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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第一章

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血と選択③

 お茶を終えたころ、レイヴェルが火を灯したオイルランプを用意しだした。

 

 「さぁ、行きましょう」


 シェイラ達はレイヴェルの後に続いて館の中を歩いていく。

 しばらくして彼女は1階の、ひとつの扉の前で足をとめた。

 隣にある扉とも、そのまた隣にある扉とも同じに見える、なんの代わり映えもない普通の木扉だ。

 鍵さえかかっていなかったらしく、鈍い金色をしたドアノブを回せば少しのきしみ音を出しながらも簡単にそれは開いた。


「あっ」


 レイヴェルの手にしたランプの火に灯された扉の中を覗いたシェイラ達は、そろって小さな声を開けた。

 そこは地下へと続く古い石畳の階段があった。

 火の灯りの届かない奥の方はまったくの暗闇。

 この先に何があるのか。ぜんぜん検討さえつかなかった。

 下から湿り気を帯びた緩やかな風が吹いているのを肌で感じたシェイラは、思わずレイヴェルを振り返る。


「お祖母様、この階段は…」

「降りてみればわかるわ」


 どうやら言葉で教えてくれるつもりはないらしい。

 とにかくもう先へ進むしか選択肢がないようなので、ソウマがレイヴェルからランプを受け取って先頭を歩くことになった。

 シェイラもソウマに続いて階段に足を駆けようとしたとき、小さな手がドレスの裾を引く。

 見下ろすとどうしてか泣きそうなココが足に縋りついていた。


「ココ?」

「うー。くらいのやー」


 首を大きく横へふって、ココは全力で先に行くのを拒否している。

 シェイラでもちょっと不気味だなと思うくらいなのだから、小さなココが怯えてしまうのも当たり前だった。

 困っているところへ、先へ行っていたはずのソウマがいつの間にか戻ってきてシェイラの足元にしゃがみ込む。

 ココの頭を乱雑になでながら、まるでからかうような口調で笑いだす。


「なに、怖がってんの?弱虫だなーココは」

「よ、よわむしじゃなーい!」


 反射的にココが叫ぶ。


(一応男の子だものね)


 ソウマに言われた台詞が、雄としての矜持に触ったらしい。

 頬を赤くして膨らませて、眉を吊り上げて怒っていた。

 つい数秒前まで泣きそうな顔をしていたのがウソみたいに、ぷりぷりとソウマに突っかかっていく。


「じゃあ暗いのなんてぜーんぜん平気だよな?それともまさか怖いからシェイラにだっこしてもらおうなんて赤ん坊みたいなこと言いだしたりするのか?」


 ソウマはさらにココの怒りを買うような事を言いながら、さらにココのおでこを指ではじいて遊んでまでいる。

 ますます怒りに打ち震えて、ぷるぷると身をこわばらせて起こるココは、掴んでいたシェイラのドレスから手を放す。

 そして胸を思いっきりはって、両手を腰にあてて宣言してくれた。


「これくらいぜんぜんへーきだもん!」

「おー。そっかそっか、じゃあしっかり着いて来いよ」

「うん!」


 鼻息荒く大きく頷くココ。


(見事だわ、ソウマ様…!)


 シェイラは呆けて口を開けたまま、ソウマに賞賛の視線を送った。

 ココのやる気を奮い立たせる方法を、彼はずいぶん良く知っているらしい。


「さぁ、もう大丈夫で。では行きましょうか」


 レイヴィルの声をきっかけに、先頭にソウマ、続いてココ、シェイラ、レイヴィルが暗い地下への階段を下りていくのだった。


* * * *


 ……館の扉から続く階段は、ずいぶん深くまで続いていた。

 時計を持ってこなかったから確かではないけれど、たぶん30分くらいは歩いている。

 途中で階段が途切れて平坦な道になったり、分かれ道があったりもした。

 レイヴェルはずいぶんここに慣れているみたいで、


(お祖母様、けっこうなお年なのに…すごい)


 レイヴェルは腰だっていくらか曲がっていて、どこからどう見ても弱弱しい老人だ。

 なのに朝早くからココと雪遊びをしたあと、こんな地下をひたすら歩いているのに疲れているようすひとつみせない。

 この様子だともしかするとシェイラ以上に体力があるのかもしれない。

 そろそろ息が荒くなってきたシェイラは、平然とすぐうしろを歩いているレイヴェルに関心した。

 もっとも深い山の中での一人暮らしだ。

 力仕事も当然一人でしているのだとしたら、これくらいでないとやっていけないのだろう。

 歩き疲れたうえ飽きたらしいココは、もうすでにソウマの背中の上でお昼寝中だというのに。


「さぁ、そこを曲がれば到着よ」


 レイヴェルが刺した曲がり角を曲がったシェイラたちは、そこに広がっている光景にしばらく呆然とたちすくんだ。


* * * *


「これは……?」


 ソウマの呟きが反射して何重にもなって響く。

 素のままの岩がむき出しの天井と壁で出来た、広い、広い空間だった。


「教会…ではなく、神殿…?」


 自然にできた洞窟のようにもみえるけれど、ドーム型の天井は明らかに何者かによって造られた造形だ。

 なにかの術か技術がつかわれているのか、その天井は淡く白い光を放っていてまるで爽やかな朝のような柔らかな明るさで満たされていた。


 そしてなによりも目を引いたのは、大きな…それは大きな竜の像。

 白い大理石のような素材で掘られた、竜の像がその空間の中にこつぜんと立っていた。

 両翼を広げ天を仰ぎ、今にも空へと飛び立ちそうな躍動感のある像だ。


「実物の竜より一回り近く大きいですよね」

「あぁ」


 シェイラが言うと、ソウマもうなずいた。

 ソウマが竜の姿になったときよりまだ全然大きいのだ。

 ふと下をみると、像の立っている台座を囲むように何か複雑な円陣が描かれていた。


 (どこかで似たようなものを見たような気が…)


「それはね、始祖竜の像なのよ。大きさも始祖竜ならこれくらいまでは成長するものらしいわ」


 口を開いたレイヴェルを、シェイラ達は振り返った。

 そしてすぐにソウマの背中ですやすやと眠っているココを見る。


「ココも将来こんなに大きくなるのでしょうか」

「えぇ。きっと、とても立派に成長するのでしょうね」



 今の小さな、シェイラでも抱えられる大きさからは考えられないくらいの大きさだ。

 これだけの大きさと迫力を見せつけられてしまえば、現在の竜たちより強大な力をもっているというのにも、あっさりと納得できてしまった。 

 そして良く思い出してみれば、台座の下に刻まれた円陣と文字は、ココが力を暴走させたときに現れたものとそっくりだった。

 シェイラはしばらく竜を見つめたあと、にこにことほほ笑んだままのレイヴェルに顔を向ける。


(お祖母様は一体何者なの?)


 彼女はどうしてこんなところを知っているのか。



「お祖母様。ここは一体…」

「ここは昔、竜たちの集う場所だったの。私はずっと長い間、この場所を護り続けてきたわ」

「竜、たちが?」

「…確かにここなら竜が何十匹でも入れるだろうけど…どういう事だ?」


 焦れたらしいソウマが、少し口調を厳しくして問う。

 シェイラももうさすがに限界だった。

 レイヴェルは何もかも知っているようでありながら、ずっとはぐらかして微笑むばかり。

 これ以上は誤魔化させないとばかりに、シェイラも真剣にレイヴェルを見据えた。


「お祖母さま…」


 そう、シェイラが呼んだ直後に。


 無垢な白い雪のようなものが、宙を舞った。





「これが、私が本当にいつもしている人型よ。シェイラ達が来た時に、不自然じゃないように年をとって見せていたのだけど、慣れないから大変だったわ」


 突然レイヴェルの髪がほどけて、肩からさらりと落ちた。

 一瞬雪かと思ってしまうほどに、それはあまりにも綺麗な白。

 いくらか曲がっていた背筋が真っ直ぐに伸び、弱弱しかった立ち姿が生命力あふれた力強いものに変化している。

 さっきまであった年相応の皺や、老人らしい物腰がみるみる間に失われ、 若々しく美しい女性が現れた。

 顔のつくり事態は見慣れた祖母のものだから、彼女の周りだけ時が数十年戻ったのかと疑ってしまいそうになる。


(何が起こっているの…)


 混乱して口を閉じたり開いたりするシェイラ。

 しかし傍らにいるソウマは、シェイラよりも多少は正気をたもてているようで、驚きながらもぽつりと呟きを漏らした。


「白竜……?いや、さっきまで竜の気配なんて一切感じなかったのに…」

「ソウマ様?」


 シェイラは思わず彼を見上げた。

 彼の言葉が信じられなかった。

 しかしレイヴェルは白い容姿の中で唯鮮やかな色を放つ赤い唇に弧を描かせて、緩やかに微笑する。


「気配をけすくらいなんでもないわ。年と経験のたまものかしらね」

「っ……お祖母様?!」


 ばさりと、音を立てて彼女の背中から現れたのは白銀色の艶を放つ鱗に覆われた竜の翼。

 シェイラが驚く間もくれずに、レイヴェルの身体は大きくなって変わっていく。

 皮膚から鱗がはえて、耳は乳白色のツノへと。

 薄青色の瞳にはいつのまにか縦に瞳孔がはいった、竜独特の目へとなっていた。



 それは白い、―――竜。



「ま、待ってくださいおばあ様…」


 まったく全然、シェイラは事態についていけない。

 混乱した頭で半ば泣きそうになりながら目の前の大きな白竜を見上げる。

 どうにか紡いだ声が震えた。


「これは、つまりお婆さまが」

『えぇ。シェイラ。私は人ではないわ。この世に存在する最後の純血の白竜よ』


 頭の中に祖母レイヴェルの声が響く。

 いままでの少し枯れた老人っぽさの全くなくなった彼女の声は、神秘的な響きさえもっていた。

 数百年も前に絶滅したはずの、全ての種の竜を導く役目をになう白き竜。

 それが祖母レイヴェルの正体。

 この白く美しい、艶やかな(うろこ)に覆われた壮大な姿を見せられれば、彼女は白竜なのだともう疑いようもない。





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