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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第三章

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海をのぞむ町②

 丁度馬車の降り口が穏やかな潮風の吹く海沿いの船着き場だった。

 馬車から地に足をつけ、一番に目に入ったのが、ずらりと並ぶ様々な船だ。

 国と国を股に掛ける大型商船もあれば、一人二人しか乗れないだろう漁船もある。


(以前にソウマ様と言った海は、船なんてひとつも見なかったわ)


 あの時はもっと南の方の、人の出入りの少ない場所を選んだ。

 船も人も出入りの激しいこの町とは雰囲気からしてまったく逆だ。 


「これ、何かわかるかしら」


 初めて見るのだろうそれらを差し、興味深々といった風に見惚れているココとスピカに、尋ねてみる。

 ココは眉を上げ、ぴょんっと跳ねながら手を上げた。


「ココしってるよ! うかぶの!」

「おふね、ね?」

「そうね。二人とも絵本で読んだことがあるものね。あ、あれは凄いわ、人魚の飾りがついているわ」

「あれはー? まっかないろ。きれーねー」


 シェイラ達はのんびりと歩きながら、ひとつひとつ、それらの船を見て感嘆の声を漏らした。


「おっきーねー!」

「しぇーら! のってみたい。のれる? のれる?」

「えぇ、水竜の里に連れて行ってくれる船を探そうと思うの」

「「おぉー!!」」


 ココとスピカは手に手を取り合ってぐるぐると回り始めた。

 まるでダンスをしているかの様なそのはしゃぎ方にシェイラも噴き出してしまう。

 ……王都もストヴェールも内陸にあるから、川を渡ったり漁をする小さな船程度はあっても、何百人も乗れるような大きさのものはシェイラも初めてだ。


 船には中には思わず口を開けて立ち止まってしまうほど見事なつくりのものもあった。

 そうして、ようやく一通り見物し終え、興奮も収まった頃には、もう夕暮れ時。

 歩いているとすぐ先に、仕事に一心地ついた様子の船乗りらしき男の人が集まっているのが見えた。


「行ってみましょうか」


 ココとスピカの手を引き、シェイラは彼らが集まって雑談している中に寄ると、声をかけた。


「あの、すみません」

「あぁ? 何だい。 余所からの子だね? 道にでも迷ったか?」


 一斉にこちらを振り向いた男たちは、皆よく焼けた浅黒い肌と逞しい体つきをしていた。

 とても大きくて、勇ましい、まさに海の男と言う人達だ。

 思っていたよりも非常に迫力のあった彼らに、シェイラは一瞬息をつめてしまう。

 元々異性が得意と言う訳でも無いシェイラは、今までずっと傍にあった貴族階級の男性達でも少し気後(きおく)れしてしまっていた。

 それ以上に荒々しい海の男たち相手では、どうしたって腰が引けてしまう。


「いっ、いいえ。道ではなく。あの、水竜の里にまで乗せて行ってもらえる船を探しているのですが。どこに行けば良いのでしょうか」

「はぁっ?」


 尋ねると、船乗りたちは全員が同じように目を丸めた。

 それから揃って目を瞬かせた後、互いに視線を交え合って、揃って大きく吹き出した。

 港に彼らの笑い声がどっと湧く。

 ただの通りかかっただけの通行人さえ、驚いた顔で振り向くほどの大きな笑いだった。


「あっはっははは!! こりゃあ傑作だ!」

「え、あの?」


 真剣に聞いたのに、笑われた意味が分からない。

 それほどにおかしな事を聞いてしまったのかと、シェイラは正面の男性相手に首を傾げた。


「水竜の里とはまたでっかく出たなぁ」

「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん、冗談言ってんじゃねぇよ」

「いえ、まさか。冗談ではありませ……」


 今度は右斜め後ろから声があがった。

 とても大きな声で、シェイラの反論は、あっさりとかき消されてしまう。


「水竜の里なんて女子供が行くような場所じゃねえって」

「で、でもっ。行きたいんです」

 

 次に左斜め前にいた男が喉の奥で笑いながら肩を叩いてきた。


「お譲ちゃん、無理だよ。無理!!」

「憧れんのは分かるけどさぁ。憧れるだけにしとけってば」

「いくらなんでも夢見過ぎだろ」

「っ…………」


 シェイラは飾り気のない粗野ともとれる海の男達との会話に慣れていなくて、目を回しそうだった。

 これが妹のユーラだったならば物おじせずに彼らの中に入っていけるのだろう。

 誰とでも仲良くなれる、明るく話し上手な妹が羨ましい。

 シェイラでは、何とか相槌を打つのが精いっぱいだった。

 それでも必要な情報を得ようと、次々と交わされる声の中でたどたどしくも口を開く。


「すっ、水竜の里へ渡る船は…、その、無いと言うことでしょうか。西の海の向こうにある小島だと聞いていたのですが」

 

 泳いで渡れるような距離ではとても無く、船に乗らないと島へは渡れない。

 シェイラは困った風に眉を下げた。

 傍らにいるスピカは船乗りの男たちの威勢の良さに驚き、後ろに隠れてしまっている。

 シェイラのスカートをきゅっと握り、時々顔を出しては引っ込めてを繰り返していた。

 一方のココは、きょとんと隣で呆けて口を半開きにしている。

 そんな明らかに物知らずに見えるだろう彼女たちに、船乗りたちは顔を見合わせていた。


「ったく。あのなぁ、お嬢ちゃん」


 どうやら少し同情したらしい大柄で額に布を巻きつけた男が海の向こうを指さした。

 シェイラはその指の先につられ視線を向けた。


「水竜の里のある小島は、この国でいっちばんに激しい海流の重なる向こう側に有んだよ。どんなにベテランの船乗りでも、どんなに頑丈ででっかい船でも行くのは難しい。命捨てる博打のようなもんだ。分かるか?」

「よほどの馬鹿共が年に何回か渡ろうとしているみたいだけどねぇ」

「帰ってくる奴なんて何年かに一組、居るか居ないかだよ」

「水竜に会いたいなら、たまにこっちまで出てくるのを待ったほうが良いんじゃねぇか? 少なくとも他の地域よりは見かけるみたいだぞ?」


 彼らは無謀なシェイラ達を心配して、親切心でやめておけと言ってくれている。

 それでもシェイラはわずかに瞼を伏せて、緩く首を横へと振った。


「……それでは、意味が無いのです」

「意味だぁ?」

 

 眉間に皺を寄せて怪訝な顔をする男を顔を上げたシェイラは真っ直ぐに見上げた。


「竜の里を見たいです、どうしても行きたいのです」

「って言ったってなぁー」

「何か、方法をご存じありませんか?」


 目的は竜に会うことだけではない。

 竜の里と言う場所は憧れだった。

 子供のころからの。ずっとずっと長い間叶えたかったかった、それでも諦めるしかなかった夢だった。

 将来、竜の里に行って竜と契約するのだと、数えきれないほど何度も想像した。

 どんな風に竜は暮らしているのだろうかと、絵本を読みながら考えた。

 

(この海のすぐ向こうに、水竜の里があるのに)


 なのに、なかなか手が届かない。

 この二か月間の旅が順調にいっていただけに、それが酷くもどかしくて、シェイラは唇をかみしめる。

 必死の様相のシェイラに何を思ったのか、船乗りの男たちはため息を吐いたり首を振ったりしていた。

 やがて一人の男に、こつんと手の甲で軽く頭を叩かれた。


「っ……?」


 いつのまにか俯いていた顔を上げると、叩いてきたらしい男は真面目な顔をして、諭す口ぶりで言う。


「……あのな。皆、家族が有るんだよ。見たところ良いとこの出の娘さんのようだけれど、例えどれだけ金を積まれようが頼まれようが、命捨てる覚悟でお譲ちゃんに付き合う奴なんてそうそう居ない。諦めな」

「…………」


 家族や命を口に出されてしまっては、もうシェイラが強気に出ることは難しかった。

 出会ったばかりの船乗りたちにそんな危険の見返りとして差し出せるものなど何も持ってはいない。

 シェイラは無言のままで深く頭を下げ、ココとスピカの小さな手を取るとその場をあとにするのだった。



* * * *


「定期便も無いし。今のところ乗せて行ってくれそうな人も居ない…か。楽に辿り着けるとは思っていなかったけれど。でも、どうしようかしら」

 

 シェイラは両手でココとスピカの手を引きながら、街を歩いていた。

 ちょうど人々の帰宅や買い物の時間に重なったらしく、人通りはとても多い。

 商店の前を通るなり、威勢の良い呼び声が響く。

 すれ違う人々はみんな王都よりも日に焼けた肌の色だ。

 そして耳に届く会話は、少しだけ発音が違っている。

 見るもの聞くものの全てが、知っているものとは異なっている。

 それを感じてしまうと、ここは自分の知っている土地では無いのだと改めて思わされた。


(助けてって言える人が。今は一人も居ない……)


 思わずココとスピカと繋いでいる手に力が入ってしまう。


「しぇーら?」

「…………」


 頼る誰かの無い状況と言うものに、シェイラは本当に慣れていなかった。

 実家や王都で過ごした期間の自分がどれだけ甘やかされていて、恵まれていたのかを痛感する。

 沈み始めた陽により周囲が薄暗くなり、更に気温がぐっと下がって肌寒くなって来たことが、寂しさに拍車をかけた。

 何の心配もせず暮らしていたストヴェールの家が、恋しくなってしまう。


(でも、どうにかしないと)


 シェイラは必死で頭の中を巡らせた。


「……飛ぶ、とか?」


 ふと考えて、一番星の輝く空を見上げた。

 翼を使って空をとぶこと。竜であるならば、一番に思いつく方法だ。

 しかしやはり駄目だと思い直し、首を振る。 


「まだ長くは飛べないもの」


 シェイラもココもスピカも、長距離の飛行はまだ出来ない。


「しぇーらはへたっぴだもんねー」

「ねー」

「う……」


 ココとスピカの指摘通り、シェイラに至っては少しの間だけ浮くのがやっと、という状況だった。


「どう考えても海に出る前に落ちる姿しか想像できないわ。それも一番先に私が落ちるわね」

「じゃあ、ココがのせてったげるよ!」


 胸を反りかえして張り切るココに、シェイラは思わず小さく噴き出した。


「ありがとうココ。でもまだ人を乗せるなんて難しいと思うわ。もう少しだけ大きくなったからお願いするわね」

「えー? ココはぁ、もうできるとおもうけどなぁー?」

「そう。…考えておくわね」


 竜になったって一抱え出来る程度の大きさしかないのに、どうして出来ると思うのか。

 子供の感性は良く分からない。でもそうやって良く分からないことを言う所こそが可愛くて面白い。

 自信満々でシェイラを乗せてくれようとしているココには悪いとけれど、別の方法を探すために頭を巡らせた。


「しぇーらママぁ、どうするの?」

「えっと……」


  下を向くと、スピカが眉を下げて不安げな眼差しでシェイラを見ていた。


「っ……」


 この子は自分以上に不安を感じている。

 シェイラはぐっと唇を引き締めたあとに屈みこみ、ココとスピカの顔を覗き込みながら頭を撫でた。


「まずは、そうね……。もう暗くなってしまうし、宿を探しましょうか」

 

 日が暮れる前に落ちつける場所を見つけなくては。

 そう言って、シェイラは周囲を見渡して宿屋らしい建物を探す。


「大きな町だから、すぐに見つかるとは思うのだけど。誰かに聞いてみようかしら」


 行き交う人々をながめていると、背後に誰かが立った気配がして自分の前に影が差した。

 道の端にいたから通行の邪魔になっていたとは考えにくい。

 真後ろで立ち止まられたことを不思議に思って、振り向こうとしたと同時に、相手に二の腕を突然に掴まれた。


「おい」


 掛けられたのはぶっきらぼうな低い男の声。

 ぐっと後ろへ引っ張られ、たたらを踏んだシェイラが薄青の瞳を瞬かせながら相手を見上げる。

 そして、その男の様相に小さく息をのんだ。


「あ…………」


 ――――異質。だった。

 暗い色のぼろきれを幾らも重ね合わせ、首もとから足元までをすっぽりと覆う、厚みのある服装。

 そんな服から覗く、伸びきったくすんだ藍色の髪と、無精ひげ。

 高くて威圧感のある体格。

 猫背で、気だるげな姿勢なのに、でも、ただのくたびれた男と言うのとは明らかに違う。


「お前、何者だ」


 異様なほどに迫力のある鋭利な眼差しが、シェイラを真っ直ぐに射抜くのだった。




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