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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第六章

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渓谷の底に沈む影④


 竜が人間たちに襲われている所に、シェイラとカザトが駆けつけた後。



 十分もかからずに応援の風竜達も次々とやってきてくれた。

 そして、すぐに何匹かは周囲を警戒して空を旋回し、また何匹かは地上に降りて細かい作業に適した人間の姿へと身を変え、襲われていた風竜の手当てにあたる。

 さらに何匹かは、森の中を調べてくると言って散っていった。

 こういう時にそれぞれがどう動くのか元々決まっていたのか、彼らの動きはとてもスムーズだった。



 ……そして今、里からふた山離れた森には、竜の悲鳴と物々しい空気が広がっている。


「グォォォォォ‼」

「もう少しで抜ける! 踏ん張れ!」

「解毒の薬は、里に戻らないとないかな……」

「俺が取ってくる」

「巻き付いてる縄、全部切り刻んじゃって問題ないかしら」


 鱗と鱗の隙間に深く食い込まされた幾つもの矢や杭。

 刃先が曲げられていたりしていて、少し暴れただけでは抜けない造りになっていた為に、その周辺の鱗を引きはがしてから肉を切り、抜き出さなくてはならなかった。

 焼いた刃で肉を切られる風竜は、痛みに身をよじり、喉をのけぞらせ大きく激しい声を(とどろ)かせている。

 巨大な竜が暴れる音や振動はとても大きく、シェイラの足元の大地も揺れるほど。

 驚いた森の動物たちはざわめき走り逃げ、鳥は群れとなって飛んでいっていた。

 

 そんな痛みに耐える竜の姿に、シェイラは唇を引き結び、奥歯を噛みしめるしかない。


「なんてこと……」

 

 大好きな竜が目の前でこんなことになるなんて。

 悔しくて、悲しくて、歯がゆかった。


「グウァッ、グォゥ……!」


 あまりに痛みに満ちた声に思わずじわり目の奥が熱くなったけれど、自分が泣くのは違うと頭を振る。


「シェイラ」

「……?」


 立ち尽くしていたシェイラに、報告のため仲間と話していたカザトが戻ってきた。

 こちらに歩いて来る彼の隣には、同じ風竜だろう背の高い人の姿があった。

 会ったことの無い、初めて見る顔だ。


(女性の竜……よね?)


 シェイラは首をかしげて背が高く、ショートカットをした藍色の髪のその竜を見上げた。

 顔の作りもどちらかといえば凛々しく、恰好いいというような感じだ。

 服装もズボン。

 ……でも、柔らかな身体つきや、何より胸元のふくらみからして、中世的な雰囲気をもつ女性だろうと思う。


「君が、白竜のシェイラ?」


 カザトと一緒に目の前まで来て、手を前へ出しながら口を開いたその声は高かった。

 女性だと確信したシェイラは慌てて頷き、握手を返す。


「は、はい」


 視線があうと、屈託のない笑顔をみせられた。

 とたんにうっそうとしていた森の中に爽やかな風が吹いたかのような錯覚を覚えてしまう。 

 まわりの陰鬱とした空気を吹き飛ばしてしまうほどの、からりとして堂々とした、恰好いい女性。

 まだ一言、二言しか話していないけれど、シェイラは彼女にそんな印象を覚えた。


「私は風竜の長、フウという」

「長、様……!」


 恰好いい女性が、風竜の長だった。

 ネイファでは家の継承は主に男児が継ぐものという認識がまだ強い。

 特に厳しく決まっているわけではないので、幼馴染のオレンジ家のように女性が継ぐこともあるのだが。

 それでも一般的には男性が上に立つという風習だったから、竜を束ねるものが女性ということに、シェイラは驚いてしまった。

 目を見開くシェイラに、彼女は爽やかに言う。


「仲間を助けようとしてくれて有り難う。礼を言おう」

「いいえ、そんな! 結局何も出来ていないどころか、足手まといでしたもの」

「彼らの統率を乱すことには十分な働きをしてくれたと思うよ。それにしても……聞いていた竜狩りの奴らが、こんな辺境までやって来ているとは驚いたな」


 挨拶をしていた時とは一転し、真面目な顔になった長のフウが呟いた台詞に、シェイラの動きが止まった。

 何かとても聞きたくのない単語を聞いた。

 心臓がドキリと大きく、嫌な感じに跳ねた。


「竜、狩り……?」

「あぁ、近頃ネイファの領土内で大規模な竜狩り専門の冒険者パーティーが暴れているらしい。隣国から流れて来たって、王都から各里へと注意喚起がなされていたんだ」

「え……」


 シェイラは薄青の瞳を見開いて呆然とする。

 フウと、カザトと、治療を受けている途中の竜をそれぞれ順番に見てから、その驚いた顔のまま、またゆっくりとフウの顔へと視線を戻した。


(竜狩り専門の冒険者パーティーがいる?)


 にわかには信じたくない……。

 でも、実際に遭遇してしまったために、否定が出来なかった。


 あの集団の正体を知ってしまったシェイラは混乱していた。

 突き刺さる動揺に満ちた視線にフウは黙ったまま、ゆっくりと頷く。

 シェイラが信じたく無いそのことが、事実だと肯定するように。

 息をのんだシェイラは喉を引きつらせ、唇を引き結んだ。


「そんな……そんな冒険者様は、知らないわ……」

「居るんだよ。そういう冒険者も」

 

 フウの言葉に、シェイラは俯いてしまう。

 彼女が実際に会ったことのある冒険者といえば、子どもの頃にストヴェール子爵家に宿を求めにきた気のいい人たちか、水竜の里で出会ったパーシヴァルたち。

 どちらもとても明るく楽しい人たちだった。

 だからシェイラは冒険者というものに、いいイメージしか抱いていなかった。

 しかし今回は、竜狩り専門の冒険者パーティーだという。

 呆然と瞳を見開き、固まっていたシェイラは手のひらを握り締める。

 しばらく黙り込み、どうしようもない、ぐるぐると胸の中で渦巻く衝動を必死に押し流したあと。

 まるで絞り出すかのように震えた声で、彼女はこぼす。 


「―――それ……絶対、やめさせないと、じゃないですか」

「はう?」

 

 風竜の長であるフウが、面白いものを見つけたかのように、楽しげに目を細めた。

 その隣でカザトが僅かに驚いた顔をしている。 

 風竜二人の前に立つ、顔をあげたシェイラの瞳には、元のおっとりとした雰囲気からは想像できない程に強い意思が刻まれていたからだ。

 シェイラはフウを真っ直ぐに見据え、深く息を吸ったあと。

 今度ははっきりと、しっかりと、相手に伝えるために言う。


「竜狩りなんて、やめさせるべきです。捕まえしょう。そして罪を償わせなければ」

「はぁ?」

「ははっ! 白竜のお嬢さん……シェイラは、思いのほか熱いんだねぇ。多種の竜の為にそんなにやる気になるなんて!」


 大きく笑うフウの様子に、竜の治療にあたっていた者たちが少し離れた場所から不思議そうに目を向けていた。


 シェイラはやる気だった。

 意気込みのままに、胸の前でぐっと手をにぎって頷く。

 ……が。


「あほか」

 

 そのやる気を否定する声が入ってしまう。 

 本当に、心から馬鹿にするようにカザトが一言で言い切ってきたので、シェイラは眉をつり上げた。

 自分の必死の決意をあっさりと否定されたのが気に障ってしまい、自然と少し尖った口調になっていた。


「カザト様、今のは一体どういう意味でしょうか」

「あほかって、そのままの意味だけど?」


 腰に手を当てた彼が、あからさまにため息を吐いてみせた。


「既にそのパーティー捕縛のために、国がたくさんの調査員や兵を派遣して探している。俺らが城に居る風竜に、今日ここに現れたことを風で伝えればそれで結構捜査範囲も絞れるだろう。それで充分だって」

「でもっ、それではっ」

「奴らを捕まえるのは、シェイラの役割じゃない。さっきも言っただろ。白竜の力の特性からいったって、性格や立場からいったって、お前は守られる側だ」

「っ…………」

「大体、なんで自分が捕まえるんだって勇ましい発想になるんだか、ったく。……とりあえず奴等がこの一帯から完全に退くくらいまで、風竜の里の中に入れば? 何十匹もの竜がいる里まで入ってくることはまずないはずだし」

「嫌です」

「は?」

「い、や、で、す!」


 シェイラはまるで子供が駄々をこねるかのように、頬を膨らませて首を振る。

 足元の雪を思いっきり踏みつけ、彼へと一歩分踏み出した。

 至近距離にせまったカザトの顔を睨みつけ、白い息を吐きながら、大きな声で言ってやる。


「ぜーったいに、嫌です! 城からの派遣兵が彼らを捕えるまでに、あとどれほど、何日、何カ月、何年かかるかも分からないのですよ!? その間にまたどこかで彼らは竜狩りをするのでしょう!? そんなの、待っていられるわけないです!!!」


 身を乗りだして、鼻息荒く主張するシェイラに、カザトは引きつった顔で一歩を後ろに引いた。


「い、いや。でも……さ、ほら。もう森のどっかに逃げてったし。森に散った風竜からも見付けたって報告ないから、元々何かあった時用に逃げ道か隠れ場所用意して、さっきの竜狩りもやってたんだろ。こんな木ばっかで、洞窟や岩陰も多い中、もうどこに隠れてるか見つけるのなんて無理じゃん」

「それは……」


 シェイラは言葉に詰まってしまう。

 竜が気配を探れるのは、同じ竜だけで、人間の居場所までは分からない。

 探しに行くにも、どこを探せばいいのか……と悩み、しかしシェイラは、ふとあることに気が付いた。


「……あの人たち、白竜に目の色変えていましたよね」


 呟いてから、カザトに提案してみる。


「おとり、とか。どうでしょう」

 

 とっても貴重で珍しい、白竜。

 これまで何匹もの竜を狩った彼らも見たことがないはずで、だからこそその価値を知っている。

 多少の無理をしても欲しいと、そう思えるはず。

 きっとおとりには最適だ。


「あほか」

「まっ、また言った……!」


 シェイラのふとした思い付きは、さらなるカザトの声にあっと言う間に却下された。


「でもカザト様。彼らを探しだすのに、一番手っ取り早い方法だと思うのです」

「馬鹿か!」

「もうっ! カザト様! あほとか馬鹿とかは、他人を傷つける言葉で、口に出してはいけないのですよっ」

「事実だろう。ばーか」

「ひどいっ。うちの子たちが喧嘩した時でもそんなに何度も言いません!」

「へぇ、つまり僕が子竜以下だと言いたいわけ?」


 変な言い合いを始めた二人だったが、隣にいた風竜の長であるフウが発した声に、ピタリと固まることになる。


「おとり作戦、いいんじゃないか」

「は!?」

「っ!!」

「うん。竜狩りの人間なんて鬱陶しいしな。とろとろしている人間の兵に任せず、さっさとこっちで捕まえて終わらせてもいいだろう」

「フウ様!」


 喜び、目を輝かすシェイラに、フウは爽やかに笑う。

 姿勢よく立つ中世的で美しい彼女は、本当に格好いい女性だと、シェイラはもう彼女のことが大好きになりかけていた。


「でももちろん、白竜の君だけに任せるつもりはないよ」

「え?」


 ゆっくりと周囲を見渡し、しばし考えるそぶりを見せたフウ。

 そうして時間をかけて頭の中で纏め終えたらしい事を、彼女はシェイラに説明してくれる。


「まず。おとりとして出すのは……そうだな、五匹。奴らが居るだろう一帯にばらばらになって貰って、呑気に昼寝でもするふりをさせる」


 例えむこうが先ほどの竜狩り失敗に警戒をしていても。

 呑気に一匹で昼寝をしている竜を見つけ、竜狩りを専門とするくらいの豪胆さと非道さがあるのなら、きっと出て来るだろうとフウはあたりを付けた。


「で、その竜それぞれに、護衛を付ける。可能な限り小型化させて、隠れて後をついていかせる。何十人の人間が襲って来たって対応できる数と力の護衛をだ」

「はい! いいと思います……!」

「いや、駄目だ! 駄目だ駄目だ駄目だ! 危険すぎるだろ!」


 やる気になっているシェイラと、すでに作戦の指揮者となっているフウの間に入ったカザトは、思い切り首を振りかぶる。

 彼の高い位置で結ばれたポニーテールがぴょこぴょこと跳ね、飾られた羽飾りが左右に揺れた。

 その必死な彼の姿に、フウは呆れたような溜息を吐き、自らの短い髪を掻いた。


「カザト……お前ほんっと、人間の女には甘いな。竜の雌にはほとんど興味しめさないくせに。でもな、もうシェイラはこっち側(・・・・)なんだ。弱い人間として扱うつもりはない。んで、さらに奴らを捕まえるって言いだした本人で、さらにさらに一番奴らが欲しがってる存在でもある。それに私は何より―――、仲間を傷つけられた仕返しをしたいと思っている」

「フウ様……」


(フウ様って、竜の中でも情に熱い方なのね。これがたぶん水竜とかなら、面倒だから人間に任せましょう。で終わっていた気がするもの)


 シェイラは背筋を正して顔をあげると、いまだいい顔をしていないカザトへと向いた。

 彼の右手を両手で取り、ぎゅうっと握りしめる。

 

「はい!?」


 驚いたのか引こうとされた手を、しかしシェイラは逃がさないとばかりに更に力を込めて握り続けた。

 大人の姿をした彼を見上げて、ふんわりと微笑みながら口を開く。

 

「カザト様。心配してくださって有り難うございます」

「べっ、別に心配とか、そういうのじゃ!」

「でもごめんなさい。私もう、守られる側でいようとは、とても思えないのです」

「…………」


 元々のシェイラはおっとりとした見た目通りの性格で、大人しくて、引っ込み思案で、絵にかいたような貴族の令嬢だった。

 ほんの少し前のそんな彼女なら、守られることを当然として、きっと里の中で危機が去るのを待つことを選んでいただろう。

 自分の身を自分で危険にさらすなんて、そんな向こう見ずなことはしなかった。

 もっと冷静に、安全で正しい選択を取れた。

 この選択は、とても危険で、とても正しいとは言えないものだと理解してもいた。

 でももう今のシェイラは、多少の危険があったとしても、自分で前に出て行動したいと思ってしまうのだ。


「カザト様。お願いします。やらせてください」


 真っ直ぐに真剣な目を向け、握った手に思いを込める。

 この意思を曲げるつもりなんてないと証明するために、シェイラはカザトから目を反らさなかった。

 ――結局、強い決意に負けたのはカザトの方だ。

 少しの間を置いたあと、彼の方から視線を横へと反らしていってしまった。

 そして諦めにも似たため息と一緒に、大きく肩を落としたカザトは、しかし最後の抵抗とばかりに……ぼそりと呟く。


「それで……子竜たちにはどう説明するつもりなんだ?」

「あ……」

「あいつら、母親であるあんたが危ないとこに行くって知ったら、絶対についてくるって言うだろう」


 固まるシェイラに、カザトはとても淡々とした口調で告げた。

 おそらくまだ少し怒っているのだろう。


「あんなチビっこいのを連れて行くわけにはいかない。つまり誤魔化して出てこないといけないわけだ。あんたに上手い嘘がつけるようには思えないんだけど?」

 


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