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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第二章

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遥かな未来に願うこと②

 

 ココの卵が案外簡単に割れたのは、やはりシェイラが打ち付けてひびを入れたからだったのだろう。

 今回はずいぶんと時間をかけ、僅かずつぽろりぽろりと小さな破片が落とされていく。

 少しずつ見えてくる、黒い竜の全身。

 鼻先の次に見えたのは、真っ黒の濡れた瞳で、隙間から覗く瞳と目があった瞬間、ときめかずにはいられなかった。

 弧を描いたとがった爪先が殻の表面に引っかかり、カリカリと割れ口を引っ掻く動作が可愛らしい。

 おそらく時間にして30分ほど。

 その間に、話を聞きつけた侍女や庭師まで集まってきて、一番近くにいるシェイラとココを囲む人垣になっていた。

 もともとココを育てているこの一画で働く人々だ。

 この黒竜のことも一緒に見守ってもらうことになるのだから、卵についても特に秘密にはされていなかった。

 卵をこの城に連れて帰ってから、ここに居る皆が誕生を待ちわびていた。

 ゆっくりゆっくりと割れた卵の破片が、ころりと転がる。

 のそのそと四本足を引きずるように出てきた、艶のある黒い鱗に覆われた竜。

 一番近くにいるシェイラを、黒い瞳がまっすぐに捕える。


(あぁ……)


 ――――――やっと会えた。


「生まれた!」

「ほんとに?本物?」

「わぁぁぁ!!小さいですね」

「なんてお可愛らしい」


 周囲のざわめきも歓声もシェイラの耳には届かない。 

 手のひらサイズの小さな小さな黒い竜の姿とその美しさに見とれてしまい、言葉さえも出なかった。

 



* * * *



 黒い竜が生まれ、騒ぎもひとしきり収まりシェイラとココは部屋へと戻った。

 存分に外で遊んだらしいココは、おやつを食べたあとそのままソファで眠ってしまった。

 シーツをかけて赤い髪をなでたあと、シェイラはテーブルの上のクッションにちょこんと乗っている小さな小さな竜を見つめる。

 

 つやのある鱗に覆われた身体。

 先に行くにつれ細くなる尾。

 背中についた翼と頭に生える二本の角。

 開いた瞳は真っ黒で、他の竜達と同じく縦に瞳孔の入ったものだ。


 でも少しだけ、ココが生まれたときとは様子が違っていて、シェイラは首を傾げる。


「……小さい?」


 ココの時よりも、まだ一回りくらい小さい。

 四肢も細いし、なんとなく元気もないように見えた。

割れた卵のから這い出てくるときも、どこか緩慢なゆっくりとした動作だった。


「大丈夫かしら」


 心配になったシェイラは、小さな竜を手のひらでそっと掬い上げた。

 生まれたばかりの黒竜を自分の目の高さまで持ってきて、全身をくまなく観察する。


「黒竜の場合は……えっと、どこを見るんだったかしら」


 片手に黒竜を乗せながら、テーブルに乗せてあった書物を広げ、ぱらぱらとページをめくる。

 でもそれを読み進めていくにつれ、シェイラの眉間にはしわが寄せられていく。 

 分かってはいたけれど、やはり黒竜と白竜に関する書物への記載はひどく少ない。

 そして嘘か誠かもわからないような、あやふやな伝承ばかりが主体だった。

 他の種の竜についてのページを開いてみても、生まれたばかりの竜についての記載自体がほとんど無い。

 これ以上読み進めても有力な情報があるようには思えず、結局すぐに書物を閉じることになってしまった。


「………はぁ」


 溜息を吐いてから、黒い竜をそっとクッションの上に戻した。

 黒竜が生まれた報告は、すでにアウラットやジンジャーまで届いているはず。

 今日中に彼らのほうから訪ねてきてくれると報を受けていた。

 誰もが来客との歓談やパーティ、祭りの準備などで大わらわで、おそらく分刻みの予定が入っているようだから時間の調整も難しいのだろう。

 ジンジャーも各地から招待された研究者との面会などがあるらしい。

 今城にいるのに何の予定もなくずいぶん時間に余裕のある人物は、もしかしたらシェイラくらいかもしれない。

 

 シェイラがすることはただ待つことだけ。

 こういうとき、自分の力の無さや知識の薄さを思い知らされる。

 

(こんなに小さくて頼りない。本当にゆっくり待っていても大丈夫なのかしら)


 悩みながらも黒竜の体を指先で軽く撫でてみた。

 緩慢な動作で反応し、首を伸ばしてきた竜の瞳にシェイラが映った。

 黒い竜の子はゆっくりと瞬きを繰り返して、その艶やかな瞳の中にシェイラを映している。


「……こんにちは」


 やさしく、おびえさせないように気を付けながら話かけてみたけれど、返事はしてくれない。

 そう。心配なのは小さなこと以外にも、鳴かないこともあった。

 黒い竜は一声も鳴かないまま、よく読み取れない表情で、たいした身じろぎさえせずシェイラの顔を見上げ続けている。

 

「あなたの卵と出会ったときから、どんな子が生まれるのかしらって想像をしていたの。無事に生まれてくれて、とっても嬉しいわ」

「…………」

「私はシェイラというのよ。よろしくね?」

「…………」

 

 シェイラが心を込めて言葉を並べても、黒竜は大きな反応を示してはくれなかった。

 聞いてくれているのかさえも、よくわからない。

 でも視線を外すことは決してせず、じっとシェイラの顔を見上げている。

 生まれて最初に見たものを親と思う刷り込みの習性があるのは黒竜も他の竜も同じらしい。

 親として認められるに足りないと判断されれば、こうやって見つめてもくれないはず。

 シェイラは黒竜からの視線をはずすことをせずにまっすぐに見つめ返した。

 しばらく沈黙が続いたあとに一度だけ息を吸って、微笑みながらまた口を開く。


「考えていたのよ、あなたの名前。星が瞬く夜に出会って、それに夜の闇を統べる黒竜だから、星に関する名前にしたかったの」

「…………」

真珠星(スピカ)。春の夜空にのぼる星のひとつよ。素敵な響きでしょう?」


 黒竜―――スピカの尻尾が左右に揺れた。


「気に入ってくれた?」


 反応を示してくれたことが嬉しい。

 けれど気に入ったのか、気に入らないのか、それともどうでもいいのかはいまいち分からない。


「……スピカで、いいのよね?嫌だったら教えてちょうだい」


 シェイラはつん、つん、と指先で突っついた。

 これくらいの力加減なら大丈夫だろうと思ったのに、でも予想はみごとに外れて、小さいスピカは簡単に後ろへ倒れてしまった。

 思った以上に軽く、ころりと手毬のように転がったスピカに、シェイラは短い悲鳴を上げる。


「ごごごめんなさいっ。大丈夫?」

「…………」


 間違いなく、わずかにだけど目元が吊り上がって、剣呑な色を帯びた。


「あ。今、怒ったでしょう」

「…………」


 シェイラが指摘すると、すぐにスピカは無表情へと戻ってしまう。

 なんだかわざと無反応を装っているふうで、シェイラはますます混乱してしまう。

 何か病気を持っているのか、それともこういう性格なのか。シェイラではどうにも判断がつかなかった。

 

(……ジンジャー様、早く診に来てくださらないかしら。でも、怒ったのはわかったし。少なくともきちんと感情らしい感情は持っているようだわ)


 シェイラはほっと息を吐いて、囁くような声音で名前を呼ぶ。


「スピカ?」

「………」

「口を開きたくないのならそれでもいいわ。でも理由があるのなら教えてね。手ぶり身振りでも、尻尾を振るのでもなんでも良いの。あなたの考えを、知りたいわ」




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