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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第六章

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渓谷の底に沈む影③

 前を飛ぶカザトはとても速くて、これまで彼がシェイラの事を考えゆっくり飛んでくれていたのだと気づいた。


 どんどん離れていく距離を埋めようと、必死に翼をはためかせてシェイラは後を追いかける。

 そうして、どうして彼が突然に明後日の方向へ飛び出したのか。何に慌てているのかさえ分からないまま飛び続け。

 たどり着いた二つの山を越えた先にあったものは、シェイラが絶対に見たくなかった光景だった。


(なに、これ……)  


 空高くから眼下を見下ろすシェイラは、そこに広がる光景を信じたくなくて、喉を震わせた。

 カザトの術により遠くてもはっきりと耳に届く地上の声は、聞きたくも無いような内容ばかり。

 倒れた藍色の竜の四肢に、尾に、喉に、何重にもロープが、いくつもいくつも絡みつき、ほんの僅かな鱗と鱗の隙間へと無理矢理に力任せに穿たれた斧や鉈が突き刺さり、その表面を赤い血が流れている。


(っ………な、に……)


 ―――――人間が、徒党を組んで竜を襲っている。


 その光景に、ぐらり。シェイラの視界が揺れた。

 続いて、すぐに目の前が真っ赤に染まったような気がした。


「…………」


 胸の一番奥を、汚い手で、汚い色で、むちゃくちゃに塗りつぶされるような感情。

 これは、憎しみとでも呼ぶものなのだろうか。

 怒りという感情は知っていたけれど、心の底から誰かを憎いと思ったのは、シェイラが今まで生きて来た中で初めてのことだった。

 心臓がドクドクとあり得ない大きさと早さで脈打ち、胸が苦しくて呼吸がままならない。


 大好きな大好きな大好きな竜を、人間が、殺そうとしている。


「おい! もっと投げ縄持ってこい! このままだと振りほどかれるぞ!」

「刺せ刺せ! 毒持ってこい! しびれ薬も! とにかく動けなくさせることが先決だ!」

「鱗をはげ! 死んで消えちまう前にはげるだけ剥ぐんだ!!」

「ノコギリはどこだ! ツノを切り落とすんだ!」


(っ………)


 耳に届くその声に、シェイラは歯の奥がきしむほどに噛みしめる。

 苦しくて悲しくて憎くて憎くて憎くて、呼吸をすることさえ忘れて彼らを睨みつける。

 以前にココを奪われた時とはまた違う。

 あれは、たった一人だけが相手だったから、その人だけに怒れば良かった。


(でも、これは……)


 多くの人間がたった一匹の竜を取り囲み、徒党を組んで狩りを行う光景を前にして、どうしようもなくどろりとした暗く重い感情にシェイラの心が呑み込まれる。

 彼女の縦に瞳孔の入った鋭い印象を与える、竜の瞳がギラリと光った。


『おい?』

「…………」


 カザトの呼びかけにも応えないまま。

 シェイラはただ真っ直ぐに、衝動のままに翼をはためかせ。


 風を切り、急降下した。


『おい……!』

「っ!」

 




 風をまとわせた翼を二度はためかせると、落下していた竜の身体は浮き上がる。

 同時に巻き起こった不自然な風に、真下にいた人々の何人かが上空を見上げ、そこに浮く、白い竜の姿に目を見開いていく。


「あれは……」

「白竜……か?」


 背後に青い澄み渡った空を映した、雪のような純白の鱗に覆われた竜の姿。

 とつぜん現れたその竜の存在に、動揺と困惑が広がっていく。

 その男たちの前で、白い竜は人の少女の姿へと変わっていった。

 白竜が人になったその姿は、まだ幼さを残した十代半ばの髪の長い少女のものだった。 


 真っ白な翼を背中に生やし宙に浮く彼女は、傍に伏した傷ついた風竜の背にそっと手を添えて、一瞬泣きそうな顔をした後。

 つぎに地上に居る人間らを見下ろし、厳しく瞳を細めた。


「何を、しているの」


 縦に瞳孔の入った人離れした瞳で見下ろされた男たちの耳に、憤りを押さえつつも、周囲に良く通る凛とした声が響いた。

 翼さえなければ、ただの十代半ばの儚く弱々しい少女にも見えるのに。

 彼女の放つ、目には見えない強大な力にどうしてか気圧される。


「っ……」

「なんなんだ、あれは」


 重圧と畏怖におそわれ、人々は身を震わせた。


 ……が、その張りつめた空気の中、誰かが叫ぶ。


「おい‼ しっかりしろ!」


 首元に青い布を巻いた逞しい体格の髭を生やした男で、先ほど風竜を襲う人々に指示を出していたのも彼なので、どうやらこの集団のリーダー的役割をになっているらしいとシェイラは判断した。

 男は手にした大ぶりな斧を掲げて振り、周囲へと呼びかけた。


「やれ! 白竜を捕まえたら、もう一生遊んで暮らせるぞ!」


 その響き渡った野太い声に、男たちははっと顔を上げ、我に返ったように雄たけびをあげる。

 そう。目の前に居るのは、竜の中でも特に珍しく価値の高い白竜。

 その価値を、何度も竜狩りを経験してきた彼らは知っているのだ。

 

「うぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 目の色を変えた彼らは弓や剣、斧を掲げ、シェイラへと向かって来る。


「っ……」


 男たちが倒れた風竜の背をよじ登り、シェイラへと手を伸ばそうとする。

 刃物を付けた縄を投げ、捕えようとするも者もいた。

 自分を狙う彼らの迫力に身構えたシェイラだったが、しかしそこで―――鋭利な風が吹く。


「カザト様!」


 頭上を見上げると大きな竜が飛んでいた。


「グォォォォォ!」

「っ! 何だ! 他の竜もいるのか!!」

「グォ!」

「うわぁ!」


 カザトの放った風の刃が男たちを切り裂く。


「くそっ! 早くあいつもやっちまえ!」

「無茶言うな! あの弱々しい雌竜なら二匹でもいけると思ったが、三匹もまとめて相手なんて無理だろ! 撤退だ!」

「いってぇ!!」


 背を向けた何人かに、刃となった風が襲い、血が噴き出た。

 悲鳴。

 混乱。

 一匹のみを相手として作戦を練っていた人々は、予想外に増えた竜の姿に逃げ惑う。


 ―――やがて、集団が逃げ散った後。

 怪我で動けないでいる数人の人間と、縄と鎖を首と手足に何重にも巻かれて動けないままの風竜。

 そしてシェイラとカザトが残された。


「っ………ぁ!」


 騒動が過ぎ去り、やっと地へと足を付けたシェイラは、そのままがくりと腰を抜かしてしまった。

 そのシェイラの手を、大人の人の姿になったカザトが引っ張り上げ、立たせる。


「おい。大丈夫か?」

「グゥルルルル」

「あぁ。すぐに他の奴らも来るはずだ。よく持ちこたえたな」

「グゥ」

「……刺さってるやつ、力任せに抜いたらまずいか。治療出来るやつを待とう」


 離せばまた座り込んでしまいそうなシェイラの手を握ったまま、カザトは傷ついた風竜と話をしている。

 その間、シェイラはガクガクと震える膝をなんとか保つことに精いっぱいだった。

 しかし何言か風竜と会話を交わしてたカザトは、ふいにシェイラへと顔を向け、思い切り睨みつけてくる。

 眉を思い切り吊り上げて、彼は怒る。 


「あのさ! 白竜の力って、まだ未解明な部分が多いにしても、どう考えても戦闘向きじゃないだろ! 何であんな、武器を持って待ち構えてるような奴らの中に飛び込むわけ!? どれだけ考え無しなんだよ! 馬鹿か!」

「っ、く、悔しくて……」


 顔をゆがませ、唇を震わせるシェイラの様子に、激昂していたカザトは息をのみ、次いで眉を寄せて視線をそらした。

 少しの間が開いたあと、ひとつ小さなため息を落として彼は紡ぐ。


「……だからって、あれは無茶過ぎ」

「っ……ごめ、ごめんなさい……人が、ごめんなさい」

「は? あんたがやったんじゃないだろ」

「っ……」


 喉がつっかえて言葉が出てこず、シェイラは唇を震わせながら首を振る。


「めんなさい……」


 半分以上、シェイラは人の血を引いている。

 人が、竜達を傷つけた。

 そのことが堪らなく哀しくて、彼らに申し訳なかった。


「だから、あんたがやったんじゃないし。むしろ風竜のために怒ってくれただろう。やり方は考えなし過ぎて呆れるけど」

「っ……ふ、ぇ………っ…!」

「あーもうっ、何で泣くんだよ! これだから人間の女の子ってめんどくさい!」


 握っていない方の、もう一つの手を伸ばしてきたカザトが、服の袖で乱暴にシェイラの目元をぬぐう。

 痛いほどに目の下をこすられる感触に、シェイラは小さく喉を震わせた。

 怒りながらで、手つきも乱暴で、不器用な方法だが、彼はシェイラをなぐさめようとしてくれている。

 冷えた胸に、その温かさはとてもすんなりと沁み込んだ。


「ったく、ほんとに面倒っ!」


 ぶっきらぼうな言い方に思わず気を抜かれ、やっと息を吸うことが出来るようになった。


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