生き方の結論②
「そうまー。しぇーらまだ?」
頬をふくらませて見るからに機嫌の悪いココが、ソファへ寝ころびながら駄々をこねる。
「まーだ。大人しく待っとけ」
「いやぁっ。うー…しぇーらー」
「お前どんだけシェイラ好きなんだ」
「んー。いっぱいすき。だいすき」
そう言うココは、ついさっきまでの機嫌の悪さが嘘のように、幸せそうな顔で「だいすき」を繰り返した。
ローテーブルを挟んで向かい側のソファに腰かけているアウラットが、からかいを込めた目をソウマに向ける。
「これは強力なライバルだな、ソウマ」
「うっせ」
「ははは。……それにしても、まさか白竜とはな。ジンジャー、何か知っていたか?」
アウラットが傍らにいるジンジャーに声をかけると、ジンジャーは白い顎鬚を撫ぜながら首を横へふる。
「いいえ。白竜の血はとうの昔に潰えてしまったものだと疑いもしておりませんでしたな。まさか純血が存在していて、クウォーターとは言え血を引く者がこんなに近くにいらっしゃるとは」
「あぁ。近いうちに絶対会いにいかなければ。白竜に、始祖竜の像が祭られた神殿か…」
「私も久々に遠出をしなければならないようです」
「はぁ…本物の白竜の鱗はどれほどに美しいのだろうなぁ。撫でさせてくれるだろうか」
アウラットとジンジャーの声は恍惚とした興奮で弾んでいる。
なによりも竜を愛する彼らにとって、もう絶滅したと思っていた白竜の発見は青天の霹靂。
一応大の大人だから押さえてはいるらしいけれど、飛び上がって叫んでしまいたいくらいに歓喜していた。
シェイラが白竜の血を引いていると知った直後から、彼女に対する2人の目が盲目的な竜への偏愛へと変化したのを、ソウマは見逃していない。
もともと孫を愛でているかのようなジンジャーとは違い、アウラットはシェイラを嫌いさえしていたのに。
何と言う切り替えの早さだと、ソウマは呆れていた。
「だがこれで、心配していた事態も解決しそうだな」
「心配って何のことだ、アウラット」
ソウマが首をかしげると、アウラットは頷いてココを差した。
「始祖竜のココが火竜の長となれば、現在上手く均衡の取れている四種の竜のバランスが崩れて諍いの種になるかもしれなと話していただろう」
「あぁ、そう言えば」
思い出したソウマは、アウラットと同じようにココへと視線を移した。
ぐずぐずとシェイラを恋しがりながらソウマの腕にからみついてくるココは、今存在する竜の中でもとびぬけた力をもつ始祖竜。
両親から血を分けて生まれたのではなく、自然の大気から生まれた竜だ。
自然のエネルギーそのままの凝縮体と言ってもいいココは、成長すればどの竜よりも強力な炎を、どの竜よりも自由自在に操るのだろう。
1匹だけが強大な力を持てば、平穏を保てている竜たちの関係が崩れるのは予想できる。
しかし偶然か必然か、ココの傍にはちょうどあつらえた様に白竜が存在していた。
「竜たちを束ねる役を担う導き手の白竜がいれば、無用な諍いには発展しないでしょう」
ジンジャーの言葉にうなずいたアウラットは、小さく笑いを漏らす。
「もっとも力の目覚めていない今は普通より少し竜に好かれやすいと言った程度の力だが」
「それも追々…シェイラ殿の成長に期待しましょう」
「あぁ。まぁ、急ぐものでもないしな。そういえばココがシェイラと契約を交わせなかったものこれで説明がついたな」
ココはシェイラと人と竜の契約の術を行使しようとしたことがある。
けれどなぜかはじかれて不成立に終わっていた。
あの時はココが幼いゆえにだと思われていた。
けれどシェイラが純粋な人間でなかったから術がかからなかったのだと、今なら理解できた。
「…………なんか」
アウラットとジンジャーの会話の中で、ソウマは複雑な思いで呟いた。
「どうした?ソウマ」
「いや…なんか、シェイラが帰ってくるものだと疑ってもいないみたいな会話だなぁと」
(…そうそう生き方を変えられるわけないだろうに)
少なくともソウマの目から見たシェイラは、白竜の血におびえているように見えた。
このまま人としての道を選んで、城には帰ってこない可能性も十二分にあるはず。
なのにアウラットもジンジャーも、まるで帰ってきて当然だと言う風に話しているから、戸惑ってしまう。
そんな心中のソウマを、アウラットは驚いたように目を瞬かせてみていたかと思えば、軽く笑う。
「帰って来ないなんてありえない。なぁ、ジンジャー」
「えぇ。その通りですとも、殿下」
「…何だよ2人して」
自分よりアウラットやジンジャーの方がシェイラのことを理解しているふうなことを言われて、ソウマは無意識にでもむっとした。
眉を上げて睨みつけて見せると、アウラットは呆れた風に軽く笑う。
それから彼はソファの肘掛けに肘を置いて頬杖をついた。
シェイラを待ってそわそわと落ち着かないソウマとも、恋しがってぐずっているココとも違う。
結果がどうなるか確信しているかのようなリラックスのしようだ。
「これだけ竜と関わって、竜に魅せられた人間には、どんな事情があろうと竜から離れることなんてありえない」
「……?」
からかいの色を含んでいたアウラットの声が、とたんに優しく真摯なものへと変わる。
わずかに瞼を伏せて、柔らかく笑った。
「お前たち竜には、それだけ惹かれるものがあると言うことだ」
「っ……。それは、お前もか」
「あぁ、もちろん。この上なく愛しているし、ずっと魅せられているよ、お前に」
「つっ…、おいおい。いきなり恥ずかしい事を言ってくれるな」
「たまにはね」
竜が好きだと豪語しているアウラットだけれど、長い付き合いで慣れているソウマに対しての対応は結構軽い。
間違ってもソウマに対して、他の竜みたいに好きだの愛してるだのは言わなかった。
(むしろ言われても困るし気持ち悪い…。と思ってたんだが、まぁたまには)
こうやって言葉で大切にされていたのだと伝えられるのも、されてみると悪くはなかった。
――――なんとも気恥ずかしい空気が流れはじめたその時、ノックの音と共に侍従の男が入ってきた。
「失礼いたします、殿下」
「どうした」
「シェイラ・ストヴェール様がお帰りです。皆さまにお目通りを願っておりますがお通ししても宜しいでしょうか」
その知らせに、ココは飛び跳ねて扉へと走って行き、場に居合わせた面々は顔を見合わせて吹き出した。
* * * *
「あぁ、すぐに通してくれ」
扉の脇に控えていたシェイラは、そのアウラットの声に1歩前へと進み出る。
すぐに足元に走り寄って来たココに気が付いて、身を屈めて両手を差し出す。
飛び込んできた小さな体を抱きしめて持ち上げると、部屋の中央のソファセットに居並ぶアウラットとソウマ、ジンジャーを見据えて頭を下げた。
「ただいま帰りました」
「おかえり。旅は楽しかったかい?シェイラ殿…」
アウラットのからかうようなその台詞にシェイラは眉を下げて苦笑を漏らす。
「楽しかったかどうかは断言できませんが…必要な旅だったと思います」
「そのようだな、ずいぶんすっきりした顔をしている」
「答えは出たようですな」
「っ……」
アウラットとジンジャーの台詞から、ソウマがセブランであったこと、シェイラに流れる血についての報告を全て済ませてくれていることを知る。
ソウマへと視線を移すと、彼は微笑みつつもなんだか困ったような顔をしていた。
(………?)
アウラットに進められるままに、ソファの一つに腰を下ろした。
ロの字型に設置されているソファセットで、右側にアウラットとジンジャー、左側にソウマが腰かけている状態で、シェイラはココを膝の上に下ろしたまま頭を下げる。
「ご心配をおかけしたみたいで申し訳ありません」
「いや?特に心配などしていなかったが。そうだな、ジンジャー」
「えぇ。私と殿下は帰ってくるものと疑いもしておりませんでしたからね」
「ココもな。そわそわ落ち着かなかったのはソウマくらいか」
「……アウラット」
「…………」
予想と反して明るい空気に、シェイラは目を瞬く。
白竜の血が混ざった人間がここにいるなんて、結構衝撃な事態だと思っていたのだ。
なのにアウラットもジンジャーも、当然のように受け入れている。
「まぁ、答えは分かってはいるが。君の言葉で聞かせてもらおうかな」
アウラットはそう言って頬杖をついて崩していた姿勢を起こした。
(………見透かされているわ)
アウラット達は、シェイラが悩んで悩んでだした答えを分かっている。
そしてその理由に思い立った。
(そう…きっとアウラット様もジンジャー様も、同じ答えをだすもの)
もしアウラットやジンジャーに竜の血が流れていたら。
彼らもやはり、シェイラと同じように竜の傍にいることを諦めはしない。
竜を愛し、彼らの魅力に惹かれてしまい、なによりも契約をして竜使いになるほどの竜好きの彼らが、同じように竜を好きなシェイラの出す答えが分からないはずがないのだ。
ソウマが分からなかったのは、彼が竜だから。
己がどれだけ人を魅了するのかを、彼らは理解していない。
だからシェイラが帰ってくるかどうかを疑念視していたのだろう。
「それで?」
アウラットが先を促す。
シェイラは背筋を正して3人の男性を見据えた。
「竜の傍に、この王城にいたいです」
理由なんてきっと彼らは分かっている。
だから説明をする必要も感じず、シェイラはただ結論だけをきっぱりと述べた。
それが、一番まっすぐに伝わると思った。




