表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/150

決意①

「いかがされました!」

「シェイラ殿?!まさか落ちられたのですか?!」


 騒ぎを聞きつけたらしい、空の党の門番兵と今日護衛をしてくれていた衛兵が息を切らせてかけてきた。


「ご無事ですか…!っ、て、…え」

「し、白い翼?」

「竜……いや、でも白って…」

「どういうことだ?」


 ちょうど塔の裏側に落ちたから、正面に立っていた彼らはいまいち状況を理解していないようだ。

 好奇心と困惑の視線が、シェイラの背中の翼に突き刺さる。

 その視線は普段は人の姿をとっているソウマの翼にも注がれていた。

 ソウマは平然としていたが、あまりに無遠慮な好奇心に満ち満ちたそれは、たとえ悪いことをしていなくてもシェイラ身を縮めさせてしまう。


「っ……」


 シェイラがきゅっとココとスピカを抱きしめる腕に力を入れたとき、ソウマの低い声が、やけに大きく響いた。


「なぁ、あんたたち」


 普段用がない限り自分から人間へ話しかけることのないソウマの一言に、兵たちは驚いた表情で顔を上げる。

 そして苛立った風な彼の様子に瞬時に顔を青ざめさせた。

 シェイラでもわかる。

 弱者を食らう獣の気配を、その時のソウマは確かに纏っていた。

 

「っ…は!!」

「彼女は塔の上から突き落されたんだ。犯人は屋上にまだいるはずだ。すぐ捕えてきてくれ」

「え…突き…?」

「いいから、さっとしろ」

「「は、はいいい!!」」

「………」


 怯えた悲鳴とも似つかない声をだし駆け出した門番二人は足をもつれさせながら駆け出した。

 相変わらず無口な護衛の兵は、眉間にしわを寄せて深く頭を下げてから身をひるがえす。

 護衛の立場でありながら危険な目に合わせたことへの謝罪なのだろう。

 彼らが行ったあと、少しかがんだソウマがシェイラの顔を覗き込んでくる。

 大きな手がシェイラの前髪をさらりと横へ流した。


「竜の瞳だ」


 ふっと柔らかく笑われたその意味が、シェイラには理解できず首を傾げた。


「あ」


 シェイラは落ちたときに結っていた自分の髪が解けてし待っていたことに気が付いた。

 肩から流れる自分の髪は、白銀から真っ白な色へと変わっている。

 祖母の髪と同じ、何とも交わらない雪のような純粋な白。

 ソウマの言うことからすると、瞳も縦に瞳孔の入った竜の瞳に変わっているのだろう。


「翼、しまえるか?このままだと目立って嫌だろう」

「え。ええっと……」

「普通の。何もない背中を思い浮かべて。消えろーって念じる感じで」

 

 ソウマが手本を見せる風に、自分の背中に生える赤い翼を消した。


「き、きえろ?」


 シェイラは背中に力を入れ、ソウマの言うとおりに念じてみた。


「…………」

「…………」

「………お姉さま、浮いているわ」

「きゅう」

「きゅっ」


 背中に力を入れると、翼がはためいて体が浮いた。

 ソウマが腕を引いてくれたから必要以上に飛び上がることはなかったものの、足が地上を離れてしまったことに焦って、シェイラは慌てて力を抜く。


「え、え、ええっ……?」


 何度か足掻いたあとに地上に戻ったシェイラは、深呼吸をして同じことを繰り返した。

 腕に抱いているココとスピカがきゅうきゅう鳴いて応援してくれる。

 ユーラも、全然事情を理解できていないに違いないのに応援してくれた。



 塔の屋上まで行ってミネリアを連れた兵たちが戻ってきた時。

 シェイラはやっと翼をしまうことに成功し、ユーラに瞳や髪ももとに戻っているか全身を確認してもらっていた。


「ミネリア」


 ミネリアは小刻みに震えていて真っ青な顔をしていた。

 足もおぼつかないようで、兵に支えてもらってやっと立てていると言った状態だ。


「ミネリア、どうしてこんなことを?」


 こんな状態では叱責する気にもなれず、シェイラがそっと尋ねると、ミネリアは泣きそうに顔を歪めて口を開いた。

 隠すつもりも、ごまかすつもりもないのだと、彼女の様子を見ればわかる。


「っ…私は、クコ村で生まれ育ちました」


 ミネリアの言葉に、シェイラとユーラは驚きで目を見開いた。


「ではミネリアは…クコの、生き残り……?」

「どういう事だ?生き残りって……」


 ソウマが首をかしげる。

 シェイラは少し瞼をふせて、ソウマの袖の裾をそっと引いた後、ためらいがちに小声で答えた。


「私たちの故郷のストヴェール領内の南東にあった、小さな村です。十年前に嵐がおそって、その周辺の村は甚大な被害をうけました。中でもクコ村は、その……」


 うつむいて一度唇をかんでから、深呼吸をして、続きを話そうと口を開いた。

 掴んだままの彼の袖を、シェイラは無意識のままでさらにきつく握りしめる。

 どうしても小さな声になってしまったけれど、ソウマはシェイラの声を聞き逃さないように、少し屈んで耳を傾けてくれた。


「クコ村は、大きな川の近くに民家が集まっていたらしくて……ほぼ全ての家が、川の氾濫で流され壊滅状態になりました。住んでいた民も全滅に近かったと……」

「っ……」

 

 …もちろんストヴェールの地を守る領主である父のグレイスや、彼の部下たちは救うための努力を最大限おこなった。


 でもなにぶん、その時の嵐は範囲が広すぎた。

 いくつもの村や町が、大風や大雨に被害をうけたのだ。

 壊滅して生存者など絶望的な小さな村よりも、橋さえ渡せばたくさんの民を救えると分かっている村や、食料さえ届ければ生き長らえてもらえると分かる状況の町の方へと救助の人手は優先されてしまう。

 いかに多くの人を助けられる可能性が大きいかで優先度を決めるのは、領主として必要な判断だった。

 グレイスの的確で素早い判断でたくさんの人を救えたし、外聞的にも優秀な領主だと賛辞されたから、父の手順は間違ってはいなかったと思う。


 それでも。


 救助の手を離された…見捨てる形にするしかなかった村が、1つ2つだけど出てしまったのは本当で。

 クコ村まで差し伸べる手を届かせられたのは、結局嵐が収まった数週間あとだったと聞く。


「……もう村としての存続は不可能で、生きのこったものは全員、近隣の村や町へと移り住んだと聞きました」

「そう、です。私はクコ村の、たった5人だけ残った生き残り」


 ミネリアの固い言葉が、重かった。

 ふと傍らをみるとユーラが青い顔で一歩後ろに後ずさっていた。

 

 十年前と言えばシェイラはまだ五歳。ユーラなど三歳だ。

 ほとんど記憶に残っていないその嵐を知るのは、グレイスが何度も聞かせてくれたから。

 

 もっとこういう事態に備えて連絡網を作っておくべきだった。

 もっと非常時の備蓄庫を各地に設置しておくべきだった。

 ああすれば、こうすれば、一人でも多くの領民を救えたのではないか。

 領を収める家であるがゆえ、グレイスはそれを継ぐだろう子供たちに民の命の大切さを説き、そしてこれを教訓にお前たちの代では同じ事態を起こさないようにと何度も説いた。

 だから記憶に覚えていなくても、その甚大な被害の詳細を領主の娘であるシェイラもユーラも知っていた。


「つまり、助けてくれなかった領主であるストヴェール家を恨んでいると?それでこのお嬢さんに手を出したのか」

「……」


 ソウマの憤りを含んだ声に、ミネリアは怯えたようでびくりと身体を跳ねあげた。

 そして慌てて首を振って、大きな声で訴える。


「違います!恨んでなんて…!!ストヴェール子爵は救援が遅くなったことに頭を下げてくれました。生き残った子供には養子縁組、大人には仕事や住む場所を用意してくれました。自然災害なんて誰を恨むこともできない、運が悪かっただけです!」

「だったらどうして…」

「そ、れは……」


 ミネリアはきゅっと唇をかみしめた。

 ほろほろと、彼女のこげ茶色の瞳から涙があふれてくる。

 ついには顔を覆って、耐え切れずにわぁっと泣き出してしまった。


「ごめんなさい。ごめんなさい……」

 



* * * *



 恨んだって、何にもならないくらい分かっている。


 そもそも只の平民であるミネリアをあの暖かい人ばかりの村の長と養子縁組してくれ、何不自由ない生活を出来るように取り計らってくれたのはストヴェール子爵だ。

 感謝こそすれど、憎むなんてとんでもない。


(分かってる。理屈では、分かっているの…)


「っ……シェイラ様と出会った……ストヴェールの名を聞いたあの日から。頭の中に家族の声が響き続けるのです」


 話したシェイラはただの平民にも、誰にでも分け隔てなく接せる人だった。

 そもそもミネリアだってうっすらとしか覚えていないくらい昔の話なのだ。

 怖かったこともあって、できるだけ思い出さないようにもしているから、本当に詳細は記憶していなかった。


 今、ミネリアは普通に幸せな毎日を送れている。

 あれは仕方がなかったこと。

 恨むなんて、嫌うなんてありえない。

 

 なのに。


 あの日から毎晩毎晩、あの時のことを夢に見るのだ。

 おぼろげだった記憶を急に鮮明に思い出してしまった。

 濁流に流されていく、見知った顔の人たちの絶望の悲鳴が、頭の中から消えてくれないのだ。


 シェイラを好ましいと思うのに比例して、頭の中に響く村人たちの悲鳴も大きくなっていく。

 

 自分たちを見殺しにしたやつの娘に好意を抱くのかと、恨みの台詞が止まない。

 

「ごめんなさい」


 仕方がなかったのだと何度も何度も自分に言い聞かせた。

 過去を過去と割り切れる性格でありたかった。

 ふっきって、この先を楽しく生きていきたいと思った。


 でも自分の弱さがそれを許さない。

 頭の中に響く、自分の中に渦巻く過去の恐怖を、消すことができない。


「こんなの。自分の弱さのせいだって、わかって……だから、もう忘れようって……でも…」


 もう一人、ストヴェールの名をもつ少女に出会ってしまった。

 母の、父の、兄のもっと生きたかったという声が、とたんにそれまでより大きく頭に響いて。他のものが何も見えなくなった。 


 「……気が付いたら、背中を押していました。あの瞬間は確かに、私はストヴェールの娘を殺そうとしていました」


 でもユーラを追って空へと飛びこんだシェイラの背をみたとたん我に返った。

 なんてことをしてしまったんだろうと後悔した。

 彼女に害をなしたって、過去が戻らないことなんてわかっているのに。

 ストヴェールの名を持っているからと言うだけで、恨みの矛先を捻じ曲げた。

 

「私、取り返しのつかないことを」

 

 どれほど後悔しても。懺悔しても。

 事実、自分はユーラを突き落とした。

 あの瞬間は殺そうと言う強い意図をもっていた。


「ごめんなさい…」


 何度も何度も、ミネリアはそう繰り返す。

 自分のしたことがどんな理由があっても許されないことだとわかってる。

 突発的に無意識のうちに動いてしまったことだとしても、許されるはずがない。

  

「ミネリア……」

 

 シェイラの気づかわしげな声がミネリアの耳朶を打つ。

 

「あ、あの!」


 ユーラが大きな声をあげ、さらに手を挙げて周囲の注目を集めた。

 ミネリアは涙でにじむ目で彼女を見上げた。

 初対面の自分にも明るく笑ってくれた、眩しい程に鮮やかな少女。

 ミネリアと目があったユーラは、力強く頷いて、それから目の前の兵たちに声高に宣言する。


「私、足を滑らせてしまって、うっかり!うっかり落ちてしまったんです!!騒がせてごめんなさいっ!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ