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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第二章

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約束の証②

 ソウマに連れて来られたのは、人気の無い一室だった。

 普段使われていない様子の部屋の家具には埃よけだろう布がかけられていて、カーテンが締め切られているために薄暗い。

 扉を後ろ手で締めるなり、シェイラの手を離したソウマは、向き直って正面から赤い目を縋めてくる。

 

「ソウマ様」


 困惑を含んだシェイラの声に、ソウマは眉をひそめたままで頷いた。乱暴をしたと言う自覚はあるのだろう。

 ソウマは片手で顔の下半分を覆って深呼吸して、己を落ち着かせようとしている。

 少しして、大きく息を吐いたソウマは気を取り直した風に口を開いた。


「悪い。ちょっと動揺して変なことした」

「いえ……」

「それで。ジンジャーが言っていた様に城を出るって言うのは本当なんだな?」

「はい。間違いありません」


 しっかりと頷くとソウマの表情が痛そうに歪んだ。シェイラの心臓がどきりとはねる。

 何か飛んでもない間違いを犯してしまったようで、だけどシェイラにはまだ理解が出来なかった。


「っなんで、そうなった。……俺は、行けないぞ」

「分かっています」

「………」

「あなたは、アウラット王子殿下の契約竜ですから」


 一生涯、友として寄り添う人と竜との契約。

 それは心に寄り添うと言う意味での契約で、身体的にいつも一緒にいなければならないと言うわけではない。

 事実クリスティーネなどは夏場の暑い時期を中心に年の半分近くは里へ帰っている。

 でもソウマは、アウラットの手に届く場所にいることを選んでいるのだと、彼らを近くで見ていて分かった。


「ソウマ様が、アウラット王子とともにあれるのは、あと数十年ですものね」


 ソウマは瞳を揺らがせてから、僅かに瞼を伏せた。人との寿命の違いに、流れる時間の差に、憂いているのかのように。

 

「そうだ、な……」


 必ず置いていかれると分かって隣に居ることを選んだその決断の重さを、シェイラはまだ知らない。でもとても貴重で大切な時間だと分かるから、自分の胸に手を置いて見せ、指し示した。


「でも、これからきっと数百年、私のこの心臓は動き続けるのです。アウラット王子殿下と違って」

「…………」

 

 ソウマとシェイラが生きるのだろう数百年の時の中、ソウマが生涯の友と認めたアウラットと一緒にいられる時間はわずか数十年。

 今しかないアウラットと、これからずっとずっと長い時間を生きられるシェイラ。

どちらとの時間がより重要かは、比べるまでもないだろう。


「今はアウラット王子の傍にいて、2人で出来る思い出や経験を沢山つくって欲しいです。あの時そばにいればよかったとか、あの時ああしていれば良かったなんて、悲しい後悔もして欲しくありません」

「わかってる」


 ソウマ自身も、アウラットの人生の最後にまで共にいるつもりなのだろう。

 それはソウマがアウラットと契約をなしたときに決めたこと。

 数十年しか一緒にいられない、友の人生に付き合うと誓ったのはソウマの意思だ。

 

「これからの数百年のうちの数十年くらい、ソウマ様がアウラット王子との時間に費やしすことくらいなんでもありませんよ」

「……なんでもないのか?」

「う…なんでも、といえば確かに嘘ですけど。寂しいですし、心細いです。でも……」


 シェイラはうつむて一度言葉を切った。けれどすぐに顔をあげて、笑って見せる。


「だってソウマ様が一緒だと絶対に甘えてしまいますから。そうしたら私たちが竜として一人前になるために城を出て旅をすると言う意味がなくなってしまうでしょう?だから、私はココとスピカと3人だけで外にでようと思うのです」

「シェイラ…」


 シェイラの名を囁くソウマの声は、ひどく頼りないものだった。

 それからぽつりと。ソウマの口から言葉が零れ落ちる。


「……なんで、勝手に決めている?俺があいつから離れないって決めつけて。結論だして。自分の方が優先されるって可能性をどうして露ほども考えないんだ。」

「え?だから私のために契約者と離れるなんてありえないでしょう」


 人と竜の契約は、そんなに甘いものではないはずだ。

 強い心の結びつき。簡単に解けることのない絆。

 シェイラのために手放して良いものではない。

 だからシェイラは本心から、ソウマはアウラットの隣に居るのが当然だと思っていた。 

 

「っ……。そんな程度の想いだと思われてんのかよ」


 また細められた鋭い瞳は、燃える炎のように激しく揺らめいていた。

 

「ソウマ、様?」


 シェイラは彼の体から火傷するほどに熱い何かが立ち上っているかのように感じた。目に見えないそれに気圧され、思わず一歩下がってしまう。


「大体、今まで何の不満も無くここにいただろうっ。どうしていきなりそう言う結論に出るんだ。何……誰かに入れ知恵でもされたか?」

「入れ知恵って……そういうのでは……」


 ソウマの台詞に反論しつつも、ジークに促されて考え出した事実があるので語尾が弱くなってしまう。

 あの夜、ジークと話さなければシェイラはきっとこのまま城にいた。

 

 城ではなにか不自由があると言うわけではない。

 このまま(・・・・)であることが、怖くなった。


(だって、何百年もあるのに)


 一番著しく人間から竜へと変わって行っている、成長するべきこの時を逃したら、もうほんとうにずっとこのまま(・・・・)なような気がした。

 そうすればきっと足を止めてしまう。

 変化しない状態のまま。何百年と動かないまま。

 のんびりと城の保護下におさまり続けて、それで満足してしまう。 

 だから動くなら『今』が一番良いのだ。でもそれはシェイラが勝手に持っている不安であって、誰かに共感を得るのはずいぶん難しい。


 シェイラはきゅっと唇を引き締めたあと、ソウマを見据えて口を開いた。


「お願いします。行かせて、下さい――――」


 真剣さが伝わるように、一生懸命、本気でそう告げた。

 ソウマは一つ息をついて、唇から静かに言葉をこぼす。


「…許さない」

「え……」

「何の相談もなく勝手に決めて、勝手に俺から離れる場所に行こうとしてって。…なんで……」


 怒りと、憤り。そして困惑。

 シェイラにいつも向けられていた守るような暖かさは、今のソウマからは一切が消え失せている。


「ソ、…っ……」

「行きたいところがあるなら連れていくって、言っただろう」

「それは、遊びに行くということでしょう?意味が違います。それでは何も得られません」

「っ……。今すぐにじゃなくていいじゃないかっ。俺があいつを見送った後、ココとスピカと一緒に世界を回れば、それで…!」

「それでは遅すぎるんです。ココとスピカも私も、何も分からない今だからこそ世界に触れにいくべきですっ」

「だったら俺も城を出て…!」

「だから駄目ですってば!!ソウマ様に守られたらここに居るのとなにも変わりません!自分の力だけで出来るところまで行きたいから、だから外つっ……!?」


 ソウマの僅かに開いた口元から、平常の人形の時には存在しない牙がちらりと覗いた。

 激昂から、正しい人形を保てなくなっているのだ。

 瞳もひどく鋭い雰囲気の竜の瞳に戻っている。

 竜ほどに強力で獰猛な獣に牙をむかれ、敵意を剥き出しにされること。

 見上げるはほどに大きな竜と、ちっぽけで非力な人間との、圧倒的な力の差をまざまざと感じさせられる。


(こ、わい……)


 それはシェイラ程度の少女を震え上がらせて仕舞うのに充分だった。

 間近からぶつけられる怒という激しい感情。

 一瞬でも気を抜けば、目の前の獣に食い殺されてしまいそうだった。

 噛みちぎられて四肢を引き裂かれるような痛みを、否応なしに想像させられて、足ががくがくと震えた。

 それでもかろうじて立って居られたのは、相手がソウマだと言う信頼感。

 彼がシェイラに乱暴するはずがないと、信じていた。…信じたかった。

 

「やっ……!」


 炎の揺らぐ瞳が、シェイラを捕らえる。

 獲物を見据える獣の目は獰猛さを増していき、彼が自分に危害を加えるはずがないという確信が、崩れていく。

 噛みちぎられて、殺されるかもしれない…。


 ただただ恐くて返事も出来ないでいると、そんな態度にさえも苛立ったようで、ソウマ眉間の皺が深くなった。


「ちっ……」

「つっ…!」


 大きな舌打ちに思わずびくりと体が跳ねてしまう。

 怖さから逃れたくて、目をぎゅっとつむってしまった。


「…………もういい」

「………」



 その諦めと呆れを含んだ言葉に、そろそろと目を開いた時には、もう彼はシェイラに背を向けていた。


 シェイラを放って。

 話すことを諦めて。

 彼は立ち去ろうとしているのだ。


 息が詰まるような竜の激情に当てられて、こわばっていた身体から力が抜けていく。

 滲みそうになる視界には、ソウマの背中しか見えない。


(もう、良いって……)


 -――放り出された。

 

 手を離されてしまった。

 

 じわじわと胸に広がっていく、穴が空いたような不安。


(私……、どうして応援してくれるなんて思っていたのかしら)


 考えてみれば、ソウマの怒りは最もなのに。

 自分のやりたいように、やり過ぎた。方法を間違えた。

 周りの人たちがどう思うのかを失念していた。

 ジークに好きにして良いのだと言って貰えたことで、あぁそれで良いのだと簡単に納得してしまった。


(ソウマ様はいつだって助けてくれた。いつもいつも、私の背を押してくれた。だか、ら…、私……ソウマ様は味方になってくれると、勝手に思い込んでいた……)


 面倒見が良くて、いつも手を差し伸べてくれて。

 だから今回も、笑ってくれて。

 がんばってこいよ、なんて言ってくれるものだと、自分勝手に思ってしまったのだ。

 こんなの、怒るのは当然なのに。

 

 強制されないからって、何の相談断りもなく、沢山世話になった人たちから離れることを決めるとするなんて、普通に考えても失礼すぎる。

 

 相手のことを考えない、自己中心的で浅はかな我儘。

 竜と言うものはそういうものだとジークは言っていたけれど、竜だけで構成されている彼らの感覚と同になろうとするのはいけなかった。

 

 考えの浅さを自覚した羞恥で、シェイラの顔にかっと血が上る。

 熱い頬を両手で隠すように覆って、大切な相手をあんなに怒らせることをしたことを後悔した。

 

「っ……!」


 何も考えのまとまらないまま、扉の向こう側へ消えていこうとしている大きな背中を追った。

 

「ま、っ…て」


 勢いのままに、体当たりするようにその背に抱き付く。

 逃がしたくなくて、きゅっと衣服の布を強く握った。

 彼に本当に手を離されてしまったら、もうシェイラはどうすれば良いのかが分からない。彼しか、絶対的に頼れる相手はいないのだ。


「待って。待ってくださいっ…!」


 そのまま数歩ソウマは歩こうとした。

 けれどめげないシェイラはしがみついて離れないから、引きずられることになった。

 

「…………」


 苛立たしそうな溜息がシェイラの耳朶を打つ。

 無言のままに上半身だけ振り向いて、シェイラを見下ろしたソウマの赤い頭には、角が生えていた。

 術を保つことができずにどんどん竜の姿に近づいてしまっている。

 それほどにシェイラはソウマを怒らせている。


「……ごめんなさい」


 声が震えた。ソウマとの距離が離れてしまうことが怖くて、シェイラは精いっぱいの力で彼にしがみついたまま、伝わるようにと声を絞り出す。


「私、とても馬鹿でした。ソウマ様の言う通り、もっと相談するべきでした。でもっ…!ごめんなさい。諦めるつもりもないんです。もう決めたんです!だって私はあの子のお姉さんなのにっ、ユーラの方がよっぽど大人だったのも何だか悔しくて!!だ、だから私はどうすれば成長出来るのかって思って考えてっ!それで、それにっ…それに…!」


 自分でも何を言っているのか分からない支離滅裂な台詞。

 ソウマに嫌われたかもしれなかったと言う現状にシェイラはあり得ないほど混乱していた。

 とにかくソウマを引き留めたくて、必死でソウマにしがみつき続ける。


「そ、それにっ、ソウマ様も、ずるいです!!」

「っは…?」

 

(あぁ。また怒らせるようなことを口走ってしまった。本当に馬鹿だわ)


 後悔はするけれど、勢いづいてしまった口が止まらない。


「ソウマ様、気に入らないことがあると直ぐに怒って、話し合うこともせずに拗ねて、今もこうやって逃げようとしているじゃないですか。私に初めてキスしたときも気まずいからってそそくさと逃げたじゃないですか」

「そ、それとこれとは今関係ないんじゃ…」

「とにかく!私…に、逃がしませんからっ。離しませんからねっ!き、きちんとお話してください。お願いします。そうやって、要らないって風に―――、離さないで……!!」


 思い切って頭に浮かぶことをそのまま言い放ったシェイラの目には涙が浮かんでいた。


(怖い、怖い、怖いっ…)


 今のソウマは怖い。

 今にも肉をかじられ食べれてしまいそうな、獣の空気をまとっている。

 獰猛な肉食獣のいる檻に放り込まれたような気分で、生きた心地がしない。

 それでも、シェイラはソウマに抱き付いたまま顔を上げて、彼の瞳を見つめ続けた。

 

(ソウマ様と出会うまで、自分がこんなにあきらめの悪い人間だなんて知らなかった……)


 彼とココがきっかけで、シェイラは竜を諦めることができなくなった。

 世界とはどんなものだろうと想像すれば、もうそれを見てみたいと思う思いを止められなくなった。

 ユーラに一緒にストヴェールへ帰ろうと泣かれても譲れないほどに、頑固で我儘な性格になってしまった。


 こんな風になってしまってごめんなさい。と思う。

 彼らの望む通りの自分でなくてごめんなさいと。心から思うのだ。

 


 ―――どんどん自分が変わっていくのをシェイラは感じていた。

 自覚はしているのに、この我儘で身勝手な感情を止められないのはどうしてだろう。 

 これが今まで抑えていた本当の自分なのか。

 それとも、白竜の性質なのだろうか。

 





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