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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第一章
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竜の卵を拾った日④

 そうして竜を差し出すシェイラに、アウラットがそっと静かに声をかけた。


「……君は、この竜を手放すつもりなのか?」

「手放す?」


 シェイラは勢いよく顔を上げた。


「まさか、そんなつもりではありません!」


 竜を手放そうとしていると思われるなんて、心外だ。

 悲しいけれどこの子の為にはそうするのがいいと思って、泣く泣く別れようとしているシェイラは、アウラットの台詞に(いきどお)りを覚えた。


「アウラット王子。竜は貴重で、この国にとって大切な守るべき存在です。そんなこと小さな子供でも知っています」

「まぁ、そうだね」

「どう考えても、私が預かっていて良いものではありません。環境も整えてあげられないし、何かあっても守ってあげられない。竜に詳しい方々が大勢いる王城で預かるか、竜の里へ連れて帰って竜たちに育ててもらうのが、この子にとって一番良いはずです」


 国の王子にこんな反論を述べるなんて、普通ならありえない。

 けれど今は怒りが交じった興奮状態だから、思わず堂々と文句を言ってしまった。


 真正面からアウラットを睨むシェイラに、彼は虚を突かれたようで驚いた顔をしている。

 色素が薄くて全体的にか細い。見た目からして大人しそうな彼女の、はっきりとした物言いがよほど意外だったのだろう。


(…わ、私ったら……)


 シェイラが我に返って落ち込むころには、アウラットは驚いた顔を気色めいた笑顔へと変えていた。


「申し訳ありません…私……」

「あぁ、いや。私の言い方が悪かったんだな」


 まるで面白い遊びでも見つけたかのような表情。

 意地の悪さとからかいも含んだ楽しそうな笑いを彼はみせる。

 なんとなく、侮られているのだなとわかった。


「シェイラ殿がその火竜と離れるのは、もう無理なんだ」

「………え、っと…どういう意味でしょうか」

「すりこみって知ってるだろう?」

「鳥によくあるあれですか?」

「あぁ」


 生まれて直ぐに見た自分より大きな生き物を親として認識する、主に鳥類に良くある習性だ。


「竜は、そのすりこみ効果がひときわ強い」

「それは…この子が、私を親として認識していると言う事でしょうか」

「その懐きようではおそらく間違いないだろうね。この子が巣立ちする……最低でも10年くらいは離れられないと思っていい」

「なんてこと…。懐かれているとは思っていましたけれど、まさか親と思われているなんて」


 その衝撃にシェイラは頭痛さえ覚えた。

 なんとなしに誕生の瞬間を見ていたけれど、こんな結果になるなんて思いもしなかった。


 思わずカゴの中の竜の子に目を向けると、つぶらな赤い瞳はこちらを見ていて、窺うように首をかしげられた。


(懐かれるのは嬉しいわ。可愛いもの。でも貴重種である竜なんて、私の手に負えるものじゃない…)


 現実的に考えてこの子の親になることはどうやったって不可能だ。


「その、すりこみの効果を外すにはどうすればいいのでしょうか」

「どうにも出来ないな。離れられないって言っているだろう?」

「…だったら、どうすれば」

「君が育てればいいんだよ。シェイラを竜の里に連れて行くわけにはいかないから、ここでシェイラにこの竜の子を育ててもらうしかないってことだ。事情が事情だから、里の奴らも認めるしかないだろう」

「む、無理です!私なんかが竜を、なんて…」


 孤高の聖獣、国の宝でもある竜の子を預かるなんて恐れ多い。

 そもそもこの竜を王城へ連れてきたのは、自分では手に余るからだ。


「でもこの竜はシェイラ、君を望んでいる。竜は人の感情に機微で、良くも悪くも正直者だ。嫌いなものにはとことん関わらないんだ。だから君が信頼に足る人間だと本能で察してすりこみをしているんだろう。いくら生まれて初めて見た生き物だからって、竜の親にふさわしく無い人間であるなら興味さえ抱かれていなかったはずだ」


 アウラットの言葉を聞きながらシェイラが手の中にある籠を見ると、赤い幼い竜が首を伸ばして一心にシェイラを見つめていた。


「きゅ!きゅー!」

「ほら、竜自身が、シェイラが良いと言っている」

「っ…………」


 シェイラだって、出来るならばこの子の傍にいたかった。

 一心に信頼の情を寄せてくれる小さな生き物が、可愛くないはずがない。

 出会って数時間しか経っていないのに、もう誤魔化せないほどに情は移ってしまっている。


 竜の親になることを拒否していたのは、何のとりえもない自分なんかが聖なる生き物の傍にいるなんて畏れおおかったから。

 でもネイファの第二王子であるアウラットが認めてくれている。

 そしてなにより竜自身が、シェイラを望んでくれていると言う。


「本当に、宜しいのでしょうか。私がこの子の、その…親に、なっても」

「もちろん」

「でも育てるなんて難しいでしょう?」


 シェイラの気持ちが傾いていることを悟ったのか、アウラットはたずさえている笑みを深くする。


「もちろん国が可能な限りの助けはするさ。まずはシェイラとその竜の部屋を用意しなければいけないな」

「部屋ですか?」

「希少な竜を任せるんだ。もちろん王城に住んでもらうことになる」

「…………え?」

「竜を育てる環境なんて子爵家にはないだろう。ストヴェールの本邸のような広大な敷地のある場所ならまだしも、王都にある別邸では自由に飛び回らせてやることもできない。火竜だから、制御の効かないほど小さなうちはちょっと目を離したら大火事になっているぞ」


 確かに、環境を整えてあげられないことはシェイラが竜の親になることをとどまっている理由の一つだ。


「竜はともかく私まで王城に住まわせてもらうなんて、良いのでしょうか」


 竜は国を挙げて守るべき存在。

 王城で大切に育てられるのは当たり前だった。

 でもそこに自分がくっついていくのはどうなのだろう。

 図々しすぎないかと心配するシェイラに、アウラットは何のためらいも無く笑う。


「心配ない。シェイラ殿にしかできない仕事をしてもらうからな」

「仕事?」

「竜の生態はなぞだらけだ。里から出てくる竜は成体になってからが普通だし、幼体が人間の目の触れる場所に出てくることなんてほぼ初めてのこと。この竜の世話をしつつ、可能な限り詳細な成育記録を付けてほしい。非常に貴重な研究資料になるだろう」

「私、そんなに専門的なところは」

「専門的なことを研究するのは研究者だ。そうだな…育児日記とでも言えば気が楽になるだろうか」

「育児日記…」

「もちろん資料の書き方や書式、多少の専門用語を覚えての記録研究資料を作って貰うことになるから、少しの勉学をしてもらうことになるが」


 研究資料と言うからには実際に育児日記と呼べるような簡素なものではないのだろう。

 専門的な用語を扱うための勉学が必要であるのには少しの不安も感じる。

 でもそれさえ出来ればシェイラが竜とともにこの城に滞在することになっても、ただの居候と言う情けない肩書ではないはずだ。


「あぁ。ただし母親が見つかって、子供を返せと言ってきたら別だが」

「それはもちろん分かっています」


 もし何らかの理由で親子が離ればなれになったのだとしたら。

 どんな手段をとってでも、親の元へ帰してあげるべきだ。

 でもそれまでの間、この可愛い竜の子の親代わりとして傍にいたいと、シェイラは心から思った。

 そのための環境と知識を、目の前の王子様…アウラットは用意してくれるとまで言ってくれている。

 答えはもう、決まったようなものだ。


「…あの、なります。この子の育て親!」


 はっきりと言うシェイラの決意に、アウラットは満足気な表情で頷いた。


「では、今日…は急すぎるか。ご家族への説得も必要だろうし。必要なら保護者へ私名義での親書も出そう。部屋を用意するように指示も出しておくから、明日からでも王城へ居をうつしてくれ」

「はい、わかりました」


 シェイラが同意したことを確認したアウラットは、ふと思い出したように火竜の子を見る。


「あとはそう…名前を付ければいい」

「名前ですか。私がつけても宜しいのですか?」


 希少な竜が一生持つことになる名前を、そんなに気楽に勝手につけていいのだろうかと、シェイラは不安な表情を見せる。

 しかしアウラットは当然だとばかりに口端を上げて一笑した。


「育て親になるのだろう?この子が親離れして飛び立つときまで守り育てる者としての覚悟があるなら名前をつけてやれ。名に込めた言葉はその竜とシェイラをつなぐ絆をさらに強固なものにするだろう」

「…………」


 籠の中の赤い竜を見下ろすと、嬉しそうに目を細めて『きゅ!』と鳴いた。

 まるでシェイラがどんな名前を付けるかを、心待ちにしているようだ。


「……私と、一緒にいてくれる?」

「きゅ!きゅー!」


 喜んでいる様子の竜に、口元をほころばせてシェイラは考える。

 この子に似合う、たった一つの名前を付けようと思った。

 幾つか頭に思い描いたあと、ふと疑問がわいて、シェイラは竜からアウラットへと視線を移した。


「……あの、アウラット殿下」

「うん?」

「この子、男の子でしょうか女の子でしょうか?」

「……う、ん…」

「名づけるにしても雄と雌ではまた違いますよね。でも私、竜の雄雌の見分け方がわからないのです。アウラット殿下はご存じでしょうか」

「……ふむ」


 アウラットも難しい顔で竜を覗きこむ。

 それから彼はおもむろに竜を突っついて、ころりと仰向けにさせてしまった。


「きゅー!」


 怒った風な鳴き声にも我関せず、アウラットは竜の下半身をじっと観察した。

 シェイラも一緒に覗き込むものの、そこには性器官はもとより排泄口さえも見当たらない。

 竜は本当に、隅から隅までの全身を硬い(うろこ)に覆われているみたいだった。


「鱗の中に隠しているのか?だとすると鱗は開閉式…」

「え?そうなんですか?」

「いや、さっぱり分からん。ソウマが居れば良かったのだが。まぁ、なんとなくどちらでも通用しそうな名にすればいいんじゃないか?」

「どちらでも…」


 名前の選択肢がとたんに狭まってしまった。

 そしてアウラットは意外に大雑把な性格らしい。


 シェイラは籠の中の竜をじっと見つめて、いくつかの候補を考えてみた。


(赤くて、小さい…)


「……ココ。ココノワールの花からとって、ココはどうでしょうか」

「ココノワール?聞いたことがないな」

「ココノワールは、ストヴェール子爵家の本邸がある北の地方にだけ生息するんです。小さく赤い花を咲かせる野草で、気温が高すぎると育たないものだから首都では見られないと思います」

「へぇ。それでは私が知らないのも仕方がないか」


 王都に居を移してからもう2年ほど帰っていない、懐かしい故郷に咲く小さな赤。

 小さくてかわいいこの子を見ていて、なんとなく思い出してしまった。


「ココ」


 シェイラが小さくその名を呼ぶ。

 すると幼竜は縦に瞳孔の入った大きな目をぱちぱちと瞬かせる。


「ココよ、あなたの名前。ココ」


 何度か呼んでいると、それが自分の名前だと理解したのか、ぱっと表情を輝かせた。

 そして嬉しそうに尻尾を揺らし、シェイラを爛々と輝く目で見上げてくる。

 シェイラが口元を緩めて笑ってみせる、ココは喉を逸らして一際高く鳴いた。


「きゅ、きゅ、きゅー!!」


 シェイラとココのやり取りを見物していたアウラットが満足気に笑う。


「気に入ったようだな」

「はい、良かったです」








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