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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第一章
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竜の卵を拾った日③

「なるほど、卵から」

「はい、卵から」

「卵からか…」


 シェイラからの話を聞き終えた直後、3人はそろって目の前にあるデザートのプティングを見下ろした。

 材料は、卵。

 丁寧に濾したのだろうなめらかな舌触りに絶妙な甘さ。

 鼻から抜けるバニラの香りだけで満足なほどの、さすが王城の料理人が作るだけある代物だ。


「…ずいぶん幸せそうに食べてくれるのだね」


 アウラットがくすりと笑いを漏らす。

 その言葉に、緩みきった顔をしてしまったことに気付いたシェイラは頬を赤らめた。


「すみません…」

「いいや?それだけ食事を楽しんでもらえれば料理人も喜ぶだろう。…さてシェイラ。話を変えるけれど、君は今の事態がどんなに奇異なことか分かってはいるかい?」


 シェイラはプティングを掬う手を止めて首をかしげた。


「ニワトリの卵の中に竜の卵が紛れていたのは確かに奇異ですよね」

「私が言いたいのはそれとは少し違う」

「……?」


 理解できないシェイラへ、ソウマが補充の説明をしようと口を開く。


「人の居る場所に竜の卵が出現したこと自体がおかしなことなんだ。竜が里から出ることを許されるのは成体になって一人前の力を得てからだ。卵の状態で外へ出てくるなんてありえない」

「でも里から出た竜が産み落としたと言う可能性もあるのでは無いでしょうか」


 ソウマのように人間と契約を果たし人間とともに暮らす竜もいれば、空を駆けて世界中を旅してまわる竜もいる。

 普通の人がめったに会う事は出来ないけれど、里を出て人里に下りている竜がたくさんいることは知っていた。


 そうやって里の外にいる竜が卵を産んで何らかの事情で手放すことだって考えられるはずだ。

 しかしシェイラの指摘に、ソウマは首を横へ振って否定してしまう。


「いいや。腹に子供が出来た時点で里に帰るってのが竜の習性だ」

「習性ですか」

「あぁ。どれだけ乗り気でないとしても、身にしみついた習性にはどうやっても逆らえないんだ。人間には分からない感覚だと思うけどな」


 確かに絶対に逆らえない『習性』なんて言われても、シェイラには今一つピンとこない。

 けれど竜である当人がここまで言うのだ。

 本当にどうやっても逆らえないのだろうと、シェイラは理解したことを示すために頷いた。

 そうすると、ソウマは複雑そうに苦笑した。


「……?」

「……あぁ…いや、理解できないだろうに簡単に信じてくれたから…少し驚いた」

「嘘だったのですか?」

「本当だ。竜としての習性にはどうやったって逆らえない。勝手に身体が動くんだよ。でもそう言う未知の感覚を信じるのは難しいだろう?特に人は、自分の理解の範疇にないことはまず疑ってかかるようなのが多いからな」

「そう、ですか?竜と人が違うのは当たり前なのに?」


 知らないことを知れたことに感心こそするけれど、疑うなんて考えもおよばなかった。


「んー…、シェイラはあれだな、他人の台詞を深読みしないというか、なんか流されやすい感じ?そんなに素直に頷いてばかりで疑うことをしらないようだと、ちかいうちに変なのに騙されていそうだな」

「…………」


 会ったばかりの相手にそこを指摘されるとは思わなかった。

 妹のユーラのような溌剌(はつらつ)とした機敏さはないけれど、でも人並みにきちんと考えているし、緊張感も持っている。

 そこまで簡単に騙されるほどに間抜けではないつもりだ。


(私はよほど単純な人間にみえるのかしら…)


 相手が相手なので言葉には出さなかったけれど、シェイラが気分を害したことにはアウラットもソウマも気付いたらしい。

 そろって顔を見合わせて、苦笑を漏らされてしまった。


「いや、まぁそれは今どうでもいいか。ええっと、つまりは全ての竜の卵は里から出ることなんかまず無いはずなんだ。なのにその卵をシェイラが偶然手に入れたってのは、ちょっとどうなってるんだって不思議に思ってるわけ」


 なるほど、とシェイラは頷いた。

 どうやら思っていた以上に竜の卵を見つけてしまったのは異常なことらしい。

 珍しいことだとは思っていたが、まさかそこまで大事だとは。


「…って、ことで」


 プティングの最後のひとかけらを口に入れたソウマが、突然立ち上がった。

 拍子に椅子が大きな音を鳴らした。

 驚いて見上げるシェイラへ、彼は歯を見せてにぃっと笑う。


「とりあえず俺は里に行って卵について知るやつがいないか聞いてくるわ。里から盗まれたとか、行方不明になってる卵がないかも調べてくる」

「…………え」


(王子に対して許可も取らず退室しようとするなんて、普通なら有り得ないのだけれど)


 まったく気にしている様子のないアウラットに、シェイラは内心驚いていた。

 王子と言う地位や、竜と言う聖獣であることは、彼らの間では何の意味もなさないように見える。

 ただ強い信頼関係だけが彼らをつないでいるのだ。


(種族からして違うのに、それでも対等な関係なのね)


 心からの信頼と、絶対に切れない絆が目に見えた気がした。

 阿吽(あうん)の呼吸ともとれるお互いを知り尽くしたやりとり。

 竜と人とがパートナーになる『契約』とは、こういうことなのだと側で彼らのやり取りを見て初めて分かった。


 しかし窓枠に足をかけて、そこを潜って外に出ようとするにソウマに気付けば、そんな感心事は吹き飛んだ。


「どうして窓…!3階ですよ?!」


 退室するなら普通は扉から出ていくだろうに。

 1階でも窓から外へ出るなんてシェイラには考えられないことだけど、3階なんて更にありえない。

 けれどソウマはにやりと笑って顔だけをこちらへと振り向けた。

 彼の相棒(パートナー)であるアウラットに至っては何も言わず、マイペースにプティングのお代わりを食べ始めている。


「俺を何だと思ってんだよ」


 トンっ、とソウマの足が窓枠を蹴った。

 同時に彼の背中から羽が生えて、大柄な体は軽々と浮遊する。

 羽を2,3度はためかせ、さらに上昇する間にソウマの身体はみるみる大きくなっていって、成竜の姿になるのはあっと言う間の出来事だった。


「う、わぁ…!」


 思わず歓声を上げたシェイラは、席を立って窓枠へ駆け寄る。

 食事中に許可も得ずに立ち上がるなんて普段はしないことだ。

 でもシェイラは初めて近距離で竜を見たのだ。

 興奮しないわけがない。

 アウラットはそんな彼女に、まるで無邪気な子供を見るかのように微笑していたから、咎められるかもしれないと言う心配もあっという間に霧散した。

 事実シェイラはまだ15歳で、大人と言うにはまだ少し早い年頃。

 だからマナーや体裁(ていさい)よりも好奇心がうっかり上回ってしまうことはままあることだった。

 20代半ばのアウラットから見れば、なおさら幼く映ってしまうだろう。


「っ…!」


 シェイラが窓から顔をだすと、王城の上を大きな赤い竜がはるか上空を旋回しているところだった。

 彼が羽をはためかせるたびに、強い風が巻き起こってシェイラの髪があおられる。

 まるでシェイラにその悠々たる姿を見せつけるかのように何度か旋回してから、ソウマは東の方角へと飛んでいく。

 東の果ての谷奥にあると言われる火竜の里に向かったのだろう。


「うわぁ…」


 大きな体躯と力強い姿。初めて間近で見る竜は、想像していたよりずっと大きかった。

 何だか圧倒されるような神聖な雰囲気が、どうしようもなくシェイラを魅了した。


(皆が憧れるのは当たり前だわ。だってあんなに凄いんだもの)


「きゅう!」

「…? どうしたの?」


 みるみる間に小さくなっていく火竜ソウマを見送っていたけれど、聞こえた鳴き声に慌ててテーブルへと駆け戻って籠の中を伺った。

 するといつの間にか目をさましていた竜の子は、何だか怒った風に縦に瞳孔の入った赤色の瞳を吊り上げている。

 どうしたのだろうとシェイラが首をかしげていると、竜の子の背中の小さな羽がパタパタと揺れた。


「あら?」

「その火竜がどうかしたのか?」


 アウラットが怪訝な表情で、テーブルから立ち上がり近づいてきた。

 彼もシェイラと一緒に籠の中を覗き込む。


「いえ、何だか飛ぼうとしているようで…」

「ほう?」


 ぼってりと丸い身体に付いている羽は、どれだけ広げてもシェイラの人差し指の長さにも及ばない。

 必死に四肢を動かしながら羽をパタつかせている様子に、眉を下げた。


「この小さな羽では丸々とした体を浮かすのは難しい気が」

「そうかな?すでに浮いているようだが」

「え?あっ…!」


 数センチだけだけど、本当に浮いている。


「すごい…。今日生まれたばっかりなのに、もう飛べるのですね」

「馬の子も牛の子も生まれて直ぐに歩き出すだろう。似たようなものじゃないか?」

「なるほど」


 生まれてから歩き出すまでに何カ月もかかるのは人間基準だ。

 2足歩行の人間は歩き出すまでにかかる月日が動物の中で一番長いと聞いたことがある。

 なによりも竜は貴重すぎる生物。たとえ専門家であっても彼らの生態はよく分からないらしい。

 何も知らないシェイラが疑問視したってどうせ分からないのだろうから、素直にうなずいておくことにした。


「おおかたシェイラがあまりにソウマの飛ぶ姿に見とれていたからやきもちを焼いたんだろう」

「……それで飛ぶ気になったの?」

「きゅ!きゅー!」


 籠に敷いたクッションから5センチほど浮き上がり必死に背中の羽を動かしながら、竜の子は物凄く得意げにを見上げてくる。

 ほめて!ほめて!とその小さな身体全体で表していた。


「えらいわね」


 最初はきらきらとした瞳を向けてくる竜の期待に応えたくて褒めていた。

 けれど竜の子は何度か落ちてクッションの上に落下して、それでもめげずにまた羽を動かして飛びあがる。

 頑張って何度だって飛ぼうとするところを見守っていると、自然と応援に力が入るようになって、シェイラはいつのまにか竜の子の飛ぶ姿に魅せられた。

 飛ぶと言っても数センチだけなのに。 

 手のひらよりも小さいのに。

 それでも竜と言う生き物は人を魅了するのだ。


「ほんとにすごい。頑張ったのね」


 クッションに落下したタイミングに指先で頭から背中を優しく撫でた。


「きゅ!」

「嬉しそうじゃないか」


 シェイラが少し褒めただけで、目をきらきらと輝かせて喜んでいる。

 その姿がかわいくて、懐かれていることが素直に嬉しかった。

 けれど懐かれれば懐かれるほどに、シェイラの胸にちくりとした小さな痛みが走って、思わず呟いてしまう。


「……ほだされてるなぁ」


 竜の子は可愛い。出来るならここまで連れて来た事を無かった事にしてもらって、一緒に家に帰ってしまいたい。

 けれど、この子とはすぐに別れなければならないのだ。

 一般人の自分なんかが、貴重な竜の子を飼っていいはずがない。

 育ててあげる環境も作ってあげられない。

 そもそも許可が出るはずがない。

 王城に居る竜に詳しい人たちが、大切に大切に育てるべき生き物だ。


(早く離れなければ)


 シェイラはきゅっと唇を引き締めたあと、大きく息を吸って顔を上げる。


「シェイラ、どうかしたか?」


 ちょうど落下したばかりの竜の収まっている籠の持ち手を持ち上げて、前へと突き出した。

 不思議そうな表情でこちらを見てくるアウラット王子をしっかりと見て口を開く。


「アウラット王子殿下。この子のこと、どうぞよろしくお願いいたします」


 籠の持ち手を握る手に、ぎゅっと力が入った。




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