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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第二章

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約束の証④

「さぁ、出来ましたわっ!!」


 ストヴェールの屋敷にあるシェイラの私室。

 朝の早い時間からシェイラを取り囲んでいた侍女たちが、やりきった!と言う達成感から満足気な表情を浮かべた。

 彼女たちの中心で鏡台の前に腰掛けているシェイラも、微笑んで彼女たちに礼を述べた。


「ありがとう。とっても素敵だわ」

「とんでもない!お嬢様が家を離れてしまってから寂しく思っておりましたので、久しぶりに腕を振るわせていただけて光栄ですわ」

「あら、ユーラにいつもしているのでは無いの?」

「ユーラ様とシェイラ様は衣装のタイプが違いますもの。この最新の髪型はシェイラ様に似合いそうだなーと思って結って差し上げたくても、ユーラ様にはあまりに合いそうになくて諦めてしまうしかなかったりしますでしょう?」

「あぁ…そうね。有難う」

「ふふっ。勿体ないお言葉でございます」


 お仕着せのドレスの裾に美しくドレープを描かせ、優雅で完璧な礼をしながら侍女は一歩後ろへ下がった。


 シェイラは目の前の鏡台に映る自分を改めて見てみる。

 白銀の髪は細やかくかつ程よく緩やかな編み込みが施され、丁寧に結い上げられている。

 さりげなくユーラにプレゼントされたばかりのレースリボンも結ばれていた。

 

まとっているのは淡いブルーのAラインドレス。

 肩口の大きく開いたデザインのそのドレスに、銀糸で編まれたストールを羽織り、首元には2重に連なった真珠のネックレス。耳飾りも真珠なら、髪のところどころにも一粒真珠が飾られている。

 真珠の銀と白と、ドレスの青。今日の衣装はシェイラの本来もつ色に合わされていて、天然である薄青の瞳と白銀の髪を一層際立たせている。

 施された化粧もいつもより2割増しにきっちり仕上げられており、そんな自分の姿にシェイラ口元を緩ませた。


(こう言う格好はひさしぶり)


 毎日はさすがに窮屈だけど、たまには思いっきり着飾るのもいい。

 人並みに可愛いものも綺麗なものも好きで、おしゃれだって大好きだ。

 思わず立ち上がって姿見の前まで行き、くるりくるりと周ってしまう。ふわりと浮いたドレスの裾に、自然と頬が緩んだ。

 そんな少し子供っぽい行動を起こしてしまうのは、家族程に長い年月の付き合いのある侍女たちの前だからこそ出来ることだった。


「さぁ、そろそろ時間です。お客様も到着され始めておりますわ」

「えぇ。行きましょうか」



 

 ――――――――今日は、任期を終えてストヴェールの領地へ帰ることになった家族が、この首都でお世話になった人々にを招待し、感謝を記したパーティを開くのだ。

 父の仕事仲間はもちろん、母の友人知人、兄や妹の交友関係者など、たくさんの招待客を招いている。 


(ココたち、大丈夫かしら……)


 一階にある会場になっているホールへ向かうため階段を一段ずつ降りつつ、シェイラは城にいる子供たちを思った。

 兄や妹の招待客もいるから、比較的若い年齢の者もいるラフなパーティーではあるものの、さすがに幼い子供にはそぐわない。

 幼いココとスピカは城の侍女に任せてきた。

 そして衣装の準備に時間がかかるから、早起きのココが目覚めるよりももっと前に城を出てきたのだ。

 前夜に言い聞かせてはいたけれど、起きてシェイラがいないことに気付いて泣いていないかとか、あまり心を許している人がいないスピカは大丈夫だろうかとか、心配は尽きなかった。

 

(……ソウマ様も)


 あの夜、シェイラは自分の考えを全部話した。

 語彙も多くなく、頭の回転も速いとはとても言えないけれど。

 それでも持ちうる言葉をすべて使って、外の世界を見に行きたいこと、城では甘えてしまうこと、誰の助けもないところで頑張ってみたいこと、どうしてそう思うに至ったかを、一つ一つ言葉に乗せた。

 

(最後には折れて納得はしてくれたけれど。でも、なんだか煮え切らない感じだったのよね)


 何時間も話し続けるシェイラの情熱と根気に気圧されて、渋々うなずいたという感があった。

  

「……帰ったら、もう一度」


 諦めるつもりはないから、城に戻ったらまたソウマを捕まえて話あわなければ。

 いつになくやる気になっているシェイラが最後の段を下り終え、一階に足を付けたとき。丁度出くわしたユーラが寄ってきた。

 彼女は明るいピンク色のドレスに、髪のサイドにはドレスと同じ色の大きなリボンをつけている。

 

「お姉さま!シェイラお姉さま!!」

「ユーラ、どうしたの?」


 興奮した様子のユーラに、シェイラは首を傾げる。

 ユーラは玄関の方を指して頬を染めながら口早につげた。


「お姉さまにお客様なのっ」

「私に……?」


 妹は社交好きで顔が広く、兄は柔和な人柄から人望がある。

 実家のストヴェールになら親しい友も何人かいるものの、この首都で親しくする友人はいなかった。

 家族共通の知り合いは親名義で招待しているから、シェイラが個人的に招待した人はいないはず。

 だから今日シェイラを訪ねてくる客人というのに心当たりが出てこなかった。


「どなた?」

「行けば分かるわ!ほら、早く。お客様をお待たせしては悪いでしょう!」


 背中を押されて、玄関の方へと促される。

 やけに強引なユーラに不思議に思いながら、シェイラは玄関へと向かった。

 途中、パーティ会場の大広間へと向かう何人かの客人とすれ違い、挨拶と一言二言の世間話を交わし、玄関ホールに到着した。

 丁度使用人に上着を預けているその客人を確認したシェイラは、驚きで目を見開いた。


「ソ、ソウマ様……?!」

「ん。おぉ、シェイラ」


 シェイラの声にこちらを向いた彼の姿に、シェイラは言葉を失った。

 ブラックジャケットにダブルカフスの袖口の白いシャツに蝶タイ。落ち着いたワインレッドのベスト。

 胸元に差したチーフもワインレッドで、鮮やかな赤い髪も丁寧に後ろに撫でつけられていた。

 普段のシャツとズボンのみのラフな服装の時は野生的な雰囲気とはまた違う魅力のある品のある貴公子然とした姿。

 うっかり見惚れてしまいそうになる。

 

「どうして…?」

「昨日妹さんが訪ねてきて招待状を押し付けてったぞ?」

「え、押しっ……あの子ったら……」

「『お姉さまとお付き合いするなら、相応の順序を踏みなさい!』ってさ」

「……。……?え?まさか……」

「そ。人間の風習にのっとって、ご両親にお付き合いの許可を頂きに」


 シェイラは自分の頭からさぁっと血の気が失せていく音を確かに聞いた。

 親への紹介だなんて、そんなの全く心の準備ができていない。

 そもそもソウマとの関係を露とも知らない親の方が、何の準備もできていないだろう。

 両親が……特に父がどんな反応をするのか。

 まったく全然想像もできない。恐ろしすぎる。


「ま、ま、ま、まってください。そのっ!私が、先にご機嫌をうかがいに……」


 せめてワンクッションを置いてから合ってもらった方がよい。

 そう言ってみたシェイラの思い付きは聞き届けられないようで、ソウマはどんどん広間の方へ進んでいく。

 シェイラは焦って彼の後を追いかける。


(なんで、どうしてこんな状況に!!ユーラの馬鹿っ…!)


 初めて妹を恨めしいと思ってしまった。

 

 気まずい状況だったはずなのに彼はどうしてこんなことをするのだ。

 でも親の前に出ようというのだからまだ好いていてはくれてるのだろうか。


 ソウマはよほど意思が固いのか。それとも緊張して周りの声が聞こえていないのか。

 シェイラの停止などまったく意味もなさず歩いていき、開け放たれている広間の扉までたどり着く。

 そこでぴたりと足を止めたソウマは、やっと追いついて息切れしているシェイラを振り返る。

 

「……ん」


 差し出されたのは、大きくごつごつとした手。

 微笑みながらも見たこともない程に真剣な色をともした、赤い瞳。


「…………」


 シェイラは普段より少し硬い面持ちのソウマを無言のままに見上げた。

 それから引き寄せられるように自然に、気が付いた時には彼の手の上に己の手を重ねていた。

 ソウマがぐいっと力を込めてシェイラを己の方へと引き寄せて囁く。

 

「白竜の娘を嫁にもらったくらいの人だろう? 大丈夫。大丈夫」

「は、ぁ……」


 (これって、私が反対されるかもしれないのを怖がっていると思ってらっしゃるのかしら)


 実のところ、父にソウマとの関係を反対される事態は想像をしていない。

 既に跡継ぎは長兄や次兄に任されているし、姉妹は好きにやっていけば良いという感じだ。

 シェイラが竜たちとともにあると決めた時点で、伴侶の対象に竜が入ることも考えてはいただろう。たぶん。


 ……心配しているのは、突然すぎること。

 生真面目な父は、礼儀のなっていないことを嫌うてらいがある。

 だから事前に触れか何かを送っておいて、きちんと一般的な順序どおりに恋人を紹介するべきなのだ。

 ソウマも、そして企ての一員となったユーラも、そのあたりをわかっていないようだった。


 (でも…こう言うのも良いかも……)


 強引に手を取られて、大勢の人のいる場所で突然の交際宣言。

 ドラマチックで、女として憧れられずにはいられないシチュエーションだ。

 しかもいつも以上に格好良いソウマが相手なのだ。

 戸惑って困ってはいるし、人前で何を考えているのだと少し憤ってもいるけれど、それ以上に嬉しいと思ってしまうのを止められない。


(大好きな人が自分の親に、自分を大好きだと告げてくれることが幸せでないはずがないもの)

 

「……そうですね」


 父の心臓が心配だけれど。

 もうこの際、乗ってしまおうとシェイラは小さく笑いをもらした。

 怒られたとしても、彼と一緒に怒られるならそれも楽しいように思えてきた。

 シェイラはソウマの手をきゅっと握り、もう片方の手でドレスのスカートをそっと持ち上げる。

 わずかに腰を落とし、礼をしてから。

 心のままの笑顔で彼を見上げた。


「どうぞ宜しくお願いいたします、ソウマ様」



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