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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第一章
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竜の卵を拾った日⑤


「お、お姉さまが竜の育て親になるですって?!」


 シェイラより3つ年下で今年12歳になる妹のユーラが、スプーンを握ったまま大きな声を上げる。

 銀色の髪を肩ほどまでの長さで切りそろえて内巻きにしたユーラの頭上には、今日はベルべッドでできた大きな赤いリボンが結ばれていた。

 彼女の趣味はリボン集めだ。

 シェイラと同じ色素の薄い容姿。

 でもはっきりとした目鼻立ちと、溌剌(はつらつ)とした明るさをもつユーラには、赤やオレンジなどの明るい色がよく似合っていた。

 淡い色しか合わないシェイラからすれば少し羨ましくもある。


「シェイラ、シチューおかわりしてもいいかな」

「えぇ。たくさんあるからどうぞ、ジェイクお兄様」


 今日のストヴェール家の夕食は昨日の夜に仕込んでいた鹿肉のシチューだ。

 新鮮なトマトとワインと共に鹿肉を口の中でほろほろととろけるまでに柔らかく煮込んだこれは、次兄のジェイクの大好物。

 彼はすでに1杯目を食べ終え、2杯目をテーブルに置いた鍋から掬っている。


 あとはシチューの他は市場で買ってきた焼き立てパンと、数種類のチーズとフルーツを切った。

 料理人が作りおいてくれた野菜のマリネもあったから、余り準備する時間が取れなかったけれど満足いくメニューになった。


(本当は昼からパン作りするつもりだったのだけど)


 アウラットとこれからの予定を話し合っているうちに時間がたってしまって、結局王城を出たのは日が落ち始める頃だった。


「きゅ、きゅー」

「か、可愛い…!」


 ユーラは机の上に置いた籠の中を身を乗り出して覗き込み、目を輝かせてみている。


「ユーラ、手がおろそかになっているわ。きちんと食事しなさい」

「……はぁーい」


 竜に夢中になってしまっている妹をシェイラがたしなめた。

 ジェイクが苦笑して、不満げながらも椅子に座りなおすユーラを確認し、褒めるように頷いて見せてからシェイラへと向き直る。


「…でもいいのかい?1晩とはいえ貴重な竜を泊めるなんて。そりゃあ我が家はもちろん大歓迎だけれど」

「えぇ。基本的には王城に居てほしいけれど、事前に報告さえすれば外出に制限なんてしないって言ってらっしゃったわ。竜は自由に飛び回るのが性質だから閉じ込めるのは不可能だとか」

「へぇ…何にも縛られない孤高の生き物って感じだねぇ」

「ねぇねぇ、お姉さま、この子は食事しなくてもいいのかしら。まだ赤ちゃんだからミルクとか?あげてもいいかしら」


 ユーラの期待の篭った眼差しに、シェイラは残念そうに苦笑して首を振る。


「火竜は火山の熱や太陽の光から力を得るんですって。だから天気のいい日に日光浴させてあげるようにすれば、勝手に太陽から火の気を吸うって。それが食事のようなものらしいの」


 同じように水竜は水辺の近くから水の気を、風竜は大気の息吹から風の気を、木竜は森などで植物から地の気を得るらしい。

 大昔には闇を統べる黒竜や、何にも染まらない無を持つ白竜もいたと聞く。

 けれど元々個体も少なく繁殖能力も低い彼らは、すでに絶滅してしまった。


 現在存在する竜は、火、水、木、風の4種のみだ。


 よほどココにミルクをあげてみたかったらしいユーラは、口を突き出してため息を吐いた。


「大きな竜でもお肉を骨ごとばりばり食べたりしないのね。肉食獣なイメージだったのだけど」

「えーと…王子のパートナーの火竜のソウマ様はナイフとフォークで普通に上品に食べてらっしゃったわね」


 シチューを頬張るジェイクが首をかしげた。


「食事はしないんじゃなかったのか?」

「必要はないけれど嗜好品として嗜むくらいはするとか?」

「あぁ、なるほどね」


 シェイラは昼間、アウラット王子と火竜のソウマと食事をしたことを話す。

 その場で竜に関する色々な話を聞かせてもらった。

 ソウマが里に向けて飛び立って、シェイラがココを育てると決めたあとは、小さな竜を育てるために必要な知識をアウラットは話してくれた。

 陽の光を浴びていれば、特に口から食事をする必要は無いけれど、でも人の作る食事は美味しいから結構好きだと言うこと。

 火竜の場合、まだ力加減が出来ないうちはうっかり火事を起こしやすいから燃えやすいものを近くに置いた状態で目を離さないこと。

 そうした一般の人に知られていない竜の習性を、妹のユーラも兄のジェイクも楽しそうに聞いていた。


 ひとしきり話し終え、食事も終わってお茶を入れているとき、ユーラがシェイラをうかがうように見上げて来た。

 何か言いたいことがある。けれど戸惑っている顔。

 (ユーラ)の性格をよく知っているシェイラは、優しく微笑んで「どうしたの?」と尋ねた。


「……遊びに行ってもいい?」

「もちろん。どうしてそんなこと聞くの?」

「だ、だって王城よ?! たとえ姉が住むことになったって言ったって、妹の私まで迎えてくれるなんて限らないじゃない」

「シェイラと会えなくなるんじゃないかって、ユーラは心配なんだろう」

「もう!兄様!!」


 ジェイクの揶揄に、ユーラの頬がばっと赤くなる。

 最近はなまいきな口が多くなった妹の、その反応がシェイラは嬉しかった。


「他の竜に会わせろって言うならまだしも、姉妹(きょうだい)を訪ねるくらいで怒られないわ」

「そ、そう…。ならいいのよ…」


 王城に住むにあたって、シェイラはそのあたりもきちんと確認していた。

 頻繁に家族の様子を見に帰ることが出来るのか。

 どのあたりまでココを連れての行動が許されるのか。

 特に制限は設けられていないものの、出来るだけ大勢の人目がある場所は避けてほしいと言われた。


 他には王城に住まうためにかかる生活費を払うどころか、むしろ給料をもらえるらしいと言うこと。

 それは竜の生態記録を作成する仕事の報酬らしい。

 住まわせてもらうのだから辞退したいと言ったけれど、謎の多い聖獣である竜を 研究する者達にとって、非常に価値のあるものだから当然の利益らしい。

 むしろ無償の方が何か思惑があるのではと勘繰られて面倒なことになるから貰っておけと押し切られてしまった。



「シェイラがやりたいなら止める理由は無いだろう。頑張っておいで」

「いってらっしゃい、姉様!」


 竜の親なんて突拍子もないことをシェイラはやろうとしているのに、兄妹たちはこうして、何のためらいも無く背中を押して送り出してくれる。

 この家が好きだと、シェイラ改めて思いなおすのだった。




* * * *



 ―――――――――夜。


 シェイラは2階にある自室の出窓を開ける。

 窓辺まで運んできた椅子に腰かけ、星空瞬く夜空を眺めた。

 湯船を使ったばかりで、火照って赤みを帯びた肌を夜風が撫でる。

 心地よさに目を細めてから、今度は窓枠に手をかけて地上を見渡した。


「今日でお別れなのね」


 ここから見える庭では幼いころ王都に来るたびに兄弟たちと走り回って遊んでいた思い出がある。


 別れると言うほどに遠い距離ではない。

 けれど生まれて15年。一度も家族から離れたことのないシェイラにとって、家を出ると言うことは人生で初めての経験だ。

 緊張と、不安。そして王城と言う場所での新しい生活への期待。

 どきどきと脈打つ胸はしずまる気配がない。


「今夜は眠れそうにないわ」

「きゅ!」


 鳴き声と共に、肩に小さな重みが圧し掛かる。

 ココがシェイラの肩へ飛び乗ったのだ。

 背を指で撫でると、鱗のひやりとした感触がした。

 首を回して肩口を見てみると、縦に瞳孔の入った赤い目がシェイラを一心に見つめていた。


「……ねぇ、ココ。眠くなるまでで良いから聞いてくれる?」


 シェイラはココを自分の手のひらに乗せて、出窓の枠へとそっと降ろす。

 窓枠に頬を付けると、そこへ置いたココと視線が合った。

 それからまるで内緒話でもするように密やかな声で、ココへと語りかける。


「きゅ?」

「あのね、ココ。私、ずっと竜に憧れていたの。ずっと…ずっとよ。本当に、長い間。だってほら、皆一度は竜を見てみたいって思うものでしょう?」


 竜を守り称えるこの国ネイファでは、誰もが幼いころから竜の描かれた絵物語を読み聞かせて貰って育つ。

 だから一度は竜に憧れるし、竜使いになって竜の背にのり、空を飛んでみたいとも考える。


「でも私はね、他の人たちと比べ物にならないくらいにその思いが強かったみたいなの。竜が好きでたまらなくて、どうしても竜に会ってみたかった。竜使い様の話の絵本を朝から晩までずっと持ち歩いていて、口を開けば空を飛ぶ竜の話。大人になったら竜とパートナーの契約を結ぶために、竜の里まで旅に出るって決めていたの。でも…すぐに諦めてしまったけれど」


 それこそ話を聞かされる標的となる両親が兄たちがシェイラを見ると目をそらし、更に理由をつけて逃げ出してしまうくらい。

 一時期のシェイラは竜のことしか話さなかった。


「あの艶々とした鱗に覆われた壮大な姿も、己の信念を貫く気高い生き方も、青い空を自由に飛ぶところも、火とか水とか自然の大気を操り従える凄い力も。竜の何もかもが堪らなく恰好よくて、大好きだったの」


 幼少時のシェイラは本当に竜以外のものに目を向けなかった。

 可愛いドレスにも、美味しいお菓子にも、美しい花にも、特に興味を抱かなかった。

 そんなものより竜に会いに行きたい。

 竜にまつわる本が欲しい。と、顔を真っ赤にして父と母に言い募ったものだ。


 けれど成長するにつれて、シェイラは自分の竜好きが他と一線を敷いていることを自覚した。

 元々引っ込み思案な子供だったシェイラは、人と違う(・・・・)ことを好まなかった。

 そのあとは次第に竜のことを口にしないようになり、『普通の女の子』であることを意識するようになる。

 シェイラの竜へのこだわりが異常なのではと心配し始めていた周囲の大人たちは、一過性のものなのだったのかと胸を撫でおろしたに違いない。


「でも……好きじゃなくなった振りをしていただけだった。変な目で見られることが嫌で、自分を誤魔化していたのだと、今日分かってしまったわ。 昼間にソウマ様が竜の姿で空を飛んだ時、私がどれだけ感動したか、ココに分かるかしら。それに今ココを見ているだけで胸がドキドキして、幸せで堪らないの。竜の…ココのお母様になれるだなんて、嬉しすぎて本当にどうしようかしら」


 静かだけど確かに弾んだ声を上げながら、つんっと目の前にあるココの額を指先で突く。

 ココは押されたことでのけぞったあと、身を戻して「きゅ?」と声を上げて不思議そうに首をかしげた。


「大好きよ、ココ」


 その可愛い鳴き声も、首をかしげるあどけない姿も。

 なにもかもが愛おしくて、シェイラは他人には見せられないほどにだらしなく相好を崩すのだった。


「…………」


 ―――空を見上げて、星を見ながら遠い記憶をたどる。


「暖かな陽の光を糧とするのは、火の竜

 清らかなる命の源を愛するのは、水の竜

 風の息吹と共存するのは、風の竜

 母なる大地の力を与えられたのは、地の竜

 星空瞬く闇夜を統べるのは、黒き竜


 そして5種全ての竜の導き手 

 何にも染まらない色を持つ、白き竜」


 すらすらとシェイラが(そら)んじたのは、竜の物語を描いた絵本や童謡の一番最初のページに必ず書いている文章だ。

 幼いころ、何十回何百回と声に出して読んだ文章は、おそらくもう忘れることはない。


「きゅー」


 鳴き声につられて夜空からココへと視線を移すと、小さな赤い身体は瞼を半分落として右へ左へと揺れていた。

 すぐにでも眠りに落ちそうなその様子に、シェイラはくすりと笑いを漏らす。

 窓枠からココの小さな赤い体をすくい上げて、ベッドサイドへと向かう。

 今夜のとりあえずの寝床である籠の中へとそっと下ろしたシェイラは、夢の中に入ろうとしているココに囁くのだった。


「おやすみなさい、ココ」




* * * *


「やっぱり再発したよなぁ…シェイラの竜好き」


 この王都にあるストヴェール子爵家別邸を、領地に赴いている父に代わって現在あずかっている次兄ジェイクは、ベッドに身を横たえながら複雑な表情で苦笑した。


 白い枕に頭を下ろすと、白銀をもつ妹たちとは全く違う茶色の髪がそこへ散った。

 ストヴェール家の上の兄2人は、父親から受け継いだ濃い茶髪に茶色い瞳をしている。


「目をあんなに輝かせちゃって、ずーっとにやけてて。あれで誤魔化せているだなんて思ってるのか?」


 幼いころ、異常なほどに竜に魅せられていた妹。

 思えばあの竜への執着をそのまま伸ばしてやっていれば、彼女は今ごろ竜の学者か研究者を目指していたのかもしれない。

 けれど四六時中、竜の話を聞かされるこちら側は正直たまったものではなかったのだ。

 なにより周囲が目に入らないほどにのめり込む様に、大人からは心配する声さえでていた。


 内気でどちらかと言えば大人しい方の性格のシェイラは、周囲に変な目で見られることに戸惑う子だった。

 竜への執着がその変な目でみられる理由なのだと気づいた後は、しだいにその話題から離れるようになったのだ。


「竜を嫌いにならなくても良いんだよ」と、言ってやるべきだったのだろう。

でもまだ子供だったジェイクにはそこまでの気遣いは出来なかった。

むしろ妹が竜の話題を出さなくなったことに、兄と共に手と手を取り合って大喜びしたものだ。



 ―――――今日、竜の親と言う立場を得たことで、シェイラの竜への羨望は復活した。



 偶然の出会いとは言え、シェイラはこうして憧れてやまない竜の傍にいられる立場を得てしまった。


「もう一生離れられないだろうな」


 それほどまでに強い執着心を、彼女が内に秘めているのだと知っている。



「うーん…。勝手に家を出る許可を出したこと、父様怒るだろうか。いやでも、今はこの屋敷も妹たちも俺に全部一任されているんだし。やりたいことがあるならとことんやって来い!って人だし……大丈夫、なはず…」


 家を継ぐのは長兄で、次兄である自分も家を手伝うつもりでいる。

 ストヴェール家は建国当初から存在する家で、歴史だけは長い。

 けれど特に大きな権力をもつわけでも、富や栄誉を欲するわけでもないから、上位の家から強制的な結婚を迫られる可能性も低い。


(もしシェイラの生き方に一族の中で反対する人間が出てきても、出来る限り味方になってやろう)


 妹たちは恋愛も結婚ももちろん生き方も。好きなことを、好きなようにすればいいと思う。


「―――――思うがままにやってみればいいよ」


 ベッドサイドにあるランプの火に蓋を落として消しながら、ジェイクは家から旅立つ妹を想うのだった。




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