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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第二章

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もう一つの卵①

 アウラットとの話を終えた後に、クリスティーネと彼女の契約者であるジンジャーにも承諾をもらった。

 あとは近く到着するらしい木竜ジークの返事を聞くだけだから、今シェイラのしなければならないことは特にない。





 ……その日、ジンジャーとの授業もなくて手持ちぶさたになったシェイラは、久しぶりにお菓子作りをすることにした。


 小麦粉を振るい始めたのは、昼時も終わって、夕食の準備をするには少し早い時間。

 いくつかあるうちのシェイラの部屋から一番近いその厨房には、人気はずいぶん少なかった。

 場所がらもあってたまにお茶を入れるために侍女が出入りするくらいだ。

 仕事の邪魔にならないようにとこの時間を見計らったのも正解だった。

 シェイラは薪オーブンの前に屈み、火掻き棒で燃え尽きた灰を掻きだしていた。

 パチリ、パチリと薪火が跳ねる音が心地よく。香ばしく甘いバターと砂糖の香りが広がっていた。

 頬を焼く火の熱さに額に少しの汗をにじませつつも新しい薪を差し入れて、下の段の小さな小窓を覗き込む。


「うん、いい感じ」


 うっすらと色を付け始めた生地の様子に満足して、少し口元を緩ませる。

 それからふと周囲を見回して首をかしげた。 


「焼きたての方がおいしいのに。ココったらどこへ行ったのかしら」


 シェイラが今作っているのはクッキーで、薄いから焼き時間はそんなにかからない。

 できれば一番美味しい作り立てを食べて欲しい。


「ここにいるぞ。いい香りだな。うまそー」

「うまそおー」

「ココ、ソウマ様っ…」


 不意にかけられた声に振り向くと、ソウマと彼に肩車をしてもらっているココが、外から厨房の窓を開けて覗き込んでいた。

 シェイラは立ち上がって歩きより、半開きだった窓を全開にする。


「しぇーら、何つくってるの?おやつ?」

「えぇ。今日のおやつよ。プレーンとチョコチップ。チョコ好きでしょう」

「すげー良い匂い。俺のもある?」

「もちろんです。あとで持っていこうと思っていました」

「やった」


 本当に嬉しそうに破顔するソウマに、シェイラも嬉しくなって頬を緩ませた。


「遊んでいただいていたのですか?連れて来て下さって有難うございます」

「いや。侍女のお嬢さんたちに囲まれてきゃっきゃしてたのを拾ってきただけ。アウラットからの伝言伝えに来るついでにな」

「きゃっきゃ……。ココ、お仕事の邪魔をしてはだめよ?」

「してないよー」

「そう…?えっと…それで、伝言ですか?」

「今朝到着した木竜のジークに承諾がとれたって。明日の昼ごろ出発」

「本当に?よかった…」

「俺も行きたかったんだけどなー。今、ちょっと忙しくて」

「もしかして春節祭の準備ですか?」

「そう。春の精霊って生真面目だから、適当だと怒るんだよ。きちんと順序通りにしろーって」

「春の精霊……」


 春の精霊を呼ぶための催しと言っても、実際にその存在を信じているものなんて幾らもいない。

 目に見えない精霊と呼ばれる不確かなものよりも、圧倒的な存在力のある竜に憧れる方が現実的だからだ。

 人からすれば御伽話のような存在。

 でもソウマの話ぶりだと、竜は当たり前のように精霊と言う存在を受け入れているようだった。


「あと竜の里への定期報告書とかつくる時期ともかぶってるんだ。まぁクリスとジークが一緒なら心配ないだろうし、大人しく留守番しとくわ」

「報告、書……?」


 ソウマが机仕事をしている姿がなんだか思い描けなくて、思わずシェイラは視線をさまよわせた。

 アウラットの政務を手伝ったりしているという話は聞くけれど、実際に一度も見たこともない。

 それにソウマには明るい太陽の下にいるイメージを勝手に持ってしまっていた。

 真面目に机に向かっている彼は一体どんな顔をしているのか。一度見に行かせてもらえないだろうかと思いながらも、浮かんだ疑問を口にする。


「書類が必要だと言う事は……も、もしかして、竜の里には普通に家とかも存在しているのでしょうか」

 

 ソウマは大きく吹き出して、喉の奥でくくっと笑う。


「シェイラ、岩山に開いた洞窟に巣でも作っていると思ってたくちだろう」

「えぇっと…、はい。すみません」

 

 その通りなので、素直にうなずいた。

 国で一番早く太陽の昇る、東の最果ての谷奥にあると言う火竜の里。

 周囲は険しい岩山がいくつも連なっていて、実際にそこまで行くのは大変なことだから足を踏み入れたことのある者はひどく少ない。

 よって、不確かな伝承やおとぎ話のような話も多くあって、しかもそちらの方が話としては面白いものだから、実際に専門書で勉強をした者くらいしか真実は知らなかった。

 

 「ジンジャー様とのお勉強ではそれぞれの竜の体質や力の性質がまだ中心で。どんな暮らしをしているのかまでは全然知らないんです。正直、岩と谷しかない荒れた場所だと思っていました」


 たぶんに漏れず、シェイラも人里離れた岩山の上空を、大きな体躯の竜たちが翼をひろげて飛び交っているところを想像していた。

 きっと夜は岩山に開いた横穴の奥で身を丸めて眠って生活しているのだろうと勝手に思っていた。

 

 なのに書類とか、報告とか、そんな文化的なことやっているなんて。と、思わずつぶやいてしまったシェイラに、ソウマは肩からココをおろしながら話してくれる。


「一般的に知られている竜の暮らしは、ほんとに大昔の頃の話。もちろん年寄とかになると洞穴とかに住んで昔ながらの生活してるのもいるし、生まれたばっかの小さくて力の不安定なうちは纏めてそういうところで育てたりするんだけど。でも大体の竜は小さな村つくって人間と変わらない暮らしをしているよ。シェイラの祖母さんと一緒」

「そうなんですね」

 

(お祖母様と同じだと言われると、なんとなく分かるわ)


 実際に会って話した竜である祖母が、確かに普通に人間と変わらない暮らしをしていたのだから、おぼろげながら想像もしやすかった。


「それにネイファでは保護されてるって言っても、他国では鱗や牙なんかは高く売れるから、国境超えて密猟しにくる奴らもいてな。ぱっと見でも人間の村っぽい方が何かと都合もいいんだ。報告書っていうのは、まあ近況報告みたいな?里から巣立ったガキどもがどこで何してるか、生きてるか死んでいるかのことくらい教えておけーって親とか長とかが煩くて。まぁ面倒くさがって報告なんてしない奴も多いけど」

「………」

「ん?」


 ソウマの話を聞くシェイラの目はきらきらと輝いていた。

 竜を知れることが、嬉しくてたまらないと表情が語っている。

 それに気づいたらしいソウマは、きょとんとして何度か赤い目を瞬きさせたあと、優しい笑いを浮かべ、窓枠を挟んだシェイラの頭へと手を伸ばす。

 料理をするからと後ろで一つにまとめていただけの白銀の色の髪を、大きな手の平が少し乱雑に撫でた。

 この大きな手で撫でられると、シェイラはいつもほっとする。

 そして同時に、きゅっと切ない気持ちにもさせられてしまう。


「白竜なんだし、シェイラが行けば大喜びだろうな」

「……海に加えて、ぜひ」


 セブランに行くときに、今度は一緒に海に行こうと約束をした。

 シェイラが望めば、世界のどこにでも連れて行ってくれるとも言ってくれた。

 行きたい場所がまた増えて、シェイラはソウマと顔を見合わせて微笑みあう。 


 

「ねー、しぇーらー…」


 ふいに引かれたスカートと、焦れたような声に下を向くと、ココが唇を突き出していた。

 いつの間にか勝手口を回って厨房まで入ってきていたらしい。

 ココの純粋な赤い瞳と目と目が合って、シェイラははっと我に返る。


(っ……)


 ソウマに頭をなでられている自分の姿をココに見られることが、なんだか急に恥ずかしくなったのだ。

 今までに何度もあったことなのに、なぜ今回に限って恥ずかしいのか。

 自分で自分が理解できないままで、シェイラは慌てて一歩下がりソウマの手から逃れてしまう。

 それから膝を折り、ココと目線を合わせた。


「な、なあに?」

「くっきーまだ?おなかすいたぁ」

「……あ」


 慌ててオーブンの元に身をひるがえして、小窓から覗き込む。

 エプロンのポケットに入れていたオーブンミトンを両手にはめて、オーブンを開いた。

 熱い熱気とともに、今までとはくらべものにならない香ばしい香りが途端に広がると、隣でココが歓声を上げた。

 ミトンをはめていても熱い鉄板や、まだ薪が燃えているオーブンは火竜には何の意味もなさない。

 火傷を心配する必要もないから、シェイラは近くにいるココを引き離すことはせずにそのまま鉄板を引き出して、ココに並んだクッキーを見せた。

 

「少し焼すぎではあるけれど…セーフ…かな…?」


 生地はたくさん用意していて、まだ何回か焼かなければならない。

 その分はきちんと丁度良く焼くように気をつけよう。


「たべていーい?」


 答えを聞く前にもうココは鉄板の上に載っているクッキーをつまんでいる。 

 どうにも待てないその様子に笑いを漏らしたシェイラは、立ち上がると鉄板を作業台に置き、ソウマを振り向く。


「次の分をオーブンに入れる前にお茶にしましょうか。ソウマ様、やはりお忙しいですか?ご一緒にお茶をする時間ありますか?」

「もちろん」


 にっと歯を見せて笑ったソウマの笑顔に、心が温かくなった。

 待っていられなくてクッキーを美味しそうに頬張るココがどうしようもなく可愛いと思う。

 やっぱりこの場所が、この王城が自分のいるべき場所なのだと。

 いつかユーラも分かってくれるだろうか。

 



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