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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第二章

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遥かな未来に願うこと⑤

「あぁ、それね。確かに俺は君に会うために今回来たわけだけど」


 ジークは軽く笑ったあと、シェイラの白銀の髪に手をぽんと置いた。


「あの…?」

「あははははは」


 笑いながら気軽に肩や背をたたいて来たり、髪に触れてきたり。触れられる感触はどこまでも優しく慈しむふうで悪い気はしない。

 シェイラは大人しく頭をなでまわされつつ、首を傾げて彼の答えを待った。


「もちろん白竜と始祖竜に関してはすっごい興味あるよ。だから里が動いて、代表としても俺が来たんだ。……すべての竜を導く存在の白竜である君がどんな未来を選び、その力を使ってどういう世を作るのか、楽しみだねー」

「え」

「なに驚いてるの。危険視されるとでも思った?君が白竜である限り大丈夫だって言われなかった?」

「う…。でも。だって、竜の心を操るのでしょう…?普通に考えて嫌でしょう」

「まさか。っていうか白竜が心を操るとかも不確かな情報だし。……えーっと、そうだな。君たちについての竜の里の反応を気にしてるんだよね。説明しようか?」


 シェイラはこくりと頷いて、ジークの話に耳を傾けた。


「火と言う、ある意味では強大な武器にもなる力を使う火竜の始祖竜のココが現れたことで、四竜の力の均衡が崩れ、今の平穏な状況が変わってしまうかもしれないと言う危惧は確かに出ていた。……でもね。そもそも竜は力がすべてだ。力に従うのはむしろ心地の良いことだよ?猿山のボス的な?だから変な争いになりそうなら動くつもりではいるれど、まともな力で制し、正しい方向へまとめてくれるならば特に問題はないんだ」

「…………」


 ジーク自身も現在の木竜の長の次に力が強いからこそ次期長という立場にたっているのだ。 

 

 生涯の伴侶さえも、力の強さで選ぶのだと、確かに何度も聞いた。

 それが彼らの常識だから、反論するつもりなんてない。

 だからこそ恋情などの本来持つはずのない感情をもった竜達は戸惑うのだと。

 大抵の獣は力の強いものが上にたつ。そういうものだと言われれば、たしかにそうなのですんなりと納得もできる。 


 だから力をもつ者に上に立たれるのは、別に不快なことではない。 

 それほどにすべての竜を魅せる力を、シェイラやココが持つのならばかまわないということなのだろう。

 

 しかし人の感覚の強いシェイラにとって、力でねじ伏せるやり方はやはり複雑だった。


「納得行かない顔だねぇ。もちろん始祖竜だけだったなら、敵視されていたかもしれない。でも白竜がいるって結構なプラス材料なんだ。白竜ってだけでみんな好意的になるし。白竜の導きでココが種族ごとの四つに分かれている竜たちを再び一つにまとめてくれるんじゃないかって期待が強いかな」

「そうなのですか?」

「うん。……まぁ今のところとりあえず君が不安に思うようなことは竜たちは何一つ考えていないよ。でも興味深々で噂にはなってるから、見物に来るやつらはちらほら出てくるかも」


 ジークはいったん言葉を切ると、わずかに息を吐いた。

 そして彼は遠くを見るような目をする。

 彼の視線の先を追ってみたけれど、庭の生い茂った高い木々があるだけで、その視線が何を見つめているのかはわからなかった。

 もしかするとそこにはない物を思い描いているのかもしれない。

 どこか分からない遥か彼方を見ながら、ジークは風に流れた金色の髪を書き上げて柔らかく頬を緩ませる。


「竜と人は時間の流れからして違う」


 夜空に静かに響いた声は、とても落ちついた大人のものだった。


「…………」

「竜達は急いでなんかいないから。これから数十年、数百年かけて皆がゆっくりと君たちを見守っていくんだ。まだ幼い、力の使い方さえ分かっていない竜の子供たちが、自分たちの力を使って何をなすのか。シェイラが、ココが、そしてスピカが、どんな世をつくるのかを」

「どんな、世を……」

「プレッシャー…?でも焦ることもないし、何かを背負う必要もない。周りが勝手胃に押し付けてくる期待なんて、君は気にしなくてもいい。だから、さ……」


 シークはベンチから立つと、座ったままのシェイラへと向き直る。

 柔らかな笑みをたたえたまま少し腰を曲げて差し出した彼の手の中には、薄青色の可愛いらしい花があった。

 茎の部分は切り落とされた、本当に花のみのものだ。

 

「いつの間にこんなもの……」


 口を半開きにしたまま目を瞬かせるシェイラ。


 そんな反応を楽しむかのように、ジークの手の平からは次から次へと花が出てくる。

 彼の手から零れ落ちた花たちを思わず受け止めたシェイラの手の上に、また途切れることなく花が落ちてきた。

 やがてシェイラの両の掌いっぱいにこんもりと山になった薄青色の花。


「ジーク様……」


 両手に花を持ったまま、シェイラはジークの顔をみあげる。

 乗り切らなかった花が手のひらから零れはらはらと落ちていっている。 


「やりたいことがあるならすれば良い。変な強制なんて誰もしない。竜は自由な生き物なのだから好き勝手にやっていいんだよ」


 ジークがシェイラの手の上に、自らの手を重ねたかと思えば、たくさんの小さな花が一輪の大きな花になっていた。


「…………自由」

「そう。自由に生きていいんだ。したい事、行きたい場所、何もかもしたいように我儘に動けばいい。それが竜と言うものなのだから」  


 朗らかな笑顔を向けてくる人型のジークに、とても大きな竜の姿が重なった。

 金色の鱗に覆われた体躯で長い首をそらし、翼を広げて今にも飛び立とうとする木竜の姿。

 

(とても器が大きい、大人の竜)


 20代半ばから後半の見目のソウマよりもまだ若い人間の姿をとっているけれど、ジークの内面の大きさはソウマを軽く凌駕しているようだ。


 ジークがふと何かを思いついたように口をひらいた。 


「そもそもがどの竜も白竜と黒竜には少なからず罪悪感を持っているから。どうしてもシェイラには甘くなるんだろうね」

「罪悪、感……?」

「昔の事すぎて人間の史実には記されていないみたいだけど。白竜と黒竜が絶滅したのは、他の四種の竜のせいらしい」


 シェイラの目が驚きに見開かれる。 


「え……。何があったのですか?」


 白竜と黒竜が、すでに絶滅した存在だと思われていたのは誰もが知っていることだった。

 でもその直接の原因までは明らかにはされていない。

 

 まだ世界を竜が支配していた古い時代に、力の大きさを比べあうことが有ったとは聞いている。

 全種の竜をまとめる役をになう白竜がどこかからか現れてそれを収めたのだと。

 その白竜を滅ぼした原因が四種の竜たちだなんて、考えたこともなかった。

 実際には滅びてはおらず、純血であるシェイラの祖母は深い山の中で生きているのだが。


「んー、俺も昔話としてちらっと聞いたくらいだから詳しくは……。でも白竜が戻ってきてくれて良かったって、どの竜の里も思っているはずだよ。自分たちが消してしまったと後悔していた白竜が、実は存在していたってことに安堵している」

「そうなんですね……」 


 シェイラがどの竜からも何の悪意も向けられていないのは、過去に何かあったことも原因らしい。

 竜としての力さえ持たない、勝手に漏れ出ている血の効果も微細でしかない状態で、どうしてこんなに皆が皆、親切にしてくれるのか。

 今度こそほんの少し理解できたような気がした。


 そして先ほどのジークの自分の好きなことを自由に、やりたいようにすれば良いのだという言葉で、家族や周囲の人にもっていた罪悪感が薄れたのも確かだった。

 それくらいの説得力と自信が、彼の言葉にはこもっている。

 

(私の、したいこと……)


 何にも縛らず、こうすると誰かの迷惑になるかもなんて考えず。

 したいことをして良いとすると、何をしてみようか。 

 シェイラは自分の胸に問いながらも、ジークに笑顔を向けた。


「ありがとうございます。少し考えてみます――――ところでジーク様は、他の竜たちにとっても慕われていますよね」

「そうかな?」

「えぇ。クリスティーネ様も甘えているようでした。私が知っている竜の皆様とくらべても、ジーク様はとても大人なように見えます」


 どう考えても結構な年月を生きていないと、この器の広さは作り上げられない。

 ふわふわした軟派な風に見えるのに、その内面は成熟して頼りがいのあるものだ。 


「ふっふー。俺の年が気になる?でも内緒だよ」

「内緒?」


 シェイラは首を傾げた。

 別に年齢を訪ねたかったわけではないが、内緒にされると気になってしまう。

 

(クリスティーネ様みたいに女性が年を隠したがるのはまだわかるわ。でもジーク様はそういうのを気にしないような性格に見えたのだけど)


 やはりクリスティーネと同じような理由なのだろうかと思っていると、にやりと含みのある微笑みを向けられた。


「年寄り扱いされるの好きじゃないから。内緒」

「そう…ですか」


 つまり年寄扱いされるほどのお年なのですね。とは、もう言わないことにした。



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