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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第一章

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卵の正体②

「王族所有の土地で、そのうえ貸切にしておいて助かったな。もし誰でも入れる場だったならば、どれほどの死人が出ていたかと、想像するだけでぞっとする」


 アウラットの台詞に、居合わせた面々は同意して頷く。


 あれから事態の収束の為に慌てて城へ帰って報告をした。

 知らせを受けたアウラットは兵を調査へ向かわせ、竜に詳しいジンジャーを呼び寄せたのだ。

 おそらく会議にでも使っているのだろう大きなテーブルの上に、ジンジャーが持て来たいくつもの資料や本が散らばっていて、集まった面々はそれを捲りながら顔を突き合わせている。


 藍色の髪に刺さった赤い羽根を揺らし、興味なさげにその分厚い書物をぽらぱらとめくるカザトは、子供のように唇を突き出した。


「…んで、どうして僕まで連れてこられてるわけ。城に来る気なんてなかったんだけど」

「実際に見た者の意見が必要だからですよ、カザト殿」

「めんどくさー」


 やる気のなさそうな顔をして本を閉じるカザトは、息を吐いて頬づえをついた。


「僕が見た事はもう言ったよ。ココがあり得ない規模の炎を起して周囲一帯を炭に変えちゃいましたって。それ以上のことは分かんない。こんな子供で、しかも人型で、あんなに大規模な炎を起したなんてこと見たことも聞いたこともないし」

「だよな。俺も、近くで見てたけど原因とか言われてもさっぱりだ」

「ふむふむ。確かに暴発の規模としては有り得ないものですな」

「私たちの数倍は生きている竜達が見たこともない大きさの暴発だったってことか?」

「んーん。違うよ。あれは暴発じゃない。なんか良くわかんないけど、種類が違う感じ。暴発みたいに弾けるんじゃなくてこう…もわっと…」

「もわっと…?」


 カザトのあいまい過ぎる表現に、みんなが揃って首をかしげた。


「…………」


 そうやって目の前で皆が難しい顔で話合うのを、シェイラは無言のままで聞いている。

 見たものはソウマやカザトと同じだし、意見を言うほどの知識もまだない。

 窓辺をちらりと振り向くと備え付けられていたソファで竜の姿をしたココが身を丸めて眠っている。


(もう半日以上も立っているのに、あのあとからずっと眠りっぱなし)


 相当異常な出来事が起こったのだと、もちろん理解はしている。

 けれど起こった物事の大きさより、目を覚まさないココへの心配の方がよっぽど今のシェイラの心を占めていた。

 だからどうしても彼らの話し合いの台詞が耳を通り抜けてしまって、余計に会話に入ることができない。


「…………」


 一度ぐるりと周囲の人たちの顔を見渡してから、なんの意見も求められそうにない状況であることを確認し、シェイラは席を立ってココの元に行った。

 ソファに座って赤い竜を膝の上へと抱き寄せる。 


(見た感じは普通に眠っているだけだし、ジンジャー様も力を使いすぎたせいだから回復し次第起きるだろうってことだけど)


 竜の専門家であるジンジャーにそう言われても、やはり心配は心配で。

シェイラは赤い(うろこ)を優しく撫でる。

 そっと胸元に手を押し当てると、どくどくと言う鼓動が聞こえた。

 呼吸に合わせて上下する身体を確認して安堵の息を吐いたところで、ジンジャーの言葉が耳に飛び込んできた。



「陣と文字があらわれたと言うことですし…話を聞く限り、これは始祖竜の力と酷似するようですな」


 ジンジャーの言葉に、シェイラ以外の者がはっと顔を上げる。

 とたんに緊迫感のました周囲の様子に、シェイラはとまどいつつ首をかしげた。


「…っ!まさか、世界が産み落とした竜か!」


 ソウマの声が部屋に響く。

 思わずといった具合に、テーブルに両手をついて身を乗り出している。


「世界が産み落とした…?」


 まったく理解できない単語に、シェイラから疑問形の単語が漏れてしまった。

 同時に全員がこちらを振り返ったことに、会議の邪魔をしてしまったかと思って思わず口元を手で隠した。

 でも実際にはそんなこと誰も気にしていないらしく、ソウマが椅子に座りなおして説明をしてくれる。


「竜と言うのは目に見えない自然の大気から生まれた存在だってのは知っているのか?」

「えぇっと…確か水竜は清らかな水の流れから。木竜は大地の蓄えから。風竜は空をかける風の息吹から。そして火竜は太陽の熱の力から。…で合っていますか?」


 世界に蔓延する自然の力を凝縮して生まれたものが、竜の始まり。


 始祖竜と呼ばれる存在だ。


 しかしそういう生まれ方をしたのは本当に最初の始祖竜たちだけに限ったこと。

 彼ら以降の竜たちは、人や動物たちと同じように普通に父と母の交わりから生まれる。

 目に見えない力が凝縮して、何もない空間から誕生した生き物がいた時代なんて、本当に途方もない昔の話だ。


 ネイファでは誰もが一度は聞いたことがあることだけれど、でもその突拍子のなさからただの夢物語だと思うものも多い。


「そんな突拍子もない話、本当なのでしょうか」


 シェイラは完全に嘘だとも思っていなかったけれど、だからと言って信じることも、内容が内容であるだけになかなか難しい。

 しかしソウマは頷いて肯定した。


「あぁ。大気の力が凝縮して目に見える形をつくり生まれた竜が始祖竜。その始祖竜を初代として、今の竜たちは何代にもわたり血を受け継いで永らえてきた種だ」

「本当だったのですね…」


 竜自身からそれが真実だと聞かされて、シェイラは驚きに薄青色の目を瞬かせた。


「でもおそらく…ジンジャーの考察からするとココは俺たちみたいに竜の両親から生まれてきたんじゃない」

「太陽の力の凝縮から出来あがったってことですか?」


 それは始祖と同じ生まれ方。

 親がみつからないのも。

 なぜ竜の卵が人里にあったのかも。

 雄と雌の交わりから作られた卵では無かったから。


 これで竜になんの縁もない場所に卵が突然現れた説明がついてしまう。


「そう言えば、ココの卵が現れた日はすごく天気のよい朝でした」


 眩しいくらいに澄んだ青い空に、いつもより近く感じた日の光。

 それらが小さな竜の卵を形作った。


「今の状況からするに一番可能性としては高いのではないでしょうか」


 ジンジャーの推察にアウラットが指を顎に添えて思案するような表情を作る。


「…もし始祖と同等の竜だとしたら、今回の騒ぎなんて目にも入らない相当な力を秘めていることになるな」

「おそらく成竜になるころには現存する竜達の中で一番世界の力を得るだろうね」

 

 カザトもため息を吐いて、ちらりとココを見た。

 シェイラもカザトにつられて、膝の上に乗せているココを見下ろした。


「それって、凄いことなんですよね?」

「めっちゃくちゃすげえ。とりあえず今知られている竜の中では、ココくらいしか居ないはずだ」

「………」


 すやすやと眠るココは、あどけなくて可愛らしい。

 竜を今胸に抱いていると言うだけでも、一般人のシェイラにとっては凄いことだ。


「私はどうすれば良いのでしょう」


 竜の育て親と言うだけでも畏れ多い立場なのに、その上あり得ないほどのを秘めた竜だなんて。


「…正直、俺たち火竜の(おさ)に立つことになると思う。竜は力が全てだから、一番力を持ったやつが王になるのは必然なんだ」

「でもそうすると、四竜のバランスがくずれるな」


 ソウマの台詞に、アウラットが眉間にしわを寄せた。


「バランスですか?」


 火・水・木・風の四竜のバランスがくずれるとは一体どういうことなのか。

 意味が理解できないシェイラに、カザトが面倒くさそうに説明を添えてくれる。


「火竜が一番強い力を得ることになれば、今上手くいっているそれぞれの竜の均衡が崩れるかもしれないってこと」

「っ……古の時代に、竜同士の戦が起こりそうになたことが有ったと聞いたことがあります」


 まだ世界を竜が支配していた時代。

 違う種の竜同士で領地を争い、力の大きさを比べあうことが有ったと聞く。

 全種の竜をまとめる役をになう白竜がどこかからか現れてそれを収めたと言う話は、誰でも知っている物語だ。


「でも今は白竜は既に絶滅している。何百年も前から目撃情報は一切聞かなくなったから間違いないだろう。…抑えられる白竜が居ない今の状態で四種の竜が力の均衡を失えば、手がつけられない事態になるぞ」


 アウラットのその意見に、やる気のなさそうだったカザトまでもが難しい顔で呟く。


「竜同志が戦なんて起こすような事態になったら、世界を巻き込んだ大災害になるよ」

「っ……」


 シェイラは膝の上に抱いたココをきゅっと抱きしめる。

 背筋に冷たい汗が流れて、ぞくりとした感触が襲ってきた。


(他国のように争いの心配なく生活できるのは竜の守りのおかげ。なのにココが、全てを壊すきっかけになるかもしれない―――)


 ネイファと呼ばれるこの国は、竜との盟約に守られた国だ。

 強大な力を持つ竜がいるから、他国からの攻撃を受ける心配なく長い間の平和を実現出来ている。

 少なくとも百数十年は戦は起きておらず、この国に戦争を知る国民なんて存在しない。

 それほどに長い長い時を竜のおかげで平穏に保てて来た。


 その平和を、ココが壊すかもしれない。


「荷が、重すぎますかな?」


 しわがれたジンジャーの声に、シェイラは顔を上げる。

 ジンジャーは深いしわの刻まれた目元を細めて、真剣な表情でシェイラを見ていた。


「おそらくココが始祖竜だと言うのは間違いないでしょう。そしてそう分かった以上、ココの親となる貴方の責任は初めに考えていたものよりひどく重い。ココに何を教えるかで、この世界の秩序さえ失われてしまうかもしれないのです」

「それって…ココが悪いことをするかもしれないと言う意味ですか?」

「並みの竜では歯が立たないほどの大きな力を持った存在ですから。可能性がある限り危険視する必要性はあるでしょう」

「…………」


 シェイラはココを抱きしめる腕に力を込めた。

 抱きしめる腕が、僅かに震えているのに気が付いたけれど、それでもココを離したくなかった。


「きゅ?」


 小さな鳴き声にはっとココを見下ろす。

 いつ起きたのか、赤い目がシェイラを一心に見つめていた。


「ココ……」


 心配そうな表情でシェイラを見上げてくるココに、シェイラは意識をして笑って見せる。

 それから並ぶ面々を順番に見渡し、最後にアウラットをしっかりと見据えた。


「私は、ココを信じています」


(絶対に争いを起こすような子ではないもの)


 シェイラが少し落ち込んだだけでも、心配そうにすりよってくる、人の感情に機敏な優しい竜。

 生まれてから今までシェイラが見てきたココはそういう子だ。


「…まぁ、今のところはな。特に問題も起きていないし、…と言うか特殊な事例すぎて対策の打ちようもないし」


 ソウマが苦笑して言ってくれて、他の面々も同意して頷く。


「とりあえずは何かの予兆などを見逃さないように、皆で気を付けて見ていることが最善ですかな。始祖竜の成長過程など、人間はもちろんどの竜も知らないでしょうから」

「そうそう。皆で育てればいいんだよ。何でもかんでもシェイラに任せなくてもいい。シェイラも、変に背負わないでココに何かあれば絶対に誰かに相談するって約束な」

「っ…はい!」


これからのココがどう成長していくのか。

ココが他種の竜達や人間にどんな影響を与える存在になるかなんて、今わかるものは誰もいない。


けれど絶対に害悪にならないように。

誰かに迷惑をかける竜にならないように。

今のままの朗らかで優しい子のままで伸びていって欲しい。


そのためには育てる立場である自分がもっとしっかりしなければと、シェイラは心にとめた。



* * * *


 会議室から廊下へ出るなり、カザトは庭へと飛び出して翼を広げた。

 2,3度羽ばたかせて十数センチだけ浮いた状態で、後に続いて出てきたシェイラとココを振り返る。

 他の面々はまだ会議室の中で、後始末のための話し合いを続けていた。


「もう用は無いよね。俺は行くから」

「お急ぎなのですか?」

「人間が大勢いるところって苦手なんだよ。王都なんて賑々しくてうっそうしい!」


 風の性質を持つカザトの耳には、風に乗って人間の会話がことさらよく届く。

 たとえ目に見える場所にいなくても、王城という一つの建物の中には何百人と言う人間が存在していた。

 息を着く暇もなく常にざわつく耳元が苛立たしくて仕方がない。

 だから早くこの場を離れるのだと言って顔をそむけてみせると、目の前にいるシェイラは悲しげに眉を下げた。


「もっとカザト様とお話しをしてみたかったです」

「っ……何なんだよ、あんた」


(なんか変に懐かれてない?意味が分からないんだけど)


 カザトは自分の口の悪さも自覚しているし、良い態度もとっていないことも分かっている。

 だから年頃の人間の少女には大体苦手とされて遠巻きにされていた。

 なのにどうしてかシェイラはカザトを嫌ってはいないようで。

 他人に好意をもたれるような性格をしていないことを自覚しているカザトは、シェイラの反応に戸惑うしかなかったのだ。


カザトは宙に浮いたままのいくらか高い位置からシェイラをじろじろと見つめたあと、ため息を吐く。

そして緩やかに吹いた風に煽られた藍色の前髪を書き上げた。


「まぁ万が一また会うことがあったなら、お話しってやつも多少はしてあげるよ」


 一所に留まらないで広い世界を気まぐれに飛び回るカザトが、寿命の短い人間と再会する可能性はひどく少ない。

 だからいくらかの意地悪を込めてそう言ってみた。

 けれどシェイラの表情はみるみるまに笑みを形作っていって、嬉しそうに印象的な薄青色の瞳を細めるのだ。


「楽しみにしています」

「っ……!もし会ったらだよ!2度とないと思うけどね!」


 カザトはそう言い捨てて翼を大きくはためかせ、シェイラの返事も聞かずに空高くへと上昇した。

 王城の屋根より高く飛び、さえぎるものが無くなったのを確認してから本来の竜の姿へと身を変える。

 藍色の艶光りする鱗に覆われた姿で、最後に地上を見下ろしてみると、シェイラと彼女の腕に抱かれたココが大きく手を振っていた。


(なんなの、ほんと)


 ――――別れに感じたのは、少しの寂しさ。


 胸に疼き始めた感情に名前を付けるのは悔しくて。

 そしてまた人の女性と同じことを繰り返してしまうかもしれないことが恐ろしい。

 二度と彼女には会わないと、心に決めた。


(しばらく他国にでも行こうかな)


 背にまとわりつく何かを振り払うかのように、カザトは東の地平線を目指して思いっきり羽ばたいた。






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