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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第二章

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新しい季節の訪れに①

 

 ころり。ころり。ころり。ころり。

 青々とした芝生の上を、西瓜(すいか)くらいの大きさの火竜が転がり続けている。

 横向きに寝返りをうって転がっていたかと思えば、今度はでんぐり返しでころりころりと転がり始めた。

 体格が丸々としているから、なかなかに勢いよく転がっている。

 

「ココ、それ以上進むと花を踏みつけてしまうわ」

「きゅうー」


 間延びした返事をしたココは、今度はシェイラのいる側へ。

 ころり。ころり。ころり。ころり、転がり方を変えつつもゆっくりと向かって来た。

 何度も何度も転がって、芝生にラグを引いて腰を下ろしているシェイラの膝に当たったあとは、甘えるふうに身体を擦り付けてくる。

 シェイラが膝の上で広げていた書物から手を放して少し冷ややかな温度の鱗を撫でると、「きゅう」と小さく声を上げた。


「シェイラ」

「……お父様?」


 高い位置から聞こえたのは良く知った低い声。

 顔を上げたシェイラは、芝を踏みしめてやって来る父グレイスの姿に口元をほころばせた。


「お久しぶりです。王城に勤めていらっしゃるのに、なかなか会えませんね」

「政務をおこなうような場所とは幾つもの建物を隔ててしまっているからな」

 

(遠いのに…わざわざ仕事を抜けて足を延ばしてくれたのかしら)


 まだ太陽が頂上に昇ったばかりで仕事を終えるには早い時間だ。


 座っているシェイラとココの前に、グレイスは片膝を付けた。

 彼がシェイラの膝元で甘えきっているココの喉元を撫でると、ココは心地よさそうに目を細めて、もっととねだるように尻尾を緩く振った。


「この時間だと城中を飛び回っているのをよく見るが、今日はここにとどまっているのだな」

「ココはお父様の仕事場まで遊びに行ってるのですか?」

「いや、さすがに政務をするような部屋に遊びで入り込もうとするようなら衛兵にとめられるだろう?庭先を飛んでいるのが丁度窓から見える程度だ。しかし今日はシェイラにべったりか…どうかしたのか?」


 普段以上に甘ったれな状態のココに、グレイスは疑問に思ったのだろう。

 シェイラは苦笑して肩をすくめた。

   

「実は今までソウマ様と人化の術の練習をしていて、疲れてしまったと言うか…その…いじけてしまったと言うか…」

「上手くいかなかったのか」

「えぇ」

「きゅー…」


 ココの頬とお腹が大きく膨らんだ。分かりやすく拗ねている。

 そんな丸いお腹を突っついたシェイラは、微笑を浮かべながらも沈んだ声を漏らしてしまう。

 (グレイス)が相手だとどうしても少し甘えがでてしまった。


「……ある程度まで人の姿を取ることは、ずいぶん早くから出来るようになっていたのに。でも何か月たっても翼と角を隠すことが出来ないんです。どうにか春節の祭りまでには、人に見えるようにと思うのですが」

「あぁ……。そう言えば、もうじきか」

「はい。……あ」

 

 その時、丁度緩やかに吹いたそよ風につられて2人は同時に顔を上げた。


「心地いい風が吹くようになりました」


 周りを見渡すと、生き生きとした新緑と、色とりどりの花が鮮やかに誇っていた。

 うっすらと積もっていた雪も消え、凍えるような寒さもそろそろ過ぎ去る頃。

 このネイファの国に春が訪れようとしている。

 

 春の訪れとともに催されるのが春節祭。

 ネイファの民が1年で1番盛り上がる行事だ。


「ココにも見せてあげたいんです」


 過去に見た春節祭での、空を舞う竜の姿を瞼の裏で想い描いたシェイラの薄青色の瞳が輝いた。


 雪解けを終えたばかりの清々しい空を、四種の竜たちそれぞれが大きな翼をを広げて舞い飛び、春の精を呼び込む。

 自然の気の凝縮体ともいえる竜達の呼びかけに精霊が答え、春を持って来てくれるのだと言われている。

 

「でも完全に人に見せかけることが出来ないと、人の多い場所にはとても連れていけないでしょう?」

「だから人化の術か」

「はい」


 出店が立ち並んだ賑やかで楽しい街も、あの竜たちの壮大な空の共演も、ココに見せてあげたかった。

 楽しいことの好きな子だから、きっと喜んでくれるだろう。

 それにシェイラの大好きなものを、ココにも知ってもらいたかった。

 しかし祭り中の街で竜だと一目で分かる姿で出ていくのは少し注目を浴びすぎる。

 人にもみくちゃにされて怪我をしかねないし、それがきっかけで火を出してしまっては大惨事だ。

 火についてはある程度のコントロールが出来るとは言っても、ついうっかり驚いて口から飛び出す火の玉などはどうしようもない。

 だからココの人化の術の精度を上げられればと思ったのだけれど。


「私がココと一緒に祭りに行きたいと言うだけの…勝手な我儘で無理をさせてしまったでしょうか」


 シェイラはため息を吐きながら、肩を落とした。

 

「私は竜には詳しくないが…訓練をするのは良い事ではないか?」

「でもこうやって人の姿を保つのも嫌がるくらいにしつこくやらせてしまって…」


 くるりと丸まった赤い竜の姿のココを見下ろす。

 落ち込んでいるシェイラを気にしているのか、たびたびこちらを振り向いてくれている優しい子に、勝手な我儘を押し付けてしまった。 


「術の使い方はジンジャー殿や火竜のソウマ殿の指導の元でしていると言っていただろう?」

「えぇ」

「だったらお二人とも程度くらいわきまえていらっしゃる。やりすぎと言うこともないだろう。ココが今竜の姿をしているのは、出来ない事がもどかしくて不貞腐れているだけ。ユーラが勉強が上手くいかなかった時とまったく同じ拗ね方じゃないか」

「ユーラと?あっ……」


 父の言葉に、妹のユーラとココの姿が重なった。

 ユーラは剣技やダンスなどの身体を動かすことは得意だけれど、勉学など座って学ぶことは苦手だった。

 寒いセブランへ行くココのために彼女が編んだ帽子は、それはそれは個性的な仕上がりだった。

 特に勉学だと、いつも頑張っても理解できなくて癇癪をおこして。

 最後には先生に悪態をつき逃げだした後、シェイラの隣にべったりとくっついて甘えてきたものだ。

 でもしばらくするとあっさりと機嫌を直して、また戻っていく。驚くほど切り換えの早い妹だ。


「気にしなくても、きっとおやつの時間にでもなれば勝手に機嫌を直すさ」


 ココの揺れていた尻尾がぴたりと止まった。


 おやつという単語にあからさまな反応をみせたココの様子で確信したらしいグレイスは、口端を上げて強く頷いた。


「間違いない。ココはシェイラに育てられているからだろうな。ユーラとまったく同じ反応をしてみせる」

「私が育てているから?」


 それはきっと意識しないままに、両親や兄たちがユーラに接している姿を見てきて、今度はシェイラがココに対して同じ対応をしているから。

 悪い事をしたときの叱りかた。良い事や頑張ったときの褒めかた。

 どこまでの悪戯だったら苦笑して許してあげるのか。

 大変そうでも見守るだけの場合と、助けの手を差し伸べる場合の境界線。


 だからココはユーラと同じ反応をするようになった。

 

(言われてみれば元気で天真爛漫な、もともとの気質も似ているような気がするわ)

 

 出来ないことがもどかしくて今は嫌気がさしているけれど、落ち着けばきっとまたやる気になる。

  

(…そうね。大丈夫。しばらくすれば機嫌も直るわ)


 気を取り直したシェイラは、肩の力を抜いて正面に向きなおした。


「ところでお父様は、どうしてこちらへ?何か御用だったのでしょうか」

「何だ。用が無ければ娘に会いにきてはいけないのか?」


 今度はグレイスが気分を損ねだした。

 慌てたシェイラは勢いよく首を振って、はにかんで見せる。


「会えたのはもちろん嬉しいです。でもこんなところまで足を延ばしてくださったのは、きっと御用があるのでしょう?」


 父の真面目な性格からして、”会いに来るだけ”のために昼間の仕事の時間を削ることはしない。

 シェイラに用があって、でも仕事を終えた夜遅くになってしまうと、たとえ娘に会うためだと言う理由があっても城の奥にある部屋に訪問するのは失礼だと思って、だから今来てくれたのだ。 


「ふん。父のことを良く分かっているじゃないか……。そうだ、話があってな。今夜にでも家に帰ってきなさい。1晩外泊すると、きちんと報告してからな」

「……?ここでは出来ない話なのでしょうか」

「いや、実は首都での任期が近いうちに終わりそうなんだ」

「任期が…。ではストヴェールへ帰るのですね」


 グレイスは数年間の王城勤めを任ぜられて、数年前から領地であるストヴェールから居を移していた。

 地方の者達にも平等に国政に関わる機会を与え、広い意見を得ようとする現国王の方針のために、どの地方領主にも一度は命じられることだった。

 本邸はストヴェールの領地の中心部にあって、父が不在の間は長兄が管理している。

 今、家族が住んでいる首都の家はあくまで別邸だ。


「あぁ。近いうちにストヴェールの方へ居を戻す。そのことを今夜にでも家族へ報告しようかと思ってな」


 家族(・・)への報告だからシェイラも一緒に、と言うことなのだろう。

 おそらくもう一緒には暮らせないけれど。

 それでも父はシェイラをきちんと家族の一員として接してくれるのだ。




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