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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第三章

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海をのぞむ町④

 

 アンナが浮かべる笑顔は、対する相手の気持ちをほぐしてしまう。

 完全にはまだ打ち解けられないものの、ほっと息を吐いたシェイラは自然と頬が緩んでいた。

 シェイラはココとスピカの背を押して前に出した。


「私はシェイラ。それからこの子たちは、ココとスピカ。さぁ二人とも、アンナに上手にご挨拶が出来るかしら」

「できるよっ。えっと、ココっ! です!」

「…………」

「あら、スピカは難しい?」

「う、ううん」

 

 スピカは背中に触れるシェイラの手を逃れ、シェイラの体の後ろへと周ってしまう。

 ぎゅうっとシェイラの足にすがりつきながら、顔だけを少しだけ覗かせて、ぼそぼそと挨拶をする。


「ス、スピカ……なの」


 スピカの顔は真っ赤になっていた。

 きっととても勇気を出したのだ。


「うんうん。ココに、スピカね。二人とも可愛いなー。この辺りに他所から来る人って、船乗りや貿易商が多いから、君達みたいな感じの子は珍しいんだよね」

「私たちみたいなって?」


 首を傾げてみると、アンナは口元に指を添えた姿勢を取り、少し考えながら教えてくれる。

 

「うーんとね。まず子連れでの旅が珍しいでしょう? あと港町って、何処かへ行くための中継地点だから、長期滞在する人もそんなに居ないのよ。まあここで商売しようって人は別だけどね。でもそれも違うみたいだし。荷卸し荷揚げが終わったら目的地にさぁしゅっぱーつ、みたいなのが多いのよ」


なるほど、と納得し頷いてから、シェイラは苦笑を浮かべた。


「実は目的地はあるのだけど、船が見つからなくて。だから少し滞在して方法を探そうと思っているの」


 方法が分からないから、留まってみることにしただけだ。

 直ぐにでも出発出来るのなら、してみたいとは思っている。


「え、そうなんだ。定期船の無いところかな? 船を持っている知り合いなら沢山いるから紹介出来るよ? どこに行くの?」

「……水竜の里よ」


 シェイラの台詞に、アンナは目を丸めて固まった。


「―――本気で?」

「えぇ」

「あー…そう。そっかぁ。それは船、見つからないはずだわ。えっと、何、シェイラは竜に憧れるクチ? そういうのって無鉄砲な若い男の子がする無茶だと思ってたのだけど」


 ネイファの民は基本的に皆、竜が好きだ。

 でも遠くから眺めて憧れるものだと思っていて、それで満足している。

 手の届かないものだからこそ、崇敬されている存在。

 だからこうして水竜の里にまでわざわざ行こうとしている人は、周囲と比べて熱が入り過ぎていると見られてしまう。

 多少ならずとも、こうして不思議そうな表情で見られることも多かった。

 でも万が一に成功して里に辿り着き、しかも竜使いになんて成れれば、あっという間に褒め称えられる。

 そして失敗して、生きて帰って来た者には「若気の至りで馬鹿をしたやつ」と言う笑いのエピソードが残るのだ。

 夢見がちな男の子のするような事をしようとしているシェイラを、アンナは不思議に思っているのだろう。


 シェイラはわずかに瞼をおろし、一瞬だけ口をつぐんだ。

 でも、結局。

 顔を上げて、少しだけ恥ずかしそうにしながらも言ってみる。


「……竜が、大好き。里をね、見てみたいの」


 竜が大好きだと、人に公言する事にまだ少しだけ戸惑いがあった。

 だからとっても小さな声になってしまった。

 そうやってシェイラが口にしたその台詞には、恥ずかしげで控えめだけれど、でも確かな想いが含まれている。

 彼女の想いを正面から受けたアンナは、一時だけ虚をつかれて驚いたような表情をした。

 そしてシェイラの想いが本物なのだと悟り、納得したと同時に、感嘆の息を漏らす。


「そう。あの、ごめんね。流石に竜の里へ行ってくれる船を紹介することは出来ないわ。昔からそういう人達に付き合って、何人も海原で亡くなってるそうだから、知り合いを行かせることは……。でも、絶対応援するわ! 頑張ってね!」

「アンナ…。ありがとっ…う?」


 後ろから当たった柔らかな感触に驚いて、お礼が中途半端になってしまった。


「何?」


 振り向いて見下ろすと、こげ茶色の髪をした子供と目が合ってしまう。

 悪戯っ子めいた強気な瞳でこちらを見上げてくる、おそらく五.六歳だろう男の子だった。


「ええっと? 君は?」

「あぁ、悪いわね。うちの弟だよ。こらマイク! お客様に迷惑かけんじゃないの!」


 アンナがカウンターから身を乗り出しつつ眉を吊り上げた。


「なんだよ姉ちゃん。まだ何もしてねーよっ」

「まだってことは何かしようとしてたんでしょうが。あんたが悪さ考えてる時の顔だって分かるのよ」

「え!? あぁー、ええっと…」

「もう! やめてよね。しかもそんなに泥んこになって、何に夢中になってたのよ」


(あ……)


 シェイラは少年…、マイクと呼ばれた子供が背中に何かを隠したのを目撃してしまった。

 ぱらぱらと、土が床へと落ちていっている。


(わぁ、泥団子ね、懐かしい。お兄様たちと一緒によく作ったわ。……誰かに投げつけようとでもしていたのかしら)


 男の子らしい悪戯に、思わず笑いそうになる。  

「ねぇねぇ。なにもってるのー?」

「なんだよお前」


 マイクに興味を持ったらしいココが、彼の背後に回って手の中を見ようとした。

 スピカは相変わらず。シェイラを隠れ蓑にしておっかなびっくりと言う風だ。


「こら、お客さんに失礼すんなって言ってるでしょっ」

「ちぇ。はーい。これな。俺がはつめいしたんだ!すっげぇかたく作れるんだぜ!」


 ココより頭一つ分背の高いマイクは、もの凄く得意気に小さな手の中に握られていた泥団子を前に出す。

 艶のある、ずいぶん丁寧に作られたそれは、泥団子にしては確かに頑丈そうだ。当てられればそこそこ痛いだろう。

 粘土質の土を掘り出し、適度な水を混ぜて形を作ったあとに、乾いたサラサラの砂をまぶしていくと表面が美しく頑丈なものが出来上がるのだと、上手く作れないシェイラに長兄が教えてくれた記憶が懐かしい。


「おぉー!」

「すっげーだろっ!」

「うん!」 

「これのよさが分かるか!」

「うん!」

「よし! 教えてやるよ!」

「うん!」

「え、ちょっと、ココ?!」


 あっと言う間に友達になったのは良いが、もう走り出そうとしているココの襟首をつかんで止める。


(離れない様にと常々言っているのに。どうしてそんなにあっさり走り出すのよ)


 叱ろうとすると、不機嫌そうな赤い目がシェイラを振り返った。

 頬はぱんぱんに膨らんでいる。


「むぅ」

「ココ、約束したでしょう」

「んうー! やー!」

「シェイラシェイラ、放っておいて大丈夫だよ。マイクが行くのは宿の中庭だから心配ないって」

「だったら私も付いて行って……」

「えー、大人がいたら口うるせえからやだ!」

「こらマイク! でもシェイラ、ほんと大丈夫だって。ただの庭遊びに付き添いなんて大げさだよ」


庭遊びにまで付き添うという事がアンナにとっては可笑しいらしく、くすくすと笑いながらそう言われた。


「……。そう……ですか?」

「うんうん。シェイラは部屋に案内するからさ」

「うーん」


 シェイラの知らない遊びを知り、城では得られなかった友人が出来かけている。

 こういう、王城では有り得なかったことを知る為に外に出たのでもある。


「しぇーら! はーなーしーてぇっ」


 両手をばたつかせ、必死に前に行こうと頑張るココ。

 そんなココと、アンナの顔を見比べてから、シェイラは手を離した。

 腰を曲げてココの赤い瞳を見据え、少し怖い顔を作り言い聞かせる。


「絶っ対に、お庭から出てはいけないからね?」

「はーいっ!」

「本当に、分かった?」

「もういいだろ! 行くぞ!」

「うん!」

「あっ、―――もう」


 ばたばたとあわただしく走り行く小さな背を見送って、ふと足元にしがみついているスピカを見る。

 シェイラはその場に腰を落とし、スピカと同じ目線になってから首を傾げてみせた。


「スピカは良いの?」

「えー…だってぇ」


 スピカは組んだ指先をもじもじとを遊ばせて、シェイラから目をそらす。


「お遊び、したくない?」


 ココとマイクのかけていった方向に視線を流しながら、スピカを促してみる。


「……し、たい」

「そう」


 その返事に、シェイラは口元を緩ませた。

 見知らぬ誰かを怖がるばかりでなく、興味を持って関わりたいと思っている。

 ほんの少し促してあげるだけで、スピカはきちんと動くことが出来る子なのだ。 

「行ってらっしゃい?」


 とん。と今は何も生えていない小さな背中を押すと、思った通り、スピカはココとマイクの後を追ってかけていった。

 


* * * *


「まったくアンタは、また変なお節介やいて! 嫁入り前の娘が傷でも作ったらどうすんの!」


 子供たちの遊びもひと段落し、それぞれが帰る部屋に帰った、夜もふけ始めたころ。

 宿屋『赤い屋根の家』の一階にある一画。

 宿屋を経営するアンナの家族の住居空間になっているある一室で、ダイニングテーブルの上に勢いよく鍋を置いたふくよかな女性がいらだたしげに声を荒げる。 シェイラが口にした「お母様」というお上品な単語がまったく似合わない、町で一番に肝っ玉な女と名高いアンナの母親だ。


「うーるーさいなぁ」


 アンナは両手で耳をふさぎ、あからさまにお小言を拒否した。

 ダイニングテーブルから少し離れた、壁際に置かれたソファの上に、彼女は座っている。

 靴を床へ適当に投げ出し、頬を膨らませながらソファに三角座りをして縮こまった。

 そんな彼女を叱責する母親の口調は怒っているけれど、その表情には娘に対する心配の色がありありと浮かんでいた。

 シェイラ達を連れてきた経緯を聞き、怪しげな男と対峙したことを知って、その無鉄砲な行動を窘めないわけにはいかないのだ。

 でも毎日のようにお小言を言われているアンナからすれば、親からの注意なんて面倒なものでしかない。

 アンナは口をとがらせて見せた。


「だってさー、困ってそうだったんだもん。人助けだよ!? いいことじゃない」

「だからってねぇ……。警備隊を呼ぶとか、もっと方法があったでしょうに」


 続くお説教にアンナは肩をすくめる。


「あ。ほら、食器取ってちょうだい」

「えー?」

「いいの? 冷めちゃうわよ?」


 母親がしたり顔で鍋のふたを開けると同時に、勢いよく湯気がたちのぼる。

 室内にはとたんに食欲をさそういい香りが広がった。

 スパイスの効いた芋とキノコのスープだ。

 貿易の街とあって異国の調味料も比較的手に入りやすい土地柄、母親は色々な国の料理に正通している。

 少し独特なこの香りも、味を知っているアンナからすれば胃を刺激され、更なる空腹を呼ぶ幸せのご飯の匂いだ。


「はい、いま直ぐに!」


 早く食事にありつきたいアンナは素直に立ち上がって、投げ出していた靴を履くと隣のキッチンにある食器棚に向かった。

 家族分の食器を取り出しながら、今日初めて出会ったばかりの女の子の事を考えた。


(だって……) 


 珍しい白銀の髪に、薄青の瞳。大人しそうな、自分より一つか二つ年下だろう女の子。

 見るからに大切に育てられた令嬢と言った風な。そんな少し突っつつけば泣いてしまうんじゃないかと思えるような子が、背中に幼い子供たちを守って必死に頑張っていた。


「普通に考えて助けたく、なるじゃない」


 開いた扉の向こうから耳ざとく呟きを聞き取った母親がまた口をはさんでくる。


「でもねぇ、あんな訳ありそうな子……」

「もう! 絶対に悪い子じゃないもの! 大丈夫よ! 母さんうるさい!」


 あまりに母親が口うるさくて、アンナの口調も乱暴になってしまう。


(でも母さんもそう思うんだ。シェイラ、やっぱり何かあるのかなぁ)


 昼間はなんとなく、少し誤魔化してしまったけれど、あのときに周囲の人たちが彼女を助けなかったのは、別にもめ事に巻き込まれたくなかったからでは無い。 

 もしも絡まれたのがアンナだったなら、いやアンナで無くても。普段ならば何人もの街の人たちがこぞって応戦してくれただろう。

 みんな気安い優しい人たちなのだと知っている。

 そして喧嘩っぱやいから、もめ事には絶対口を出したがるのだ。

 でもあの時のシェイラ達には、なんだか近づきがたい空気があった。

 ただの人が触れてはいけない様な、どうしても遠巻きに見てしまう空間が、シェイラとあの怪しげな男、そしてココとスピカの周囲を包んでいた。

 自分たちとは違う立場の者なのだと、否応なしに感じてしまって、だから手を出せなかったのだ。


(でも、悩んだけどやっぱり助けて良かった! とっても良い子たちだったもの!)


 手を触れて、会話を交わしたとたん。

 近づきにくかった空気は消えた。

 笑ってくれたし、二人の子供たちもすぐに弟のマイクと仲良くなった。


(きっと何だか触るのが怖い感じのあの空気は、黒ずくめの変な男の方のものだったんだわ。うん、きっとそう!)


 出来ることならもう少し仲良くなってみたい。

 シェイラと、ココとスピカ。三人そろって少し変わっているように思える彼らに、興味がわいた。



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