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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第一章

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生き方の結論①

 翌日の昼ごろ。


 シェイラが恐る恐る談話室の扉を開くと、驚いた顔で3人…いや、3匹が振り返った。

 目を丸くして、少し口を開けて、皆がみんな同じ驚き方をしていたから、シェイラは思わず吹き出してしまう。

 くすくすと小さく笑ったあと、一つだけ深呼吸をして、姿勢を正すと頭をさげた。


「ご心配とご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」


 どんな理由があるにしても、自分の態度はいいものじゃなかったと自覚している。

 竜の血が怖いなんて、特に竜にとっては気分の良い話ではないだろう。

 なのに誰もシェイラを非難することなんてなく、夜はソウマが、朝はココが、食事を持ってきてくれて、心配した言葉をかけてくれた。

 手を前で結んで深く頭を下げたままのシェイラに、一番に反応したのはやっぱりココだった。


「しぇーらー!」


 ぴょんっとソファから飛び降りて、勢いをつけて抱きついてくる。

 じゃれつく小さな子供の頭を、シェイラはカーペットの上に膝を付けて目線を合わせてから撫でた。


「しぇーら、げんき?だいじょうぶ?」

「もう大丈夫よ。ありがとう」


 きゅうっと抱きしめて、柔らかなふくふくの頬に親愛のキスをする。


「えへへー」


 嬉しそうにはにかむココが可愛くて、緊張していたシェイラの口元も自然に緩んだ。

 そんなシェイラの傍に、存在感のある男が立ったことに、視界に影ができたことで気づいて顔をあげる。

 昨夜のことを思い出して、彼の存在を感じるとどうしても身が固くなってしまう。

 けれどソウマは柔らかく微笑したまま、大きな手でシェイラの頭を撫でた。

 いつも撫でてくれるものよりも、少しだけ優しい手つきだ。

 シェイラは目を瞬かせて驚いて、それから状況を理解すると眉をひそめた。


(……ソウマ様は普通?)


 昨晩のことで気まずい空気になるかと想像していた。

 けれどこうして見上げて窺ったソウマの様子はいつも通りだ。

 躊躇いなく、いつもの子供にするような扱いで頭を撫でてくる。


(きちんとお話ししなければならないと思うのだけど)


 この彼の様子からして、もしかすると気にしているのは自分だけなのか。

 あれは勢いだけてされてしまったことなのだろうか。


「あ、あのっ。ソウマ様!」

「ん?」

「えっと…えぇー…、あの。出発してもらってもいいですか?出来れば今日にでも…」


 ソウマは少し驚いた風に目を開いてから、快く頷いてくれた。 


「それでですね。帰りの日程は2日に分けて移動することにしませんか?」

「2日?もしかして俺のため?別に平気なんだけど」

「駄目です。ゆっくり行きましょう」


 今度こそ無理をさせるわけにはいかない。

 雪も積もっていて深い山の中にあるこの場所から馬車で帰る選択肢はもう出来ないけれど、それでも出来るだけ負担のない方法で帰るべきだ。

 そう言い募るシェイラに、ソウマは複雑そうに苦笑する。


「でも急いで帰りたいんだろ?」

「父と母と話さなければと思って…でも、大丈夫ですから。ソウマ様が楽な行程にしてください」

「そうか?んー…なら、分かった。中間地点くらいの町で降りよう」


 頷いてくれたソウマに、シェイラはほっと息をなでおろしながらも、戸惑いながらわずかに瞼を伏せた。


(なんだか、聞きにくい…)


 動揺しているのはシェイラだけなのか。

 

(ううん…そもそもこんな人の居るところで話すことでもないのだし)

 

 ソウマのいつも通りの態度に幾らかほっとしているもの本当だった。

 だから少しだけ、先延ばしにしてしまおうか。

 まだ何も解決していなくて、何の答えも出せていない。

 今やるべきことは、恋にうつつを抜かすことではなくて、これからの自分の生き方を決めることだから。 

 

「まぁまぁ、せっかく孫に会えたのに3日でお別れなんて寂しいわ」


 レイヴェルの声に、シェイラ達ははっと我に帰って彼女を振り向いた。


「竜なんだから首都までひとっ飛びなんじゃないか?そっちから来てもいいじゃないか。孫も娘もいるんだし」

「残念だけど、私はここから離れられないわ。あの場所を守らなければならないもの」

「あの場所…」


 シェイラは地下の神殿に続く扉のある部屋の方角を見た。


「あの場所は、そんなに重要な場所なのでしょうか。昔は竜の集う場所だったとはお伺いしましたが」

 

 今は始祖竜の像がひとつ佇むだけの、寂しい場所にも見えた。

 訪ねたシェイラに、レイヴェルは小さく笑いを漏らす。

 彼女は過去を懐かしむような遠い目で、優しい表情をしていた。


「……今はもう、誰も来ないし何もないわ。でもねぇ、もしかしたらが有るでしょう?その時に私がいないと、あそこへ案内してあげられない。道を知っている竜はほとんど居ないもの」

「…………」


(お祖母様は、司祭様のような役割なのだわ)


 あの始祖竜の像を祀った神殿での、彼女の役目がなんとなくだけど分かった気がした。

 何かに迷って救いを求める竜たちに道を指し示すことが、竜の導き手である純血の白竜である彼女の使命なのだろう。

 だからたった一人になっても、こんな山奥から出ようとはしない。

 もう滅びたと言われ、誰かが来る可能性はほとんど無くても。

 それでも来るかもしれない迷える竜を、彼女は待ち続けるのだ。


「…また、来ます。必ず」


 竜の翼をもっていないシェイラでは、簡単に来れる距離でない。

 それでもレイヴェルに…祖母にまた会いたい。

 白竜として生きてきた彼女の話を、出来るならもっとたくさん聞きたかった。

 シェイラの思いが伝わったのかどうかは分からないけれど、レイヴェルは柔らかく笑って、頷いてくれた。


「えぇ。待っているわ」


「んじゃ、帰りの支度をするか」

「はい」

「しぇーら、しぇーら!」


 帰りの支度をはじめようとしたところ、ココがシェイラの服の裾を引いて呼んだ。


「どうしたの?」


 訪ねてみると、ココはなにやらとても必死な様子で両手を振り回している。


「ココ?」

「あのねっ!」


 慌てた足取りで、暖炉のそばにかけていった。

 小さな背中を目で追っていると、ココは暖炉の脇にかけて乾かしていたマフラーとコートを取ろうとする。

 背伸びしているけれど、まったく届かない。

 そのことに気付いたらしいココは羽を動かして少し浮いてから、マフラーとコートを両手できゅっと握って、シェイラを振り向いた。


「ちょっとだけ!もーちょっとだけ、ゆきであそんでたいの!」

「うーん…でも、遅くなってしまうわ」

「ちょっとだけぇっ」

「…………」


 目に涙までためて必死で言い募るココに、シェイラは笑いをこぼす。


(そんなに雪遊びが楽しかったのね)


 首都の方はあまり積もらないから、本格的な冬がきても満足な雪遊びは難しいはず。

 だったら少し時間をずらしてでも、雪に触れる経験をさせてあげた方がいいかもしれない。

 寒いのが苦手なはずの火竜が雪を好きだなんて少し可笑しかったけれど、 むしろ苦手意識がない今のほうがいいだろう。


(ソウマ様は苦手みたいなのよね)


 ここへ来てから彼が外へ出たのを見ていない。

 時々うんざりとした表情で外の雪景色を見ているのにも、実は気づいていた。


「じゃあもう少しだけよ?お昼には出ますからね」


 そういうと、ココの表情はぱっと輝くのだった。




* * * *



 シェイラ達は、予定通り2日かけて首都へ帰った。


 …2日間とも、ソウマはあの夜については何も言わなかった。

 ココが眠ってしまって2人きりになるときもあったのに。

 やはり彼は無かったことにするつもりなのか。

 それとも竜にとってキスは何の意味も持たないことだったりするのだろうか。

 もやもやと頭のなかで色々なことを悩みながらも、順調に王城へとたどり着いた。



 首都へ着いてすぐ、シェイラはココをジンジャーへ預けて実家へと帰る。

 とにかく両親と…とりわけ人であることを選んだと言う母メルダと話をしなければならない。

 置いていくときに泣きそうな顔で見送ってくるココを見れば心が痛んだけれど、きちんと自分と向き合うために、シェイラは一人で帰ることにした。


「おかえりなさいませ、シェイラ様」

「ただいま」


 馬車から降りるとすぐに扉を開けてくれた馴染みの侍従に挨拶をして、玄関をくぐる。

 するとそこにはシェイラの帰りを待ち構えていたように、母メルダと父グレイスが並んでたっていた。

 シェイラはどうしても表情がこわばるのを自覚しながらも、微笑みながら彼らに近づいていく。


「ただいま帰りました。お母様、お父様」

「何か月もかかる長旅になるだろうと思っていたのに、さすがに竜の背に乗っていくと早かったな。おかえり、シェイラ」

「おかえりなさい」


 2人と順番に抱擁と親愛のキスを交わしてから父を見上げると、ずいぶん複雑そうな表情をしている。


「お祖母様に会ったのか」

「はい。すべて聞きました」


 グレイスは眉間に眉をよせて、重いため息を吐いた。


「居間…にはユーラがいるか。客間で話をしよう」


 そういうとグレイスはシェイラの返事も聞かずに客間の方へと歩いて行ってしまう。

 彼の足取りはひどく重そうで、肩はいつもより角張っている。

 緊張しているのだと、父の背が語っていた。



「お祖母様は元気だった?」


「えぇ。とても。それで…あの……」


 メルダはいつもどおりおっとりとした緩やかな動きで、湯気をたてるティーカップを口元で傾ける。

 一口飲んで喉を潤してから、彼女は静かに言った。


「間違いなく私は半分竜の血を引いているわ。あなたよりずっと濃い竜の血を。2代目のあなたは竜の傍で気にあてられない限り人でいられるけれど、私は最初から普通の人でない」

「え…?でもお祖母様は…そんなこと言っていなかったわ」


 祖母レイヴェルの話では、母メルダは人として生きていると聞いていた。


「術を使ったり、何かを操ったりという分かりやすい力はないわ。普通は成長するにつれて大きくなるものらしいけれど、力が目覚める前にグレイスと出会って人の道を選んだから、白竜としての力を得ることはなかった。でも少しだけ…人と比べて病気やけがには強いし、寿命もいくらか長いでしょうね。それでも人として少し長生きってくらいじゃないかしら」

「っ……」

「でも竜と生きるならば、ごまかせないほどの寿命になるわ。人の中で生きていくのはもう諦めると言う事よ。一度目覚めてしまえばもう後戻りは出来ないもの」


 メルダの台詞に、シェイラは膝の上においた手をきゅっと握る。

覚悟は決めてきた。

 それでも先のことを考えると、やはり怖いと思うのだ。


「…シェイラ。決めたのか」


 グレイスの静かな声に、シェイラは息をのんだ。

 それからゆっくりと、確実にうなずいて見せると、彼は悲しげな息を吐く。

 まるでシェイラの決めた選択をすでに知っているかのような反応だ。


 シェイラは両親の目を見て、しっかりと姿勢を正した。


「竜の傍にいれば私のなかの白竜の血が目覚めると言う事、正直言ってよくわからないんです。竜たちの導き手と言う役目も、竜たちに好かれると言う以外に何があるのかもお祖母さまは教えてくれませんでした」

「それは…私にも分からないわ。そういうものは学ぶのではなく自然に芽生えるものだから。人を選んだ私にはまったく経験のないことだもの」

「はい。分かっています。だから私は…」


 大きく息を吸って、一度ためらうように言葉を詰まらせた。

 でもお腹に力を込めて覚悟を決める。


「ごめんなさい!」


 シェイラは両親に向かって、深く頭を下げた。


「シェイラ…」


 父の困惑した呟きにも、顔を上げることはなく、そのままの状態で言葉を続ける。


「お父様のこともお母様のことも大好きで、人であると言う事にも何の不満もありません。竜になりたいとか、そう言うことでもない。でも、それでも私はあそこに…居たいんです。ココやソウマ様やクリスティーネ様という竜達や、竜に近しいアウラット王子やジンジャー様ともっと知り合いたい。それで自分の中の何かが変わろうと、構わないって思ったんです」


 たくさん、本当にたくさん考えて、悩んだ。

 15年間生きてきて初めてなくらいに本気で悩みぬいた。

 自分はどうしたいのか。

 このままだと変わっていくだろうこの身に対する恐怖と、どうやっても切ることのできない竜への憧れ。


(…考えても考えても、諦められないの)


 そう。どうせ諦められないのだ。

 小さいころ、竜を見る自分の目が異常なほどであることに気が付いて一度諦めてしまった夢。


 竜の背に乗って空を飛べたらどんなに気持ちいだろう。

 本当の竜の身体はどれくらい大きいのだろう。

 竜と契約をして、竜と一緒にいる人がうらやましくてたまらなくて、きっと自分も大きくなったら竜の里へ行って契約竜を探すのだと決めていた、あの頃の自分。


 シェイラは一度捨ててしまった自分を、この数か月でまた取り戻した。

 そしてもう二度と捨てられないと思った。

 ココが懐いてくれているからでも、ソウマが願ってくれたからでもない。

 シェイラ自身が、こうしたいと心から思った。


 握った手にきゅっと力をこめたシェイラは、真剣な気持ちが伝わるようにと必死で両親に言い募る。


「人間とは違う全く違う生き物に近づくと言うのは確かにどうしようも無く怖いけれど、それでも、どうやっても諦められない。ごめんなさい。私は竜達と共に生きていきます」


 シェイラの言葉を最後に、室内はしばらく静寂に包まれた。

 

「…………」

「…………」


 父であるグレイスは、難しい顔をして何かを考えるように黙り込んでいる。

 シェイラは父の返事を、緊張で胃が痛くなりながらも待った。

 母のメルダはいつも通りにおっとりとほほ笑んでいる。

 シェイラの決意も、グレイスの複雑な思いも、きちんと理解した上でメルダは柔らかな笑みを崩さない。

 目に見えて悩んでいる父と比べて、平静のままでいられる母の強さを突きつけられた気分だ。

 シェイラはココに対して、こうやってどっしりと構える母親の顔を絶対に見せてあげられてない。


「……貴方」


 あまりに長い間黙り込んでいるグレイスを、メルダが小さく呼ぶ。

 グレイスの肩がわずかに揺れて、こくりと彼の喉がなった。

 眉をひそめたままで息を深く吐いてから、グレイスはシェイラを見据える。


「シェイラ」

「はい…」


 茶色の瞳が真っ直ぐとシェイラを射抜く。

 グレイスは静かな低い声で口を開いた。


「お前の好きなように生きなさい。でも耐えられなくなったなら何時でも帰ってきていい。たとえ人であろうと竜であろうと、シェイラが私たちの娘であることには変わりはないのだから」

「お父様…」


 父の言うとおりに、何かあれば帰って来ると言うことはとても難しいことだと、ここに居る誰もが分かっている。

 シェイラの力が目覚めた後に家に戻れば、人になると決めた母や、竜の血のことを何も知らない兄弟たちに影響が出てしまう。

 数日間遊びに来る程度なら問題ないだろうけれど、一緒に暮らすとなるととても難しい。

 それでも本気で、全てのリスクを承知の上でグレイスはいつでも逃げて帰って来ていいと言ってくれている。 

 

「有難うございます。行ってきます」


 この家の子供として生まれたことが、誇らしいと思う。

 ソファから立ち上がってテーブルを周り、父と母に抱きついた。

 両親に心を込めて親愛のキスをしてから、シェイラは自分の戻るべき場所に身を翻すのだった。




  


 



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