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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第六章

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渓谷の底に潜む影②



 枯葉(かれは)や枝を組み合わせて作られた、お(わん)型をした巨大な竜の巣の中。

 きゅうきゅうきゅうきゅう鳴く子竜達に群がられつつ、ココとスピカに左右挟まれた状態で、人の姿に戻ったシェイラは絵本を読み聞かせていた。


 物語を作る。読む。といった習慣の無かった竜たちにとって、読み聞かせはとても興味を惹かれるものだ。

 子竜たちは大きな瞳をキラキラに輝かせ、物語の世界に一喜一憂して楽しんでいる。


 しかし。

 ……シェイラたちを少し離れた場で見ている、人の子どもの姿のカザトは、呆れとも感心とも取れる呟きを吐いた。


「うっわー、マジかよ。白竜ってだけでこんなに群がられるものなのか。何匹頭に乗せてんだか。鬱陶しそう……」


 風竜は、他種の竜と比べても自由気ままな者が多い。

 そのため、子竜であってもここまで団子のごとく集まっている状況は珍しかった。

 カザトが離れて見ている分にはとても面白い。

 でも面倒そうなので、あれが自分に降りかかるのだけは御免だと思った。

 とりあえずカザトは更に尻で後ずさって、それなりな距離を空けておくことにする。


「ねぇねぇ! もっとよんで?」

「きゅっ、きゅう!」

「えぇ、分かったわ」

「こっち―! こっちのほんがいい!」

「きゅうー!」

「あっ、か、髪は引っ張らないで……! 痛いから、駄目よ?」

「きゅっ!」

「あぁ、その本は次にね。順番ね」


 群がられている本人の表情はとても生き生きとしていた。

 ココとスピカも馴染んでいる。

 そんな彼らをぼんやりと眺めたあと、カザトは両手をうんと伸ばし、大きなあくびをした。


「あー……暇だから何となく一緒について来たものの。面白くねぇ。子竜の世話なんて絶対したくねぇし」


 カザトの態度は表情と態度にはっきりと出ているからか、子竜たちも寄ってこない。

 結局こうして頭上の青い空を眺めるしかなく、流れる雲を数えてもうしばらくが経っていた。


「ふぁ……。いい天気だ」


 屋根のない屋外だが、温められた風で満たしているので、この巣の中は心地がいい。

 自分がまだ巣の中で育てられていた頃以来の、懐かしい温かさだった。

 暇だし、心地いいし、空は青いし、もう昼寝でもしようかとカザトが考え始めた時。

 聞こえた羽音に気づいて顔を向ければ――――空から、一人の男が降って来た。


「シェイラ!」

「アシバ様」


 巣の隅っこに腰を下ろしていたカザトと、中央にいたシェイラの間に立ったのは、風竜ジークの息子のアシバだ。

 カザトが朝食のときにシェイラに聞いた限りでは、彼が里での彼女の案内役を勤めているらしい。


 ……カザトとアシバの仲は良くも悪くもない。普通だ。

 カザトが里に帰っていることは昨日のうちに『風の便り』で知らせていたので、特に驚かれることも無く。


「よう」

「ん」


 互いに会釈を交わすだけで、久々の再会の挨拶は終わった。


 おそらくカザトが居るからと、これまでシェイラに着いている役目だった彼は今朝姿を現さなかったのだろう。

 そのアシバはシェイラとカザトを交互に見下ろし、口を開く。


「シェイラ。長が帰ってきたぞ」

「まぁ。一ヵ月ほど前に風に乗って飛んで行ってしまったという風竜の長様ですね」

「そうそう。戻って来た。シェイラも会いたがってただろう……で」


 アシバはシェイラへと頷いたが、今度はくるりとカザトを振り返る。 


「カザトも、顔くらいだしとけな?」

「めんどくさ」

「そう言ってお前、何十年会ってないんだよ」

「だってさぁ……」


 カザトは不機嫌そうに頬を膨らませて、ふいっと顔を反らす。


(あんまり、長には会いたくないんだよなー)


 別に仲が悪いという事ではない。

 ちょっと、ほんの少しだけ、性格が合わないだけだ。

 竜としてとてもまっとうなあの竜は、人への恋愛心を一切理解してくれず、アイーシャのもとに留まり続けたカザトに呆れていたから。

 今でも会うなりさっさと竜のつがいを得て子孫を作れと言うのだ。

 絶対に、アイーシャ以外は嫌なのに。


(出来るなら今回も会わないままで居たいと思ってたけど)


 それなのに、視線をそらしているのに。

 チクチクチクチク、期待のこもった眼差しが突き刺さる。視線の主は白竜の少女だ。


「カザト様も一緒に、行ってくださいますか? 初めて長にお会いするのに少し緊張してしまいそうで、カザト様がいれば心強いです」

「えー……」


 シェイラの願い出を断ることは、全然出来る。

 今すぐに「めんどくさい」と言って飛んで行ってしまえばいいだけなのだし、シェイラ達の面倒はアシバに任せて構わない。

 でも。カザトの表情を読んだらしいシェイラが本当にとても残念そうな顔をするのだ。


「無理に言っているわけではないので、嫌なら構わないんです。カザト様がいれば心強いなって。……すみません」

「う……」


 控えめに笑う彼女に、カザトは顎を引いた。

 この年頃の人間の女の子に、彼はどうしても弱くなる。

 かつて愛した人間の少女アイーシャを思い出してしまうから。

 だから今まで極力関わって来なかったのに、彼女はこうして現れて近付いて来る。

 ちょっと冷たくしたくらいでは全く堪えてくれない。

 また何度でも近付いてくる。

 態度は控えめなくせに、とてもしつこい。

 そうされると、カザトはもう……振り払えない。


「……くそ」


 カザトは小さく悪態をついてから、大きくため息を吐きつつ頷いた。 


「分かったよ……」


 ぱっとシェイラの顔が明るくなった。


「有り難うございます!」


 アシバがカザトとシェイラの間で満足げに頷き、口を開く。


「じゃあ、すぐ出られるか? ほんとにいつも気が付いたら飛んで行ってるから、出来れば早めに会った方がいいと思う」

「そ、そんなに……」

「まぁ一応は長って立場だから、半年も一年もいないってことはないけど。その代わりなのか頻度が多いんだよなぁ」

「分かりました。ココ、スピカ。行きましょうか」


 シェイラは自分の頭や肩にのる子竜たちを掴み降ろしながら彼らに声をかけた。

 でもココとスピカは絵本から顔をあげ、頬を膨らませてしまう。


「えー、まだあそぶぅ」

「スピカも」

「でも、長にご挨拶しないといけないでしょう?」

「やーだっ! べつにいーよ」

「駄目よ。里にお世話になっているのだし」

「ぶー。きょうはぁ、いちにちみんなとあそぶって、しぇーらもやくそくしてたのに!」

「それは、ごめんなさい……。でも、ご挨拶はしに行かないといけないわ」

「「えー」」


 さらに唇を突き出す二人の様子をみたアシバが「それなら」と片手を軽く上げて提案をする。


「俺が見ておこう。カザトが長のとこまで連れて行ってやれよ」

「え、でも」

「長との話なんて三十分もかからないだろ? 別に全員揃って行く必要もないし。それくらいの留守番、子供らも大丈夫だろ」

「だいじょーぶだいじょーぶ」

「スピカも!」


 再び本をのぞきだしたココは、もうシェイラの方を向きさえしない。

 よほど楽しいのか、スピカさえもが同じ反応だ。

 風の子竜たちとともに絵本に書かれた絵を指さし、これは「いぬ」これは「とり」と教えあっている。


「……そう?」


 その様子に安堵したシェイラはまた自分の頭や肩によじ登っている子竜たちを手に取りそっと降ろした後、ココとスピカの頭を交互になでた。

 二人の額に口づけを落としてから「すぐに戻るわ」と言って立ち上がる。

 その拍子に僅かに首元で揺れた光に、カザトは何となく視線を持って行く。


「あ」


 ぼんやりと眺めていただけの藍色の瞳が一点に固定され、驚きに見開かれた。


「それ……」

「え?」


 カザトの視線の先をたどり、自らの首元、鎖骨の中ほどを見下ろしたシェイラは、ぽっと頬を赤らめる。


(っ………)


 その彼女の反応だけで、カザトは悟ってしまった。

 シェイラにそれを渡すほどの近しい関係にある火竜なんて、ココ以外ならば一匹しか思い当たらない。

 竜の鱗に力を凝縮させて『竜の加護』をつくる術は少し難しく、ココにはまだ出来ないだろうから。

 だとするともう、残ったもう一匹の竜しか居ないのだ。


「ふうん」


 ―――カザトは知らなかった。

 彼女とあの火竜がそういう関係だなんて。


「カザト様? あのこれが、どうかされましたか?」

「別に」

「……でも、急に不機嫌に」

「なってない」

「そうですか」


 頷きながら、揺れる赤い石に指を触れさせ、控えめにほほ笑む白銀の髪の少女。


「………」


 無意識に、カザトは自分の拳を堅く握り締めていた。

 彼女とアイーシャとの共通点なんて、人間の中で育ったというだけで、性格だって容姿だって全く違う。なにもかも、違って、重なるはずが無い。

 なのにどうして、たまに同じような感情が湧いてくるのだろうか。

 ……どうして、赤い鱗を見て自分はこんなにも傷ついているのか。

 答えに気づきたくなくて、苛立たしいこの感情について深く考えることをやめるため、カザトは頭を降りかぶり、眦を吊り上げ、空を見上げながらぶっきらぼうに言う。 


「ほら! さっさと行くぞ! 合わせるなんて面倒だから、ちゃんと着いて来いよな!」

「はっ、はい!」


 立ち上がり、トンっと地を蹴り上げて、翼を出すなり空へと舞いあがる。

 巨大な竜の姿へと変わっていくカザトのあとから、シェイラも慌てた様子で着いてきた。


『長は崖壁の上の方の穴中に居るから、高度あげるよ』

「グォ」

『なんで念話しないの』

「グォゥ……」


 頭を下げて落ち込んだような様子を見せたことで、彼女が念話を出来ないのだとカザトは理解する。


『マジかよ。ほんとに、竜なのは姿形だけだな』

「グゥ」

『べっ、べっ、べつに馬鹿にしてるわけじゃ……事実だろ。別に竜の声でも意味は分かるからいいって』

「グッ」


 そんな会話を交わしながらほんの数分とんだとき、カザトの耳に、風が声を伝えてきた。


『つっ……!?』



 それは痛みと―――悲鳴。



 助けを求める、叫び。



「グォ」

「グ?」


 突然、空中で動きをとめたカザトに、シェイラも同じように留まりつつ、首を傾げている。

 そんな彼女に念話を返す余裕もなく、カザトは苛立ちに奥歯を噛み、風での会話を続けながら、宙返りして方向転換する。


(っち! 俺が一番近くに居るのか! こんな里の近くでいい度胸だ……‼!)


 声が聞こえたのは、里の敷地の外。

 連なる山脈の、二つほど山を越えた先からだ。

 緊迫した空気を振りまきながら方向を代えたカザトに、慌てた様子でシェイラもついてくる。

 そんな彼女を目の端で捕らえながら、カザトは大きく翼を羽ばたかせ、喉をそらした。


「グウォォォォォ!!!!」

「!?」


 何事かと驚くシェイラに構ってはいられなかった。

 本来ならばまだ人間の側である彼女から里の敷地内で距離を置くことは許されないが、今は緊急事態だ。

 説明する間もまどろっこしく、カザトはスピードを上げて空を羽ばたく。

 


 竜が、近くで狩られようとしているのだから。


 さすがにカザトでも、行かないわけにはいかなかった。




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