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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第二章

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新しい季節の訪れに④

 王城へと向かう馬車に揺られながら、シェイラは溜息を吐く。

 きっとわかってくれる。…そう信じてはいるけれど、やはり憂鬱だった。

  ユーラはシェイラが言うことは大人しく聞いてくれることが多かった。

 だからお互いに譲り合えない状況になることもなく、喧嘩なんてしたことがなかった。こういう事態は初めてだ。

 大切な家族を泣かせてしまう日が来るなんて想像さえしなかった。

 


(でも、今考えても仕方がないのよね)


 しばらく間を開けてからでないと、きっと話し合いにもならない。


「しぇーら、しぇーら!」


 鬱々とした気分でいたシェイラを、明るい子どもの声が引きあげる。

 顔を上げてみてみると、正面の席に座ったココがふっくらとした頬を緩めて、こてんっと可愛く小首を傾げ、澄んだ赤色の瞳で見上げてきていた。

 

「っ…なぁに?」


 幼い子のこういう仕種と舌ったらずな口調は、本当に最強だと思う。

 可愛くて、愛おしくて、見つめられるだけで何だか幸せ気分になってしまう。

 シェイラは現金だと思いつつも落ちこんでいた気分をいったん横へと置いた。

 それからココと同じように頬を緩めて首をかしげると、ココは大きく瞬きをさせて、背中の翼を一度動かした。


「あのっ、ね?きょうもれんしゅーある?」

「練習?あぁ、術のね。うーん……ココ、練習したい?」

「………」


 赤い瞳の上にちょこんとある眉が、困った風に八の字に形をかえる。


(乗り気でないみたい。それにあまり根をつめても……)


 機嫌はとっくに直ったものの、今日練習すればまた出来ないことにいら立って不機嫌に逆戻りしてしまうことは分かりきっている。

 そもそも祭りに一緒に行きたいと言うシェイラの我儘のために練習しているのであって、待っていればそのうち勝手に覚えるはずだった。

 成竜になっても出来ないなんてことはそうそう無いのだから。

 

(お祭りを、諦める?町へでての出店を楽しむことは出来ないけれど、王城からなら竜たちの飛ぶ姿は見られるから、それで良いかも)


 そこまで考えて、シェイラはふとあることを思いついてココを見た。 


「――――ねぇ、ココ。今日は練習もお勉強もしないわ。私と遊びましょう?」

「ほんと?!」

「えぇ。でもね、ひとつ提案があるの」

「てい、あん?」


 首をかしげて見上げてくる縦に瞳孔の入った赤い瞳は、好奇心からかきらきらと輝いて見えた。


「ココの協力が必要なの」


 少し前から、考えていたことがある。

 実行に移してみるのはどうだろう。   




* * * *




「ロワイスの森に?」

「はい」


 王城に戻ったあと、シェイラは城の侍女長を通じてアウラットに面会の申し出を願い出た。

 手の開く時を調べてもらって許可を得た後、指定された時間までココと遊びつつ時を待つ。

 頃合いに彼の元へ出向き、今は通された部屋でテーブルを挟んで彼と対峙していた。

 出して貰ったティーカップに手を添えつつ、アウラットへの頼みごとを口にした。


「その…。秋にココが焼き尽くしてしまったままなのですよね?ずっと気になっていて…どうにか出来ないかと調べてみたら水竜と木竜と、それに火竜の術の複合術で元の状態に戻せるみたいなんです。もう森の雪も溶けたでしょうし行かせてはいただけないでしょうか」


 ココが力を暴走させて一面を真っ黒の消し炭状態にしてしまった、元々は緑豊かな美しい森。

 何の責任も取る必要はないと諭されても、事実やったのはシェイラが保護者になっているココで、心の隅にある罪悪感はずっと消えていなかった。

 

 冬の間にジンジャーの部屋の書物で調べてみたところ、竜の術で元のように戻せるということが分かった。 


 小さな花壇ひとつの花を咲かすくらいなら単独で出来るようだ。

 けれど今回の場合のように広い空間を一面緑にするには、多種の竜による複合的な術が必要になる。

 清らかな水を操る水竜と、土やそこから生まれる木や花などの力を司る木竜、太陽の陽の力を操る火竜の力を合わせるのだ。

 しかもこの場合、火竜の術は小さな子―――今のココにでも出来るような簡単なもののようだった。


「これが成功すれば人化の術が上手くいかなくて苛立つことの多いココの自信にもつながるのではないかと思いまして」


 術の練習をさせすぎて、嫌気がさしてしまうのが心配だった。

 出来ない事を出来るようにするのはしばらくやめにして、出来ることをさせて自信を付けさせたら、術への嫌な感情も払しょくできるのではないかと思った。

 ティーカップを置いて、膝の上に座っているココの赤い頭を撫で、シェイラはアウラットを懇願するような表情で見つめる。


「それで、またロワイスの森に立ち入る許可をいただければとお伺いしたのですが…宜しいでしょうか」

「…なるほどね」


 シェイラの話を聞いたアウラットは、頷いてから考えるそぶりをしていた。

 しばらく黙ってそうしてから、彼は口を開く。


「シェイラが頼めばクリスティーネも聞いてくれそうだから、まぁ水竜術は問題ないとして。木竜は?当てはあるのか?」

「……いえ、まだ……」

「だろうな。地方ではいくらか聞くけれど、王城に木竜の竜使いは存在しないしなぁ」

「四種の竜の中で、人と契約をした数が一番少ないのが木竜なのですよね」

「あぁ。木竜の性質は寡黙で冷静。静かな場所での孤を好む。 わざわざ人間と関わろうとする好奇心をみせることはめったにないようだ」


 反対に好奇心旺盛な火竜が、人と契約をする竜としては一番多い種らしい。

 城にもココやソウマ以外にも火竜は何匹かいると聞く。

 いまのところシェイラが彼らと関わる機会は無かったけれど、もし許されるのならば会ってみたいと常々考えてはいる。


 アウラットの指摘どおり、人の頼みを聞いてくれるような木竜には、もちろん心当たりは無い。

  

 ロワイスの森をよみがえらせるためには、木竜が居なければならないのに。

 

「これからソウマ様に、木竜のお知り合いがいないかお聞きしようと思っています」


 種は違っても同じ竜。

 一匹や二匹、知り合いの木竜がいるのではないだろうか。

 そう言ったシェイラの言葉に、何故か気分を害したらしいアウラットは眉間にしわを寄せた。


「別にソウマでなくても……」

「え?」

「目の前に私がいるのだから頼ればよいだろう?私が困っている竜の頼みを聞かないわけがない!そうだろうっ?いやそうなんだ!」


 アウラットが自らの手を胸の前で握りこんで力説する姿に、シェイラは反応に困って苦笑いを浮かべる。


「えっ…と、アウラット殿下?」

「シェイラ、春節祭に四種の竜が共演する催しがあることは知っているな?」

「え、えぇ……もちろんです」

「火竜はソウマ、水竜はクリスティーネ、風竜は騎士にいる風竜の竜使いの契約竜が出てくれることになっている。しかし木竜の契約者は王城に常駐している者の中には居ない。だから、春節祭のために1匹来てもらえないかと。木竜の里に頼んでいたのだ。去年も一昨年もそうだったし、今年も快く受け入れてくれた。その彼が明日には到着するから、一緒にロワイスの森に行くと良い」

「でも、祭りのためにわざわざ出向いて下さるお客様にそんな図々しいこと…」


 アウラットの政務の手伝いをしているソウマも、祭りの準備で普段より忙しそうなのだ。

 わざわざ里から出向いてくれる竜は完全に客の立場なのでそうそう労働要因にはならないだろうが、それでも春の精を呼ぶのにそれなりの準備が必要だとは聞いていた。

 

「いやいや。むしろ喜んで同行してくれるだろう。なにせ彼は、シェイラを見るためにここに来るのだろうから」

「私、を?」

「今年来る木竜は、次期の木竜の長になる竜らしい。そんな重役をよこすのだから、目的は当然君だろう」


 シェイラの心臓が小さく跳ねた。


「…白竜の血、ですか」


 数か月前、白竜の存在が発覚したことは、それぞれの竜の里に迅速に伝えられていた。

 でも目に見えるような大きな反応を示した里は特になかった。

 ついに動きがあったのか、と思うと自然と身が固くなってしまう。

 緊張したシェイラの様子に、アウラットは優しく苦笑した。


「心配しなくてもいい。基本的には白竜は竜たちに敬愛される存在だから、大きな反抗心を持っているわけではないだろう。それでも遙か昔に絶滅したと思われていた実在の白竜を知る者はいないから、実際にどうなのか、と気にしているのだろうな」

「お祖母様ならまだしも、私を見てもどうにもならないのでは?」


 祖母のレイヴェルは純血で、白竜の力も自在に操ることができる。

 まだ竜として目覚めてもいないシェイラより余程気に掛けるべき存在なのではないか。


 「いいや。今まで何一つ存在をしられていなかったのだから、レイヴェル殿はおそらく100年以上前から神殿を守り続けているのだろう。いまさら何かの思惑をもって動くとは考えられない。何かあるとすればシェイラ、君のほうだろう?」

「っ……」

「君はこれからを生きていく。どういう道を辿るのかを、他種の竜たちは知りたいんだよ。全ての竜の導き手であり、始祖竜と言う強大な存在を守り育てる君が何を考え、どうしていくのかを。君が指し示す竜の未来がどうなるのかを」

「…私はただ、竜たちとともに在りたいだけです」


 大きな野望も、素晴らしい志もない。

 自分が聖獣である竜を導くことができるほどだとはとても思えない。

 ただ大好きな竜たちと一緒に、彼らの側にいたいだけだ。

  

「ココが始祖竜の大きな力で悪いことをしそうなら、もちろんきちんと叱って止めます。正しい心根を持った成竜になってくれるように。でもすべての竜たちを導く…というのは、大きな話しすぎて考えが追いつかないんです」

「だったら彼らにそう言えばいい。君が何を考えているのか、彼らは直接見て己の目で判断したいのだろう」

「……」


 椅子の肘かけに頬づえをついて、アウラットはシェイラを眺めていた。

 まったく読めない微笑みを浮かべて。 

 それが単純に楽しんでの笑みなのか、それとも違う意味を持つのかは、シェイラには分からない。


「明日にでも来るだろう次期木竜の長、ジークと言う竜なのだが…彼にロワイスの森に同行してくれるように頼もう。向こうも君とじっくり対面できる機会を逃すはずはないだろうから、断られることはないはずだ」

「…はい。宜しくお願いします」



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