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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第一章

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空向こうにあるもの④


 セブランへの旅が決まって数日後。

 数日分の着がえが入った鞄を持ったシェイラは、空の塔の最上階、屋上にいた。


「ジンジャー様の部屋からの景色も凄かったけれど、屋上まで昇ると更に遠くまで…海まで見えるのね」


 地平線の向こうに薄らと見える、日に反射して時折光る水面にシェイラは驚いた。

 隣で羽をはばたかせて、シェイラの視線の高さを飛んでいるココが不思議そうに首をかしげた。


「うみー?」

「海はね、たくさんの水があって、波があるのよ」

「なみ?」

「こう…ざばーんって」

「ざばん?」

「シェイラ、その説明はさすがに俺でもわからん」

「ソウマ様」


 振り向くとソウマが屋上の扉を開くところだった。


「やっぱり分かりずらかったです?…最近、あれ何?とかどうして?が多くて答えるのが大変なんです。もっと上手く教えてあげられたら良いのですけど」


 色んなものや言葉を覚える年頃の子の興味は、何にでも伸びてしまう。

 その興味を摘み取らないようにと出来る限り答えてはあげたくても、やはり理解できるように噛み砕いて分かりやすく、となるとなかなか難しかった。


「あぁ、ココもそんな時期か。まぁ言葉じゃ難しいだろうしな。今回行くのは山だが、そのうち海にも連れていってやるか」


 ココの赤い髪をソウマは乱雑に撫でる。

 身をよじらせながらも嬉しそうにしているココの様子に、シェイラも笑いをこぼした。

 どこか遠くへ出かけるときは、いつだって期待で気分が弾む。

 今回も同じだ。父と母が何をシェイラに見せたいのかは分からないけれど、初めて訪れる場所にいけること。そして何より竜の背にのって飛ぶことが出来ることが、楽しみで仕方がなかった。


「よし。暗くなる前に向こうに着きたいし、そろそろ行くか」

「はい。よろしくお願いします」


 シェイラがそう言って頭を下げると同時に、ソウマの身体が変化する。

 まずはいつものように背中から翼が生えて、身体が巨大化していくとともに竜の姿へと変わっていく。

 あまりに大きくて、屋上から尻尾がはみ出ていた。


『背中、乗れるか?』

「え、声が…」


 頭の中に、ソウマの声が響いた。

 耳から聞くのとはまた違う、今までにない感覚に驚くシェイラの頭に、また直接ソウマの声が伝わる。


『竜の姿のときって人間の言葉離せないんだよ。だから念波で意思を伝えるのが竜のやり方。たぶん近いうちにココも出来るようになるんじゃないか?』

「ココも?」

『出来ない竜なんていないって。ほら、乗りな」


 ソウマは手足をペタリと地に付けて出来るだけ低い姿勢をとってくれた。

 シェイラは鞄を肩にかけると、あかい(うろこ)の出っ張りを利用して慎重に昇って行った。

 男兄弟が2人も居れば子供のころ木登りや岩登りに付き合わされる機会はいつでもあったから、その容量でそれなりに身軽な動作で昇っていく。

 もっとも飛んで昇ったあげく、今は大きな(つの)にぶら下がっているココの身軽さにはまったくついていけないけれど。


「よ、い…しょっと」

「しぇーら、がんばてー」

「ありがとう」


 ココの応援に答えながら、なんとか背中のほどよく平らな場所に身をおさめて一息つく。


「ソウマ様、昇りました……大丈夫ですか…?」

『はは。何が』

「いえ……男性の背中に乗っているのだと考えたら少し気遅れしてしまって」

『今更だなー』

「本当に、今更すぎますよね…」


 ()に乗っているのは嬉しいけれど、ソウマ《・》に乗っているのは落ち着かない。

 どちらも同じ存在なのに、固有の名前が付くだけでずいぶん違う気分なのだと、ここまで来てから初めて思った。

 けれど今更降りるなんて選択肢もなくて、赤く大きな翼はすぐに目の前で動きだす。

 ゆっくりと宙へと浮いていく不思議な感覚に、緊張と嬉しさと興奮で、シェイラの表情は子供みたいに輝いていた。

 ソウマは十分な高さまで昇ったあと、城の上を何度か旋回する。 


「あら?」

『どうした』

「いえ、空を飛んでいるにしてはずいぶん穏やかなのですね。もっと荒々しく飛ぶものだと思っていました」


 北の方へと進みだしたけれど、シェイラの肌にあたる風は凪風程度。

 もっと風と浮遊感を感じて空を駆ける感じを想像していたのに、拍子抜けするほど穏やかな乗り心地だ。


「いや、たぶんシェイラが思っている以上に荒々しい。人が乗っているときは守りの術で衝撃がいかないようにしてるんだよ」

「……!そうだったのですね。守りの術…知りませんでした」

『そうしないとシェイラなんてあと言う間に飛んでいくだろうな』

「迷惑かけてすみません」

『いやいや。だから…いつも思うけど謝んなって。人間乗せるときはいつもこうなんだから平気だ』

「いつも?アウラット王子を乗せてらっしゃるのですよね」

『そう。あいつ、今は一応大人になったのか結構おとなしく王子の仕事してるけど、昔はよく一緒に旅をしてたからさ。毎日のように飛び回ってた』

「わぁ、竜との旅なんて素敵です。どんなところへ行かれたのですか?」

『えーと、たとえばだなぁ……』



 ―――シェイラはソウマの背中に乗っている間中、ソウマから旅の色んな話を聞いた。



 海にぽっかりと浮かぶ島国の話。

 衣服をまとわず生きる村の話。

 羊やラクダと共に移動をしながら生活する遊牧民の話。

 南の方の南国の地や、北の氷りに覆われた大地の話。

 それはネイファと言うひとつの国しかしらないシェイラにとって、目からうろこが落ちるほどに驚きの連続だった。

 楽しくて夢中になって、ずっと聞いていたかった。


 そうしている間にもソウマは物凄い速さで空を飛んでいて、目に見える景色はどんどん移り変わっていく。

 シェイラの故郷であるストヴェールももうとうに過ぎた。


(……ソウマ様とこんなに話したのも、初めてかもしれないわ)


 シェイラの膝を枕にして眠るココの頭をなでながら、シェイラはふと思った。


 アウラットやカザトを交えての会話こそあっても、1対1でこんなに話すのは初めてだったのだ。

 そして彼の話の全てがシェイラを魅了する。


「いいなぁ」

『ん?何か言ったか?』


 うっかり呟いてしまった独り言にも律儀に返事を返してくれるソウマに、思わず笑いを漏らしてシェイラは首を横へ降った。


「ソウマ様の話を聞いていると、私もいつか外の国へ行ってみたいと思ってしまいました」

『行けばいいじゃないか』

「簡単に言わないでください」


 国内の端に行くのだって数カ月かかるのに、外の国へ行こうとすればそれは年単位で必要になってくる。


「さすがにそこまでの行動力はありませんよ」


(―――これで十分)


 今、実現するなんて夢にも思わなかった竜の背にのって空を飛んでいるのだ。

 十分幸せなのに。これ以上を望むのは、非現実すぎてなかなか想像も出来なかった。

 想像さえ出来ないあたり、自分の世界がどれほど小さいのか思い知らされた気がする。


『……連れて行ってやるよ』

「え」


 シェイラは思わず呆けてしまってソウマの頭を見る。

 ソウマは赤い目をちらりと一瞬だけ後ろへと向けて、軽く笑った。


『今回だけじゃなくて、行きたいところがあるなら言えばいい。俺に乗っていけば世界の裏側にだって1週間もあれば行けるんだ』


 その言葉に、シェイラは目を瞬かせた。


「ほ、んとうに…?」

『本当に』

「………本気で?冗談でなく受け取ってしまいますよ」

『だから本気だって。疑りぶかい奴だな」

「だ、だって……。どうして」


 契約をしているパートナーでもなく、友人と呼べるほど近しい関係のわけでもない。

 そんなシェイラを、ソウマは簡単に世界へと連れ出してくれると言うのだ。

 今回はココに関わることだからこそ手を貸してくれたに過ぎないのに。だから次を期待してはいけないのだと思っていた。  

 とまどうのは、当たり前だろう。


『別に、シェイラならいいかなって思っただけだ』

「…………」


 急に世界が広がったような気がして、頭の中がぐらりと揺れた。

 絶対にないと信じ切っていた未来が、もしかすると簡単にかなうのかもしれないという期待。

 竜に出会ってから、シェイラの世界はほんとうにめまぐるしく、どんどん大きくなっていく。

 着いていけなくて息切れするくらいに、外へ外へと引っ張られていっている。


 シェイラは手のひらよりも大きな赤い鱗をそっと撫でると、小さく囁いた。


「いつか……」

『……ん?』

「いつか、……お願いします」

『りょーかい』


 念波ではなく、竜のソウマが「ぐぉう」と鳴いた。どうやら返事をしたらしい。

 耳から聞こえた初めてのその鳴き声に、シェイラはどうしてか声を出して笑ってしまった。





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