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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第一章
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自覚と覚悟①

 翌朝、馬車で運んだいくつかの荷物と共にシェイラとココは王城へ着いた。


「わぁ、素敵な部屋」


 シェイラは案内されたこれから住むことになると言う一室に入り、感嘆の声を上げる。


 そこは太陽の光が燦々(さんさん)と降り注ぐ日当たりの良い場所だった。

 ソファやクッション、カーテンなどのパブリック類は白地に桃色の小花柄で統一されていて、丁度シェイラくらいの年頃の女の子が好むインテリアを 考えてくれたのだと一目で分かる。

 庭に面する壁一面はガラス張り。

 同じガラス製の扉がついていて、開ければ一歩で庭へ出られる造りになっている。

 日光を浴びて得る火の気が食事代わりだと言う火竜のココのことを考えてくれての仕様なのだろう。



「こちらは何の部屋ですか?」


 部屋を見渡していると続き扉を見つけた。

 シェイラは金色のドアノブを指しながらここまで案内してくれた若い侍女に尋ねる。


「寝室でございます。どうぞご自由にお使いくださいませ」


 そう言われて入った寝室は、落ち着いた若草色のシーツをかぶせたベッドが置いてあった。

 天蓋の布は薄いレース素材で、これもシェイラ好みで可愛い。

 喜ぶのもつかの間で、窓辺に置かれたひときわに存在感のある、大きなものに自然と視線が行ってしまう。

 直径2mくらいの円形のクッションのようなもの。


「…ソファーでは無いですよね?」

「こちらですか?えぇ。そちらのココ様の寝床にと用意させていただきました」

「ココの?」


 侍女が微笑を湛えて頷く。


「竜に寝心地のよい形ということで巣と同じ円形に。あとは硬さなどもこだわってらっしゃるようです。アウラット王子が人の世で暮らす竜たちのためにと開発を先導されたとか」

「アウラット王子が…。有難うございます」



 ココのベッドは、シェイラのベッドと同じくらいの大きさだ。

 手のひらサイズのココには大きすぎるほどのベッドの上に、シェイラは籠からココを出して下ろした。


「きゅ、きゅー?」


 見知らぬ場所に降ろされて不安なのか、ココはシェイラを振り返る。


「大丈夫よ。ここが今日からのあなたのベッドなの」

「きゅう?」


 安心させるように指先で撫でてやった。

 少しすると、ココはゆっくりとベッドの上をのそのそと、4本の足で這うように歩いていく。

 中央のくぼんでいる部分までたどり着いて、収まりが良かったのか尾っぽを抱きしめるような形で丸まってしまった。


「お昼寝?」

「きゅ…」


 訪ねる間にも、赤い目は眠たそうにまどろんでいる。


(まだ午前中だけれど…昨日生まれたばかりだもの。眠っている方が多いくらいが当然よね)


 シェイラは案内をしてくれた侍女にお礼を言って退室して貰ってから、靴を脱いでココの丸まる竜用ベッドへと上がった。

 ココの隣に寄り添うように腰かけて、眠りにつこうとしているココの背を撫で続ける。


「ゆっくりおやすみなさい、ココ」


 眠りゆくココを見守りながらも、顔を上げて周囲を見回すと、窓からは緑豊かな庭が望めた。

 さきほどの部屋から続く庭だ。


(この庭が、今日からココの遊び場になるのかしら)


 これから王城での生活が始まるのだ。

 ココと言う火竜の子供と寝食を共にし、竜についての勉強までさせてもらえる。

 ひょっとするとまたソウマと話す機会もあるかもしれないし、他の竜や竜使いと会って話す機会もあるかもしれない。

 変な目で見られるのが怖くて公言はしなくても、竜を愛してやまないシェイラにとって、この城はまるで楽園のような環境に思えた。



* * * *


 お昼を過ぎてもまだ眠り続けているココを城の侍女にまかせて、シェイラは城の敷地の奥にある一つの塔へと向かった。

シェイラの仕事である竜の生育記録をつけるため、そこで授業を受けるのだ。


「…これが空の塔。竜にまつわる研究者のための塔」


 東の端に佇む石造りの堅牢なこの塔は建国前からこの国のこの場所にあったらしい。

 戦や災害で一部が崩れようとも取り壊されることなく改築され残されてきた、竜にかかわる資料庫や、城にいる竜たちを診るための診療施設、研究室。そして竜使い達のたまり場のような場所にもなっているとの噂もある、国の竜に関するすべてが集められた場所だ。

 古びた石壁が歴史を感じさせるその塔に、扉はひとつだけ。


「シェイラ様ですね。伺っております、どうぞお入りください」


 塔を守る衛兵達が、見るからに重そうな鉄扉を2人がかりで開けてくれた。


 シェイラは中へと踏み入る前に、その扉の奥を覗く。

 建物の高さはかなりあるけれど、広さはそれほどでもない。

 1階は只の空虚な空間で、正面に螺旋階段が見えるだけだった。

 上を見上げてみると、その螺旋階段はどこまでもどこまでも続いているように感じた。


「暗い、ですね」

「えぇ。足元にお気をつけください」


 内部を照らすのは一定間隔に置かれたろうそくの明かりだけだった。

 大きな塔の内部を照らすには少し心もとない。


(有名な場所だし、もっと煌びやかな荘厳な雰囲気の場所を想像していたけれど…)


 現実は不気味ささえ感じる暗い場所だった。

 鉄扉の脇に控える衛兵が、立ち止まったままのシェイラを先へと促す。


「ここより先、竜と竜使いの他は許可を得た一部の者のみしか足を踏み入れることが許されておりません。シェイラ様がお会いになるジンジャー様は階段を上って11階にある扉の奥にいらっしゃるとのことです」

「わかりました。ありがとうございます」  


 塔の中へ足を踏み入れ、振り返って頭をさげる。

 それに答えて頷いた衛兵によってふたたび扉が占められた。

 日の光が遮られた分、余計に暗さが増してしまった。


「…………」


 遮断されたのは明かりだけではなかった。

 厚い扉と壁によって、外の音がすべて遮断されている。

 外観からは大きな窓が見えていたけれど、塔の中央部分に作られていらしい螺旋階段からはひとつの窓も見当たらなかった。

 …物音ひとつ、風音ひとつ聞こえない。

 静寂の中でシェイラが上を仰ぐと、ぐるぐると渦を巻くように階段は闇の中へと続いていた。

 この先には何があるのか。

 楽しみでもあるし、暗く長い先の見えない道のりに少しの不安もある。


 シェイラはひとつ息を吐いてからドレスの裾を摘まみ上げ、一歩一歩階段を昇り始めた。



「確かジンジャー様は11階って伺ったわ。……この塔、20階建てくらいよね?毎日上り下りしている方っているのかしら。日常使うのには不便すぎる高さだと思うのだけど」


 普通こういう建物は罪人を捕らえて簡単に逃げ出せないようにするためか、もしくはより遠くを見渡すための見張り台としての目的のために造られるはず。

 竜の研究機関だと言うなら竜が羽を休ませられる広大な庭付きの施設にでもした方がいいのではないか。

 そこまで考えてから、ふとシェイラは気がづいた。


「……あぁ…違うわ。竜が居るからこそ、この高さでも良いのね」


 竜の背に乗って飛べば、こんな塔に上るのに5秒とかからない。

 しかも他の建物よりひとつ飛び出た塔は空を飛んでいる竜からも見つけやすいだろう。


「竜と竜使いのための塔なのね。竜でも竜使いでもない私は一段一段あがっていくしかないけれど」


 シェイラは、こつん、こつんと足音を慣らして一段一段昇っていく。

 静かすぎる空気が心もとなくて、わざといつもより足音を大きく鳴らして足を踏み出した。

 独り言もいつもよりあきらかに多い。



 ただ高いと言っても11階。 

 それほどに長い時間がかかるわけでもなく、体感でも10分くらいで目的の階についた。

 階段を昇った踊り場の正面の壁に、分かりやすく『11』と階数を示す数字が書いてある。

 そしてすぐわきにある扉にかかった黒いプレートには白字で『ジンジャー・クッキー研究室』と刻まれていた。

 暗い視界の中で目を眇めてそのプレートを心の中で読みあげながら、シェイラは思った。


(……ずいぶん美味しそうな名前)


 きっと初めてこの人の名を聞いたほぼ全員が、同じ感想を抱くはず。



* * * *



 ジンジャー・クッキーはローブをまとった小柄な老人だった。

 シェイラを見とめて優しく下がる目元には深い皺。

 もみあげから顎までを覆う白いひげは首元まで伸びていて、シェイラの父方の祖父母よりも年は上かもしれない。

 ちなみに母方の祖父母には会ったことはない。


「水竜使いのジンジャーと申します。どうぞお見知りおきを、幼き火竜を守るお嬢さん」

「よろしくお願いします。ジンジャー様。シェイラ・ストヴェールです。シェイラとお呼びください」


 優しくおっとりとした口調のジンジャーに、シェイラは安心して口元を緩めた。

 彼の背には大きな窓があって、部屋の中は明るく開放感がある。

 窓もなく灯りも少ない、ここへたどり着くまでの道のりとは正反対だった。


 その部屋は吹き抜けの2階構造になっていて、2階部分には壁一面に造りつけられた書棚に隙間なく書物が入っている。

 シェイラとジンジャーの居る1階部分には会議にでも使いそうな大きな机とそれを囲んだいくつかの椅子。

 ソファーや簡易のベッド、お茶の準備や軽い料理くらいなら出来そうな小型の薪窯もすみに造りつけられていた。


 窓際の日当たりのよい場所に干されたかけられた衣服。

 ベッドにかけられた使い古したシーツ。

 食べ物が整理されて置かれたキッチン戸棚の様子からして、とても生活感あふれた研究室だ。


(―――――もしかするとジンジャー様はここに住んでいらっしゃるのかしら)



「シェイラ殿?始めさせていただいても大丈夫でございますかな?」

「あ、はい。失礼しました」


 他人の生活スペースを無遠慮にじろじろと見てしまっていたことに気がついて、シェイラは恥ずかしくなって頬を赤らめる。


「いいえ。興味のあるものがあれば好きなようにお尋ねください。もっとも竜に関するものばかりですので、若い娘さんにはつまらないでしょうが」

「っ…!ここにあるすべての書物が、竜に関わるものなのですか?」


 表情を明るくしたシェイラに、ジンジャーは微笑を湛えて頷いた。


「えぇ、全てが竜に関するものです。国立図書館に置いておけないような資料に加えて、私や、この塔で研究してきた者たちが書き記したものなど。中には何千年も昔のものも置いておりますよ…、まぁそこまで行きますと手には取れても開くことが出来ないような術を施しておりますが」

「すごい、ですね…」


 シェイラは薄青の目を輝かせて、吹き抜けの2階部分に居並ぶ本棚をぐるりと見回す。

 ジンジャーはそんなシェイラをまるで孫でも見るような優しい目で見守りつつ、白いひげの奥の口元をほころばせながら、大きな机にいくつかの本と巻物を置く。


「……では始めましょうか。勉強と言っても記録するのに必要な知識だけですから、簡単な検診方法や身長体重の図り方、記録帳簿への記入の方法。あとは…竜が弱ったときになるべく早いうちに異常に気づけるよう、軽く病気の予備知識なども教えておきましょうか。2・3回の授業で終わると思いますよ」

「はい。どうぞよろしくお願いいたします」


 とにかくシェイラに与えられた仕事をまっとうする為にも、この勉強は大変重要だ。

 ジンジャーが広げた資料に集中しようと、シェイラは彼の話に耳を傾けるのだった。




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