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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第一章

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血と選択①

『シェイラ、あれ』

「……?」


 ソウマに促されて彼の背中からそろりと地上を見下ろすと、いくつも連なる山脈が見えた。

 そのうちのひとつ、一番手前の山の山頂付近に青い屋根の館が1軒。

 視界に映るほとんど全てにもううっすらと雪が積もっていて、今年は思っていたより早く冬がきているみたいだった。


『家らしきものはあれくらいだし、間違いないよな。降りるぞー」

「はい」


(馬車での旅にしなくて本当に良かったわ。これで1ヶ月や2か月もかけて馬車で来ていたら、もう歩くのもまま成らないほどの量の雪が積もっていたはずだもの)


 本当に1日もかからずに国の最北端へ来てしまった。

 竜のその速度に感動を覚えながら、シェイラはバッグから厚手のストールを取り出して肩に羽織った。

 続いて毛糸で編んだ子供サイズの手編みのマフラーを取り出すと、ソウマの首元で景色を楽しんでいたココを手招きした。


「ココ、いらっしゃい」

「んー?」

「寒くなってきたから、これを巻いて」


 コートや手袋も用意してきたけれど、ソウマの守りの術のおかげでそれらが必要なほど寒いと言うわけでもなかった。

 だからとりあえず間に合わせでと、ココの首元に白いマフラーを巻く。

今はこれで十分だ。


「あったかー。ふあふあー」


 マフラーに顔をうずめたココは背を預けてぺたりとそこへ座ったから、シェイラは暖かな小さな体を後ろから抱きしめた。

 緩やかに高度を下げてくれたソウマのおかげで、何の衝撃もなく地上へと近づいていく。

 みるみる間に近くになっていく雪山の景色は、ココにはもちろんシェイラにも珍しいもので、思わず目を奪われてしまう。


「まっしろだね」

「そうね。白くて、綺麗。雪というのよ」

「ゆき。ゆき、ゆきー」


 シェイラの実家のストヴェールは草原ばかりの平地。

 国一番に大きな湖があって、その湖からいくつもの川がのびているから、草原はいつでも青々と茂っている。

 だから高い山に積もった雪景色と言うのは初めてで、美しい銀世界の雄大な景色に感動さえした。




 館の前の広く開けていたところへ、ソウマは竜の姿のままで着地する。

 鱗のなめらかさを利用して滑るように降りて、飛び降りてきたココと一緒に雪の上へ足を下ろす。

 シェイラ達が降りた事を確認したソウマも、すぐに人型へと戻った。

 彼が両手を上げて伸びをすると、ココもまねをして両手をあげる。


「到着ー!」

「とーちゃくー」

「長い時間ありがとうございました。お疲れではありませんか?」


 途中で何度も休憩をとってたとはいえ、なにせ8時間以上空を飛んでいたのだ。


「まぁちょとな。でも一晩眠れば大丈夫だって」


「……あの、ソウマ様」

「ん?」


 シェイラはソウマの(かたわ)らへそっと近づく。

 手に持っているのは先ほどココのマフラーを取り出したときに一緒に出していたもう1本のマフラー。

 シェイラはそれをソウマの首元にかけた。

 ソウマは背が高かったから、うんと背伸びをしてもう一重巻く。

 巻き終わってから見上げると、目のあったソウマは呆けたような表情をしていて、シェイラは慌てて近づきすぎていた身を引いた。


「あ、あの!えっと…その…」


 やましいことをしていたわけでもないのに、どうしてか挙動不審になってしまう。


「ココのものを編むときに一緒に作ったもので、全然お礼にもならないのですが…」

「…………」

「ご迷惑だったら、申し訳ありません」


(手編みなんて、良く考えたら図々しすぎた…かも)


 作っているときは本当にセブランまで付き合って貰うことへのささやかなお礼のつもりで、ココのものと一緒に仕上げた。

 だけどいざ渡してみてから、手作りのものを身内以外の異性に渡すなんて初めてだったことに気付いてしまった。気付くのが遅すぎる。


「……ありがとう」

「え」


 その呟きに思わず顔を上げると、目の前にいるソウマは笑っていた。

 いつもみたいなあかるくて豪快な笑いではなくて、幸せそうに目を細める優しくて暖かな笑い方。


「すげーあったかい。寒いの苦手だから助かる」

「っ……いえ。良かったです」


 どきりと、跳ねた鼓動を誤魔化すように、シェイラは笑顔を作って返す。


「そーま。そーま」

「ん?」


 ココがソウマの服の端を引いたから、シェイラもソウマもココを見下ろす。

 ココは自分の首元に巻かれたマフラーに顔をうずめて嬉しそうに手を添えはにかんだ。


「そーま、こことおそろいだね」

「そうだな。お揃いだ。仲良しっぽいな」

「なかよしー!」


 足にじゃれつくココを、ソウマは片腕で担ぎ上げる。


「うきゃー!」

「大人しくしてろ。初めての人に会うんだからしっかり挨拶しろよ」

「はーい。こんにちはちゃんとできるよ」

「よし。ココのこんにちはを見といてやろう」


 ココを片腕に抱き上げたまま、ソウマは館の玄関へと歩いていく。

 もう片方の手には、いつの間にか持っていたらしいシェイラの荷物が。

 彼は2,3歩前へ進んでからふいに後ろに立ったままのシェイラを振り向いて、いつもみたいに歯を見せてにっと笑った。


「シェイラ。守りの術切れたから寒いだろう。早く行こう」


 呼ばれたシェイラははっと肩を揺らし、慌ててその広い背中を追うのだった。





 辺境の地の山奥深くにあるにしては十分大きなその館の玄関。

 ドアマンも警備も居ない両開きの扉の脇についていたドアベルに下がった紐を揺らすと、りんりんと高い音がなった。

 待つことは一切なく、音がなり始めるのとほぼ同時に玄関の扉が開いた。

 まるでシェイラ達の来訪を知っていて扉の向こう側で待っていたかのよう。

 結構騒いでしまっていたから、来客が来たことに気付いていたのだろうか。



「っ……あの」


 扉の中から現れたのは、いくらか腰の曲がった小柄な老人だった。

 シェイラと同じ白銀の髪は、年のせいかいくらかくすんだ色だったけれど丁寧に一つにまとめあげられている。

 上品そうなアイボリー色のドレスをまとった老人は、シェイラを見上げて嬉しそうに目を細めた。

 そして細い両手を伸ばして彼女はシェイラの身体を優しく抱きしめる。


「いらっしゃい、シェイラ。会いたかったわ」

「……お祖母様。はじめまして」


 シェイラは祖母の背を抱き返しながらも、不思議に思って首を傾げた。


「どうして私がシェイラだと?」


 どんな早馬に頼んでもソウマの方が早くついてしまうのは分かっていたから、事前に知らせを送っていなかった。

 それなのに祖母は訪ねてきた客人が孫のシェイラだと、彼女は当たり前のように言ったのだ。

 祖母はふふっと口元へ手をあてて笑いを漏らす。

 いたずら心をのぞかせた、可愛らしい笑顔だった。


「メルダと同じ顔だもの。間違えようがないわ]

「あぁ。よく似ていると言われます」

「まさかこんなとこまで孫が尋ね得来てくれるなんてねぇ。驚いたわ。シェイラ、お連れの方を紹介して頂けるかしら」

「あ…失礼しました」


 シェイラは一歩身を引いてソウマとココを前へと促す。


「ソウマ様とココです。ええっと……」


 孫娘が男性と子供を連れてきたことを、祖母はどう思うのだろう。

 なんの言い訳も考えていなかったシェイラは視線をさまよわせてどう言いつくろうかと考える。

 しかし祖母は何の躊躇もなくにっこりとわらった。


「可愛い火竜さんね。こんにちは」

「え?!あっ」


 そういえばココの翼と角を隠していなかった。

 誰が見ても正体は丸わかりの状態にしてしまっていた。

 ココの姿に慣れてしまってうっかりしすぎた自分の間抜さに慌てているシェイラをよそに、ソウマは1歩身を乗り出すといつもみたいに朗らかに笑って、手を差し出した。


「はじめまして。突然お伺いしてすんません」

「こんにちはー、しぇーらのおばあしゃま」

「まあまあ。こんにちは。私はレイヴィルと言うの。その髪の色、小さな竜とおそろいね。あなたも竜なのね?」


 レイヴェルは当然のように握手を返してソウマお挨拶を交わしている。

 普通は竜が現れたら驚くはず。

 きっとシェイラがレイヴェルの立場だったら、びっくりしすぎて声もでない。


「お祖母様、火竜が突然お伺いしのにどうして驚かないのですか?」

「あら、これだけ年をとっていれば竜くらい珍しくもないわ。あなたが竜とお友達なのには、たしかに少し驚いたけれど」

「そう…ですか…」


(年の功というやつかしら)


 年齢を重ねているぶん、彼女はシェイラよりより広い世界を知っているのかもしれない。


「王都には竜使い様が集まると聞くし、他の土地よりも竜とお友達になりやすいのかしらね?そんなことよりも、寒いでしょう?中へお入りなさい。暖かい飲み物をいれましょうね」




* * * *


 レイヴェルの住む館は、古い洋館だけれどとても大切に手入れされているのがわかった。

 綺麗に掃除された室内。

 飾られた年代を感じる調度品には塵ひとつ積もっていない。

 王都に建っていたとすれば時代遅れだと言われてしまう内装かもしれないけれど、この山奥にひっそりと建つとしてはとても似合っていた。


 火がくべられた暖炉がある、テーブルとソファがいくつか置かれた暖かな談話室にとおされたシェイラ達は、レイヴェルに入れて貰ったココアにほっと息をつく。


(気が付かなかったけれど、疲れていたのかしら)


 乗っていただけだからそんなに体力は消耗していないと思っていた。

 でも甘いココアを飲むととたんに力が抜けて、全身に少しのけだるさを感じた。


「ココにはマシュマロをいれてあげましょうね」


 レイヴェルが暖炉の火であぶったマシュマロを、ココの持つカップに入れる。


「うわぁ」


 白いマシュマロが解けていく様子を、もの珍しそうに見つめているココはシェイラにそれを差し出して見せてくれた。


「みてみて、しぇーら」

「そう言えばココはココアは初めてだったわね。きっととっても甘くて美味しいわ」


 ココが熱い飲み物をこぼさないように、そっとカップを支えた。

 こくりと一口のんだとたん。


「ふぉぉぉぉ」


 その甘さがたいそう気に入ったらしく、喜んでカップを抱え直しだした。

 火竜なのでやけどを心配する必要もないから、汚すのはもう仕方ないと割り切って、シェイラは手を放す。


(……?)


 なんとなくソウマをみると、彼の手の中のカップの中身が減っていないことに気が付いた。


「ソウマ様?」


 よく見るとどこかぼんやりした表情をしていて、鮮やかな赤い瞳に影が落ちている。


(ただ乗っていただけの私でも疲れているのだもの。今日一日ずっと守りの術を行使して、空を飛んでいたソウマ様がくたくたになっているのは当たり前だわ)


 反対にココの方は元気な様子でレイとおしゃべりをしている。

 よほどマシュマロ入りのココアが気に入ったみたいで、お代わりをねだっていた。

 この元気さは、ソウマの上で呑気にたっぷりお昼寝をしていたからだろう。

 シェイラは心配になって彼のかたわらによって、窺うように見上げた。

 やっぱり顔色も普段より血色が悪いみたいで、そっとソウマの服の袖を引いて話しかける。


「すみません、気が付かなくて。疲れているのに決まっているのに…」

「あー…いや、別にシェイラのせいじゃ…。さすがに国の端っこまで一日で来るのは強行軍だったかなー」


 そう言いながらもソウマはあくびをかみ殺している。

 滲んだ目元を指でぬぐったところで、レイヴェルがぱちんと両手を手を慣らした。


「あらあら。こんな山の中まで来てくれたのだもの、みんな疲れていて当然だわ。どのお部屋も眠るのに困らない程度には掃除してありますから、ゆっくりお眠りなさい。あぁ、先に何か摘まむものを用意しましょうか?おなかも空いているでしょうからね」

「えぇー。ここはげんきだよ?」

「じゃあココちゃんは私と一緒に遊んでいましょうか」

「うん!」


 まだ日が落ち切っていない夕方だけれど、身体の疲れには勝てそうもない。

 とりわけソウマは今にも眠りに落ちそうで、急いで横にならせた方がよさそうだった。

 なにより男手のないこの場だと、倒れでもしたら大きな体のソウマをベッドに運ぶことが出来ない。


 ココが思いのほかレイに懐いているから、シェイラもソウマも安心して任せて、2階の部屋を借りて休むことにした。





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