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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第二章

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約束の証⑥

 かすれた低い声が零されるのと同時に、抱きししめられる力は強くなってシェイラは厚い胸の中へぎゅうぎゅうとしまい込まれた。 


「シェイラ」

「っ……っはい!」

「っ言っとくけど、大人しくただ待ってるつもりもないから。会いに行くから」

「―――は?」

「邪魔はしないって。たまに顔見に行くくらいは許せよ」

「――――――…はい」


(そっか……)


 旅の始まりから終わりまで、ずっと会えないわけではないのだ。


(だって、翼があるのだもの)


 たとえ国の端っこに居たって、違う国に居たって、数日もあれば飛んで彼の元へ帰ることができる。

 今はまだ満足に飛ぶことも出来ないけれど、練習すれば良い。

 自由な竜なのだから。どこに行くのも勝手で良いのだ。

 何処かに出かけるのも、帰ってくるのも、いつ何をしても良いのだった。


「わ、私も!!そうそう頻繁にだと…出ていく意味がないのであれですけど。会いに行きます。ソウマ様が世界のどこにいても。絶対に、貴方の元に必ず帰ります」

「―――じゃあ、シェイラが迷子にならず、ここに帰ってこれるように」


 小さく笑いを洩らしたソウマが一歩離れた。

 少し開いた二人の間、彼は真剣な表情で手を胸の前で上向きに掲げる。

 するとふわりと。赤い光がそこに浮き上がった。


「わぁ」


 炎とも、太陽ともどこか違う、暖かく優しい小さな小さな灯り。

 赤い光が物陰で薄暗い場所に居る二人の間を照らす。

 やがて光が消えたそこから現れ、促されて思わず差し出したシェイラの掌に落ちたものは、小さな赤いの石のようなものが付いたネックレスだった。


「これは?」

「竜の鱗。竜の加護と呼ばれている」

「う、鱗…?!」

「そう。一枚の鱗を凝縮してるんだ。どんな宝石より頑丈だぞ」


 どんな宝石よりも頑丈で。どんな宝石よりも美しい。

 幼いころから魅了されて止まなかった艶やかな鱗と同じ輝きが、シェイラの手のひらに乗っている。

 小さな小さな、つまめる程度の小ささにまで凝縮されたそれには、細いチェーンが通され、繊細な作りのネックレスとなっていた。

 魅了されてネックレスを見つめ続けるシェイラの手から、ソウマがそれをそっと持ち上げる。

 彼はシェイラの肩を押して後ろを向かせた。

 しゃらりと金属の擦れる音がなり、鎖骨の中央あたりに回された竜の鱗が触れる。

 金具を留めるソウマの指先にうなじの辺りを撫でられて、ぞくりと肌が震えた。

 もともと付けている真珠のネックレスよりもずっと、鎖骨で輝く赤い鱗はしっくりとシェイラの肌の体温となじんだ。


「俺の一部だから、どこに居ても分かる。これだけは離すなよ」

「っ……」


 後ろから耳の付け根に熱い唇を一瞬だけ押し付けられて、またびくりと肩が震えた。

 彼の前にさらされたシェイラの首筋は真っ赤になっていることだろう。

 慣れない羞恥と、胸が締め付けられるほどの愛おしさ。

 身体の一部をくれるという彼の想いに、シェイラは悲しくもないのに泣きたくなってくる。

 シェイラは鎖骨に触れる鱗を、指先でなでた。


(あったかい…)


 じんと染み入る優しい暖かに、またさらに泣きそうになりながら、ソウマを振り返って滲む瞳のままに彼を見上げた。

 目の端に滲むシェイラの涙に、ソウマが驚いた風に息をのんでいる。


「あの。これ、私にもできますか?」

「これ?」

「鱗の……。私も、ソウマ様に差し上げることは出来るでしょうか」


 この暖かさを、幸せを、自分もソウマに渡すことができるだろうかと、シェイラは訪ねた。


「――――――」


 ソウマはシェイラのセリフの意味を理解するのに少しだけ時間をかけて。

 その後、かみしめる風にふわりと、本当に嬉しそうに微笑んで頷いた。


「加護は、ちょっと無理」

「加護?」

「どこに居ても分かるって言っただろう?位置探査も出来るってこと。火の気の少ない水辺や日陰以外になるけどな。でもシェイラでも鱗に気を込めてそれっぽい形を作ることは出来るだろうから…それにするか。手を上向かせてみな」

「こうですか?」


 向かい合ってソウマはシェイラの手を下から支え、もう片方の手で上からシェイラの手を包み込む。

 すると暖かな何かが、手のひらにじわじわと広がって行くのが感じられた。

 

「あ」


 シェイラが、何かをしたわけではない。

 ソウマが何らかの術を使って、シェイラの竜の力を引き起こして目に見える形を作っているのだ。


「こういうの、術が下手っぴな子竜にさ、感覚を覚えさせるためにやるんだよ。自分の中の力をちゃんと形として生み出す感覚を、覚えて。身体にどんな風に力がめぐっていくか、感じてみて」

「は、はい」


 瞼を伏せるとより強く感じる、全身を駆け巡る暖かな何か。

 体中を巡り巡るそれらが、ソウマの手に引き寄せられるように重ねた掌へと集中していく不思議な感覚。

 それを感じながら手元を見ていると、小さな白い光が浮き出てくる。

 ソウマが出した時よりもずいぶん時間はかかったが、白い光はやがて一つの小さな塊になった。

 白銀のシンプルな指輪の中央に、白い半透明のものが埋め込まれている。


「これが、白竜の鱗…?」

「そう。―――綺麗だ」

「っ……」


 シェイラの瞳を真っ直ぐに見つめながら言われた。

 シェイラは高鳴る鼓動の中、手のひらの上の指輪を取ると、ソウマがしてくれたのと同じように彼の指に嵌めた。

 長い節ばった、厚みのある大きな手をなぞる。

 とても無骨だけれど、優しい手を何度かさすり、やはりここだと決めて指輪を添えた。

 丁度左手の薬指に、驚くほどぴったりと指輪は嵌った。


「…………」

「………」


 シェイラとソウマは無言のままで見つめあい、やがてどちらからともなく唇を重ね合う。

 しっとりと湿った唇をついばむ様に求め合う。

 次第に深くなり、ソウマの熱い舌がシェイラの唇を割って口内に押し入って来た。

 さすがにすぐ傍の、衝立の向こう側に沢山の人間がいるようなこの場所で、そこまで深くまで暴かれると思っていなかったシェイラはびくりと肩を揺らし、閉じていた瞳を見開いた。

 ソウマの衣服を引いてみるけれど、小さく喉の奥に笑いをもらされただけで彼の動きは留まる様子がない。

 

「…―――っ……」


 息継ぎのために一度離されたものの、言葉を発する隙さえ与えられずまた熱い唇を押し付けられる。


 耳に届くのはパーティーで始まったらしいダンスの、淑やかになるワルツの音。

 どこか遠くに聞こえる気がするのは音だけでなく。視界も意識もぼんやりとかすみだし、次第に世界全てがふわふわと薄らいでいく。

 いつもならばどうすれば良いか分からず翻弄されてしまう羞恥も戸惑いも困惑も、とろける程に心地よい彼の誘惑の中では、もう意味をなさなかった。


 


* * * *



 ――――何やらずいぶん赤い顔で、ソウマに連れられ衝立から出てきたシェイラを遠くに眺めながら、彼女の兄であるジェイクは傍らにいる父からのドス黒い空気に耐えていた。

 

(嫌なら嫌っていえばいいのに……)


 客人が周囲にたくさんいるから顔は一応笑顔を張り付けてはいるものの、心の中は大嵐が吹いているようだ。

 なにせ突然すぎる。

 父も心の準備を何一つしていないところに、恋人宣言だ。

 眼の玉が転げ落ちるほどに驚いた。驚き過ぎてグレイスとソウマが話している間、呆けていただけだった。


(あんな状況でもにこにこと穏やかな母上はやはり大物だよなぁ)

 

 衆人の前で認めたのだから、婚約にも等しいくらいで、撤回は難しい。

 兄のジェイクでさえ少し複雑なのだから、愛する娘を持っていかれた父の苦悩はよほどのものだろう。


(まぁ、シェイラの幸せを優先したってことかな)


 それでも反対などせずに認めたのは、シェイラの幸せがそこにあると分かったからだろう。

 竜を何よりも愛するシェイラが、竜であるソウマと一緒になることは、驚きはしたもののすんなりと納得してしまった。

 むしろ妹が普通に人間の男に恋をするところの方が想像できない。

 なのに竜へ情を向けるところだけはあっさりと想像できた。

 絵物語に書かれた竜を恍惚とした表情で頬を染めて凝視し、ベッドにまでそれを持って入る、あり得ないほどに竜に入れあげていたの妹を知るがこそ安易にわかるというものだ。 


「父上、飲みすぎないでくださいね」

 

 グレイスの手の中のグラスの中身は、かなりの勢いで消えていっている。

 今ここでヤケ酒されては、客人たちへの示しがつかない。 


「……わかっている」


 そういいながら豪快に酒を仰いでいる。

 終わった後にいくらでも付き合ってやるから、どうか体面は保ってほしいな、と、ジェイクは密かに溜息をはくのだった。


* * * *




――――数日後。



 王都から東に外れた人気のない海辺の白い砂浜に、風が吹いた。

 風で巻き上がった砂の上には、見たものが仰天するほどの大きな黒い影ができている。

 それは砂浜の真上を旋回する竜の作る影だった。


 ココとスピカと一緒に大きな竜の背に座っていたシェイラは、遥かな海を眺め、香る磯の香りに身を乗り出した。


 ――――別れる前に。

 以前に約束をしていた海でみんなで行きたい。

 それを言い出したのはどちらから伴なくで、もちろんココもスピカも反対するはずがなかった。  


「海…!」

「うみー!」

「うみ、うみ!」


 ゆっくりと高度を下げていく視界の先は、どこまでも続く青い海と空。

 耳朶を打つのは穏やかな波の音。


「大きいですね!」 

『あれ、シェイラも海はじめてなのか?』


 いつもより弾んだシェイラの声に気付いたらしい、竜の姿のソウマの台詞が頭の中で響いた。

 シェイラはこくこくと頷いたあと、彼からは見えない背中側にいるのだと気が付いて声をだして返事を返す。

 波の音にかき消されないとうにと思うと、どうしても大きな声になってしまった。


「はい!ストヴェールは大きな湖と川はあるんですけど、海に面してはいないですし。首都の方に来てもさすがに海まで足をのばす機会はなくって」

『へぇ』

「そうまぁ、はやくおりておりて!」

『はいはい。大人しく待ってって』


 今にも背中から翼を出して飛んでいきそうなココ。

 シェイラはココが先走って飛び降りないようにその手をきゅっと握った。

 反してスピカは戸惑うばかりでシェイラの背後に隠れるように回り、腰に抱き付いている。


「スピカ…」

「みずがうごいてるなんてへん!」

「波が怖い?楽しみにしていたでしょう?」

「こんなとこなんてしらなかったー!」

「っぷ」


 人の姿にもどったソウマが背後で大きく噴き出している。

 シェイラはソウマをたしなめる風に少し睨んでから、しゃがみ込んでスピカ視線を合わせた。

 お弁当の入れたバッグと一緒にしていたつば広の帽子を取り出し、スピカの黒い髪の上に被せる。

 今のところ苦手なそぶりは見せていないものの、火竜のココと比べればきっと太陽に弱いだろうスピカの顎に、帽子から繋がったリボンをしっかりと結んで固定する。

 その後、足元の砂を手ですくってさらさらと落としてみせた。


「なら砂浜で遊びましょうか。きっときれいな貝殻がみつかるわ」

「……かい、がら?おまつりのねっくれすのー?」


 祭でユーラとお揃いで買った、貝で作られたネックレスを思い出したのだろう。

 ぱっと顔を輝かせて、スピカは足元の砂を見下ろした。


「そう。一緒に探しましょうね」

「………うん」


 

 …本当に幼い子の順応力は羨ましいとシェイラは感心する。

 スピカが戸惑ったのは本当に最初のうちだけだった。

 いまでは全員そろって靴も脱いでしまい、ココとスピカは全身砂まみれになりながら山を作って遊んでいる。

 シェイラもソウマもそんな子供たちの傍らで素足にあたる砂の感触を楽しみつつ、揺れる波を眺めていた。

 

「まずは何処に行くか決めたのか?」


 隣から、ソウマがわざとらしくそう聞いてくる。

 

「私の行きたい場所なんてわかっているでしょう?」

「竜の里?」

「正解です」


 お互いに顔と顔を見合わせて、くすくすと笑いあう。


「シェイラの一番興味のあるところだもんな」

「はい!絶対に行きたいです。ココとスピカの意見も聞きながら、色々寄り道もするでしょうけれど」

「でもどの竜の里も、人の手の入らないずいぶん辺境にあるんだぞ?」

「馬車で行けるところまで行って、そのあとはこれかな、と」


 これ、とシェイラが言うと同時に、シェイラの翼には白い翼が生えた。

 失敗ばかりだった翼の出し入れは、何度も繰り返すうちにずいぶん簡単にできるようになった。

 あとはこれを上手に扱って、長時間の飛行もできるようになりたいところだけれど、それは中々に難しい。

 何よりもシェイラよりずっと幼いココもスピカもいるから、休み休みになることだろう。


「いつか…白竜と黒竜の里にも行けたらと思います」

「――――――そうか」


 白竜の里や黒龍の里が何処にあるのか。

 実際に白竜の里というものが存在していたかどうかも微妙なところだ。

 純潔の白竜である祖母なら知っているだろうか。

 それとも幾つかあるという古代遺跡に痕跡があったりするのだろうか。

 見たいもの、知りたいことは山ほどにあって、今目の前に広がっている海よりも広く世界は続いている。

 地平線の向こう側へと想像を巡らせて、子供たちの賑やかな笑い声を耳に通しながら、シェイラは傍らの彼の手を、そっと握るのだった。



 

第二章これにて閉幕です。

読んでいただき有難うございました!

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