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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第二章

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新しい季節の訪れに②

 一家は揃っての食事を終え、いつものように居間に集まり和んでいた。

 子どもの頃から馴染んだ家の味は、ついつい食も進み食べ過ぎてしまう。

 お腹は苦しいけれど心は満足だ。

 しかし気になることが一つあって、くつろぐには些か居心地が悪かった。


 シェイラの隣でソファに腰かけているユーラがずっと、思いっきり頬を膨らませているのだ。


  

「ユーラ。……どうしたの?」


 不思議に思って顔を覗き込んでみると、ユーラは不機嫌そうに口元を突き出した。


「ユーラ?」

「お姉さまったら、薄情なのね」

「え?」


 じっととした細めた目で、睨みつけられてしまった。


「前回うちに帰って来たのは、お祖母のもとから帰ってきた報告の1度だけ。今日はお父様に呼ばれたから。いつでも帰って来てねって、待ってるわって、私は何度もお手紙したのに!」

「う……。でも、ユーラが訪ねてきてくれたからそれほど間があいているわけでは…」

「そうよ、私が定期的に訪ねて行かなければ会えないくらい、お姉様は家族のことを思い出してくれない。それくらい竜に夢中なのよ!薄情だわ!」


 そっぽを向いた末の妹に、家族みんなから小さな笑いが漏れた。

 本気で怒っているのではなく、拗ねているのだと分かるから、幼い仕草が微笑ましいのだ。

 シェイラも自分が不在であることを寂しがってもらえるのは嬉しかった。


「ユーラ」


 シェイラが妹の名前を呼ぶと、頬をふくらませたままだけれど視線を戻してくれた。 

  

「家族だってとても大切よ。今日はゆっくり会えて嬉しいわ」

「……本当?」

「えぇ、もちろん」


 笑顔を浮かべて大きく頷く。


(うーん……)


 心を込めて頷いてみたけれど、少しだけある後ろめたい気持ちに胸が疼いた。


 シェイラが家族から少し距離を置いているのは、本当だからだ。 

 

 竜とともに生きると決めて数ヶ月。

 今のところ自覚はまったくないけれど、白竜の血は徐々にシェイラの身体を作り変えて行っているはずだ。

 何ヶ月も同じ屋根の下で眠るくらい近くの距離に居なければ、身体の変化はないと聞いていたものの、それでも既に人間としての生き方を決めている母を竜の側に引き寄せることはしたくは無い。

 しかもユーラもシェイラと同じ子供から大人へと変わる成長期であるのだから、通常より影響されやすい状況のはず。


(せめて私の中の白竜の血が変化して落ち着くまで、少し距離を開けようと思ったのだけど)


 シェイラ的には、あくまでさりげなく、少しだけ会う間隔を減らしただけだった。

 でもユーラには”少しだけ”ではなかったらしい。


 それでも家族を大切にしていると言う想いは本当だから。

 シェイラは本心からの心を込めてユーラを見つめた。

 しばらく対峙するようにお互いの顔を凝視する時間が続いたあと、ユーラは小さく息を吐いて頬の膨らみをしぼませた。


「……まぁ、いいわ。でも今日はたくさんお喋りしましょう?お姉さまと一緒に寝ても良いかしら?」

「もちろんよ」 


 姉妹がお互いに納得し合うと、機を見ていたらしいグレイスが軽く手を上げて口を開いた。


「少し良いだろうか。皆に話があるんだ」



 事前に聞いていた通りに家族にグレイスはストヴェールへ帰ることの報告をした。

 みんな数年でストヴェールへ帰ることは、ここへ引っ越す前から知らされていたことなので驚きはしない。

 そして当然だけれど、シェイラは首都に…王城に残るつもりだ。

 両親は承知してくれているようでシェイラが口に出す前に先に話題を振ってくれた。


「シェイラはここに残るのでしょう?」

「えぇ。そのつもりです」

「時々この館の様子を見に来てくれ。管理をしてくれる者たちももちろん残していくから、そう頻繁でなくて構わないが」

「分かりました。お手紙に屋敷のことも書くようにしますね」

「お手紙はたくさん頂戴ね」

「もちろんです。お母様からのお手紙も待ってます」

 

 両親とそんな会話をするシェイラに、次兄のジェイクも頷いて励ましてくれた。


「寂しいけれど、でも仕方ないか。身体には気を付けるんだよ」

「ありがとうございます。お兄様もお元気で」

「何かの助けが必要になればすぐに知らせなよ」

「はいっ」

  

 家族と接しているとやっぱりなかなか会うことの出来ないような距離を離れるのは寂しいと思う。

 でも、シェイラにはもう決めた道があるから。


(せめて心配かけないようにきちんと笑顔で見送ろう)


 そう一人でこっそり決意したとき。シェイラのすぐ隣に座るユーラから、静かな呟きが聞こえた。


「…何、言ってるの?」


 耳に届いた台詞に、その声の主であるユーラの方を向くと、彼女は目を皿のように丸めて呆然とした表情をしてこちらを凝視していた。

 ついさっきまで彼女が浮かべていた笑いはもう消えている

 シェイラは妹の様子のおかしさに、胸騒ぎを覚えながら声をかけた。 


「…ユーラ?」


 ユーラは泣き笑いのような、引きつった顔で家族を見渡した。


「み、みんなして……、何を言っているの?まるでシェイラお姉様がストヴェールへ帰らないようなことを」

「っ……」


 シェイラを含む、家族全員の眉がわずかに眉間に寄せられる。

 父と母は当たり前だけれど、次兄のジェイクもシェイラが王城に残ることを当然として受け入れていた。

 言葉には出さずとも、シェイラがもう竜から離れられないことはジェイクも感じていたのだろう。


 でもユーラのこの反応からして、彼女だけはそうではなかった。


 シェイラが王城に居るのは一時のこと。

 シェイラも一緒に、家族全員でストヴェールに帰るつもりでいる。 

 ユーラがそう思うのは当然のことで、両親と兄が既に理解してくれているからと妹への説明まで省いてしまったことを、後悔した。


(私の、ことだもの。私が説明しないと)


 シェイラはユーラの方にしっかりと向き直って姿勢を正すと、自分と同じ薄青色の瞳を見つめて口を開く。


「ユーラ、私はココの親なのよ。だから王城から離れるつもりはないわ。ジンジャー様とのお勉強も中途半端にしたくはないし。もう…ストヴェールには帰らないと思うの」

 

 一言一言、きちんと真剣みが伝わるように区切って話した。

 ユーラはシェイラの言葉を、呆然とした様子で口を薄く開けたまま聞いていた。


「もう…ストヴェールに、帰らない…?」

「えぇ」

「ず、ずっと…?」

「そうよ」

「どうして?」

「竜が好きなの。竜たちの側で生きていきたいの」


 まるで幼い子供に言い聞かせるかのように優しい声音で、一つ一つユーラの問いに答えていく。

 でも答えれば答えるほどに、ユーラの表情が強張っていってしまって、シェイラは焦りを覚えた。


「つっ……」


 ユーラの喉が上下して、息をのんだのが分かった。

 彼女はきゅっと唇を引き締めてから、顔を隠すように下を向いてしまう。

 白銀の髪の間からのぞく瞼が、わなわなと震えているのが見えた。


「ユーラ…」  


 シェイラはもう一度そっと声をかけようとした。

 でもそれよりも早く、ユーラがソファから勢いよく立ち上がる。

 そして彼女は思いっきり叫んだ。


「い、嫌よっ。いや!ぜーったいに、やだ!!家族なのに!」


 ストヴェール子爵家の屋敷に、悲鳴にも似た声が響いた。

 部屋の隅で給仕をしていた若い新人の侍女が、驚いて茶器を落としそうになっている。

 割ってしまわないかとはらはらする余裕もなく、仁王立ちしている妹のユーラを、ソファに腰かけたままでいるシェイラは呆然と見上げた。


 両方の手を硬く握りしめたユーラの手は小刻みに震えている。

 顔は真っ赤で、薄青色の目には今にも零れそうな涙がたまっていた。


(こんな癇癪を起こすのは久しぶりね……)


 感情の起伏な豊かなユーラだけど、それでも分別はきちんとつく子だから、拗ねても頬を膨らませるのがせいぜいだった。

 

「ユーラ……」

「今だってお姉さまがいなくて寂しいのにっ!それでもお姉さまがやりたい事だからって応援していたわ!っ、……でもっ!」


 息をついたあと、叫ぶようだった声は小さく震えたものに変わる。


「でも…ストヴェールと王城だなんて、遠すぎるでしょう?絶対、絶対いやよっ…。どうして帰って来てくれないの?家が嫌なの?わ、私の……」


 大きな薄青の瞳に溜まっていた涙が一粒ほろりと落ちた。


「私のこと、嫌いになっちゃった……?」


 そう言葉にするなり、ユーラの顔はくしゃりと歪んで、耐えきれなくなったように次から次へと目から涙が落ちた。

 頬を濡らす涙をぬぐうことさえもせずに、ただほろほろと涙を落として、家族を睨んでいた。

 全身で「どうして」と訴えている。

 どうして誰も反対しないのか。

 どうして家族が離れ離れになることを当然として受け入れるのか。

 驚いて固まっていたシェイラはやっと我に返って、慌てて立ち上がり、両手を伸ばしてユーラの体を抱きしめた。


「つっ……。や、なの……いっ、一緒に、居てほしいの…」


 我慢できずに泣きじゃくり始めたユーラの背を何度も撫でる。

 手をあてた背中から伝わる小柄な身体は震えていて、シェイラは罪悪感できゅっと胸が痛くなった。


(どうしよう……)


 たとえ家族がストヴェールに帰ろうと、王城に残るのは当然だと思っていた。

 両親もジェイクも承知している様子だから、反対されるなんて考えもしなかった。


(まさかユーラにこんなに反応されるだなんて)


 正直、こんなに懐いて好いてくれているとは分かっていなかった。

 溌剌(はつらつ)とした性格のユーラは友人も多く、いつだって人に囲まれているから、シェイラ一人がいなくなってもそれほど寂しい思いをするとは考えていなかった。

 

「ね、ねぇ?帰らないと言うのではないわ。ストヴェールにも出来るだけ行くようにするし」

「っ…。一緒に暮らすのとは、ぜっ、全然…違うじゃない……。前みたいに、毎日おかえりなさいって、言って、よ……」

「ユーラ……」


 竜と共に生きることを選んだ以上、もう家族と暮らすことは出来ない。

 長期間一緒にいれば竜の血をもつ兄妹たちや母に、なんらかの影響が必ず及んでしまう。

 白竜の血については父と母と話し合った結果、必要がない限りは黙っておこうと言うことになっていた。

 4分の1しか血の混ざっていない兄妹が、普通に暮らしている中で影響が出るほどに深く竜とふれあう可能性はないのだから。

 わざわざ複雑な事情を話して悩ませる必要はないと言うのが、長男が生まれる前に夫婦で話し合って決めた方針らしい。


 


 ―――見かねたジェイクとグレイスが、なだめようと身を乗り出した。


「ユーラ、あまり我儘を言うのではないよ」

「そうだ。シェイラが困っているだろう?こういう時は応援しなければ」 


 母のメルダは相変わらず、いつもどおりに微笑を浮かべて家族を見守っている。

 メルダのこう言ういつだって動じないところは、いつも朗らかに笑っていた祖母も同じだった。

 これは親子であるがゆえの性格なのか、白竜の血の気質なのか悩ましいところだ。

 少なくとも驚きで混乱するしかないシェイラには受け継がれていないようだ。 


「いやっ…!」

 

 兄と父の説得にもユーラは勢いよくかぶりを振って拒否してしまう。

 シェイラの背を、縋りつくように抱きしめてくる。


「私がこんなにお願いしても、それでもお姉さまは王城に残るの?家族なのに、離ればなれになってしまうの?もう一緒に暮らせないの?」

「……っ、…ごめんなさい」


 肩口に顔をうずめながらくぐもった涙声で訴えるユーラに、シェイラはただ「ごめんなさい」と、謝ることしか出来なかった。

 もう決めたことを覆すつもりはない。

 ユーラのために、変えることは出来ない。

 だからシェイラに出来るのは、ただ心を込めて謝ることだけだった。




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