生き方の結論③
他の者が退室して、ソウマはアウラットと部屋に2人きりになっていた。
話し合いの結果、シェイラには今まで通りココの親役として城に居てもらうことになった。
ココの生育記録をつける仕事も請け負って貰う。
少しの変化も見逃さないように、出来るだけ詳細に。
そして彼女の希望でジンジャーの授業も続くことになる。
まだ極秘事項とされているけれど、ジンジャーは数年以内に引退するつもりらしいので、もしかすると研究室ごとシェイラに渡すつもりなのかもしれない。
「それで?何があったんだ」
「…………」
深くソファに腰かけて、したり顔でこちらに嫌な笑みを向けてくるアウラット。
ソウマはあからさまに顔をしかめて嘆息した。
「何がだ」
「ごまかせると思ったか?シェイラとソウマの間に漂う空気が違う」
「…………」
「あと流れてくるお前の感情がなんか一気に熱くなった」
「っ……」
耳元が熱を持ったのを感じながら、ソウマはアウラットをにらみつけた。
感情の共有と言っても、意識すれば簡単に切ることが出来る。
今までは特に不便も無かったからしなかったけれど、今後はそうもいかないようだ。
「っ……切るなよ」
感情の共有を切ったとたん、アウラットは顔をしかめた。
「今だけだ」
「ふん…」
今だけだと言ってもアウラットは納得できないようで不満そうな顔していた。不機嫌ながらも、しかし真剣な目をソウマに向ける。
「ソウマ、彼女は白竜の血を引いている。今後どんな力が目覚めるのか、どんな変化があるのかもさっぱり分からない」
「あぁ」
4種の竜なら、人との交わりの末に生まれた子供たちが何人かいるから、ある程度は予測できる。
けれど白竜はそうはいかない。
文献でいくらかの資料は残っているようだが、正しいのか間違っているかの確認さえ出来ていないのだ。
「支えるなら、覚悟しろよ」
「……。白竜のことを知ったとたん、過保護になるんだな」
「はっ、当たりまえだ。なにせ竜だぞ?白竜だぞ?大切に大切にしないと。出来るならお前に任せるのではなく自分の手に届く範囲に置いておきたいくらいだ。でもそうしたら絶対に全力で逃げられるから、懐いているお前に任しておこう。あぁ、もう!非常に残念だ!」
(やばい。変態だ……)
興奮しすぎて非常に危ない人になっている。
しばらく気を付けてみていないと暴走しそうだ。
しかし白竜を自分の手中に収めるようとすると逃げられると言い切っているあたり、アウラットは自分が変質的性格をしていると自覚はしているらしい。
「……で?どこまで行ったんだ?」
興味深々と言った具合に、灰色の瞳を輝かせながらアウラットは身を乗り出してくる。
「どこまでって…どこも」
「は?」
目を見開いたアウラットが、ずるりと姿勢を崩した。
「……もしかして、まだ気持ちも伝え合っていないのか?」
「はっきりとは…」
はっきりとも何も、その手の話題から逃げまくっているとはとても言えなかった。
しかし長年の付き合いであるアウラットにはお見通しらしい。
呆れたようにため息を吐いて首を振ったあと、人差し指をソウマにつきつけた。
「さっさと何とかしろ。大事な貴重な白竜なんだからな」
……やはり、竜なのか。
身体も中身も、今のシェイラは人間なのに。
白竜と言っても4分の1だけで、実際にどれだけの変化があるのか分かりもしないのに。
アウラットの目にはもう、白い鱗に覆われた竜にしか見えていないらしい。
* * * *
「きゅう?」
日も落ちて月が高くに昇った静かな夜。
今は人の姿の気分ではないらしいココは、竜の姿で尻尾を抱きしめるように丸まってベッドに沈んでいた。
ココの円形のベッドの端に腰かけ、ひんやりとした赤い鱗を撫でて、寝かしつける。
「おやすみなさい」
「きゅ…」
眠りに落ちたココの額にひとつキスを落としたシェイラは、城の侍女に後を頼んで部屋を出る。
行き交う見回りの衛兵たちに会釈をしながら、いくつかの場所を経由して辿りついたのは、空の塔の最上階。
人間は竜使いの他は許可をもらわなければ入ることの出来ない場所だ。
今まではジンジャーとの授業の度に許可を得なければならなかった。
しかしシェイラが竜の血を引いていると分かったとたん、すぐさま出入り自由になってしまった。
あまり騒がれるのは気おくれしてしまうけれど、ジンジャーだけでなく研究者や学者達は総出で大騒ぎだ。
白竜の存在を完全に隠すことは不可能だと言われた。
4種の竜の里へ、平等に知らされるべきことがらだから。
数日中に竜の長たちへシェイラの存在は知られることになる。竜達がどう判断を下し、白竜をどう扱うかはまだ分からない。
太古の時代のように崇めたてようとするのか、それとも異分子として嫌悪するのか。
(大事にしたく無いと言う私の意見を、竜達が受け入れてくれればいいけれど…)
そんなことを考えながら階段を上っている間に、最上階へ到着してしまった。
シェイラは重い鉄扉を、両手で押して力を込めて開く。
開いた扉の隙間から冷えた風が吹き、おろしている白銀の髪をさらった。
風に舞う髪を押さえつつ周囲を見回すと、背を向けている男を見つける。
(居た…)
とたんに心臓が、どきりと跳ねた。
―――本当は、わざわざこんな事するべきではないのかもしれない。
あのキスのことを忘れたように接されて、もう何日もたっている。
ソウマは無かったことにしたいのだろうと、敏くないシェイラでも何となく予想はついていた。
それでもうやむやにするのは心地が悪くて、自分自身のことに決着をつけたことで少し自信のついた今なら、正面から聞ける勇気を持てるような気がした。
だからここまで、彼を探しにきた。
「ソウマ様」
塔をのぼって来たことで上がった息を整えながら、シェイラはそろそろとその大きな背に近づいて声をかけた。
どうせ屋上の扉を開けたときから、彼もシェイラの存在には気が付いていたのだろう。
一拍置いたあとに振り返ったソウマは、いつもより少し大人びた顔で、らしくない複雑そうな微笑みを浮かべている。
またシェイラの心臓がとび跳ねて、それからすぐに痛いくらいに縮み上がった。
「なんでここに居るってわかった?」
「初めはお部屋を訪ねたのですが留守でしたので……。お庭にもいらっしゃいませんでしたし。それでソウマ様はこの場所がお気に入りなんだって、クリスティーネ様に以前お聞きしたのを思い出して、ひょっとしたらと」
「……あー……」
ソウマは息をついて赤い髪を掻きあげる。
気まずそうに視線を逸らして、低い声でぼそりと呟いた。
「……悪かった」
謝罪の台詞に、シェイラは息を詰めた。
「そ、それって、何に対する謝罪ですか?」
「……キス、したこと?」
「…………」
キス、と言うその単語に頬が熱くなるのを感じながらも、的を得ない相手の反応に少しだけ眦を吊り上げてみせた。
欲しいのは謝罪ではないと、彼は絶対に分かっているはずなのに。
そんなシェイラの顔を見て、どうしてかソウマは気を抜かれたように小さく笑いを洩らす。
真剣に怒っているのに、笑われる意味が分からない。
「睨むなって。んー……うん」
「…なんですか」
「うん、……好きだなぁと」
「えっ、な?!…いきなりですね」
そう言いながらも、シェイラは安堵の息を吐いた。
きゅっと縮みあがっていた心臓が、また緩やかに動き出した。
(勢いでうっかりやっちゃったとかだったらどうしようかと思った)
もしここで突き離されたり、忘れたふりをされてしまえばきっと相当落ち込んでいただろう。
きちんと気持ちが入っていたのだとはっきり明言されて、渦巻いていた不安が和らいだ。
「はは、悪い。ちょっと態度悪かったよなー、俺。あのことを無かったみたいに振る舞って。ほんと悪い。…ちょっと、色々考えてて。衝動でやっちゃったから、混乱もしてたし」
ソウマが手を伸ばしてきて、きゅっとシェイラの手首を握った。
「ソウマ様…?」
「…………」
握ったと言うよりは、触れたと言う程度。
こちらが少し動かすだけで、きっとこの手は離れてしまう。
シェイラは振り払うことなんてもちろん出来ずに、触れられた手首とソウマの顔を交互に見る。
ちょうど彼の背後で、満月が淡い光を放っている。
時折風に煽られる鮮やかな赤い髪は、満月に照らされたことで、光を放っているようにも見えた。
「カザト様が言っていました。竜は生涯を共にするつがいを、力で選ぶんだって」
「…………うん」
力が大きく、繁殖能力が高い、優秀な子孫を望める相手を。
そんな選定基準で竜たちは己のつがいを決める。
生き物が伴侶を決める方法として、間違ってるとは思わない。
「聞いたなら分かるだろう。…だから、俺たち竜は気持ちで相手を決めない。決められない…」
いつも朗らかに笑っているソウマが、らしくなく下を向いた。
瞼が震えていて、その赤い目に影が落ちる。
シェイラはその大人びた憂いた表情に魅せられていた。
「……はずなのになぁ。本当に、どこから横に逸れたんだろうか」
ソウマが諦めにも似たため息を吐いて、わずかに身じろぎしたかと思えば。
次の瞬間にはもう、シェイラは彼の胸の中に納まっていた。
「っ……ソ…」
耳元で、大人の男の低い声が響く。
「こうやってわざわざ探しに来てくれたってことは、期待していいんだよな」
「つっ……」
かぁっ、と、頭に血が上る。
恋愛の経験がまったくと言っていいほどないシェイラにとって、大人の男に―――それも恋をしている男に、抱きしめられるという状況は、それだけで身悶えてしまうほどに恥ずかしく戸惑うことだった。
羞恥と混乱で固まってしまっているシェイラを抱きしめる腕に、力が込められた。
「俺の恋人になって。俺のものになって。頼む、シェイラ…」
-―――恋をしていると自覚をしたのは、あのキスがきっかけだった。
でも良く考えてみれば、無自覚だったけれど…ソウマはずいぶん早い段階からシェイラにとっての特別だったのだ。
頭を撫でてくれる手がどうしようも無く嬉しかった。
ココの力が暴走したときに庇ってくれた、その近い距離と逞しい腕にどきどきした。
なんでも無い人に手編みのマフラーを贈ろうとなんて思わない。
そもそもココが居るとはいえ、男性と一緒にロワイスの森やセブランへの宿泊を伴う外出に抵抗をしようと思わなかったのは、何よりも相手がソウマだったからだ。
それだけの信頼と想いを、すでに持っていた。
自覚が無かっただけ。
きっと最初から、シェイラはソウマに魅せられていた。
竜としてではなく、一人の男性として。
「……はい」
緊張して震えた声を返しながら、シェイラは頷いた。
月明かりの下。
塔の上に浮かび上がっていた2つの影が、そっと1つに重なった。
――――――数十年後。
白い竜と赤い竜が並んで空を飛んでいる姿が、ネイファ各地で見られるようになる。
彼らの後ろには、たいてい1匹の火竜がくっついていた。
さらにもっと後ろには、白竜と同じく滅びたと伝承されていた黒竜までもがくっついていた。
彼らは揃って中睦まじく、4匹一緒に青い大空を飛び、広い世界を巡るのだった。
読んで下さりありがとうございました!
第二章に続きます。




