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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第一章

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空向こうにあるもの②

「帰ってきなさい」


 父のグレイスに、母のメルダ。

 長女のシェイラ、次女のユーラと、そして次男のジェイク。

 ストヴェールの領地に居る長兄以外の家族全員が、食事をすでに終えて居間に集まっていた。


 久しぶりに帰った実家で、久しぶりにそろった家族との団らん。

 楽しいはずの時間なのに、居間はぴんと張りつめた空気に満ちていた。


「ユーラから聞いてはいましたけれど。私が竜の親代わりを務めること、やはりお父様は反対なのですね」



 父のグレイスは太い眉を眉間に寄せて、茶色の瞳でシェイラを睨んでくる。

 シェイラは威圧感に負けないようにお腹に力を入れて背筋を伸ばした。


「国にとって竜がどれほどに大切なものなのか、お前は本当に理解しているのか」

「分かっています」

「竜の親などと、責任の重いものにつくなんて認められん」

「もう決めたんです。ココと一緒にいるための責任も覚悟はできています」

「親の知らぬ間に勝手に家も出て、未婚の娘のすることか」

「お父様の不在の間の全権はジェイクお兄様にゆだねられているはず。そのお兄様からの許可はきちんととりました」


 グレイスは苦虫をかみつぶしてしまったような顔をしてため息をつく。

 あまり我も強くなく我儘も言わないはずのシェイラのがんとした態度に呆れているのか。もしくは戸惑っているのかもしれない。


 シェイラだって自分が父の意に反芻ようなことを仕出かすなんて少し前までは思ってもいなかった。

 それくらい聞き分けの良い娘だったのだ。

 意志のない流されやすい人間だとも良く言われる。

 でもココの親であることを投げ出すなんて、シェイラにはもう絶対に出来ない。

 ココが大きくなるまで、ココにまつわるすべての責任を背負う覚悟くらい出来ているのだ。


「……お父様がなんと言おうとも、私は王城でココを育てます」


 真剣な表情で父を見据えるシェイラは、父の鋭い眼光にも気後れすること無く言いはなつ。


「いいや、許さない」


 しかしグレイスも引く様子はみせずに腕を組んで厚い胸を張った。


「もう城へは行かせない。火竜は今シェイラの部屋にいるんだったな。明日にでも私が城へ預けてくる。シェイラはしばらく家から出るのも禁止だ」

「そんな!」


 シェイラは思わずソファから立ち上がり、父をにらみつけた。


 家長であるグレイスが言うのである。

 使用人達に見張らせて、本当にシェイラが外へ出られないようにしてしまうことなんて簡単だ。

 どれだけシェイラが抵抗しようが、逆らうことは難しかった。

 たとえ頑として父のいう事を受け入れないと宣言しても、大人の力と保護者としての権力で彼はシェイラを制してしまえるのだ。


 父親に逆らう術が思い浮かばないシェイラは、歯がゆさに両手を握りこむ。


「――――お父様、少しおかしいのではなくって?」


 それまでシェイラと父のやりとりを、編み物をしながら聞いていたユーラが口を開いた。

 シェイラはもちろん、居間に集まっている全員の視線がユーラへと集まる。

 ユーラは落ち着いた様子で編み針を膝の上へと置いてから、ゆっくりと皆を見回した。

 ちなみにシェイラと母の手にも編み針が握られている。

 もうすぐ冬がくるから、ココの防寒になるものを母に習っている最中なのだ。


「だってお父様は私たち子供がやりたいこと、したいこと、本気で取り組もうと努力することには、今まで絶対に口出しなんてしなかったわ。それがお前たちのやりたいことならばと、むしろ応援さえしてくれていた。なのに今回に限って真っ向から反対なさってるんだもの。その理由も『竜なんてすごいものお前には荷が重すぎる』と言う、いつもなら出来るとこまでやってみろって背中を押してくれる場面なのにわ」

「っ……」


 ユーラの鋭い指摘に、グレイスは明らかにたじろいだ。

 そして他の面々も、父の言い分に違和感があることに気が付いた。

 次兄のジェイクが指を口元へあてて、難しい顔で頷く。


「そう言われれば、おかしいかもしれないな」

「そうでしょう?」

 

 兄妹たちの反応の中、シェイラはふと母を見る。

 彼女は我関せずと言った具合に黙って編み物を続けつつ、微笑を浮かべていた。


 兄弟が喧嘩をしたときも、父と兄が仲たがいした時も、母はいつだって中立的な立場を貫いてきた。

 どちらが悪いとか、どちらが正しいとか言うこともない。

 もちろん悪戯などをすれば怒るけれども、基本的には何が正解なのかは自分で考えて決めなさいと言う放任主義な性格の人だ。

 今回ものんびりと見ているだけの様子から口をだすつもりもないらしい。


 そして反対に、父は正と誤をきっちりと分けて間違ったことを許さない。

 悪いことをすればたとえ娘であっても容赦なく拳が飛んでくるし、良いことをすれば頭を豪快に撫でてくれる。

 子供たちを心から愛し、成長を喜んでくれていて、何かをしたい、やりたいと意気込む子供の意志をさえぎった事なんて、今まで一度もなかったはずだ。

 ユーラが剣を学びたいと言えば練習用の剣を与え指南役を雇ってくれた。

 シェイラが貴族の娘であるのに料理が得意なのも、使用人の仕事だからと台所に立つことを止めるような親で無かったからこそだ。


 ―――――それが、今は真っ向から反対している。


 人道に外れるようなことなんてしていない。

 (ココ)を心から大切に思っている。


 いつもならば絶対に応援してくれるはずの場面だ。


 ココの傍にいたいと、シェイラがこうして必死に言っているのに。

 どうして父は反対するようなことをいうのだろう。


(お父様らしく(・・・)ないわ…)


 ユーラの意見に合致したシェイラは、答えを聞き出すために(グレイス)を見上げた。


「お父様、どうしていけないのですか?きちんとした理由を教えてください。そうでなければ納得なんて到底できません」

「…………それは」


 グレイスが珍しく言いよどみ、さらに視線を外してしまう。

 いつもと全く違う彼の様子に兄妹は3人そろって目を見合わせて首をかしげた。


 そこへ珍しく割って入って来たのは母メルダの声。


「…シェイラ、セブランへ行きなさい」


 シェイラやユーラよりもっと色素の薄い白銀の髪を纏めて結い上げたメルダは、おっとりとほほ笑みながらそう言った。


「セブラン?お母様の故郷の?」


 セブランは国の最北端。

 今そこへ行けと言われる意味が分からず、更に疑問でいっぱいになる兄妹たち。


「いきなり何なのですか?お母様。お姉さまが竜の親になることと、お母様の故郷のセブランに関係なんて無いでしょう?」

「いいえ、ユーラ。関係はあるわ」

「メルダ!!」


 グレイスの遮るような声が響いた。

 シェイラは驚きと困惑で両親の顔を交互に見るしかできなかった。。

 しかし母のメルダはグレイスの厳しい声なんて気にもかけないように、いつも通りおっとりと微笑んでシェイラを見た。


「セブランにいる私のお母様。あなたのお祖母様を訪ねなさい」

「お祖母様…」


 セブランに母方の祖母がいると言うのは知っていた。

 祖父はすでに他界していて、現在は祖母は一人暮らしをしているはず。

 首都の北にある実家ストヴェールよりさらに北、国境近くにある辺境の地のセブランへは、一度も言ったことがない。

 祖母との交流は年に何度か家族あてに手紙が届くくらいで、もちろん会ったこともない。


(どういうこと?)


 母の意図が分からない。

 シェイラに変わって、焦れたジェイクが口を開く。


「母様、話が抽象的すぎてよく分かりません。詳しく話していただけないですか?」

「それは出来ないわ。少なくとも今は」


 メルダがゆっくりと首を振りると、いまだ渋い顔をして唸っているグレイスの方を向く。


「貴方。これはシェイラが決めるべきこと。この子が竜と共にあろうとするならば、いずれたどり着き、真実を見ることになるわ」

「だからそれを止めようと」

「もう無理よ。シェイラは竜を想っているのだもの」

「…………」


 グレイスは指を眉間に添えて重々しく息を吐く。

 そのまましばらく、何かを考えるように沈黙した。

 グレイスが何を言うのかを、シェイラ達兄妹は固唾をのんで大人しく待った。

 父と母の会話の意味はさっぱり分からないけれど、重要なことだと言うことは分かったから。

 だから父グレイスの考えが決まるのを、待つことにした。


 そしてしばらく経ってから、グレイスは今日一番大きなため息を吐く。

 大柄で筋肉質なグレイスがなんだか少し小さくなっているように感じた。

 そう感じるくらい、彼は肩を落として嘆息したのだ。


「……仕方ないか。シェイラは昔から竜の絵物語ばかり見ていたからなぁ」

「あの、お父様」

「シェイラ。竜の傍にいたいんだな」

「っ…、えぇ!」

「だったら、メルダの言うとおりセブランに言ってお前の祖母さんに会ってきなさい」

「……よく分からないけれど、お祖母様に会いさえすれば私がココの傍にいることを許してくれるのですね?」

「そうだな。それでもお前が竜の傍にいることを選ぶのならば。もう仕方がないだろう」


 祖母に会ってなにが変わるのかは、さっぱり全然わからない。

 頑固者の父を納得させるにはセブランへ行くしかないみたいだ。

 シェイラは首を捻りながらも、父の言葉に従って頷いた。




  


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