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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第二章

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もう一つの卵④

 

 数十分馬車を走らせてたどり着いた森中に降り立と、そこはまだずいぶん肌寒かった。目の前には黒く焼けた砂場だけが広がっている。


「まぁー…本当に盛大に燃やしてしまいましたのね」


 初めてこの景色を見るクリスティーネは感心したように周囲を見回していた。

 

「水の気がまったくない…乾ききってしまっておりますわ」


 口元に手を当てて、僅かに眉間にしわを寄せてある。

 水竜の彼女にとって、水気のない場所は居心地が悪いのだろう。


「居心地の良い場所で気に入ってましたのに。早く戻してしてしまいましょう」

「だな。俺も緑が枯れてしまったとこには長居したくないし。まぁ良い天気だからココもやりやすいだろう。ココ、太陽の力を集めて土の中に送るんだよ。出来るか?」

「できるよー」

「よし。じゃあクリスは森奥の泉から水の気を引っ張ってきて、この周辺の地に充満させて」

「えぇ、承知しておりますわ」

「で。陽と水を助けに俺が植物を成育させる術をかけるから。シェイラはえーと、うん。その変で見てて」

「……はい」


 この場でシェイラにできることは何もない。

 せめて邪魔にならないようにと数歩後ろへ下がった。

 そして彼らの術を見逃さないように、瞬きをするのも惜しい気持ちで見守った。

 

(三匹の竜の術……!こんなに大がかりな術を見られるなんて)


 シェイラにとっては幸せすぎることだ。

 楽しみで、そしてココが無事に術を使いこなせるかが不安で、心臓はずっと早鐘を打っている。


 手に汗を握りなが待っていると、少しして周囲の温度が上った。

 

(陽の気…?)

 

 ぽかぽかとした日向に居るかのようなやさしい温かさが身体を包んでいる。

 しばらく居ればうっかりまどろんでしまいそうな、幸せな気分だった。

 

 心地よい温かさを感じていると、次に頬に少しの湿り気が触れた。


(気持ちいい)


 その湿り気はじとじととした鬱陶しさを感じるものではない。

 清らかな川がすぐ目の間で流れているかのような、爽やかさだった。

 乾いていた地面が湿り気を帯びて、徐々に色を濃くし、目に見えて土の中の隅々にまで水がいき渡っていく様子が分かった。

 思わずクリスティーネを見てみると、目があったクリスティーネが涼やかな笑みを返してくれる。

 

(これがクリスティーネ様の使う、水…)


 凛として冷たいように見えるけれど、穏やかな暖かさを持った彼女そのもののようだ。 


 陽、水と来て次にくる木竜の木はどんなものだろうと、シェイラは期待しながら時をまった。

 



「なっ?!」


 突然。地割れた地面から、木が生えた。


 何もない広い砂地から、何本もの木がぼこぼこと頭を出していく。

 すごい勢いだ。


「なに、これ…」


 あたりを見回すと、後でも前でも、左右でも、土を割ってすごい勢いで何本もの木が生えてきている。


「おー、伸びる伸びる」


 ジークの感心した風な声が耳に届いた。

 確かにそれらの木は目に見えるほどの、ありえない速さでぐんぐん成長していた。

 みるみるまに伸びていく木の高さを追って空を仰ぐと、伸びて広がっていく木の幹から、今度は緑の葉が飛び出すように生えてきた。


「…………」


 あっけにとられて呆けて上を見ているしかなかったけれど、今度は肌に違和感を感じて、下を見る。


「っ……」


 砂から草が生えている。

 雑草と呼べるような見わけもつかないものはもとより、少し周囲を見回せば色とりどりの花も。

 ついにはつる植物まで伸びだして、瞬きする間にすでに生えていた木に巻き付いて赤い実をつけだした。


「あらあらまぁまぁ」

 

 驚きすぎて声も出ないシェイラの耳に、クリスティーネの呑気な声が届いた。


「んんんー?……こりゃあもう樹海だなぁ」


 呟いたジークの台詞に、シェイラは無意識にうなずいた。

 その間にもぼこぼこと木が生えて、草が生えて、花が生えてくる。

 なんだかもう現実味さえ薄れてきた。 


(……空が見えない)


 上を仰ぐと、地上からのびた木々がつけた葉が、もうびっしりと隙間ないほどに生い茂っていた。

 以前のロワイスの森はほどよく日の当たる、森としては比較的浅い場だった。

 なのに今は日差しなんて差し入らず薄暗い。

 どこも同じ景色で右も左も分からない。

 太陽がみえないから方角を知ることも、大体の時間さえもわからない。

 竜がいるから空から位置を確認してもらえれば帰れるけれど、人間だけだったら絶対に迷子になってしまい不安でシェイラは泣いていただろう。


「…………」


 くるくるとせわしなく周囲を見回していたシェイラも、しばらくしてなんとか状況を飲み込んだ。

 三匹の竜たちを振り向いて、おそるおそる口を開く。


「あの……少しやり過ぎでは」


 元の森より数倍は緑が多い。

 どの木の幹もあり得ないほど太く、あきらかに元の状態より何十年分も育っている。

 シェイラの言葉に、ジークは苦笑いで頭をかく仕草をする。

 

「うーん……。ココの力って本当に凄いな。思った以上に育ってしまった」

「……ココが?」

「俺もクリスも程度くらい弁えて術使ってるよ」

「えぇ、ココの力も制御しつつしようとしたのですが、不可能でした。他の子竜たちの制御と同じでは間に合いませんでしたわ」

「……では、この樹海はやはりココの力のせいで」

  

 三匹もの竜が合わさったからこれほどの大事になったのではと言う希望はあっさりと消えた。


「そのようですわ」

「だねぇ。まぁ俺たちの力も合わさってるから複合的な術にはなってるけれど。でも陽の気がありえないほど大きく充満している。だからまったく日差しも入らないほどに葉が生い茂ってしまって薄暗いくらいなのに、結構暖かいだろう?」

「あ…」


 言われてみれば、確かにぽかぽかと暖かい。

 春の日差しの下で日向ぼっこをしているかのような、優しく心地の良い暖かさが周囲に満ちている。


「むー……」


 ココの小さな唸り声に、シェイラは地面を見下ろした。

 いつの間にか地面にお尻をついてしまっている。


「ココ、大丈夫?」

「ねーむーいー……」


 目を何度か瞬かせたあとに瞼を降ろしたかと思えば、ココの身体はどんどん小さくなっていって竜の姿に戻ってしまった。


「ココ?!」


 こてんと体が転がった小さな赤い竜の身を、駆け寄ったシェイラは慌てて両手で抱きとめる。


「………?寝てる?」


 みてみると、ココはすやすやと心地よさそうに寝息をたてていた。 


「力を使い果たして、人の姿を保てなくなったのでしょう。眠っているだけのようなら大丈夫ですわ」

「そういえば前回も同じように眠ってしまいました」


 ココが眠って、やっと周囲の植物の成長が止まった。


「火竜の力を取り込める、日当たりのいい場所で昼寝させとけば大丈夫。火竜は陽からはもちろん火からも力を得られるんだから、結構万能なんだよねー。クリスなんて水気のない砂漠になんて行ったら直ぐに蒸発して絶対死ぬよ」

「そんな場所に行く予定はございませんから」

「えぇ?楽しいよ、砂漠」

「砂粒に喜ぶのなんて木竜くらいでしょう」


 のんびりと言い合いをしているクリスティーネとジークの様子から、慌てる自体ではないらしい。

 シェイラは安堵の息を吐いて、ココを抱き上げると立ち上がった。

 その時、ジークがとんと背中を叩いてきた。シェイラは振り向いて背の高い彼を見上げた。

 見上げたシェイラの視線の先、彼の口元にえくぼが浮かぶ。

 肩から落ちた金色の髪がさらりと揺れ、かすかにやさしい香りが鼻をくすぐったった。

 香水ではない。今いる深い森の中と同じ香り。

 いつも花や木の傍にいるからこそ染みついた、草と花と土の混じった香りはとても落ち着いた。


「荒廃した森に緑を戻すっていう目的は達成させたし、これだけ陽の気に満ちていたら太陽の光が入らなくても動物たちも戻ってくるだろうから問題ないだろう」

「そう…ですね……」


 彼の優しくゆっくり、諭すような言葉は、やけに説得力があった。

 植物に寄り添う木竜のいう事だから、余計に森はもう大丈夫だと信じられる。


「少しやりすぎた感はありますが。でもたしかに森は再生されました」

「うんうん。それよりもう森を出て宿の日当たりのよい窓辺にでもココの寝床を作ってやった方が良いんじゃないか?起きたら頑張ったってほめてやって」

「そうですね。たくさん褒めたいと思います。宿に帰りましょう」

「だね。馬車はー…通れる幅がないから馬だけ連れて行こうか。ちょっと長いけど歩ける?」

「はい」


* * * *



「まぁまぁ、どうされました?」


 宿に帰ると、眠ったココを見るなり宿の主人が目を丸めて驚いた。

 クリスティーネもジークも人型なので、竜の姿を間近で見たのが初めてなのだろう。

 竜の姿のココをまじまじと凝視して、それから感心したふうに「まぁまぁまぁ」と彼女はつぶやいた。

 周囲に何人かいる客らしき人や、宿の従業員であろう人も、赤い鱗をまとった小さな竜に見入っているのが分かった。

 シェイラはココを抱いたまま笑顔をつくった。 


「少し疲れたみたい。明日出発することにするので、休ませてもらっても宜しいでしょうか」

「えぇ、えぇ。もちろんですとも。お部屋はきれいにベッドメイクも済ませておりますから、ごゆるりとどうぞ」

「ありがとう」


 部屋への階段を上がりながら、シェイラは小さく溜息をはく。


「……ごめんなさい」

「シェイラ?」


 数段先をいっていたクリスティーネとジークが、足を止めて怪訝そうに振り向いた。


「興味津々といった目で注目されるのは、気持ちの良いことではなかったのですね。私、ココと一緒に外へ出るようになってこういう経験をしてから、やっと気が付いて……自分もあんなに無遠慮のな目を皆様に向けていたのかと思うと恥ずかしくって……申し訳ありません」


 珍しいものがあれば注目してしまうのは人間としてどうしようもないことだった。

 でもだからと言って遠慮なしに観察して、逐一の行動を話のタネにされるなんて心地が悪い。

 竜たちが人とかかわることをあまり好まないのも、竜というだけで興味本位で近づいてくるやからが鬱陶しいというのもあったのかもしれない。

 昨夜からずっと心に引っかかっていたものを、このさい取ってしまいたくて、シェイラはクリスティーネとジークに謝った。帰ったらソウマにも謝ろうと、心に留めて。

 

「……シェイラは違うだろう?俺は別に不快なんてなかったし」

「違いません。むしろ人よりよっぽど……」

「シェイラのは、純粋な好意ですもの」


 クリスティーネが口を開いた。

 いつものおっとりとした口調よりかは、幾分はっきりとした声音だった。


「…………?」

「珍しいからとじろじろ観察するようなものとも。大げさに崇めたてて褒めたてるようなのとも違いますしょう?私と会うたびに嬉しそうにきらきら目を輝かせられて、好き好き好きって誰が見ても分かる幸せそうな顔されて寄ってこられて、それで嫌だなんて思うはずあるはずがありませんわ」

「クリスティーネ様……」

「……ジンジャーも、出会ったころに貴方と同じような目でこちらを見てきました。だから契約をいたしましたの」

「あー、クリスやソウマがほだされたのってそういう事があったからか」

「っ。煩いわ。ジークは黙っていてくださるかしら」

「……なんか俺には冷たくない?」

「ふん」


(ふんって……)


 ジークに向かってそっぽを向くクリスティーネは、シェイラに対する時よりも子供っぽくみえた。

 シェイラ相手には絶対ふんっなんて言ってはくれない。

 次期木竜長というジークは、他種の竜であるクリスティーネであっても甘えられるような大きな存在なのだろうと、まだ出会って間もないシェイラでももう分かる。

 それくらい、彼の懐が大きく深く、そして傍に居ると心地よくて心が軽くなる。


「よかった……」

 

 少なくとも今前にいる竜たちを不快にしていなったことに安堵した。

 クリスティーネの少し幼い仕草も、なんだか可愛いかった。



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