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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第二章

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遥かな未来に願うこと⑥

 木々の生い茂る森の中に、底からこんこんと水の湧き出る小さな泉があった。

 ときおり魚の跳ねる音と、あたりの小鳥や小動物のなき声、そして風に揺られる葉のさざめきが聞こえる。そんな中、泉のほとりで伏せる一匹の竜がいた。

 

 竜は小さく唸り声をあげる。


「ぐぉう……」


 その大きな体躯が覆われた黒い鱗は艶あせて、ところどころ剥がれ落ちてしまっている。

 鱗と鱗の間を血が伝い、同じ竜に付けられたのだろう爪痕がいくつも見られた。

 背中から生えた翼は折りたたまれることも無くだらりと地に垂れてしまっている。

 黒竜が満身創痍の状態で、いまにも息絶えてしまいそうなのは明らかだった。


 散漫な動きで身じろぎした黒竜は、胸に小さな卵を抱えていた。

 竜の一番小さな爪よりも、さらにずっとずっと小さな白い卵。

 これを守って里を飛び出し、彼女(・・)はここまで逃げてきた。


『ごめんなさい』


 音にならない謝罪を告げる。

 もう残りの時間が少ない身体では、卵を守り育てることはできない。

 わが子の成長を見ることのかなわない虚しさに、黒竜はぽろぽろと涙を流した。

 黒い瞳から落ちた大粒の涙が、いくつも卵に降り注ぎ、白い殻の表面を伝う。

 卵を伝った涙はその下に生えた草をも伝い、土に滲みを作った。


『ごめんなさい…出来るのならば、信頼のできる誰かに託したかった』


 しかし彼女は最後の黒竜だった。

 託せる誰かなんて、もう存在しない。


 この卵の父親である黒竜も逝った。

 彼女の両親も逝った。

 幼いころから共に過ごした、すべての黒竜が逝ってしまった。


 竜たちが力を争い競い合うこの時代、目に見える力を持たない黒竜は一番に淘汰されようとしていた。

 夜の闇を糧とする黒竜は、心身の回復や安らかな眠りを促進する力をもっていたけれど、それは戦いの世ではあまりに無力だった。

 首を食いちぎられ息の根を止められれば、回復の術などもう何の役にもたたないことを知る多種の竜たちは、必ずと言ってよいほどにそこをついてくるのだ。

 このぼろぼろの自分の身を回復するほどの力は、彼女にはもう残ってはいない。


『……でも、最後に』


 親としてしてあげられる、最後の術をこの子にかける程度ことならばできるかもしれない。

 それで残り少ない命が尽きてしまうと分かっていても、子を守るためなら構わなかった。

 黒竜は自分の中にある消えそうな力をなんとか卵程度の大きさまで闇を集め、それで卵を覆い隠した。


『誰の手も届かない、やさしい闇の中へ。……愛しい子、お眠りなさい。いつかあなたを守り育ててくれる…あなたを抱きしめてくれる手の持ち主が現れるときまで。いつかきっと、きっと…誰かがあなたを呼んでくれるから……」


 隠すための術に守られた卵に気付いてくれる者が現れる可能性はひどく少なく、限りなく難しいことだと知ってはいた。

 導きの力をもつ白竜なら闇の中からもこの子を導きだしてくれるかもしれない。

 けれど早々に争いの世に見切りをつけた白竜は、すでに全てがどこかへ消えてしまっていた。

 かつて平穏を作ろうと力をつくし一時は竜たちをまとめ上げた白竜も、何度も繰り返される争いに呆れて見切りをつけてしまったのだろうか。


(それでも…きっと……)


 いつかわが子を抱きしめてくれる誰かが来てくれると信じて―――――。



 ……のちにロワイスの森と呼ばれることになるその場所で、最後の黒竜は力尽きた。



* * * *


 目を開くと、あたりはまだ真っ暗だった。

 夜が明けるよりもまだずっと早い時間なのだろう。

 暗い夜の中で浮かぶ見慣れた天蓋の屋根がやけにぼやけているのに気が付いて、シェイラは自分が泣いていることを知った。


「っ……」


 のどが震えて、小さくしゃくりあげてしまう。


 きっとこれも卵を隠した母竜の術の残留なのだろう。


 ……夢の中で、シェイラは黒竜だった。


 感情がそのままに伝わってきて、痛くて悲しい気分が振り払えない。

 彼女はどれほどにわが子を愛しているのか知ってほしかった。

 成長を見守ることのできない悔しさを聞いてほしかった。

 そして卵を育てることになる誰かに、何よりもその子を大切にしてほしいと伝えたかった。


(……伝わったわ)


 ぽろぽろと落ちる涙をそのままに、シーツに手をついて身を起こす。

 シェイラはベッドから降りて、スリッパを履くことも忘れてしまった素足のまま部屋の奥に置いたスピカのベッドに歩いていく。

 陽が好きなココは窓際で、暗いところが好きなスピカは部屋の一番奥にベッドをおいてある。

 竜の巣を模した丸くて中心にいくにつれくぼんだ形のベッドで、スピカは人の姿の状態で横向きに身を丸めて眠っていた。

 …目の前にいる幼い女の子が途方もない時間を一人でいたなんてと思うと、胸がきゅうっと痛くなる。

 シェイラはスピカを起こさないように気を付けながら、一緒にベッドに寝転んだ。

 さすがに大人の体で丸いベッドは収まりが悪かった。

 でも竜の子からすればこのほうが落ち着くのだろう。

 シェイラがかすれた小さな声で、つぶやいた。


「……スピカ」


 瞼がわずかに揺れたけれどスピカは健やかな寝息を立て続けたままだ。

 手をのばして頬にかかっていた黒髪をそうっと梳き、後ろへと流す。

 スピカは世界から生まれた始祖竜ではなく、両親に望まれて生まれてきた竜だった。

 子を想う母竜の想いを受け継がなくてはならない。


「大切にするわ、必ず……」


 もう存在しないスピカを産んだ母竜と、シェイラは密かに約束をした。

 


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