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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第一章

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卵の正体①

「ふえぇぇぇー」


 人気のない森の中。

 小さな木造りの小屋の中の寝室のベッドで、赤い髪と瞳を持った子供が泣いている。

 半分眠りながらも完全に眠りに落ちることも出来ず、その中途半端な気持ちの悪い感覚に小さくすすり泣く。


「やーっぱりなぁ。丁度夜泣きの時期だと思った」


 ベッドの上で胡坐をかき、腕の中に抱き上げたココの背中をとんとん叩きながらあやし続けるソウマ。

 密着した子供の肌を通して普段より高い体温が伝わってくる。

 きっとココは毎晩こんな調子で夜泣きを起こし、シェイラを困らせているのだろう。

 本人は何も言っていなかったけれど、シェイラは明らかに近頃疲れた様子を見せていた。

 彼女の苦労を思ってソウマは眉を寄せて息を吐き、泣き止む様子のないココの背を叩き続けた。


「…暴発しそうだな」


 それは竜の子の成長過程で、必ずある力の解放。

 成長期に突然身体の内側から沸いた力を制御できず、表へと噴出してしまうのだ。

 ココが上手く眠れないのも、昼間興奮気味にはしゃいで飛び回っていたのも、力を押さえて上手く外へ出すことが出来ず、内側に溜まり続けてしまっているせいだろう。


「そぉまー」

「はいはい、良い子だから大人しくしてろ」

「んぅー。やーあー!」


 ソウマは身をよじらせて逃げようとするココを逃さないように捕まえたまま、その内側の火の気を読み、小さく舌打ちする。


「今日明日に起こっても不思議じゃない状態か」


 竜の力の暴発は、人の力では抑えきれない。

 それどころか火竜の場合は近くにいる人間を焼いてしまうおそれさえあった。


「うー…ぃやー」

「はいはい。ジンジャーが俺を連れて行けってシェイラに言ったのって、ここに居る間にやっておけってことだよな」


 ココのやたらと落ち着きのない様子をみたジンジャーは、きっとココの暴発が近いことを悟っていたはずだ。

 だから巻き込まれる人が出ないように、外へ行きたいと言うココの我儘に乗ってとそれとなく誘導した。

 押さえられるソウマを、これまたそれとなく連れて行くように誘導して。


 少し針で突いて刺激を与えれば、ココは簡単に暴発するだろう。

 それくらいギリギリの時期なのは、同じ火の気を糧とするソウマには分かった。


「明日、出発前にやっておくか。カザトもいることだし」


 都合よく居合わせた風竜を使わないわけがない。

 とりあえずさっさと落ち着いて眠ってくれと、ソウマは大きな欠伸をしながら思うのだった。


* * * *



「なーんーでっ、僕が手伝うことになってるわけ?」


 朝食のときにソウマに話を聞き、既にシェイラとココ、カザトとソウマは森の中の開けた野原にいる。

 カザトは良いように使われるのが気に入らないらしく、ふてくされて唇を突き出していた。


「別にいいじゃん。そんな労力になることでもないだろう」

「労力がどうとかじゃなくて!僕が顎で使われてるってことが問題なのっ」

「はいはい。とりあえずカザトは周囲に熱気が広がらないように風の調整よろしく」

「やるなんて言ってない」

「あの…」


 ココを腕に抱いたシェイラの声に、言い合っていた2匹の竜の目がこちらへと向けられる。


「ココの為に申し訳ありません。でも、どうかお願い出来ないでしょうか」

「っ……」


 ココを抱いたまま深く頭を下げる。

 数秒間そうしてから顔を上げると、カザトに気まずげに視線をそらされた。

 ソウマが苦笑をもらし、カザトの背を肘で突っつく。


「カザト。お前、なんとなく気が乗らないってだけでごねてんだろう?こんなに頭下げてるんだからいいじゃないか」

「……わかったよ。貸しだからね、貸し」

「有り難うございます」


 適当で気分屋な性格の風竜は、本当にただその場の気分でしぶっていたらしい。

 ふんと鼻を鳴らしながらだったけれど、とりあえず了承してもらったことにシェイラは胸をなでおろした。


「暴発とは危険なものなのでしょうか」


 まだジンジャーのもとで学び出して日が浅いシェイラでも、暴発と言う意味はさすがにもう理解出来る。

 でも実際どのくらいの規模で、どんな事象が起こるのかは、いまいち分かっていなかった。


「いやいや。まだ力の低い小さい竜の暴発なんてせいぜい周囲2,3メートルに炎が飛び散るくらいだから心配ない。それでも城だと人を巻き込みかねないってことで、ここでやっとこうかと。カザトも特に必要ないんだけど、暇そうだからまぁ手伝わせとこうかと」

「…………えぇっと」

「だから嫌だっていったんだよ」


 カザトがぽつりと不満をもらす。


(特に必要ないのに、嫌がる相手を無理やり参加させるのはどうなのかしら)


 カザトの不満とシェイラの困惑に気付いたソウマは、しかし何の悪びれもなくあっけらかんと笑う。


「だって1匹でやるより2匹でやるほうがよけいに楽にできるじゃん?」


 ソウマを初めとした火竜は懐が深く熱血な性格をしている。

 けれどこういう大雑把で適当な所は、たぶんソウマ個体のものではないだろうか。


 シェイラは同意も否定もしようがなく口をつぐむことにした。

 自分はただ見ているしか出来ないから、ここで口を出すのは出しゃばり過ぎのような気がした。

 ココに関することなのだから、何か少しでも手伝いたいけれど、竜の力を前にすれば人は無力で、やはり見守っていることしかすることは無い。

 

 …腕の中にいたココがふいに持ち上げられ、暖かさが消えたことに気付いて顔を上げる。

 見るとソウマがココを担ぎ上げていた。

 抱き上げるでもなく、彼はすぐにココを地面に下ろしてしまう。


「いやー、だっこー!」


 両手を出して抱っこをせがむココの頭を、ソウマがぽんぽんと軽くたたく。


「後でな。今はそこに立ってろ」

「むぅ」


 ココは唇を突き出して分かりやすく不満げな顔をしていた。


「シェイラは俺から離れないように。火がいかないようにするから」

「はい。宜しくおねがいします」

「カザトも頼むわー」

「はいはい」


 ソウマに支持されたカザトが、人型の背中に藍色の鱗に覆われた翼を出して空へと羽ばたいた。

 背の高い木の上に立つと、結んだ藍色の髪と赤い羽飾りが揺れる。

 風を読むかのように彼は遠くを眺めた。


 ソウマに促されたシェイラは、ソウマと一緒にココの立つ場所から10メートルほど離れる。

 突然独りにされたココは不安げな顔でこちらを見ていた。


「………うぅ」

「泣きそうな顔すんなって。ほら、身体の中の火の気と話してみな。上手く仲良くなれ」

「…はぁい」


 不満そうにしながらもココはソウマのいう事にしたがって、瞼を閉じる。

 するとココの身体から炎が舞うようにとびだした。


「ココ?!」

「大丈夫。これでちょっと俺が突いて力の解放を促してやれば終わりだから」


 ソウマが指先をココへと向けて、ちょんちょんと動かす。

 こうして刺激して暴発させれば2,3メートルの火柱が上がる。

 それで終了らしく、数秒で終わるものだと。……シェイラは事前の説明でそう聞いていた。


 

 ――――なのに。



 ココの周囲に舞う炎をは、どんどんどんどん大きくなっている。

 2、3メートルどころの騒ぎではなく、すでにシェイラ達の立つ場所より広い10数メートル四方にまで炎は広がっていた。

 ソウマに守られたシェイラに火は近寄らなかったけれど、それでも肌を焼かれるほどの焦げ付くような熱さに肌を煽られた。

 息をすると喉がやけどしそうで、出来るだけ呼吸を浅くしなければならない。

 

 突然、大きな風がふいて。ココの身体を中心として炎をまとった火柱が高く舞い上がる。

 それはそびえたつ森の木々よりも高く高く上がってしまった。

 思わず見上げた先では、カザトが木の幹から飛び上がるところだった。

 これ以上炎が広い範囲に行かないように、風で火の力を上へと上げてくれているらしい。


「…あの、ソウマ様」

「あぁー……うん…。これでも必死に抑えてんだけどなぁ…」


 傍らのソウマを振り仰ぐと、彼の額から一筋の汗が流れていた。

 眉間に刻まれた皺と、厳しい表情。


 


 ココの姿が、炎が強すぎて影さえもみえない。


「ココ!!」


 (普通ではないわ…!)

 

 あきらかに何か予想外のことが起こっていると、理解したシェイラは、慌ててココに駆け寄ろうとした。

 しかしシェイラの手首を、ソウマが掴んで止める。


「っ…どうしていかせてくれないのですか」

「駄目だ。これ以上近づいても守りきれない。…っつ……こんな強力な暴発は見たことも……何が起こってる…?」



 ゴオォォォォォォォォ!!!!



 耳を塞いでも無駄なほどの音が鳴り響く。

 続いて熱く焼けてしまいそうな熱風が、嵐のように吹き荒れる。

 大きすぎる力の流れ。

 木々が根から浮き上がり、草花が土ごと剥がされて捲れあがる。

 その場に存在するすべてのものが、炎の渦に巻き上がった。



「っ…!」


 余りに強力な力の流れに、シェイラの足が地から離れそうになる。

 このままでは宙に放り出されてしまうと、ぞっとした時、腕を強い力で掴まれて身体を引っ張られた。


「っ…?!ソウマ様?」

「じっとしていろ」


 耳をつんざく轟音の中では、かすかにしか聞こえなかったけれど、確かにソウマはそういった。

 気づくとソウマの腕がシェイラの身体をすっぽりと覆っている。

 炎をまとった嵐の中で枝や砂吹雪、果ては小動物が飛んでくるのが見えた。

 そんなものから守るかのように、ソウマはシェイラを胸の中に閉じ込めくれる。



 吹きすさぶ風と炎の中、目を眇めてココをどうにか見つけようと凝視すると、ココを囲む呪文のような陣と文字が浮いているのが見えた。


(………?)


「ソウマ様、あの文字は?」


 不可思議な陣と文字に、ソウマはシェイラが指さしたことで初めて気が付いたらしい。

 炎の向こう側を難しい顔で見つめてから、僅かに瞼を伏せて首を横へふる。


「…わからん」

「…………」

「何よりもこれは暴発じゃない。こんなのココみたいな小さな竜が扱える竜術の規模でもないはずだ…」

「だったらどうして…!」

「わからん!とにかく今は身を護れっ!」


 大風の音に負けないほどに、大きな声でソウマが叫んだ。

 シェイラは飛ばされないように、ソウマの腕にしがみつく。

 恥ずかしがる余裕なんてなかった。

 そうしないとこの炎の大嵐に巻き込まれて死にそうで、ただただ必死に側にある男にしがみついた。


 ―――――体感では数十秒のような、数分のような、ほんの短い間だったような気もする。


 しかしその短い時間で、周囲の景色は変わりきっていた。

 炎を巻き込んだ豪風が地を叩きつける音がやみ、当たりが静かになってから、シェイラはやっとソウマの腕から解放された。

 少しふらつく足元を、ソウマの背中に回った手に支えてもらいながら周囲を見回す。


「っ……なに、これ…」


 声が、震えた。


 さっきまで目にしていた緑豊かな美しい森は失われていた。

 焦げた根からなぎ倒された大木が幾つか横たわっている以外、周囲数十メートルのもの全てが焼きつくされ、すべては黒く焼けて燻ぶる砂と灰にかえっていたのだ

 遠くに臨む山々は相変わらずの緑だから、砂に帰り雑草さえ生えていないこの周辺が余計に異様な場所に移る。

 燻る煙と、鼻につく焦げ臭さ、黒く変色した大地に、シェイラはただ声も無く呆然としていた。


「…………シェイラ、あれ」

「っ!ココ!」


 ソウマが指したところにはココが居た。

 シェイラが両腕で抱えられるほどの赤く丸い姿。

 いつの間にか竜の姿に戻っていたらしい。

 ココの身体を囲んでいた陣と文字ももうすでになくなっている。


「ココ、あなた…何をしたの……?」


 呟いた声が、震える。ごくりとつばを飲み込んだ喉の音がやけに大きくなった気がした。

 この地を枯草一本生えていない黒い世界へと変えたのは、間違いなくココなのだ。






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