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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第二章

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遥かな未来に願うこと③

 手に下げている取っ手のついた籠の中には、くるりと丸まったスピカが収まっていた。

 揺らさないように。乱暴にしないように。気を配りながらシェイラは目的の部屋を目指して廊下を歩いている。

 後ろには一人、一定の距離を保った兵がついて来ていた。

 護衛はスピカが人型をとれる程度に成長するまでは常時付くことになった。

 スピカが生まれてから専属で付けられた彼は、どうやら無口な人らしい。

 挨拶と必要事項以外の会話が一切なかった。

 シェイラもさすがに天気の話を持ちかけたりするのだが、「はい」と「いえ」くらいしか返ってこない。


(嫌われているような雰囲気はないから、まぁいいわ)


 ここまで無口な人が相手だと、何か話さなければと気づまりすることもない。 


 彼の存在を頭から切り離したシェイラは無言のままで歩きながら、籠の中を浮かない表情で見下ろした。

 

(口を利きたくないのならいいって、言ったけれど…さすがに)


 結局スピカは生まれてから、二日たっても三日たっても一声も鳴いてはくれなかった。

 ジンジャーや、ほかの研究者にはもう診てもらった。 

 しかしそもそもが竜は病気自体あまりすることのない丈夫な体をもっているから。

 たとえ何かあっても余程でない限りは人間は見守るだけで、生まれながらに持っている治癒能力で回復してもらうしかないらしい。研究職の人間が開発した薬もあるにはあるけれど、使うほどに衰弱しているようにも見えないということだった。

 それも生まれたての竜なのだ。薬の使用も慎重になるのも当然だった。


「スピカは黒竜なのだもの。火竜のココと成長速度が違ったって、当たり前だわ」


 本当に待つことしか出来ることがない。

 けれどそうやって待っているうちに、もう四日たってしまっていた。

 あまりに何の反応も示してくれないスピカに、シェイラは徐々に膨らんでいく不安を募らせている。


「…………」


 目的の部屋についたシェイラは、足を止めた。

 どうやら背後についてくれている兵も足を止めたようだ。

 

「私は扉の前で警護しておりますので」

「えぇ、お願いします」


 低い声で簡潔に要件のみを告げた兵は、小さく頷いて壁際に直立する。


(真面目な人……)

 

 職務に忠実で、寡黙な兵。まだ数日しか一緒にいないけれど、信用出来る相手だとは思う。仲良くなるのは…コミュニケーションが取れないので難しいかもしれない。

 シェイラは彼に会釈を返してから、両手で持っていた籠の持ち手を左手に持ち替えた。

 右手で目の前の扉をノックしようと手を挙げたところで、躊躇して動きをぴたりと止めてしまう。


(お忙しいって、聞いていたのに。頼ってしまうなんて良いのかしら)


 春節祭はもう目前まで迫っている。

 準備は佳境にはいり、人によっては徹夜もあるらしい。

 国が招待した客人も全員が城に入りひっきりなしにすれ違う侍女や下働きの人々もとても大変そう。

 きっと彼も忙しいのだろう。ロワイスの森から帰って報告を済ませて以来会えていない。


(なにより鳴かないこと、感情を表に出さないことを気にしている人なんて、いまのところ私だけなのよね)


 誰もがもう少し待ちましょうとゆったりと構えていて、シェイラのように慌てているような人はだれもいない。


 シェイラよりよほど竜に詳しい人々がこうなのだ。

 おそらく大丈夫なのだろうとは頭では理解している。


(……でも心配なの)


 籠の取っ手を握る手に、無意識に力がはいった。


 過保護で過敏な反応だと自分でも思う。

 そしてこう言う…困ったり不安だったり悩みがあったりするときに、どうしても彼を一番に頼ってしまう自分の弱さに、自己嫌悪もしてしまう。

 どうして自分はこうなのだろう。

 もっとしっかりした一人でも平然と立てる大人になりたいけれど、生来もったうじうじとした性格はなかなか治らない。

 ああなりたい。こう出来るように頑張りたい、思いはするけれど、実際に成果は一切でておらず、成長という二文字とは無縁のように思える。

 シェイラは溜息を吐いてから、今度こそ扉をたたこうと顔をあげる。


(っ!)

 

 いつの間にか小さく開いていた扉の隙間から覗く赤い瞳と視線があってびくりとした。

 暗い中では光ってさえ見えるほどに、その赤い瞳は鮮やかで透明度が高い。


「ソ、ソウマ様」

 

 扉の前でもたついていた相手がシェイラであることを確認できたらしいソウマは、扉を大きく開きなおした。

 

「こんな時間にどうした?」

「…………」

 

 ソウマが疑問に思うのも無理はない。

 もう夜も更けてずいぶん経つ頃で、約束も無く誰かを訪ねるなんて不躾な時間だ。

 早寝早起きのココはもう寝室でぐっすりと眠っている。


「昼間はお忙しそうなので…その…、ご迷惑です、か?」

「……迷惑とか、思うわけないだろう」


 ソウマはあきれた風に小さく息をついたあと、シェイラの手を引いて、部屋へと招きいれた。



 * * * *


「ん。ラグでいいか?ソファ行く?」

「いえ、ここで大丈夫です」


 部屋の中に通されたシェイラは、暖炉の前のモスグリーンのラグに直接腰を下ろして、籠を挟んでソウマと向かい合う。

 上質のラグはさらりとした肌触り。

 寒がりの彼らしく、暖炉には煌々と火が灯っていた。

 春とはいっても肌寒い日も多く、シェイラの部屋も陽が落ちれば暖炉は入れるけれど、さすがにここまでの激しい火力ではない。

 ごうごうと音をたてて炎が燃え盛っている。暖かいと言うより、暑いと言うより、……熱い。

 

(こんな火力、よく周りに燃え移らないものね)


 肩にかけていたショールを外し、腕まくりをしてから、普通の薪を燃やしているのではないのだと気が付いた。

 

(火の術?)

 

 籠の中にいるスピカは、暖炉の火がまぶしかったのか、それとも暑さが不快だったのか。

 それまで尻尾にくるまるように身体を丸めていたのに、おもむろに首を上げた。

 爛々と輝く黒曜石を思わせる印象的な瞳が暖炉の火を確認して、そのあとにソウマとシェイラを見上げてくる。


「それで、どうしたんだ?」

「鳴かないんです」

「鳴かない?」


 シェイラが籠を差すと、ソウマは「あぁ」と納得がいったようにうなずいた。

 タイミングがあわずに結局ロワイスの森から帰ってからも会えずにいたのに、ソウマはスピカの現在の状況を知っているようだった。

 おそらくアウラットから聞いてはいたのだろう。

 アウラットにいたっては執務や祭りの為に滞在している来客の相手で忙しいはずなのに、それでもせっせとスピカのもとへ一日一回はかならず通ってきている。無反応のスピカにもめげず、黒い鱗の艶の美しさを恍惚とした表情で語ってくれていた。


 ……スピカを見守りながら、シェイラは肩を落として不安そうな表情で口を開く。


「ココの時は卵から孵ってすぐに鳴いて、飛ぶ練習も半日後くらいには初めていたのに。四日たってもこの子は一声も鳴かないんです……。それに飛ぶ様子もまったくなくて。どこか悪いのではないかと」

「んー…。火竜以外のことは俺もあんまり詳しくないんだけど。ジンジャーは問題ないって言ってんだよな?」

「大丈夫というか、黒竜のことはよくわからないからしばらく見守りましょうとのことでした」

「なるほど。ま、とりあえず見てみるか。」


 ソウマが大きな手でスピカを掬いあげ、胸の高さまで持ち上げた。

 シェイラの手の上よりよほど収まりが良いのか、小さな黒い竜は大人しくそこへ収まっていた。


「抱くときとか、あと夜も同じ部屋で大人しくしてるんだよな」

「はい」

「それなら刷り込みはできてるから、信頼関係も築けているはずだ。親として認められないと判断されたならこんなに大人しく傍にいることを許してくれないだろうし」

「……親としては認めてくれているということですか」

「そう。それから飛ばないとかは成長が遅いとかで片付く。けど、鳴かないってのはなんだろうなー」

「それはジンジャー様も不思議がってらっしゃいました。でも声帯などに異常もなく、健康体に見えると」

「うーん…気分じゃないってだけじゃねぇ?」

「気分、ですか…」


 シェイラの柳眉がわずかに吊り上がる。

 

「私は本気で心配しているのに。気分って……」

「……いや、冗談じゃなく」

「…………」

「睨むなって。だってそれくらいしか考えつかねぇんだし。ほ、ほら、スピカ。母さんが心配してんだから一声ぐらい返せって」


 ソウマがスピカに触れると、スピカはおしりを彼の手のひらに着けて座るような体勢になった。

 前に突き出た幼い竜の腹部はどの種も白い。

 ココもスピカも纏っている色に反してお腹の部分だけは白だ。

 この白は成長するにつれ薄くなり、成竜になるころには全身同じ色になるらしい。

 そんなスピカのぷっくりと突き出たお腹を、ソウマはぞんざいに突っついた。


「「あ」」


 シェイラの手よりもよほど大きな手で、大きな力で突っつかれたスピカはあっさりと後ろへと転げてしまう。2回転は転がった。


「ソウマ様…!」 

「……いやいやいや。大丈夫だって、その辺の小動物じゃないんだし、これくらいで傷つくはずが…」

「そういう問題ではなく!小さな子に乱暴な扱いをすることが問題なんです」

「だから乱暴っていうほどのものでもさ」

「竜からすれば些細な力かもしれませんけど。でもスピカは私の指先が当たったくらいで転がるくらい弱いんですよ?」


 いつもなら竜というのはこういうものなのだと聞けば納得もするけれど、スピカに関しては譲れなかった。

 ココの生まれたばかりの頃よりさらに一回り小さい、こんなに弱々しい子を乱暴に扱うなんて許せるはずがない。

 

「…あー…。ほんと、竜のことになると……」

「今、鬱陶しいとか思ったでしょう」

「う」

 

 ラグに両手をついたシェイラが、しどろもどろになるソウマの顔を覗き込むように身を乗り出す。

 

「ソウマ様、ココくらい大きくなっているなら多少の戯れも遊びのうちです。でもスピカはあまりにも幼すぎます。そもそも今は真面目な話をしてるんですよ?わかってます?」

「わかってる。わかってます」

「……本当に?」

「…………」


 ソウマは苦笑いを浮かべつつ、無言で手の中のスピカを大人しく籠の中へと戻した。

 ごまかすような逃げるようなしぐさに、シェイラは納得いかないとばかりにさらに詰め寄ろうとした。

 しかしその前にソウマは胡乱げに目を細め、小さく溜息を吐いてしまう。


「っ……」


 言葉に出されなくても彼のその表情が、鬱陶しいと語っていて、シェイラの心臓に針が刺さったような僅かな痛みが走る。


(良く分からないままで騒いでいるのは私のほうなのに。身勝手に怒ったことに、あきれられたかも…)

 

 熱くなっていた頭の温度がさっと下がる。

 慌てたシェイラが何か言おうと口を開こうとした時、その場所に、なぜか柔らかなものが一瞬だけ触れた。 


「っ……」

「…………」


 ソウマはにっと歯を見せて笑って、ぽんぽんとシェイラの頭を軽くたたく。 


「落ち着け。スピカは大丈夫。心配しなくてもすぐに踏みつぶされてしまうくらい大きく成長するから」

「つっ……な、だからって…な、んで…キ…す……」

「え。だって落ち着かせるのに一番効果ありそうだし。っつーか近くに恋人の顔があったらするだろ普通」

「は?え、そ…っ…」


 まともな反応もできないでいるうちに、ソウマは口端を満足げにあげて片手をシェイラの顎に添えた。

 指先に力を込められて、顔を上げさせられる。

 暖かい息が頬にかかって、彼との距離の近さを教えられてしまった。

 ソウマがもう一度、今度はきちんと口づけをしようとしているのだとシェイラにも分かった。

 強い眼差しに射られる目をそらすことなんて出来なくて、足を動かして身体ごと逃げることはもっと難しい。

 そもそもが嫌では無いから。

 だから余計にどう反応すれば良いのかで困ってしまう。

 自然とした動作で口づけを受けられる程の恋愛経験を、シェイラはまだ持っていないのだ。


「きゅう」

「…………」

「…………」


 唇がかさなる直前に聞こえたその声に、シェイラとソウマは動きを止めてしばらく固まった。 


「……スピカ?!」

「うおっ?」


 我に返るなり、シェイラは自分の顎をとらえていた手を無意識に振り払う。

 ソウマとの間におかれた籠の中を勢いよく見下ろした。


「…きゅ」

「スピカ、スピカの声なのね」


 シェイラは手を叩いて声を弾ませる。 


「きゅー、きゅっ!」

「……えー……こいつ、タイミング図ってたんじゃねぇ?」

「なんて事言うんですか!」

「きゅう…」

「…………」


 元気な鳴き声が嬉しくて、微妙な顔をしているソウマにかまう余裕は持てなかった。

 なによりも慣れないむずがゆい空気が消えたことに、少なからず安堵しまう自分もいてシェイラの口からはほっと息が漏れた。

 でもそう思うことはソウマに悪い気もする。

 どうしようかと赤くなったり青くなったりとせわしなく顔色を変え視線をさまよわせてしまう。


「おい、シェイラ……」


 ソウマの声に、顔を上げる。

 すると一瞬だけ目を話していた間にどうしてか目の前に光の玉が出現していた。

 シェイラはぎょっと目を見開く。

 よくみると光の玉の中にうっすらと竜の形が見えた。

 

「スピカ、……え?」

「おー」


 純粋に喜んでいたのに、あっという間に何か変な事態が起こっている。

 展開の速さに目を回しそうになりながら、シェイラはソウマの方を向いた。

 

「ソ、ソウマ様!これってもしかして……!」

「人化の術だな」

「幾らなんでも早すぎませんか?」

 

 産声をあげたその日に術をつかうなんて、これで良いのだろうか。

 ココの時は半月近くたってからだった。スピカはまだ生後4日目だ。

 疑問を込めてソウマに不安げな視線を送るシェイラに、ソウマも難しい顔で頷いてみせた。

 何かを考えるようにたて膝をついて口元に指を当てたソウマの眉間にしわが寄っている。


「うん。早い。先に飛ぶ方を覚えるはずなんだが、運動嫌いか?」

「そういう問題では……。あの、スピカは大丈夫でしょうか」

 

 ソウマとシェイラが見守る中、スピカを包む淡い光はどんどん大きくなっていく。

 


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