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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第二章

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遥かな未来に願うこと④

 


 光の中から現れたのは、腰まで伸びた真っ直ぐで漆黒の髪と瞳を持つ女の子だった。

 角も翼も完璧に隠せていて、瞳孔も丸い。最初から完全な人の姿をとれている。

 唇は鮮やかな薔薇を思わせ、ふっくらと柔らかそうな頬も血色良く色づいていた。

 


 しかし子供にしては理知的な雰囲気だ。

 まだ3歳くらいの幼児なのに、可愛いより綺麗と言う言葉の方が似合ってしまう。

 黒と言う幼い子はあまり身に着けない落ち着いた色がそう見せるのだろうか。

 身に着けているドレスも、デザイン的には胸下に大きなリボンが結ばれている可愛らしいものでも、やはり黒と言う色合いが幼さをかき消してしまう。

 

「…………」

「…………」


 ラグの上に腰を下ろした状態のスピカは、無言のままでシェイラをまっすぐに見上げてくる。

 何もかもを見透かすような、漆黒の瞳。

 シェイラはその強い意思を感じる目に射られ、無意識のうちに背筋をただし、緊張から喉をならした。


「ま、ま……」


 薔薇色の唇が、小さく動いた。

 シェイラとソウマは、たどたどしく動く口元が何を伝えようとしているのかとスピカの口の動きに注目をする。


「し……ら、しぇーら、ママ?」

「っ……スピカ…」


 目元が切れ長で少し釣り合がり気味だったから。

 どこか鋭利な雰囲気をもっているように思えたから。

 身にまとう色が明るいものではなかったから。

 それまで何の感情も見せてはくれていなかったから。

 だめだとは思いつつも、何の情報もない状態では見た目から判断してしまって、もしかするとあまり好意を持たれて無いのではと心配してしまっていた。

 でもシェイラを『ママ』と呼んだあとにふにゃりと崩れた柔らかな表情は、幼くて無垢な愛らしい、ただの子供だった。

 そして彼女が呼んでくれた名から、シェイラのことを母親だと認めてくれているのだと分かった。

 シェイラは愛おしさで堪らなくなって、両手をスピカの背に回し自分の方へ引き寄せる。

 力を入れすぎないように、それでも思いっきり、スピカを抱きしめた。


「スピカ。話してくれて良かった…」

「……まー、マ」


 柔らかな頬へ、シェイラは自分の頬をすりよせた。

 くすぐったそうに身じろぎしたスピカは、それでも大人しくされるがままでいて、シェイラの服の生地を握った手に力をこめる。

 口元を緩めて、楽しそうに口元をほころばせてくれた。


「あのね。あのね、しぇーらママ」

「なぁに?」

「スピカは、ずうっとまってたの」

「……?」

「あのね、たまごのままでね、ひとりだったの。ずっと、ずうーっと」

「えっと……ずっと?」

「そう。ずっとよ、ママがうまれるより、ずっとまえから。スピカをうんだほうのママがつくってくれた、じゅつのなかにいたのよ」

「……………」


 シェイラとソウマは、思わず目を見合わせた。


「ソウマ様」

「……賢い子だと、卵時代の記憶をもっているのもたまに居るが。これは―――」


 スピカのいう事が本当だとすると、彼女の卵はそれを産み落とした竜の術でつくった闇の中でずっと一人きりだったのだ。

 数十年ほどは…いや、黒竜が滅びたと言われる年月を考えると、もしかすると数百年間ひとりだったのかもしれない。 


(ココは、確かあの日の朝日で生まれたのよね)


 ココは運よく、火の力が凝縮して卵としての実体をもったその場でシェイラと出会った。

 まるで引き合わされたかのような出会いだったから、おそらくシェイラの白竜の血の力も影響してこの世界に、シェイラのいる場所に卵が形作られたのだろうと、ジンジャーやほかの研究者の人たちも言っていた。

 でもスピカは違う。

 彼女の卵は他の大多数の竜達と同じように、母親竜が産み落とした。

 はるか昔に産み落とされた卵は、何らかの事情で闇の中を数百年さまよい、その末にシェイラのもとに辿りついた。


「くらいばしょは、やさしくてすき。でも、ちょっとだけさみしかった。でもしぇーらママがよんでくれたから。だからスピカ、でてきたのよ」


 幸せそうにはにかんで、スピカは抱きしめているシェイラの首元に顔をうずめた。

 顔を見えないようにしていて、彼女が泣いているかのようにもみえた。


「なまえをくれてありがとう。スピカをよんでくれてあいがとう。だいしゅきよ、ママ」

「スピカ……」


 シェイラはスピカをギュッと抱きしめた。


「でも、どうして鳴くこともできなかったの?」


 一言も声を発さないことで、とても心配したこと告げてみると、スピカは顔をあげ両手で頬を挟んで黒色の瞳を瞬きさせた。

 小さな唇が、ぱくぱくと音をなさないままに動く。

 どうしたのかと首をかしげていると、今度は小さな声が届いた。


「は……」

「は?」


 薔薇色の頬をさらに染めて、ふいと顔を逸らしてしまう。


「はずかしかったのよ…」


 ずっとずっと長い間、誰とも会話を交わさずに一人でいた子供。

 静かで暗い場所に慣れ過ぎて、外へ出てたくさんの人や竜の居る場所に放たれや状況に、戸惑い続けてどうして良いのか分からなかったのだろう。

 だから黙って縮こまって、様子をうかがっていた。


「か、わいい…」


 その不慣れな不器用さが、どうしようもなく可愛らしかった。

 シェイラはもう一度スピカの身体を胸の中に抱きしめた。


「スピカ可愛い…大好きっ」 

「ひゃう?!」


 ぎゅうぎゅうと抱きしめてから、額と額を合わせる。

 ふにゃりと崩れるスピカの表情が嬉しくて、シェイラも頬が緩むのが止められなかった。


「いや…仲良さそうで別にいいんだけどね?」


 立膝をついた上に腕を乗せて頬づえをついた状態のソウマが、口の中で呟いたけれど、残念ながら小さな子供に夢中なシェイラの耳にまでは届かなかった。

 スピカははものすごく的確なタイミングで人化して、甘い雰囲気を崩してくれた。

 ソウマは大人げないと自覚しながらも恨めしく思わずにはいられない。


(幸せそうで結構ですけど。こっちの幸せも考慮してくれないかねー)


 幸せそうに見つめあう1人と1匹に、ソウマの不満は到底伝わりそうにないのだった。



* * *



 ソウマの部屋から自室へと変える途中、通路に面したバルコニーへの扉が開いているのに気が付いた。

 この時間は閉じられているはずなのにと、通り過ぎつつも何の気なしに見てみると、バルコニーに置かれたベンチに座る、金髪の男がいた。

 

「ジーク様?」


 シェイラは歩いている足を止めて、通路側からバルコニーをそっと窺いみる。

 後姿だけれど、衛兵でも貴族でもない格好からしてジークしか思い当たらない。

 

(なんだか、雰囲気が……)


 なんとなく。シェイラの知っている、温かくくったくのない彼とはどこか違うような気がした。 

 背筋がまるまっていて、高い背が一回り小さく感じる。

 声をかけていいものかどうか迷っていると、先にジークが振り返った。

 彼はシェイラの腕の中で初めての人化の術に疲れて眠ってしまっているスピカを認めて、わずかに驚いた顔を見せる。

 シェイラとスピカを何度かかわるがわる見てから、小さく笑ってシェイラを手招きした。


「っ……あの」

「しー」


 彼は人差し指を唇に当てて、それから空いた手でさらに手招きをする。

 スピカが起きてしまうことを心配してくれたのだろう。

 シェイラも口をつぐんで、手招きされるままにバルコニーへ足を踏み出してベンチへと向かった。

 ついてくれていてくれた衛兵は会話の聞こえない程度の距離を保ちバルコニーの壁際に控えるようだった。

 気遣いはできるのに。どうして口はあんなに重いのだろうか。


「ここ、どうぞ?」


 ジークは身体をずらすと、シェイラを見上げて空いた空間をぽんぽんとたたく。

 意図を読み取ったシェイラは小さく頭をさげてから彼の隣に腰を掛けた。

 

「人化したんだ。それも完璧にできてる。力の使い方が上手い子なんだろうね」


 潜めるような、小さな声を囁きながらジークがスピカの頭を褒める風になでた。

 そっと優しいまるで宝物を扱うかのようなやさしい手つき。

 ココをあんなに豪快に高い高いしていた者と同じとは、とても思えないくらいの優しい扱いに、シェイラはくすくすと笑いを漏らした。


「……ジーク様は小さな子の扱いに慣れてらっしゃるのでしょうか」

「ん?」

「ココもジーク様に遊んでもらって喜んでいましたし。なんだかスピカもすぐに懐きそうだなーって」

「まぁ、4匹も子育てすればね」

「っ……?!お子さんが?!」

「うん。あれ、言ってなかった?」

「初耳です。どうりで……」


 シェイラはジークの顔をまじまじとみた。

 どうしても若い人間の見た目に引きずられてしまう。

 でも彼の言動や行動はやはり間違いなくたくさんの経験を積み、たくさんのものを背負う大きな竜だ。

 

「子育てで困ったらいつでも相談に乗るよ」

「本当に?うれしいです」


 子育てを経験した竜に竜の子育てを聞くことができるというのは本当に助かることだった。

 シェイラは素直に喜んで、お礼を言う。

 それからふと空に浮かぶ月を見上げて、ジークはここで何をしていたのだろうと思った。

 明かりも眼下の庭に飾られているいくつかのランプくらいしかない、何もない、この場所で。

 

「……ジーク様は、ここで何を?」

「ん?ぼーっとしてた」

「ぼーっと……?」


 ジークが空を見上げたので、つられてシェイラも同じように見上げた。

 あるのは星と、月。


「なに、俺が星を見てるのが似合わないとか思ったり?」

「いえ、そういうわけでは。その……なんだか落ち込んでるようにも見えたので」

「……?気が抜けて背中丸めてたからそう見えたのかな」


 くったくなく笑いながら、両手を上げて伸びをする。

 そうして大きく息を吸って、吐いて、また息を吸った。

 その表情にかげりはないから、本当にただ気を抜いていただけなのだろう。


「シェイラもさ、ぼーっとすれば?」

「え?」

「短い付き合いだけど、ずっと肩に力入っているように見える」

「そうですか?」

「ははっ。自覚なしか。本当に何の計算もなしにそんなにずっと良い子なんだ」

「……どこか変ですか?」


 からかわれたような気がして、シェイラはわずかに柳眉をあげた。

 ジークはそんなシェイラの反応にさえも、楽しそうにあっけらかんと笑って見せる。


「んー…んーん。でも年頃の女の子なんてもっと自分の意見を突き通すようなもんだと思うけど。無茶苦茶な持論まくしたてちゃったりさ」

「十分我儘だと思いますけど」


 たくさんの我儘を積み重ねて、シェイラは今王城にいるのだ。

 竜と一緒にいたい。

 そんな単純すぎる我儘だけで、今も妹を悲しませている。


「小さな子を育てている真っ最中だから?正しい姿であろうとしているように見える」

「それは、当たり前です。間違った心をもった成竜になってほしくありませんから。手本である私がきちんとしなければ」

「あはは。もっと適当でいいと思うけどねー」

「気負ってるつもりは無いのですけど」



 …―――夜の王城はしんと静まり返っている。

 ときどき風が吹いて届く葉擦れの音。

 見回りの兵や侍女の気配と足音。

 静やかで(しと)やかに過ぎる春の夜。

 そんな中、ジークの明るくはきはきとした言葉はとてもよくシェイラの中に響いてきた。


「……あの、ジーク様」


 おしゃべりにひと心地ついた頃合いに、シェイラはジークをそっと呼ぶ。

 小首を傾げてこちらを向いた彼の顔を見つめながら、戸惑いから一拍の間だけ躊躇したあと、口を開いた。


「ジーク様から見た私はどう見えるのでしょう」

「んん?なにそれ、シェイラってばソウマというものが有りながら……」

「違います。と言うかなぜご存じなのですか」

「ソウマに聞いた」

「………」

「真っ赤だね。可愛いー。今だってソウマの部屋からの帰り道だったりするんでしょ?ちゅーとかしてきちゃった?」


 目を細めてにやにやとするジークの表情は、明らかに面白がっているものだ。


「なっ…。か、からかわないで下さい。だからそのっ、そういう意味ではなく!……ジーク様は次期木竜の長として、私を見極めにいらっしゃったのでしょう?」


 彼が木竜の里から王城に来て、さらにロワイスの森に付き合ってくれたのは、竜の血をもち、竜として生きる道を決めたシェイラを見るために来た。

 

(どうだったのかしら)


 彼から見たシェイラはどう映ったのだろうか。

 木竜達の代表は、シェイラをどうするつもりなのだろうか。



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