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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第六章

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再会と困惑②

 


 天気が荒れてきたのか、ごうごうと鳴る風の音が室内にまで届くようになっていた。


 そんな中、シェイラはカザトを見上げ続けていた。

 背中には冷や汗が滲んでいる。


(カザト様からすれば、自分の留守中に他人が勝手に住みついていたのだもの。怒らない方がおかしいわ)


 

「カザト様。本当に申し訳ありません。私、勝手なことをしてしまいました」


 子供達を膝の上に乗せたままだから、座った状態ではあったけれど。

 シェイラは頭を深く下げて謝罪を口にした。

 流したままの髪がさらりと肩から前へと滑り落ちて、わずかに視線の先で揺れる。


 薄暗い部屋の中で口にされたその真剣な謝罪に、カザトは苦虫を噛み潰したような表情を見せる。


「べ、別に……、ここで寝泊まりしろって言ったのは里の奴らってことだし。あんた一人に怒ってるわけじゃ……」

「カザト様……」


 ぶっきら棒で、意地っ張り。そのうえ天邪鬼なところもあるけれど、根は優しくいい竜なのだと知っている。

 顔を上げたシェイラはほっと息を吐き、眉を下げた。


「有り難うございます。朝になれば出て行きますので。出来ればこの子たちが起きるまでは、この家に居させていただけないでしょうか」

「……? ここを出て、どうするわけ?」

「ええと、どうしましょう」


 シェイラは視線を彷徨(さまよ)わせた。


(里を出る? まだ一週間しか居ないし、出来ればもうしばらく滞在して堪能したいけれど)


 暖かな気候なら野宿も考えるが、さすがに自分の身の回りの風を調整できる風竜でもなければ凍死してしまう。



「……とても残念ですが、冬の間は離れてまた春になった頃に来るしかないですよね」


 何をどうしても難しい。もう諦めるしかない。

 翼があるから、この険しい山脈を超えるのも難しいことではなかった。

 シェイラが苦笑いを浮かべながら結論を伝えると、カザトは何故か機嫌を悪くし、眉を寄せて唇を尖らせた。

 彼は腕組みしていた腕を解き、藍色の前髪をかき上げて溜息を吐く。


「なんだよ……それじゃあ俺が追い出した悪者みたいじゃん」

「いえ、そんな! カザト様が悪いわけではありません。他の風竜にもきちんと説明してから出て行きますし、」

「―――いや、もういい」

「え?」


 唇を尖らせたまま。怒ったふうな口調だけれど、カザトの耳元は少し赤く染まっていた。

 

「いいよ。別に、ここに居ても」

「……本当に?」


 ぽかんと口を開けるシェイラに、カザトは小さく頷いた。


「僕は居間のソファで寝るし。それも気になるなら外でもいいし」

「えっ、いえいえいえ! 外でなんてそんな……! ぜひ家の中で! ソファなんて言わずきちんとベッドも使ってください!」

「いいからっ!」

 

 ピシャリと少し強く言い切ってから、つぎにカザトはぶっきら棒に呟く。


「……女と、子供をぞんざいにして……、自分がぬくぬくとベッドで寝るなんてことしたら、アイーシャに怒られるだろ……」


 シェイラは瞬きをして彼を見上げる。


「アイーシャ、様?」

「もう居ないけど。……そういう奴だったから。はい、決まりな」

「で、でも、ソファと言ったって……」


 シェイラは隣の部屋、居間の壁際に置かれていたソファを脳裏に思い浮かべて困惑した。

 グリーンのチェック模様のクッションが置かれた可愛らしいソファ。

 一人暮らし用のこの家のそれは、どう考えても彼が睡眠をとるのには小さい。

 大人三人がぎゅうぎゅうに座ってやっと収まるくらいの大きさなのに、どうやってと首をひねった。


「カザト様。もしかして座って寝るおつもりですか? 本当に私達は大丈夫ですので。そんなご迷惑をお掛けするくらいならきちんと春になってから出直します」

「いいから。っていうか、あれで普通に広々寝れるようにするから」

「……ソファベッドでは、無かったですよね?」


 もしかして広げられる仕様のソファベッドかと一瞬だけ思ったが、この数日さんざん使わせて貰ったから普通のソファなのだということは確かなはずだ。

 眉を下げるシェイラの前で、カザトは呆れたふうにまた溜息を吐く。

 そしておもむろに軽くジャンプして歩を一歩後ろへと下がった。


「…………」

「あっ!」


 薄青の瞳を見開くシェイラの目の前で、十代後半くらいの見目だったカザトの身体が変わっていく。

 小さく、小柄になっていくのだ。

 ゆっくりと変化していく身体に合わせて、衣服も形や色を変えていた。


「そっか、ソファでも寝られるように姿を変えれば……」

「そういうこと」


 変化を終えた自身を見下ろしながら、その身体を確かめるように両手を握ったり開いたりしているカザト。

 その、完全に変わった彼の姿に、シェイラは頬を赤く染めていく。

 彼を前にして、シェイラの唇は喜びにわなわなと震えていた。


(かっ、かっ、かっ、カザト様、可愛いわ……!!!)


 口に出していれば絶対に怒られただろう。

 しかし本当に、幼い姿に身を変えた彼は可愛かった。

 十歳にも届かないくらいの、おそらくシェイラの胸あたりまでだろう身長の、藍色の髪をポニーテールにした男の子。

 少し釣り目で生意気そうな顔に、幼くなって柔らかさを増した頬や身体。

 大人の姿を知っているからこその、この可愛さとのギャップもあるのだろうか。


「うん。よしよし。こんなもんだろー。変じゃないか?」


(こ、声まで……! あと、口調もなんとなく違うし……!)


 声さえも幼く高い声へと変化していたうえ、話す口調自体も少したどたどしさを見せていた。

 水竜の里で出会ったミモレなども幼い姿をしていたけれど、大人びた顔立ちと言葉遣いだったから、子供らしさを感じることは無かったけれど。

 カザトの子どもバージョンは、とにかく完全に可愛い少年だった。


「素晴らしいです……!」


 瞳を輝かせてぐっとこぶしを握るシェイラに、カザトは片眉をひくつかせて身を反らせた。引かれている。


「……あんたさぁ。前に会った時も、血のつながりのないココへの愛し方とか見てちょっと思ってたけど。少年愛者(ショタコン)だったりするわけ?」

「う……可愛いものと竜が好きなだけです。すみません」


 可愛いだけなく、さらに()という要素が入っていることが重要なのだ。


(翼、出して下さらないかしら。この姿でパタパタ背中で翼が揺れたりしてたらもうっ……!)


 シェイラの熱のこもった眼差しに、カザトは無言のままでまた一歩後ろへと下がってしまった。


 ――――ただ相手が竜というだけで、異性との共同生活だって受け入れられてしまう位に、シェイラはとにかく度が過ぎた竜偏愛者だった。

 カザトと一つ屋根の下で暮らすという事に、本当に何一つ疑問も躊躇も抱かないくらいには。

 

「あの。本当にベッド、お借りしてしまっても大丈夫なのでしょうか」

「しつこい。いいから。もう思う存分竜と風竜の里を堪能しとけ」

「つ、はい。よろしくお願いします」


 そうして、シェイラとココとスピカに加えてカザトの、雪に閉ざされた渓谷での、少し奇妙な組み合わせでの共同生活が始まったのだった。

 


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