に小さく笑みを漏らした。

 それからココを膝に乗せたまま手を伸ばす。


「いらっしゃい」


 優しく促すと、スピカは膨らませていた頬をしぼませる。

 彼女の小さな体はさらに小さい黒い竜の姿へと変わっていった。

 丸々とした可愛らしい黒い竜は、背中の翼をはためかせて飛ぶと、シェイラの腕の中に滑り込んで来る。


「きゅうー」

 

 すり寄って甘えてくるスピカの、つるりとした鱗を撫でた。

 気持ちよさそうに目を細める竜の姿のスピカと、翼だけを出した人の姿のココとを両腕で抱き込む。


「大丈夫。スピカもすぐに出来るようになるわ」

「きゅ!」


 瞼の上にキスを落してから、シェイラは窓の外に視線を移して、小さく息を漏らした。


「竜、かぁ……」


 一見でこちらの正体を察したのだから、あの人も竜かもしれないと可能性として考えてはいた。

 雰囲気も、やはり人とは違った。

 竜は人の姿を取っていても近くにいれば気配で存在を分かるらしいから、シェイラ達を竜だと見抜いたのも理解できた。


(里から出るはずのない幼い子竜を連れた人間の私…、まぁ誘拐犯と見られても仕方がないのかしら。でも一方的に敵視して睨みつけるのは無いでしょう)


 シェイラは思わず唇をへの字に曲げた。

 大好きな竜に、しかも子供たちに危害を加えるなんて、絶対にないことを疑われたことが悔しかった、


「きゅ?」


 怖い顔をしたシェイラを心配したのかスピカが小さく鳴き声を傾げた。

 鋭い爪の生えた前足で、でも爪がくいこまないようにきちんと加減しながら、ぺたぺたと鎖骨のあたりに触れてくる。

 くすぐったい感覚に思わず口元が緩んでしまう。


「ふふっ、ごめんなさい。大丈夫よ。……でも、あの竜。どうしてあんな風なのかしら」


 (すさ)んだ雰囲気で、生気と言うものが感じられなかった。  

 ぼろきれを何枚も重ねたような服を着ていて、くすんで痛んだ髪も何年切っていないのだと聞きたくなるような有様だった。

 様子も明らかにこちらを観察するふうで、気分のよいものではなかった。

 ところどころ生えた無精ひげ髭の中に見せた笑いも皮肉気で嫌味がかっていて、とても善人…いや、善竜?のようには見えなかったのだ。あれではこちらが警戒してしまうのも当たり前だ。 


「竜であって、人型を取っているのなら、容姿も衣服もどうだって変えられるはずよね」

「ココでもできるからねぇ」

「きゅ、きゅうっ」

「そうなのよ。どうしてわざわざ人に不信を抱かせるいでたちをしているのかしら」


 ピリピリとした張りつめた空気が怖かった。

 しかしこうやって彼が竜なのだと確定してしまえば、竜を愛するシェイラの興味がもう止まらないのも事実だった。

 シェイラは特に竜に関しては、自制が利かない。

 良く分からない相手に不用意に近づいてはいけない。

 冷静になって避けるべきだと分かってはいる。分かってるのだ。

 なのに、湧いた好奇心がうずうずと胸を騒がせる。 


「怪しいのに。き、気になる……っ」

「しぇーら?」

「あぁ、どんな色のうろこを持っているのかしら。大きさは? 声は? 風竜だから風を操るのよね。とっても素敵だわ」


 考えれば考えるほどに変わり者の風竜に対して膨れ上がる、好奇心。

 それを確かに感じながら、腕の中にいるココとスピカをきゅうっと抱きしめ、柔らかな赤い髪と艶やかな黒い鱗の間に鼻をうずめた。


(……心臓が、どきどきする)


 旅先で初めて出会った竜。

 きっと彼も、シェイラを魅せてやまない大きな力を持っている。 


(カザト様は風竜の術って見せてくださらなかったから、余計に見てみたいかも。あぁ…もう……本当に、どうしてこうなのかしら)


 友好的ではなく、少し怖かった。

 そして向こうはシェイラを竜浚いだと思ってしまっているらしい。

 誤解を解かない限り、友好的にはなってくれないだろう。

 落ち着いて話し合いが出来る相手であるかは良く分からないから、危険を避けるためにも近づくべきではないと思うのに。 

 でももし、次にあの竜と出会うことが有るのなら。

 自分はもう避けることも無視することもきっと出来ないとシェイラには分かった。

 だって彼がどんな竜なのか、知りたくて知りたくて仕方がないのだから。 


「あいにいく?」


 ココがこてんと首を傾げて訪ねてくる。

 スピカも何も言わないまでも大きな黒い瞳をこちらに向けていて、聞きたいことは同じようだった。

 子供達はもう、シェイラが何を好きで、何を気にしているのかを分かっているのだろう。


「………考え中。―――もう遅いから、寝ましょうか」


 取り得ず今のところは、ほんの少しだけ残った理性と警戒心に従うことにした。 

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